2.
泰雅は、とある王国の貴族として転生した。
この世界の中でも、上位に位置する裕福な国。高い国力を持ち、交易も盛んで民衆の様子も活気豊か。ファンタジー世界で、栄えている街を想像してみれば。わかりやすく頭に浮かんでくるような街並み広がる、そんな国家だった。
彼は、その国の公爵家に新たなる生を受けた。その名はリグリス家。貴族と言ってもピンからキリまであるが、国政にも携わるほどの名家であり、当然、文字通り絵に描いたような煌びやかな日常を送る事のできるような、勝ち組も勝ち組のような家である。
しかし、である。そんな、誰もが羨む何不自由なさそうな家に生まれた泰雅には――不満があった。
「元気な女の子ですよ!」
「(なんでやねんッ!?)」
そう。生前男性として生まれ、男性として生き、男性として死んだ泰雅だったが。
なんと! 女の子として転生してしまったのである!
「(なんでや!? 僕の態度に対する嫌がらせか!?)」
「おーおーティカや、よしよしよし」
「(人間の闇を知る悪徳社長舐めんなや! そんな風にあやされたって喜ぶかいな!)」
不機嫌そうな娘の顔を見た、物腰柔らかそうな男性――彼……彼女? の父が、猫なで声と共にその赤ん坊を揺らす。――赤ん坊は、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「(あかん! 赤ん坊の本能で喜んでまう!)」
内心は困惑も困惑でありながら、赤ん坊である泰雅――改めティカは、きゃっきゃと声を上げ、口元をよだれ塗れにしていた。
「(尊厳破壊もええとこやろ!? あの女神マジ許さん!!)」
そうして、自身を女に転生させた女神に無限に恨みを募らせながら、ティカの生活が始まる。
暮らしは、まさに貴族の子女らしいといったものだった。幼少期はのびのびと育てられつつ、程度の良い厳しさの習い事と勉強といったバランスの良い毎日。前世での自分と比較すれば雲泥の差だと思うほど、その幼少期は、満ち足りたものだった。
そして、そんな暮らしが続いて。12年の歳月が流れた――……。
「あらあら、お父様ったら。うふふふふ」
ここに、一人の少女がいる。黄金の風のような、長く癖のない金髪。大海のような深い色の、サファイア色の瞳。目鼻立ちのくっきりした、ビスクドールもかくやという程の、上品で整った顔立ち。純白のワンピースに身を包んだ、その華奢な体躯。いかにも品のある美少女と称されるような、そんな現在12歳の彼女。
「(何がうふふや! お父様それ、若い女の子は分からんやろけどド下ネタやろが! 娘の前で、マブやから言うて王様としててええ話なんか!?)」
そんな彼女が、父に連れられ王様にご挨拶。二人は、どうやら古い付き合いらしい。その二人が――昔の失敗話で盛り上がって。
などのような事にも、度々なったりはしたものの。元々転生前から要領は良く、大抵のことはうまく躱したり等していたりと、泰雅はうまく立ち回っていた。そのおかげで、中身が中年男性だとは誰も気がつくこと無く。月日は流れていった。
――そして。次は、王国騎士の騎士隊長が、用事でリグリス家を訪ねて来た時の話である。
「ティ、ティカお嬢様、参りました……!」
「ごめんあそばせ」
その隊長は、ティカの前で膝を突いていた。
――泰雅は類い希な剣の才を持ち、退魔師集団『春の天』の連中も、妖刀で何度も返り討ちにしてきた経験がある。そんな事もあり、折角身につけた技能。鈍らせるのも勿体ないと、稽古用の木剣を屋敷の倉庫で見つけ、気まぐれに振るっていた。
「(いや、なんで僕が勝ってるねん!? あんた騎士ちゃうんか!? しかも階級付き!)」
それを、たまたま公爵家を訪れていた、王国騎士団のとある騎士隊長。彼は子供好き。お嬢ちゃんと遊んであげよう。そんな軽い気持ちで、ティカの“遊び”相手になるつもりだった。
