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第47話 火凛の嫉妬と水美の反省

遅れて申し訳ありません

 ……一言で言うと、二人は可愛くなっていた。もっと具体的に言おう。


 まずは火凛。こちらは、カジュアルワンピースだ。全体的に黄緑色の暖色系で、膝下まであるスカートの部分は濃い緑色となっている。……あまり言う事でも無いと思うが、クビレが際立っているお陰で火凛の凹凸が非常に分かりやすい。


 火凛はニコリと微笑み、一度くるりと回った。……可愛い。可愛すぎる。心臓がやばい。


 ……じゃない。水美も可愛いのだから。火凛だけに現を抜かされてはいけない。

 水美もカジュアルワンピースだ。しかし、カジュアルワンピースと言っても火凛のものとは全然違う。


 まず最初に、色だ。明るい灰色で構成されている。明るいとは言え、灰色は普段の水美とは印象が大きく変わる。


 ……そして、大きめのベルトで服を固定し、スカートとなる。火凛と違ってこちらは上下同じ色だ。


 ただ、スカートは短く、膝上までしか無い。確かに水美は短めのバスパンを履く事が多いが、スカートとなるとまた話は別だ。


 水美は火凛と違って、恥ずかしそうに俯いた。


「か、火凛ちゃんの服を借りたんだけどさ。や、やっぱり僕にはこんなに大人っぽい服は合ってないよね」

「……正直に言うぞ、水美」


 俺は、水美から目を離さず……目を離せなかった。


「死ぬほど似合ってる。なんだこの可愛い生き物は。本当に俺の妹なのか。どういう事なんだ、可愛いにも程があるだろ」


 普段は元気で愛らしい可愛さがある。しかし、今の水美はどちらかと言えば、美しさと可愛さ……そして、かっこよさを兼ね備えている。相反しがちなこの三つを併せ持つなど……


「もっと褒めたいが、人目があるからあと一つに絞ろう」


 一歩、水美へ歩み寄る。水美は顔を真っ赤にしながら俺を見た。


「こんなに綺麗に成長してくれて、俺は……兄さんは嬉しいぞ」


 優しく、痛くないように頭を撫でた。前髪は花柄の髪留めで留められていたからだ。


 ……ああ。そうか。これだけ近くなれば分かる。少しではあるが、メイクも施されていた。火凛に教えて貰ったのだろう。


「……ぅ」

 水美は更に顔を赤くした。目を潤ませながら、うずうずとしていた。


「ほら。おいで、水美」


 ……これぐらいならメイクも崩れないだろう。両手を広げると、水美は飛び込んできた。


「……ありがとう、兄さん。嬉しいよ」


 そう言って微笑む水美を一度ぎゅっと抱きしめれば、ふわりと花の匂いが漂った。……香水も付けているらしい。


 そして、手を離す。すると、水美は反対に俺の服を見てきた。


「……うん、兄さんもよく似合っててかっこいいよ!」

「ああ、ありがとな……とは言っても俺は二人と違って大層な物じゃないが」


 俺が着ていたのは、無地のシャツに黒いジャケットを羽織ったもの。シンプルではあるが、なるべく外さないようなデザインの物を選んだ。


「……水美に付きっきりになっていたが、もちろん火凛も似合ってるぞ」

「ふふ。ありがと。……可愛い?」

 火凛がニコリと微笑む。……いやに心臓がうるさい。


「あ、ああ。可愛いぞ。凄く」


 ……前までは普通に言えていたはずだ。そのはずなのに、今はこうして言葉がつっかえてしまう。


「ふふ、ありがと♪」

「凄いんだよ、兄さん! この服、姉さんが貸してくれたんだ! 上から下まで全部コーディネートしてくれたんだよ!」


 そういえば、火凛は外行き用の服を多めに持ってきていた気がする。水美の服はそれだったか。


「そうだったのか……ありがとうな、火凛」

「どういたしまして。でも、私も楽しんだから。水美ちゃん、かっこいい服も綺麗な服も似合うし。当たり前だけど、元気に見える服も似合ったから。……ちょっとだけ嫉妬はしたかな」


 ……珍しい。火凛が『嫉妬』などという言葉を使うのは。まあ、言いたい事も分かる。


 しかし、水美はむっとした表情をした。


「……姉さんの方が綺麗だしすっごく可愛いよ! だって、僕の憧れだもん!」


 火凛は水美の言葉に目を丸くした。


「水美……?」

「外見もそうだけど、中身もだよ! すっっごく可愛いのに、妥協とか一切しないし。こうやって兄さんに褒められたのも姉さんのお陰だよ。……姉さんが居なかったら、今日もラフな格好で出かけたはずだし」


 水美は手をぐっと握り、火凛へと詰め寄った。


「それに……もっかい言うけど、姉さんの方が僕の何倍も綺麗だから!」


 火凛は水美の気迫に押されていた。思わず笑ってしまう。


「……兄さん?」

「いや、悪い。水美も火凛の事が大好きだって分かったからな。……隣の芝は青く見えるってやつだろ。火凛には火凛の良さがあるし、水美には水美の良さがある。……もちろん、火凛の努力なんかも知ってるからな。言っておくが、火凛より可愛い奴を俺は見た事ないからな。主観になってしまうが」


