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星割の明滅閃姫  作者: 零の深夜
前章:生還、性転換、英雄譚!編
20/136

19:共闘と激戦と勇気の歌と


 クロの呼び出しに応えたメイメツは、胸部の操縦席を広げて搭乗待機の姿勢に移る。


 そこに躊躇なくクロが飛び乗り魔力を流すと、扉が閉まり、上部に据え付けられたハッチが開かれ、中からにゅるにゅると触手が蠢きながらクロの腕や脚を絡め取り、あっという間に貼り付けてのような体勢にされる。


 ネメアの言う、テンタクル・システムの起動した証拠だ。


 「⋯⋯実用的なのは分かるけどさぁ」


 愚痴を溢している場合ではない事は重々承知で、クロはすぐさまレミとラスティを左手に抱えて再び集中。


 瞼の裏に浮かべるのは格納庫で見た、メイメツの身の丈以上に大きく、光すら飲み込むほど深い黒の剣身と、そこに刻まれた黄金の魔法文字を持つ大剣。


 「クロガネ」


 静かに、呟くように大剣の名前を唱えたクロの乗るメイメツの右腕には、イメージした通りのそれが握られていた。


 「重っ。⋯⋯けどまあ、振れなくは無いか」


 ブン! と大きく空を薙ぎ払うようにメイメツが剣を振り上げると、その剣先から黄金の光が解き放たれた。


 その輝きは大蛇の背中に穴を開けながら突き進み、勢いが衰える事なく空を覆っていた暗雲に触れるとと、爆散して雲を散らす。


 「まぶしっ!」


 赤黒い雲が四方に飛び散り、朝陽が照らし出す晴れ渡った青空を見たクロが目を細め、メイメツの膝を折り曲げる。


 メイメツは黒い装甲の間から見える銀色の光を一際大きく発光させ、地面を抉りながら溜めた力を解放して空へと飛び上がる。


 「フォゲルナの街じゃ無我夢中で気付かなかったけど⋯⋯この機体、性能が高すぎる!」


 ディピスの最大出力、魔力噴射込みの跳躍を軽々と超えたメイメツから見る景色は、圧巻の一言だった。


 家屋が黒い点に見える程の高度に到達したメイメツは、右腕のクロガネをフューリーの格納庫へと送還し、安寧の塔に右腕でしがみついた。


 左手の中に包んでいたレミとラスティを安寧の塔に沿うように作られた螺旋階段の上に降し、自身の出てきた大蛇を見つめる。


 「暴れすぎだろ!」


 クロの思わず出た言葉の通り、背を突き破られた痛みにのたうち回る大蛇は、瘴気を撒き散らしながら次々と家屋を破壊していた。


 「このままじゃ皆が!」


 「やらせねぇ!」


 クロは自身の内で溢れる程に漲る魔力を練り上げて、遠くに見える蛇の体を左手で握りしめるように手で包み、転移の魔法を発動させる。


 質量が大きいため、ゆっくりと、しかし確実に大蛇を青白い光が包み込み、やがて街の外、荒野の真っただ中へと移される。


 「我も共に戦おう!」


 「いや、アンタは街の住人の避難を進めてくれ! 心配してる人に顔、見せてやりなよ」


 「クロ殿⋯⋯すまない! 恩に着る!」


 「あっ、おい!?」


 クロが止まる暇もなく、雲にも手が届きそうな程の高さから飛び降りたラスティは、空中に泡を生成し、足場にしながら地表に降り立った。


 「レミ様は⋯⋯レミ様?」


 ラスティを見送った後、思い詰めたような様子で俯くレミに、クロが首を傾げていると、彼女は手元の画帳を見せる。


 『クロさんは、怖くないんですか?』


 それを読み上げると、クロは小さく笑った。


 「怖いに決まってるじゃないですか。あんなデカい蛇見た事も無いですよ」


 なら、と返そうとするレミより先に、クロが更に続ける。


 「けど、怖いのは皆一緒でしょう。それを打ち破るための力が欲しくて私は騎士になったんです。だから、ここで逃げるわけには行かないんです!」


 それは、レミへの激励というよりも、クロ自身への鼓舞だった。


