20:宣告と遊歩と本心と
「ん⋯⋯んん」
胸に白い包帯を巻かれたクロが目をゆっくりと開け、上半身を起こして周囲を見渡す。
大型戦艦フューリー内部の医務室に違いなかった。
「え⋯⋯と」
未だにはっきりとしない視界と、混濁する思考を頭を振って整理する。
「街は!?皆は⋯⋯」
慌ててベッドから立ち上がろうとするクロは、ふと、腹部の上に置かれた手に気がついた。
「え、イリス?」
クロの寝ていたベッドの脇に椅子を置き、彼女の手を握って懸命に魔力を送り込んでいたイリスは、疲れ果てて眠ってしまったのだろう。
すやすやと寝息を立てる彼女の頭を、クロは優しく撫でた。
「お疲れ様。頑張ったな」
暫くそうしていると、イリスの耳と瞼がピクッと動き、そっと目が開かれる。
「んぅ⋯⋯クロ⋯⋯?」
「あ、悪い。起こしちまったな」
「クロ!よかった! わたし、しんぱいで⋯⋯! もう無茶しないで! クロまで居なくなったらわたし⋯⋯」
「心配、してくれたんだな。ごめん」
「クロがあやまること、ない」
「⋯⋯かもな。でも、ありがとう」
クロは目尻に涙を溜めるイリスを抱きしめて、宥めるように背中を数回叩く。
「⋯⋯たいちょーがね」
クロの耳元で、イリスが呟くように声を発する。
「うん」
「いきてたの」
「うん」
「わたしのこと、わかるって、うなずいたの」
「そうか」
「わたし、うれしいの!」
涙をこぼすイリスの耳元で、クロもまた、小さく涙をこぼすのだった。
少しの間、二人の嗚咽の響く医務室の中に、ノックの音が転がった。
「やあ。目が覚めたようで何よりだよ」
長い金髪を揺らし、扉を開けて入って来たのは、白衣に身を包んだネメアだった。
「イリス君にはシフィ様から大事な話があるとの言伝でね。早急に司令室まで向かってくれるかな?」
「ん。分かった」
イリスは目を袖で拭いつつ、開け放しになっていた扉からネメアとすれ違いながら去って行く。
「さて。クロ君にも大事な話があるんだ。聞いてくれるね?」
神妙な面持ちのネメアに、クロが小さく頷いて応えて続きを促すと、彼女は口を開いた。
「まずはキミのおかげで多数の命が救われた。大活躍だったね。ご苦労様。避難誘導も早かった事もあって、死者は居なかったんだ! 負傷者は複数名居たけれど、魔物が街を襲った事を考えると、これは大快挙だよ!」
「そうか! 皆無事だったんだな。良かった」
「街に残っていた小さな蛇達もまとめてレミ様の歌によって浄化されたからね。心配ないよ。レミ様の声も戻った様子だし、言うことなしだね!」
ほっと胸を撫で下ろしたクロは、ハッと思い出したように口を開いた。
「悪い。レミ様に⋯⋯」
「ああ、正体が露見した事かい?」
「知ってたのか」
「そりゃあ、イリス君から聞いた話とメイメツが転移した事を考えればね。記憶を消そうにも、また声が出なくなった、なんて事になったら今度はいつ戻ってくれるか⋯⋯。ここはレミ様の口の堅さを信じるしかないんじゃないかな」
クロは黙り込むと、ややあって口を開いた。
「あいつらは?」
「ああ。キミが会ったっていう道化師とネフィル君の事だね。ラスティ君から聞いたよ。話を聞いた様子だと、彼らは魔王教徒の幹部だね」
「また魔王教か⋯⋯」
「うん。彼らの足取りは掴めていないんだ。本来ならこんな襲撃を起こした時点で重罪だからね。全国に捕縛の御触れを出したようだけど、中々難しいみたいだね。何せ彼らは瘴気の中を移動できるんだから」
「そうか、じゃあもうこの街には⋯⋯」
「居ないみたいだね。顔を見られている以上、ここに居続ける理由もないだろうし、彼らの目的は魔王復活、と言っていたんだね?」
「ああ。間違いなく言っていた。人の絶望がどうとか⋯⋯って」
「ふぅん。嫌がらせが目的の連中ねぇ。厄介な事極まりないじゃないか。さて、そんな中、彼らを追いかける事のできる都合のいい部隊があったね?」
まさか、と返したクロに頷き、ネメアは人差し指で彼女を指差す。
