第46話 テンプレの対処法
「ん……朝、か?」
目が覚めると、日差しが窓から入り込んできていた。瞼を擦り、辺りを見渡した。
――火凛と水美は既に居なくなっていた。顔を洗いに行ったのかと思ったその時、扉が二度ノックされた。
「水音! もう起きてる?」
扉の向こうに居たのは母さんのようだった。あくびを噛み殺しながら返事を返す。
「ああ。今起きたところだ」
「ちゃんと時間通りに起きてるみたいね。水美と火凛ちゃんは先に行ったわよ、二十分ぐらい前に。隣町の駅前で待ってるって」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。止まっていた頭が回転を始める。
火凛がこういう外に出かける時に、俺と出る時間をずらして待ち合わせをする事はある……というかほぼ毎回だ。
それ自体は別に良い……というか、毎回火凛は服装を凝っているので会うのが楽しみだから良いのだが。
しかし、問題なのは、かなりの確率で火凛はナンパされるのだ。加えて、今日は水美も居る。ほぼ確実にナンパをされるだろう。
「母さん……朝食は」
「分かってるわよ。軽めにサンドイッチにしたから。なんなら行きながら食べてもいいのよ」
……いや、そのチョイスをするのか。
「……それはちゃんと食わなきゃいけなくなるんだが」
俺のサンドイッチはまだまだ『未完成』だ。対して、母さんが作るものは『完成品』に等しい。……まあ、完成品と言ってもどんどん味は美味くなっていくんだが。
「当たり前でしょ。ご飯はちゃんと味わって食べる。そうすれば自然と噛むし、消化にも良いからね」
……まあ、そうか。そうだな。急ぐあまり、大切なものを見落とす所だった。
「それに、火凛ちゃんもその辺のうっすいナンパ男なんざ追い払えるでしょ。大丈夫よ」
「それも……そうだな。悪い、母さん。歯磨いてから食べるよ」
「はいよ。急ぎすぎないでよ」
母さんがパタパタと足音を響かせながら遠ざかっていくのが聞こえた。俺はベッドから降り、伸びをした。
「……行くか」
静かな部屋だった。
元あるべき姿に戻ったはずのその部屋。その姿に、俺は一抹の寂しさを覚えていた。
◆◆◆
「ああ、そうだ。母さん、今日も泊まっていって大丈夫か?」
サンドイッチを食べながら母へそう尋ねると、母さんは眉を顰めた。
「許可なんか求めない。ここはあんたの家なんだから。『泊まっていく』だけで十分よ」
母さんは優しくそう言って微笑んだ。……思わず、こちらも笑みが零れた。
「……ああ。今日も泊まっていくよ、母さん」
「分かった。火凛ちゃんのお父さんも泊まるのよね? 聞いたわよ」
「ああ」
どうやら水美と火凛から聞いていたらしい。いきなりの事ではあったが、許可も降りたようだ。
「そういえば水音。あんた水美になんかされた?」
ふと、母さんがそんな事を言い出した。思わず首を傾げる。
「……? いや、されてないと思うが」
「そう? 朝、火凛ちゃんが水美の部屋使って説教みたいな事してたから……てっきり水音が夜這いでもされたのかと思ったんだけど」
「いやいや。される訳無いだろ。実の兄だぞ? ……でも、火凛が説教か。珍しいな」
水美が何かやらかしたのだろうか。想像は出来ないが……まあ、そうだとしても問題無いだろう。水美は言われた事は直す賢い子なのだから。
というかサンドイッチが美味い。たまごサンドなのだが、塩味や酸味とパンの甘みが丁度良い。後でどれぐらいの量で味付けをしたのか聞こう。
気づけば、二つあったサンドイッチは全て食べ終えていた。
「それじゃ、準備したら行ってくる」
「分かったわ。お父さんはまだ寝てるみたいだから、そのまま出て良いからね」
「ああ」
折角の休日だし起こさない方が良いだろう。昨日も夕方近くまで仕事だったのだから。
そうして、俺はその場を後にした。
◆◆◆
時刻は十一時前。火凛達はもう三十分近く待っているはずだ。駅から出る。
普段、火凛達が待っているのは駅前の広場だ。そこに二人は居るだろうと目を凝らして探す。
良くも悪くも、二人はすぐに見つかった。
……数人の男に絡まれていて見つけやすかったのだから。そりゃ嫌でも目立つだろう。
火凛は俺を見つけると、少し申し訳なさそうな顔をしていた。だが、別に火凛が悪い訳ではない。
「ねえ、良いじゃん。ちょっとお茶するだけだからよ」
「そうそう。んで、ついでに連絡先とか交換しない? 俺のSNS教えるからさ。君も教えてよ」
「あ、そうだ。写真撮らね? かわい子ちゃん見つけたって一緒に撮ったの上げたらバズりそうだからさ。有名人になれるよ?」
……なんだ? このテンプレのような連中は。火凛と水美の迷惑そうな顔が見えてないのか?