 目を伏せて微動だにしないレミに一言、すみませんと謝罪の言葉を口にして、青白い光を放ちながら、クロはその場を後にした。


 「わ、私⋯⋯は⋯⋯」


 その場に取り残されたレミは一人、塔の上から街を見下ろしていた。


ーーーーーーーーーーーーーー


 「やっぱ正面に見るとデカいな!」


 メイメツの右腕に黒金の大剣クロガネを召喚し、大蛇と対峙するクロは思わずぼやいていた。


 「お前の相手は俺だろ!」


 幅百メートルはあろうかと思われる大蛇の目の前で大剣を構え、メイメツはその右眼を目掛けて転移を使いながら接近した後、素早く三度切り付けて着地する。


 「おうっ!?」


 切り付けられた大蛇の瞳からは、血液ではなく瘴気が噴き出し、メイメツは二歩下がる。


 「傷付ければ瘴気が噴き出すうえに⋯⋯」


 クロが大蛇の傷の塞がりつつある頭の向こう側へ目を向けると、その背中に開けたはずの大穴も綺麗に塞がっていた。


 「圧倒的な生命力か。厄介だなぁ」


 迂闊に傷をつけられない事を念頭に、思案していると、大蛇は口をがぱりと広げ、瘴気の弾丸を打ち出した。


 「なあっ!?」


 咄嗟の判断で左に回り込むように駆け出したメイメツの居た場所は地面が抉り取られていた。


 「くそ、考える時間もくれないか⋯⋯」


 ぺろりと舌を出して改めて大蛇の開かれた口内を見据え、クロは魔力を練る。


 「さっきの場所まで跳べば⋯⋯! ええい、動くな!」


 のたうち回る大蛇の動きのせいで座標が定まらず、メイメツを纏っていた青白い光が霧散する光景に、クロは小さく唸り、地団駄を踏む。


 「は? いやいや、嘘だろ!?」


 踏みつけた時点がもことこと膨らみ、地下からメイメツの半分程の大きさの白蛇が五匹、鋭利な銀色の牙を剥き出しに襲い掛かる。


 上空へと大きく飛んで避けたメイメツへ、蛇が絡み合いながら追撃を繰り出した。


 「チィッ!」


 ぬらぬらと光る研ぎ澄まされた牙を紙一重で転移によって避け地表に降り立ったクロを、魔力の感知器官によって現れる場所を見定めていた大蛇が大口を広げていた。


 「しまっ⋯⋯」


 口内に溜まる瘴気の弾丸を確認。衝撃に備えたクロの耳に大きな炸裂音が響き、目の前の大蛇の横面に小さな穴が開く。


 「なんだ!?」


 大蛇の穴の位置から対角線を辿ると、街の外側に設置された水の防壁の上に氷を張り、更にその上に立つ、青い夢幻機兵(ルナティック・ギア)を見留めた。


 「イリスか! 助かった!」


 安堵に胸を撫で下ろしたクロの視線の先で、白煙を上げる細長い狙撃銃を担いだ青い機体の中で、イリスが呟く。


 「こんどこそ、まもらせて⋯⋯。いくよ、“ステラ”」


 ステラ、と呼ばれた夢幻機兵は銃を構え直し、コッキングレバーを引くと、魔法文字の掠れた薬莢を弾き出して薬室内に次弾が装填される。

 

 立て続けに五回、銃の先から閃光が走り、次の瞬間にはメイメツを襲っていた蛇達が一様に魔石を撃ち抜かれ、地に伏していた。


 乱入者を煩わしく思った大蛇は標的をメイメツからステラへ移し、口を広げる。


 「お前の相手は、私だって言ってんだろぉが!」


 注意の向かれなくなったメイメツは大蛇の首横に転移で瞬時に距離を詰めて大剣を振り下ろす。


 磨き抜かれた刃から繰り出された黄金の斬撃は大蛇の首をとらえ、肉を裂きながら突き進み、ついにその首を落とす。


 持ち上げた首の断面から下の胴体が、ズンと重い響きを残して地面に落ちた。


 「これで終わってくれれば⋯⋯」


 微動だにしない大蛇の胴部分を見つめ、クロの溢した呟きに反応するかの如く綺麗な断面に赤黒い瘴気が集まり、真新しい頭がにょきにょきと生える。


 「ですよねえ!?」


 再びクロガネを構え直したメイメツは、雄叫びを上げて威嚇しながら、瘴気を撒き散らす大蛇から距離を取り、先の五匹の白蛇の屍を切り裂いて魔石を手に取って割り砕き、魔力を補給する。


