1.
「あなたは、退魔師の集団、“春の天”の少年の手により、亡くなられました」
そう告げられた男は、齢――否、享年54歳。恵比寿顔の、人の良さそうな人物。恰幅の良い体格に、グレーのビジネススーツを纏っている、会社の社長と言えば――という雰囲気の男性である。
彼の名は、四十万 泰雅。常に微笑みを湛えていた細い目は僅かに見開き、その黒目にあからさまな困惑を浮かべている。
――それもそうだろう。退魔師の少年らに倒されたと思ったら、真っ白で平衡感覚の狂いそうな部屋に、気がつけば立っていたのだから。しかも、あからさまな“女神”のおまけ付き。
「――あんたは誰や? えろう別嬪なネーチャンやけど。ここ、どこの国?」
「ここは、世界と世界の狭間。わたしは、別の世界の神……あなたの高潔な魂を拝見して、そのお力を借りたく思い、この場にお呼び致しました」
「僕が、高潔ぅ?」
泰雅は、何の冗談だと言わんばかりに目を剥き、そして笑った。
「それは冗談きついわ。ええと、女神様? 僕、これでも悪い事はしこたましてきた身やで。私利私欲のために、怪異を利用したり、多くの人間をモルモットにしてきた悪徳社長や」
「その大元たるは、あなたの真摯な心根より生まれたもの。その結果辿りし道筋が如何なるものであったとて、あなたには、そう称されるべき精神があります」
「――ハッ、覚えてへんなぁ、そないな昔の事。んで、お呼びした理由ってそれだけなん?」
「いいえ。わたしはあなたのその清らかな心を見込み、とあるお願いをしたくこの場に召喚させていただいたのです」
泰雅は、細い目の奥を疑わしげに光らせる。しかし、すぐにその顔は笑みに変わる。
――彼の、ビジネス用スマイルである。
「神様が、ビジネスマンの僕にお願い? ええよ。商売の相談? それともお金でも貸してほしいん? 生憎、死んでもうた以上、六文銭以上に出せるカネなんてあらへんけどな」
「あなたには、とある世界を救って頂きたいのです」
煙に巻くような言動を無視したその注文に、泰雅は大げさに腹を抱えて笑い出す。その様は、相手を馬鹿にした嘲笑を思わせるものだ。
「アハハハハ! マジか! これアレやない? 若モンの間で流行っとる漫画の、異世界転生ってやつかいな? お話の中だけの話や思とったんやけどなぁ。火の無い所に煙は立たんって事なんやろか。マジであるなんて思わんかったわ」
「引き受けていただけますでしょうか?」
泰雅は、態度を変えない。
「ハハ、いや女神さん。そら無茶ってもんやで。僕、所謂ワルモンやで? 昔の純真無垢な、おめめキラキラのガキの頃やったらともかく、そんなガキどもの血肉で肥え太った僕にそんなん頼むとか、冗談もええとこや」
腹を抱えて、笑うフリ。しかし泰雅は、すん、と。両手を降ろして、投げ出すように言う。
「悪いが、お断りや」
その投げやりな口調には、疲れのようなものが、僅かに滲んでいた。
「僕、人間嫌いやねん。なのになんで人間救わなあかんねん」
笑いの仮面を捨て、泰雅は真顔でそう述べる。元の笑ったような顔でも、ごまかしの利かないほどにそこに表情は無い。
「しかし、あなたは元の世界では既に亡くなられてしまいました。この話を断れば、そのままあなたの魂は虚空へと消えてしまう事でしょう」
それは、見方を変えれば脅しとも呼べるものだった。だが――修羅場をくぐってきているからか。そもそも最初からどうでもいいと思っているのか。
「別に、構へんわ」
泰雅は、そう答えた。
「ほう?」
「今言うたやろ? 僕、人間嫌いやねん。己が助けてほしい時には縋りくさるクセに、こっちが助けて欲しい時は知らんふりする。そんなモン、助けたって懐が寒くなるだけや。文字通り、何の得にもならへん」
泰雅は、やってられんとでもいうように、両手を広げてからその場に座り込む。
「やから、お断り。悪いけど他当たってや~」
その座り込みは、ここから動くつもりは無いという意思表示なのだろう。どんな交渉にも、聞く耳持つ気は無い。所謂、テコでも動かないといったところだろう。
しかし、である。
「まあ、あなたがどう仰ろうと、転生して貰うんですけどね」
「――は??」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔、というのはこのような表情のことを言うのだろう。泰雅は目を丸くし、口を半開きにする。
