第48話 三人でデート①
「ね、兄さん。どっちが似合うかな?」
そう言って水美は帽子を二つ見せてきた。
片方は藍色のキャップだ。被れば、水美がよりかっこよく……ボーイッシュに見えるだろう。
そして、もう一つ。こちらは真っ白なつばのついた帽子だ。夏によく見るポスターで、女性が着けているような物だ。
「……どっちも良いな」
水美はそれぞれを頭に重ねて見せてくれるが、そのどちらも似合っている。
火凛の言う通り、本当に何を着ても似合うな。……だが、
「白い方が良いな。確か、水美は今までこういうのは持ってなかったよな」
「うん! 分かった、じゃあこっちにする!」
水美はキャップを元あった場所へ戻そうとした。その手に持っていたキャップを俺が持つ。
「これは俺が買う。こっちも欲しいんだろ?」
「え! ……だめだよ、兄さん。それは兄さんのお小遣いでしょ?」
「俺の服はそこまで高くないから問題ない。……それに、こうして水美に買ってやる事も今まであまり無かったしな」
そもそも、こうして水美と出掛ける事自体が久しぶりだ。
そして、俺は水美よりお小遣いも貰っている。……割と多めの量を。毎月半分は残すようにしているし、母さんと父さんにこんなに持っていても使い切れないと言っているのだが、取っとけと言われている。
お陰でまだ高校一年生と言うのに分不相応な額を持ってしまっている。そのほとんどを貯金しているが。
ちなみにだが、生活費は火凛のお父さんが出してくれている。基本的には俺と火凛で管理する形だ。あまり無駄遣いはしないようにしているが、火凛のお父さんからは、高校生なんだしどんどん使ってくれと言われている。
……それに加え、火凛のお小遣いまで出しているのだから凄いと思う。
カゴの中に帽子を二つ入れると、肩をとんとんと叩かれた。
「ね、水音。水音はどっちが好き?」
振り返ると、そこには火凛が居た。二つ服を持っている。
これから夏へと近づくからか、持っているのはTシャツだ。
片方はVネックの無地の白いTシャツだ。……外行き用のものでは無い。Vネックが深く、火凛が着ければ確実に見えてはいけない部分が見えてしまう。
そして、もう片方。こちらは川をイメージしているのか、水色のグラデーションが入ったシャツだ。泳いでいる魚もプリントされていて、涼しげな雰囲気だ。
「わっ……姉さん、大胆なの着けるんだね」
「……そっちは家で着る分には良いが、外には着ていくなよ?」
「ふふ。時には大胆にならないとね。……それとも、水音はこっちの服はあんまり好きじゃない?」
火凛の言葉に思わず目を逸らす。自分でもあからさま過ぎる反応に思わず顔が熱くなるのが分かった。すると、火凛はくすりと笑って言った。
「ふふ。じゃあ両方買っちゃお。そんなに値段もしないし……ついでに試着してみる」
「……ああ。そうしてくれ」
サイズが合うかどうか、そのまま火凛は試着室へと向かった。サイズも問題ないとは思うが、一応俺と水美もついていく。
「それじゃ、着てみるから待ってて」
「ああ。ゆっくりで良いぞ」
待っている間、水美はその辺に積まれている服を物色していた。楽しそうにしていて、思わず笑顔になった。
「ね、水音。変じゃないか確認して欲しいから顔だけ入れてみて」
「……いや、普通に開ければいいと思うが」
「……水音がその辺の人に見せたいって事なら我慢……やっぱいや。水音以外に見られたくない。頭だけ入れて」
まさかとは思う。一度、水美をちらりと見た。
水美はまだ色んな服を見ていた。俺と火凛が話している事には気づいていない。
ごくり、と思わず生唾を飲み込んでしまう。おずおずとカーテンの中を見た。
「どうかな? 水音。こういうの好きだと思うんだけど」
「おまっ……」
そこに居た火凛は、酷く扇情的な姿をしていた。
シャツを着けているのだが……色々な物が足りていない。
具体的には、ズボンとブラ。この二つが足りない。先程別の場所から持っていったのは確認していたはずだ。それなのに、着ていない。
服の裾からはチラチラと桃色の下着が見え隠れし、胸は強調されるように押し出されている。
……少しだけ透けていた。何がとは言わないが。
動揺する俺を挑発するように、火凛は上半身を倒した。
「なっ……」
火凛の豊満な胸から作り出される谷間に思わず目を向けてしまう。……先の方ではチラチラと見え隠れしていた。何がとは言わないが。
「ふふ♪ どうしたの? 水音。いつもよりイイ反応してるけど」
「…………そんなの俺の方が知りたい」
だが、世の中の男共は言うでは無いか。
チラリズムこそが至高だと。……俺もその男へ仲間入りをしただけなのか。
「これだけ楽しんでくれるならやっぱり買っちゃお。もう一つの方も着てみるね。今度は普通の服に着替えるだけだけど……見ていく?」
「見る訳ないだろ。警察呼ばれるぞ」
更衣室に頭を突っ込む男などただでさえ不審だ。パッと頭を抜く。辺りを見渡しても、俺を見ている人達は居なくてホッとする。
……奥の方で俺達を見ているらしき中学生は居るが。まあ今は良いだろう。
水美もまだ服を見ていた。火凛が着替えている間、水美へと近づく。
「欲しいのでもあったか?」
「兄さん! ……ちょっとね。あったにはあったんだけど……高いかなって」
水美が一組のパーカーとズボンを見せてくれた。……なるほど。この二着で軽く一万を越すのか。確かに中学生では手が出にくいだろう。