 「ぐうっ⋯⋯瘴気が重いな」


 クロは取り込んだ魔力に含まれる瘴気に顔を顰めつつ、目の前で暴れ狂う大蛇を見据えた。


 「このままじゃ先にこっちが瘴気にやられちまう」


 身体に入り込んだ瘴気を抜き出すように言葉を絞り出したクロは、更に大蛇の様子を窺う。


 忌々しげに彼女を見つめるのみで微動だにしない事を不審に思い、クロがその先へと視線をやると、大蛇は長い尾の先をイリスへと向けていた。


 「まさか、そっちからも出せるのか!? まずい、逃げろイリス!」


 メイメツの身振りに気が付いたイリスは、目一杯左右の魔石に魔力を送り込む。


 手足の指が格納され、鋭い輝きを放つ鉤爪が迫り出し、頭部は眼前を保護する分厚い装甲に覆われ、ステラはその姿を四足歩行の獅子の姿へと変えたのだった。


 「いく」


 水の壁の上に氷を張りつつ疾走し、街の周囲を一周して元居た位置へと戻る。その姿はまるで夜空を駆ける流星のような速度で、大蛇の瘴気弾の連射をことごとく躱し、やがて尾先への瘴気の供給が追いつかなくなったため、弾丸の雨が止む。


 ステラの姿を再度確認したクロは安堵に胸を撫で下ろし、ため息を吐いた。


 「どうするか⋯⋯。魔石の位置をイリスに知らせられれば良いんだが。斬って露出させようにも瘴気が邪魔だしな」


 魔伝石を使って言葉を交わせば解決するが、先程クロは正体をレミに明かしたばかりだ。これ以上の漏洩は看過できないとのお達しが届いたため、上手いやり方を模索せねばならない。