「そう。我々清浄の姫園。のことだね。ボクらに、正式に彼らの捕縛命令が出たんだよ! あと暫定的にキミの銀等騎士から金等騎士への昇進の話も出ているよ。個人であれだけ戦えれば、まあ妥当だよね」
「捕縛⋯⋯昇進」
「これで順当に認められれば、夢幻機兵を私物化した件もどうにかできるかもしれない。受けてくれるかな?」
「分かった。突っぱねる理由も無いし、受けるよ」
うんうん。と頷いたネメアは、少しして気まずそうに顔を顰めた。
「それで、キミと個別に面談をした理由なんだけれど⋯⋯」
「ああ。イリスには聞かせられない話か?」
「その、なんというか⋯⋯」
クロはネメアの様子に、らしくないなと思いながら腕を組んで話を待つ。
「単刀直入に言わせてもらうよ。すまない。キミが元の体に戻れる可能性が無くなってしまったんだ」
「は⋯⋯?」
呆然。クロはその言葉を何度か頭の中で反芻するが、理解するのに数分を要した。
「まてまて! 戻れる可能性はあったのか!?」
「薄い確率だけれどね。けれども今回、キミの中にボクの血液を輸血してしまったからね⋯⋯すまない」
「すまないって言われてもどう答えていいか⋯⋯」
「まあ、突然こんな話を告げられて平然としていられるほど、人は強くないからね。ボクが居たら邪魔だろう。キミが重傷を負っていたとはいえ、無断でしてしまったのは悪かったね」
ネメアは頭を深く下げると、更に続けた。
「王都から物資の搬送車が来るまで少しの猶予があるから、一週間程しかないけれど、その間は自由行動でも構わないそうだよ」
それだけ言い残し、ネメアはクロに小さく頭を下げて去って行く。
取り残されたクロは、ベッドから見えるドレッサーに映る自身の顔を見つめ、問いかける。
「私は⋯⋯誰だ?」
鏡の中のクロは、顔が黒く塗りつぶされているようにすら見えた。
ーーーーーーーーーーーーー
陰鬱な空気を取り払うように、フューリーから飛び出たクロは、街の正門前まで来ていた。
「クロ、どこいくの?」
途中で合流したイリスがクロの袖を引き、顔を覗き込む。
「特に決めてないな。それより、イリスにも昇進の話が出てるんだろ?」
「ん。クロがうけるって、きいたから、うけることにした」
「良いのか? 私に合わせちゃって」
「ん。もんだいない。金等騎士になれば、やれることと、おきゅうきん、ふえる」
そうか、と嬉しそうに答えたクロはイリスへ右手を差し出すと、二人は指同士を絡めて歩き出す。
通用門を押し開き、目に飛び込んだ光景に、クロは唖然とする。
朝日を受けてキラキラと光を反射する水面に浮かぶ赤い小さな手漕ぎの船は、趣を感じさせた。
更に安寧の塔へと続く大橋には様々な露店が立ち並び、塔から湧き出す清涼な水に活気を貰うように人々は笑みをこぼし、大蛇の襲撃など微塵も感じさせなかった。
「賑やかだな⋯⋯」
呟いたクロに反応したイリスは、更に握る手に力を込める。
「クロ、すぐ、はぐれる。しんぱい」
「いや、お互い様だろ!?」
思い出されるのは、蛇の腹に突っ込んだり、獣惑粉に誘われて行ったりと、何かと問題の多かった近況だった。
「じゃあ、こうしてれば安心だな」
歯を剥き出して笑い、更に強く握り返したクロに、イリスも小さく笑いかけて歩き続けると、いつの間にか商店の並ぶ大橋の上まで辿り着いていた。
「クロ、あそこのおみせ⋯⋯」
イリスの指差す先には、小瓶が所狭しと並べられている露店があった。
「きになる。いこっ」
「あ、ちょっと、イリス!?」
腕を引っ張られる形で、クロが店の前に立つと、初老の男性が出迎えた。
「いらっしゃいませ」
木製の机を隔て声をかけた彼には、クロにも見覚えがあった。
「えっ! ロウさん!?」
「おや、先日の。これはどうも」
恭しく礼をした彼に、クロとイリスも敬礼をとって応える。
「今回の騒動で多額の資金が必要になったため、私めも何か協力できることはないかと考え、この街名物の水に、特殊な加工を加え、化粧水として販売することにしたのですよ」
「化粧水?」