無論、相手が少女だという油断も間違い無くあったのだろう。しかし、騎士団で学ぶ剣術とはまるで違うスタイルにリズムを乱され、完璧に呼吸を読まれ。腕力など遠く及ばないにもかかわらず、剣を払い落とされてしまった。
つまるところティカは、剣の腕もそのまま転生前から引き継いで居たのだった。
「(いや、これそもそも明らかにおっさんやっとった時より調子ええんやけど……)」
加え、ティカの身体は妙に動体視力に優れていた。そこに、無駄を限りなくそぎ落とし、相手の手の内を読む泰雅の洞察力が合わさった結果――……、
「おやおやティカ、はっはっは、隊長殿に遊んで貰って――」
「リグリス様! リグリス様! ティカお嬢様めちゃ凄い才能が!!」
この通り、何かもう、凄く剣士の才能のあるような話に。
そうして。要領の良さから来る、超自然的で上品な、どこに出しても恥ずかしくない振る舞い。卓越した剣の才能。それらが組み合わさり、彼――否、もはや彼女の人生は、一気に転がり始める事になる。
「(なんか僕、余計な事やっちまったんやあらへんか……?)」
「ほほう、それは興味深い。正直な話、女子に剣を振らせるというのは私としてはあまり気が進まんのだが……」
「何を仰いますディグリス様! ティカお嬢様の才能は、100年に1度――否、1000年に一度の大変希少なものですぞ! これを腐らせるのは、国家の――否、人類の損失ですよ!」
「おおう、イショワ隊長程の男が、そこまで……」
何か嫌な予感がする。ティカがそう思った時には、遅かった。
「ティカ、剣の道に興味はないかい?」
リグリス公爵は、愛娘のティカの前で中腰になり、目線を合わせてくる。
「い、いやですわお父様。わたくし、別にそんな……」
「しかし、倉庫に眠っていた私の昔の稽古用木剣に興味を持って振っていたんだろう?」
「ま、まあ確かに、そういう側面もございますけれども……!」
「これは恐らく、創世神様のお導きに違いないと、私は思う。どうだい、試しに少し。ほんの少しだけ、剣術を学んでみる気はないかい!?」
「お父様お顔が近い!」
これはティカが後に知る事になるが、リグリス公爵は、剣術がてんで駄目な少年であったのだそうな。
――そんな父の眼差しに断り切れず。ティカはあれよあれよという間に騎士学校に短期入学する事に。
「(――いうて、あんなんマグレや。あっちが油断してへんかったら、勝負にもなってへんやろ。あからさまに体格で負けとるわけやし)」
まあ、この際騎士学校に入るのはよいものとしよう。女神の言うとおりにする気はさらさらないが、この世界で生きている以上、知識の集まっている場所で知識を集めておくのは悪い事では無い。そう思い、ティカは学生生活をする事になったのだが――その、一年目。
「ま、参った……」
「(あかん、教官倒してもうた……)」
ティカの、手を抜けない性格が災いした。
元々、修羅場は多くくぐり抜けてきた泰雅。加え、ティカの身体能力諸々も合わさり、本人の意思に関係無く、15歳になった時には、教官含め学校の誰も彼女に敵わなくなっていた。
ついたあだ名が“黄金色の剣姫”。『随分と安直』と思うティカの呆れと反し、その名は何故か畏怖と共に学校に広まって行く事になった。
――以上。女神から、世界を救えと言われ。人間嫌いも相まり、決してその通りにすまいと思って居た悪徳社長の、英雄の道である。
彼の道は、“創世神”の手腕の元、完全に整備されているのだった。
◆
俺ことカミサマは、ワールドコアの所在地について、頭を巡らせていた。
そもそもこの世界を崩壊させるための手段としてアクマがプランニングしているのが、ワールドコアへの接触と、それに至るための情報の流布である。