 更に、クロガネから放つ黄金の閃光は再装填(リチャージ)の時間によって威力が変わるらしく、天まで届く程の光線は期待できそうにもなかった。


 ふと、イリスの動向を知りたいと思い水壁の上へと目を向けると、ずらりと横に並んだ空色のディピスの姿があった。


 「あれは!?」


 『我らの街は我らの手で守るのだ! 誇りをかけよ!全軍!突撃ぃ!』


 指向性を持たぬ魔伝石から発せられるラスティの号令にディピス達が一斉に飛び出した。


 彼らの機体は各々腰の剣を抜き放つと、その先から透明な滝のような水が放たれ、その中に飛び込む。


 足の裏から噴射される魔力の推進力に乗ったディピス達はまさしく悠々と()()()()()いた。


 『魔石の位置は先に伝えた通りだ! 奴の内包する瘴気の量は計り知れぬ。一撃で仕留めるのだ!』


 ディピス達は一様に頷き、剣で大蛇の魔石のあった位置、胴部の三分の一程にある赤黒い星を象った点に向かって斬りかかる。


 『ダメです!刃が通りません!』


 他の部分よりも更に分厚い鱗と肉に覆われたその点に、ディピス達の刃がギチギチと音を立てて阻まれる。


 『諦めるな! 続けていれば勝機はあるはずだ!』


 ラスティも檄を飛ばしつつ彼女の乗る機体もまた、水流に乗って遥か上空から腰の剣を抜き放ち、自然落下の威力を乗せた一閃を繰り出した。


 「通れぇぇぇぇぇぇえええええ!」


 しかし、その願いを嘲笑うかのように分厚い筋肉が収縮し、刃が半ばで阻まれる。


 「ぐうっ!」


 開けた傷口から、一層強い瘴気の暴風がラスティを中心に周囲を囲んでいたディピス達に襲い掛かる。


 「ぐあぁぁぁぁ!」


 あまりの風圧に、ラスティの乗るディピスは腕ごと千切られ、他の面々もまた、瘴気に覆われてしまった。


 「なんとかしないと!」


 未だ再装填の終わっていないクロガネを振りかざし、メイメツはラスティの元へと転移で移動しつつ、振り下ろした。


 「足りないか⋯⋯」


 剣に纏った黄金の輝きは徐々に失われ、クロの視界もまた、赤と黒で塗りつぶされた。




 「私に、足りない勇気を与えてくれた⋯⋯」


 一部始終を俯瞰していたレミは、安寧の塔の上で小さく呟く。


 「怖いとか、重圧とか、言ってる場合じゃない! あの人達の力になりたい! 守りたい!」


 強い意志のこもった瞳で大蛇を見据えたレミは、大きく両腕を広げて息を吸い込み、口を開く。


 『〜♪』


 街の中心に置かれた安寧の塔から、レミの声が瘴気とぶつかり合い、球状に広がりながら浄化していく。


 徐々に街を包み込むように広がった美しい歌声は、更に遠く、クロ達の元にも届いた。


 「レミ様⋯⋯受け取ったよ」


 ───それは、荒野に滴る水のように染み込み。

 ───それは、燻る炎に吹き抜ける風のように力を与え。

 ───それは、闇夜を払う朝陽のように勇気を灯す。


 「だっるぁぁぁぁあああ!」


 湧き上がる力と開けた視界を頼りに、渾身の一撃を爆発させたクロは喉を枯らす勢いで雄叫びを上げて剣を押し込む。


 瘴気が噴射されたそばから浄化され、もはやその剣の勢いは止める物は無く、あっさりと胴部分を切り落とした。


 「チッ!逸れたか!」


 その断面を覗き込むと、どくどくと脈打つ心臓の横に、禍々しい色の魔石が未だ健在だった。


 「はぁ。 ()()()()()()


 クロが上を見上げると、ラスティの残した水流に乗って遥か上空へと移動していたステラが、頭部を逆さにしながら降ってくる。


 「たいちょーの⋯⋯」


 人型に変形したステラは、照準を正面に合わせ、細長い狙撃銃の上部、コッキングレバーを引いて時短装填、イリスは息を深く吸う。


 「ばかあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ステラの銃から発射された、様々な思いを乗せた弾丸は大蛇の魔石の中央に埋まり、刻まれた魔法文字を赤く発光させて爆ぜる。


 膨大な魔力を吸い取ったその爆炎は、大蛇の心臓諸共吹き飛ばし、凄まじい轟音と爆風を生み出して周囲へと広がる。


 「イリス!」


 逆さまに落ちるステラを横抱きに抱えたメイメツは、転移を繰り返してその場を離れた。


 『たいちょー! たいちょーなんでしょ!? わたしだよ、イリス! わかる?』


 腕の中で叫ぶように問いかけるイリスを乗せたステラの頭部を、メイメツは宥めるように包む。


 「よく知ってるよ。頑張ったな。それと、ありがとう」


 メイメツは一つ頷いてステラを降ろし、仕事は終えたとばかりに青白い光に包まれる。


 『まって! まだはなしたいことが⋯⋯』


 ステラの伸ばした手はメイメツを掴むことすらできず、虚しく空を切った。


 『この魔石の破壊をもって、我らの、勝利とする!』


 歓声と勝鬨が上がる中、対照的に沈んだ様子のイリスはメイメツの消え去った場所を見つめていた。


 フューリーの格納庫へと戻ったクロは、メイメツの胸部から倒れ込むように落ちた。


 「クロ君!?」


 焦燥に顔を蒼白にしたネメアが魔法で受け止め、クロの体を見ると、胸の真ん中に真っ赤な血溜まりがあった。


 「そんな状態で戦っていたのかい!? なんだってまた⋯⋯いや、今は言ってる場合じゃない! リア!」


 「はいっす!」


 リアが手に持って来たのは、魔法文字のびっしりと刻まれた包帯だった。


 「瘴気の汚染は少ないようだけど、この出血量は不味いね⋯⋯リア! 輸血の準備を!」


 それを受け取ったネメアがクロを脱がし、包帯を巻き付けて叫んだ。


 「あいっす!」


 リアは言われた通りの道具を持ち出し、ネメアに手渡す。


 「ボクの細胞が正常に機能してくれていれば、拒絶反応は起こらないはず⋯⋯!」


 ネメアは躊躇なく自身の肘を捲り上げ、静脈に注射器を打ち込み、同じくクロにも繋げる。


 「死なせはしない!」


 意識の無いクロに、ネメアは血液の輸送を待ち続けるのだった。


 やがて、クロの呼吸が安定し、すうすうと寝息を立てる彼女の頭を、ネメアが優しく撫でた。


 「頑張ったね。今はゆっくりおやすみ⋯⋯」

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