「悪いな。その二人は俺のツレだ。離れてくれ」
火凛と水美を背にする形で割り込んだ。
「……兄さん!」
水美は俺を見て、目を輝かせた。……普段はしていないオシャレな髪留めが気になるが、今はこいつらを追い払わねばならない。
「へぇ。君がお兄さん? イイねぇ、両手に花って。一人だけ貸してくんない? 二時間でかえすからさ」
あろう事か、男はそんな事を言い始めた。
「……あ?」
思わず素で声が出た。
「そんな怖い顔すんなって。いいじゃんかよ、二時間ぐらいさ」
「そーだぞー、器小せぇぞー」
一々癪に障る言い方をされる。普段なら深呼吸でもして落ち着くところだが……今それをすれば舐められるだけだろう。
「……別を当たれ。何を言われようが、二人を渡す気は無い」
今日の男達はしつこい。その上、不機嫌そうに俺の事を見てくる。
「それにさぁ。女の子を待たせるとか何様なわけ? そんな男より俺の方が良いだろ?な?」
そして、一人の男が火凛へとそう言った。……火凛は侮蔑の視線を向けている。
火凛は一度俺を見た。『アレ』をやるのだろう。
「……私は水音の事大好きだから」
火凛はそう言って、俺の頬へとキスをした。俺は火凛の顎を指で支え……唇の横。そのギリギリにキスをした。
男達は俺達を見て目を丸くしている。向こうから見れば、唇同士でキスをしたようにしか見えなかっただろう。
「……ほら、水美も」
俺達をポーっと見ている水美の肩を抱き寄せ、額にキスをする。水美は顔を真っ赤にしながら抱きついてきた。
「と、言う訳でお前らに心配されるような事は無い」
二人を抱きしめながらそう言うと、男達は舌打ちをした。
「チッ……ヤなもん見せられたぜ」
「次当たるか」
「クソっ……リア充がよ」
「はー、萎えたわ」
口々にそう言って、男達は退散していった。こうしたしつこくナンパをしてくる男達にはこれが一番効くのだ。
「ああ、それと。そこで撮ってる人達。これは見世物じゃないんで。勝手にSNSには上げないでくださいね」
そこらに俺を撮っている人達が居たので、注意も欠かさない。友人などに見せるならまだしも、ネットに上げられるのは良くない。俺と火凛の仲がクラスにバレる危険性があるからだ。
バレたから幼馴染だと公開するなど……良くない。今までの火凛の苦労が水の泡となってしまう。
それに、火凛と水美が写っている写真など拡散される未来しか見えない。若い芽のうちに摘んでおくに限る。
男達が居なくなったのを見て、二人から手を離した……のだが、二人はぎゅっと俺にしがみついていた。
「……火凛? 水美?」
「ふふ。水音がちゃんと怒ってたの久しぶりに見たから。私達のために怒ってくれたんだって思ったら嬉しくなっちゃって」
「……兄さんが怒るの始めて見たもん……僕達のためにさ」
そんなに珍しいかと思いながらも二人の頭を撫でる。
「……ごめんね、二人とも。私が早く出ようって言わなければ「それは言うな」」
顔を俯かせる火凛の頬を掴み、目を合わせる。
「火凛は俺のために先に出てくれたんだろ?それに、普通のナンパなら火凛は追い払える。今日は運が悪かっただけだ。もしかしたら俺が居ても構わずしてきたかもしれないしな」
俺の言葉に続いて、水美は火凛を見た。
「そうだよ、姉さん。姉さんも頑張って僕を守ってくれたから……僕は怖い目に遭わずに済んだんだよ」
水美はそう言って水美に微笑んだ。……先程説教をされたらしいが、仲が悪くなった訳では無いようで安心だ。
「……ああ、そうだ。水美。悪かったな、急にキスをして」
「う、ううん! 大丈夫だよ……というか、いつでもしていいっていうか」
もじもじとしている水美は可愛らしい……が、すぐに火凛を見て口を閉じた。
「……もう、水美。普段通りで良いって言ったでしょ?」
「……う、うん。姉さん」
やはり、何かしらやり取りはあったらしいが。深く追求しなくても良いだろう。
それより、水美の髪留めの方が気になった。
「それじゃあ、火凛、水美。ちゃんと服と髪型を見せてくれ」
そう言うと、二人は微笑みながら俺の前へと動いたのだった。