何せ、ワールドコアの場所は俺や、そしてアクマにも分からないからだ。まず見つけねば話にならない。守る、破壊するといった差し合いに至るには、それを避けては通れない。
「(というかこういうモンって、星の中心とかにあったりするんじゃないのか……?)」
コア。核、というものなのだからと、安直に俺はそう考える。あるいは、この星が属する世界の、その宇宙のどこかとか。
「(宇宙、といえば――この世界の宇宙は、思ってたより“狭い”んだよな)」
宇宙の大きさは、少なくとも138億光年以上と聞いたことがある。ぶっちゃけ想像のつかない大きさだが、それでももっと巨大である可能性は示唆されているし、さらに言うならそこからもっと膨張している可能性もあるのだという。
だが、この世界の宇宙は、そんな何億光年もない。というより、今俺が見ているこの大地から離れるほどに、不明瞭になっていく。
この星の周辺辺りは、よく分かる。いつか見た地球儀そっくりの惑星と、暗黒の空間、衛星として回る月。瞬く星々。それはほとんど、何かで見たような、地球の周りの光景そのものである。
が、そこから離れて行くと――何と言うか、カミサマである俺でも、まるで遠くの景色を見るかようにその詳細がぼやけてくる。
なんなら、太陽どころか月辺りですら、少々怪しい。月にうさぎが居て、餅をついているかどうかの把握すら困難である。
それは言うなれば、地上にいて遠方の山を見るのと近い感覚と言えた。山がある。木々も生えている。しかしそこに住まう動物は分からないし、木々がどんな肌をしているのかとか、枝の本数が何本かだとか、そこまでは認識できない。それと近似している。
「(まるでこの世界が、この惑星中心に回っているかのようだな)」
それをプラネタリウムのようだ、と表することもできるだろう。乱暴な言い方をすれば、この世界を取り巻く宇宙は、この星のためのハリボテにも思えてくる。
「(そう考えると、ワールドコアが宇宙のどこかにある可能性は低いか……?)」
確証はない。ただの勘だ。しかし、世界の中心点が、世界の端っこの、そんな不明瞭な場所にあるとは、俺には到底思えなかった。
だからこそ、星の中心にあるのではないか、という先の推論が成り立ってくる。しかしそうするとまた、そこに行く手段がこの世界の人々にあるのか、という話になって来る。
俺達の世界でも、人類は宇宙進出をある程度果たした。ある程度と言っても、宇宙規模で見れば半歩どころでは無いような小さな進出だが。
しかしその距離は、仮に火星が対象として、2億2800万km。地球のサイズ、1万2700kmと比較すれば、約18000倍の距離である。
だが、それだけの長距離移動ができてなお、人類は地球の中心には行ったことが無い。その内核について、ある程度推論を立てる事はできても、直接確かめられた事はない。それだけ、辿り着くのが困難なためだ。
「(――もしこの惑星の中心にあるとしたら、アクマは互いに相当な無理ゲーを俺に仕掛けていることになるが)」
俺はこの世界を観察して、時間が浅い。だから、明確に確証を持ってそう言っているわけではないが。まず普遍的な可能性を考えて、この世界の住人が惑星の中央にたどり着ける確率は限りなくゼロに近い。
それは、魔法という存在を考慮に入れてもだ。例えファンタジー概念を用いても、そこまでたどり着くのは困難だと、カミサマとしての感覚がそう言っている。
――これらの推測は、アクマがワールドコアの所在について、俺よりも在処に近い事を同時に証明する。
でなければ、俺にこんなルールでのゲームを仕掛けてきたりなどはしない。今の考察はワールドコアがどこにあるのかという難題について、真っ先に挙がることだからだ。
そして、これらから逆説的に、アクマはワールドコアが、少なくともこの地上の生命がまるで手出し出来ないようなものではない事を知っているという推測が成り立つ。