「言ったでしょう、あなたの力が必要だと。必要だから呼んだわけで。で、あるならば、例え拒否されたとしてもその価値が変わる事は無いわけで。時間もないですし」
「神様はクソとは思とったけど、マジでクソになることないやろ!?」
泰雅は立ち上がって、そのまま食ってかかってくる。――しかし、彼の身体は女神をあっさりとすり抜けてしまう。
「じゃあ何のために呼んだんや!?」
「そりゃあ、あなたに現状を理解していただく以外に無いわけですが。それとも、そのまま異世界へ飛ばした方が良かったのでしょうか……?」
おどけるような女神の口調。泰雅の信じられないという顔。
「誰かの仕業て分かったら憎しみが生まれるやろ!?」
「どうせ神を呪ったでしょうに」
「そうやけど! いや、知らんけど! ……――ッ!?」
泰雅の足下に、突如真っ黒な穴が開く。
「それでは。もう二度と会うことはないでしょうが、行ってらっしゃいませ」
「ふざけんなやぁあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー…………」
それはまさに、底なしの穴。声だけが、真っ白な空間にこだまし――そして、最後にはもはや何も聞こえなくなった。
これが、四十万 泰雅が異世界へと転生する、その経緯である。誰もが、クソ食らえと思うであろう流れである事は疑いようもないだろう。合唱。
◆
――俺は今、二人がけのソファに座らされていた。
「さあ、おいしいおいしいパフェですよぉ~」
アクマと、割と密着状態で詰めながら。
「いよいよもって、そういうお店みたいになってきたなお前……!」
なんかこう、ありそうではないか。メイドのコスプレした女の子と密着状態で座って、何かを食べさせられるオプション。今の構図は、まさにそれだ。
女性に免疫があるわけではないので。相手がこいつでも、正直俺は緊張する。容姿だけなら極上だし、ふとももは扇情的だし。凄く、居づらい。
「いいじゃないですかぁ、誰も見てませんしぃ」
「というか、トイレ行って来るとか宣って、帰ってきたら帰ってきたで、ちょっとやりたい事があるとか言いだして、それにとりあえず乗ったらこんな事し始めるとは想像つかねーのよ!」
「ちゃんと手は洗いましたよ?」
「そもそもお前トイレ行くのかよ」
俺の頭から湧いた謎。
「おや? カミサマは我慢してる女の子に興奮を?」
「そういう意味で言ったんじゃねぇやい! というか、どうなってんだお前のそれ!」
アクマが、パフェを食べさせてくる。ということは、スプーンを差し出してくる方と逆の手は、盛り付けられた容器を持っているはずなのだが。
なんとこいつ、それをまっすぐ上に立てた人差し指の先端に、バランスゲーム並の不安定さで所持しているのである。
「甘ぁ~い時間に、ちょっとしたスリルをスパイスとして加えて差し上げようと?」
「要らない気遣い……!」
「多分お店では味わえませんよ?」
「事故のリスクがあるからな……!」
全く、おかげで目の前のカミサマTVに映る辰昭少年に集中できないではないか。幸いにして、今はそれほど重要な状況ではないが。
――辰昭少年は、街で正体を露見させた後。姉のシィの前から姿を消していた。その後、全く別の場所――うち捨てられ誰も住まなくなった村に潜んで一人修行を行っており、謂わば今の彼は、漫画で言う修行パートのような状態にあった。
その修行内容とは、扱えるようになった魔力に関するものだった。彼は俺の見込んだとおり、“とある目的”のためにひたすらに魔法を、そして戦闘能力を鍛えてくれているのである。
「はい、カミサマどーぞ♡ おいしいイチゴですよぉ~」
「自分で食べるからいいって……」
「そんな寂しい事言わないでくださいよぅ。ほらほら、おいしいで、す――……ふぁ、」
アクマ、何故か突然、鼻をひくつかせる。
「ふぁ?」
嫌な予感がした。
「ふぁ……ふぁ……ふぁ……っ、ぶあっくしょいっ!」
「おわぁパフェがぁ!?」
突如、アクマがほぼ何の前触れもなくくしゃみ。人差し指で支えていたパフェが飛び上がり、俺の方へと襲いかかってくる。
――頭をクリーム塗れにして、俺は思う。相対的に見て今の俺、やっぱりヒトに苦労させて寛ぐクソみたいなタイプのカミサマだな、と。