クロが胡乱げに目を細めると、ロウは小さく頷いて返す。
「そうなのです。この街ファウンティの安寧の塔から噴き出る水はご覧になられましたよね? あの水は一度、浄化石を通過した水が来ているので、美味しく、更に美容にも高い効果を期待できるとの事で、お土産としても有名なんですよ」
「これください」
説明を聞いたイリスが、早速懐から銀貨を数枚取り出し、ロウへと手渡した。
「買うのか?」
「ん。びようは、だいじ。クロも、つかう?」
その提案に決めあぐねていると、小包を肩から掛けた鞄に仕舞い込み、イリスは口を開く。
「こんど、たいちょーにあった時、もっとキレイになって、メロメロにするの」
羞恥から、僅かに顔を赤らめ、けれど嬉しそうに鞄を抱えながら語るイリスに、クロは思わず顔を両手で覆った。
「みゃっ!クロ、顔まっか! かぜ?」
「いや、何でもない。大丈夫だから⋯⋯」
「だいじょぶそうに、みえないよ?」
「いや本当、大丈夫だから!」
彼女達の押し問答に、ロウは小さく笑みを浮かべる。
「とても我々の英雄とは思えない、不思議なお嬢様方ですね」
かけられた声に、二人は耳をピクリと動かしてロウに向き直る。
「英雄? 誰が?」
「御二方と、あの美しい歌を披露してくださっ方ですよ。あの美しい旋律と歌声には私めも感服致しました」
思い返すように遠くを見つめるロウに、二人は手を振って否定する。
「レミ様はまだしも、私は⋯⋯」
「そう謙遜しないでくださいませ。諦めかけたお嬢様のお心を救い出してくださったのは、他でもない貴女方なのですから」
さらりと言われたその言葉に、自然とクロ達の背筋が伸びた。
「誠に、ありがとうございました。お礼、というわけではございませんが、何か困り事がありましたら、何なりとお申し付けください」
深々と頭を下げた彼に、二人はロウから距離を空け、困ったように顔を見合わせる。
「今が困ってるときなんだが!? こんな賛辞受けたことないぞ!」
「ん。いつも来るのがおそいとか言われてたから⋯⋯」
ふと、イリスが疑問に思って首を傾げる。
「クロもそうだったの?」
「えっ? ああ、まあ、そうだな、うん。私のいた部隊でもそんな感じだったな」
同じ部隊に居たとは言えず、目を泳がせながら喋ると、イリスはそんなものか、と視線をロウに戻した。
「ぶたいといえば、このまちで、くろいかみのおとこのにんげん、みなかった?」
「はて、黒い髪、と言えば珍しいですね。私めが衛兵から聞いた話では、そのような話は伺っておりませんが⋯⋯ふむ。最近見た黒い髪はクロ様が久しぶりですね」
「そう⋯⋯」
しゅん、と耳を畳むイリスに罪悪感を隠しきれなかったクロは、指を立てて口を開いた。
「なら、街の観光がてら、探しに行こうか」
「いいの?」
「もちろん。言っただろ? クロス⋯⋯さん。探すのを手伝うってさ」
「クロ⋯⋯ありがと、うれしい!」
イリスは再びクロの指に自信の指を絡めると、ロウに小さく会釈をして歩き出す。
「さて、とはいえ、どこから探すか⋯⋯」
ロウへ手を振って別れた後、二人は手を繋いだまま街の中央に聳え立つ安寧の塔の前まで来ていた。
「ん。まずはひとのあつまるばしょが、いいとおもう」
「となると冒険者ギルドか? この街にもあるのかな」
「ロウさんに、きいとけばよかった⋯⋯」
「まあ、折角街の観光がてらって話だ、色々と見て回れば、楽しいこともあるだろ?」
「ん。このまちはなんだか、たのしそう」
目をキラキラさせた彼女の目に映る川の水面もまた、乱反射で日の光を受けて輝いていた。
「取り敢えず、商業区のある西側から回ってみるか?」
そう提案したクロの言葉に返答するように、イリスのお腹がきゅるると音を立てて鳴いた。
「ふふ。丁度いいな。私もお腹が空いてたんだ。何か食べに行くか」
「いいの?」
「私もお腹が空いているんだ。今回はイリス、頑張ったからな。何か奢ってやろう」
得意げに語るクロの言葉を聞いたイリスは足取り軽く、西へと足を向けるのだった。