 水美がこれだけ変わったのは凄いし、嬉しくも思う。だが、火凛が自信を落とす事も無いだろう。


 火凛は、驚いたように俺を見て……顔をボッと赤くした。


「……火凛?」

「そんな事言われたら……嬉しくなっちゃうでしょ……! もう、行くよ!」


 火凛は俺の手を取って、先を歩き始める。……遅れないよう、俺は水美に手を出すと水美は掴んだ。




 ……そういえば、仲違いしていないのは良かったのだが、何があったのか聞いておくべきだっただろうか。



 まあ、今は良いか。



 ◆◆◆


 時は少し遡り、まだ水音が寝ている時間帯の事だ。



「……ごめんなさい」


 水音が寝ている隣の部屋で、水美は正座をしていた。


 それを目に、私は考える。どう叱るべきなのか。


 私は人の事を叱った経験が少ない。水音や奏音と軽い言い合いになるぐらいはあったけど、それ以上のけんかや説教などは無いだろう。


 だから、私は考える。



「まず最初に聞くね。どうしてあんな事をしようと思ったの?」


 私自身、怒られた際にこうして聞かれるのは苦手だ。


 ……でも、今気持ちが分かった。水美が何をどう考えているのか、ちゃんと知りたい。


「兄さんの事ぎゅってしてたら、膝に硬いのが当たって……それが思っていた以上に大きくて……ううん。………………兄さんのがどれぐらい大きいのか知りたくて、触っちゃいました。それで大きいのに驚いて、見ようとしました。本当にごめんなさい」


 ……まあ、水美の言いたい事も分かる。あれは大きい。大きすぎるもん。奏音が言ってたけど、日本人の平均の倍ぐらいあるらしいし。


 でも、それとこれとは別だ。……水音が知ったら悲しむ事になるだろうから。


 だから、私が叱らないといけない。


「自分が何をやったのかは分かってるね。……じゃあ、次。私が止めれたから良かったけど、水音が起きてたら……どうなったか分かる?」


 私が先に起きる事が出来たのは不幸中の幸いだ。


 水美は、唇を強く噛み締めて言った。


「……兄さんに、嫌われてました」

「それは無いよ。絶対」




 水音が水美を嫌う。確かに、そう言えば水美は二度とこんな事はしないかもしれない。


 でも、それは違うはずだ。


「水音は何があっても水美の事が大好きだよ。……たとえ、水音にえっちなイタズラをしたとしても」


 どうしてなのか。それは、水音がどうしようもないぐらい水美の事が好きだから。それが反転して嫌いになる事は無い。


 でも――


「水音、酷く悲しむと思うよ」

「……ッ」


 水音は私を裏切ったと思い込むだろう。きっと。


 だって、お互いに他の人と致す事はしないと言ったから。


「ぼ、僕……」


 水美は肩を震わせ、自分の腕をぎゅっと握った。



 その手に手を重ねた。


「……だから、水美。今日の事は私達の秘密にしよっか」


「……え?」


 水美は目を丸くした。


「水音に言うのは簡単だよ。でも、私はしない」


「どう……して?」


 優しく、水美の手を解く。握られた腕が赤くなってしまうから。


「そんなの、水美を信じてるからに決まってるでしょ?」


 そう言ってほほ笑みかけるも、水美はまだ信じられないような顔をしていた。


「ぼ、僕は……姉さんの事も、兄さんの事も裏切ったんだよ」

「そうかもしれない。でも、私はまだ信じてるよ。だって、そう決めたから」


 裏切られても良い人しか信じない、って。


「水美が何をやったとしても、私も信じ続けるよ。水美は良い子だからね」


 今にも泣きそうになっている水美をぎゅっと抱きしめる。


「う……ああ……ご、ごめん、なさい。ごめんなさい」


 水美の目が潤み始める。


「良いんだよ。間違えても、私は……私達はずっと水美を信じてるから」



 水美の後悔は涙となって溢れ出した。私はそれが止まるまで、ずっと抱きしめ続けた。



 ◆◆◆


「僕、兄さんにもちゃんと言う。言って、謝る」


 泣き止んだ後、水美はそう言った。


「……ん、分かった。偉いよ、水美」


 髪を梳くように撫でると、水美はくすぐったそうにした。


「……偉くなんてないよ。兄さんと姉さんを悲しませる悪い子だから」

「ふふ。自分でそう思える子は偉いんだよ。さっきも、自分で考えて、自分の言葉で伝えてくれたし」


 最後にぎゅっと水美を抱きしめる。


「それじゃ、いつ水音に言う? 朝は……まだ水美の心の準備が出来てないだろうから……」

「……お出かけから帰ってきてから言う事にする。兄さんに気を使わせたくないから」


 水美の言葉に頷く。


「じゃあそうしよっか。でも、二つ私と約束して」


 水美の目をじっと見ると、見返された。


「今日は水美もちゃんと楽しむ事。それと、水音とはいつも通りに接する事。……いつもみたいに抱きついても、手を繋いでも私は何も言わないよ。悲しんだりもしないから。私と水音に気を使いすぎて楽しめない、なんて事は無いようにね」


 水美は少し困惑したようだったが、しっかり私の目を見て頷いた。


「よし、それじゃ準備して行くよ」

「……え?」


「メイク。しておかないと水美が泣いちゃった事がすぐバレるからね。……あ、そうだ。私、服を何着か持ってきたから着てみて!」




 ……と、言う事があったのだが、水音がこの事を知るのはもう少し後になる。

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