「よし、折角の機会だ。俺が出そう」
「……いや、大丈夫だよ。こんなに高いんだもん」
先程と違って水美は難色を示した。買ってあげる、と言うだけでは逆に水美に気を使わせる事になるのかもしれない。
……だが、水美の視線は服に固定されていた。
「なら、水美が大人になった時に返せばいい。出世払いだな」
「ええっ……! でも」
「それに今ここで買わないと後悔するかもしれないぞ。ほら、とりあえず試着してこい」
水美の肩を両手で固定し、方向転換させる。そのまま背中を押して試着室の前へ来た時だった。
「……水音達、居る? 似合ってるかどうか見て欲しい」
「ああ、居るぞ。水美、先に火凛の服を見てからにするか」
「うん……分かった」
まだ少しボーッとしている水美に話しかけると、頷かれた。水美は一度首を振って気を正した。
カーテンがシャーっと開かれる。
「……どうかな? 似合ってる?」
思わず息を飲んだ。。……その服は服は非常に似合っていて、思わず見蕩れてしまった。
当たり前だが、今回はちゃんと服を着ている
「……わあ! すっっごい似合ってるよ! ね、兄さん!」
「ああ……涼しげな感じが暑くなり始めている今に丁度いいな」
浴衣の中には涼し気な色をしている物がある。そういうのを見た時と似た感覚に近い。
……だが、普通の服をここまで着こなせるのも火凛らしいと言えばらしいか。
「ふふ。ありがと、二人とも。サイズも丁度いいし、このまま買っちゃおうかな」
……余談になるが、ここで言う火凛の『丁度いい』は、少しだけ大きめの物を示している。
理由としては……すぐに胸が大きくなってしまうからだ。そのせいで多少余裕を持たせないとすぐに着れなくなる。
「ああ。それがいいと思う。水美も試着してみてくれ」
「あ……うん!」
俺がそう言うと、水美は少しだけ躊躇いながらも頷いた。
「あ、私も見る!」
……と、その後も一時間近くファッションショーは続いた。疲れたりもしそうなものなのだが、二人共どんな服を着ても似合っていたので目の保養となった。
「それじゃ、会計してくるから外で待っててくれ」
「あ……兄さん、後でレシート見せてね。見ながら僕の分は払うから」
律儀に、水美はそう言った。俺は微笑み返す。
「嫌だ」
「……え? 兄さん?」
一度固まり、戸惑う水美の肩を火凛が叩いた。
「今日は私と水音の奢りだよ。もし途中で言ったら水美は遠慮するんじゃないかなって」
「そういう事だ。水美は今まで俺とか母さんに物をねだった事も無いしな。念の為母さんに聞いたが、快く許可してくれたよ」
何度も繰り返す事になるが、水美は賢い子だ。散財癖など付きそうな物だが、母さんも父さんもそれは無いだろうと首を振ったのだった。
「で、でも……」
「ふふ。観念して、水美。ほら、あっちで飲み物でも買おう」
そして、戸惑う水美は俺の元に来ようとするが、火凛が連行して行った。
……いずれ、大人になっても水美が『出世払い』の事を覚えていたら受け取ろう。忘れていて欲しいが……無いだろうな。水美の事だし。
そう思いながら、俺はレジへと向かった。
◆◆◆
戻ると、水美と火凛は備え付けの椅子に座って飲み物をちょこちょこと飲んでいた。火凛は俺に気づき、手に持っていたもう一本のお茶を差し出してくる。
「はい、水音の分」
「ああ、ありがとな」
それを受け取り、口にする。
「……兄さん、荷物ぐらいは僕が持つよ?」
「ん? ……ああ、大丈夫だ。これでも体力と力には自信があるからな」
だが、水美は自分の仕事が無いと微妙な顔をしていた。
「そんな顔をするな、水美。これからも荷物は増えるんだし、水美に頼る事ももっと出てくるはずだぞ」
「ん、そうだよ。まだ午前中なんだし」
今日は長い一日となりそうだ。……二人が楽しんでるし、俺も楽しんでるから良いんだがな。
「……うん、そうだね!」
水美はそう言って微笑んでくれた。それを見て火凛は立ち上がり、続いて水美も立ち上がった。
「それで、次はどこに行くんだ?」
「あ、実は水美ともう決めててね。着いてきて」
そう言って、火凛は水美と手を繋いで歩き始めた。……水美が手を差し出してくれたので、俺は荷物を持っていない方の腕を差し出す。
水美は笑っていた。楽しんでくれているようで、俺も嬉しい。
……そうして連れられた場所は、女性用下着売り場……通称、ランジェリーショップだった。
「俺は入らないぞ」
「え?」「えっ?」
どうして火凛と水美は不思議そうな顔をするんだ。というか本気で俺が入ると思っていたのか。
「……そもそも、こういう場所はほとんどが女性客だ。気まずいと言うのももちろんあるが……火凛みたいに男性が苦手な女性客とか居るかもしれないだろ」
自分が下着を選んでいる近くに異性が居ると言うのはストレスになるだろう。……その感覚は想像でしかないが、間違ってはいないはずだ。
そう言うと、火凛と水美は笑った。
「ふふ。水音らしいね」
「うん……兄さんらしいや」
火凛と水美はお互いに目を合わせ、頷いた。
「じゃあ、水美のは私が一緒に選んでくるね。水美にとびっきり似合うものを買ってくるから」
「……行ってくるね」
「ああ、行ってこい。俺は……少し離れた場所で待っとくから」
さすがにランジェリーショップの前の椅子に座る訳にはいかない。仲良く二人で向かうのを見て、俺は踵を返した。
俺には一つ、やらなければいけない事が見つかったから。