これをフライングだの、ズルだのと指摘するかはさておき。では、にもかかわらず何故アクマは、ワールドコアを見つけられていないのか。
「(人目に付かないとしたら、遺跡かなんかにでも安置してあるのか……?)」
だが、この地上のどこにも、それらしきものは存在しない。いや、遺跡は幾らでもあるのだが、その全てが、そのために作られたとは思えないものばかりだ。
俺は、カミサマTVの向こうで修行する辰昭の様子をぼーっと見ているアクマをちらりと見る。
住民が見つけるという事は、俺が見つける事に繋がるが、それはアクマも同じである。勝負のクライマックスは確実にそこに焦点が当たるという、一見すると何とも熱い構成に思えるが。
――なんとなく、そこに妙なきな臭さを感じてしまう。
これは、カミサマとしての直感ではなく、人間としての直感だ。まるで、何かに誘導するような意図を、アクマの仕掛けてきた勝負から感じる。
であるならば、目的は何だ。
「(ワールドコアの破壊そのものが、目的ではない可能性もある、か……?)」
そもそも勝負――この世界の存亡を賭けたゲームをしている以上。ゲームルールとしてそれは確かに“目的”だが、それ自体はその中の目標であり、実際の目的は“勝利”である。
例えばの話だが、何らかのゲームで二人が対戦を行っている場合、どちらかが反則負けになれば、ゲーム内の目的は達成されず、片方の勝利が手に入る。
極端な事を言えば、相手を嵌めてルール違反させればゲームの最終目的は達することができ、となればゲーム内の目的は関係が無くなる事になる。
つまり、ゲームの勝敗というのは、必ずしも目的とイコールではないのだ。
こいつは、間違い無く俺よりも上位の存在である。人間の俺を、こんなワケの分からない場所に連れて来て、色々な俺の中の常識をぶっ壊した上でゲームをしている。勝つことが目的なのであれば、ズルでもなんでも、本来ならし放題の筈だ。
しかし、こいつは“ゲーム”にこだわった。まるで、勝敗ではなく、ゲームそのものを目的とするように、俺とこうして対峙している。
しかしそうなると、こいつは何故俺をゲームに誘ったのか、という最初の疑問に立ち返ってくるわけなのだが。やはり、それは今のところ読む事が出来ない。
「(ただ本当に、俺と遊びたかっただけ、とかそういう事はあるのか……?)」
――一つの世界の存亡を賭けて? そんな理由で大多数の命と存在を賭けるものか?
勿論、アクマの価値観が人間のそれと同じである保証は無い。本当に、ただ俺と遊びたいだけで、そこまでのものをオモチャに使っている可能性も否めない。
だがそれならそれで、『何故俺なんだ?』という疑問が生まれてくるのも、また事実である。
――俺は、アクマに一つ質問をしてみる。
「なあ、アクマさんよ」
「? はい、なんでしょう? マッサージでもします?」
「それは――いいや。お前は今、楽しいのか?」
「? いきなりどうしたんです?」
「いや、お前は俺というたった一人のちっぽけな人間に、こんな大それたゲームを仕掛けてきてるわけだろ? でも、それがどう楽しいのか、ふと疑問に思ってな」
こいつが“目的”を話さないのは、最初にゲームを始めた時の通り。しかしせめて、その心がどこにあるのか、そのヒントだけは得たいと、俺は問いかける。
すると、アクマは。
「んー、楽しいか? ですか……」
と。何か、言葉に詰まるような、そんな声色で俺の質問を復唱した。
「いまいちこう、盛り上がらん言い方だな、お前にしては……」
「あ、もっと盛り上がった方がいいなら、そうしますよ? ピザでも用意します? クラッカー? あ、ピロピロ笛でも用意しましょうか!?」
「そういう、無理矢理感じゃなくてだな」
「えー? どーしても答えなきゃダメですか? んー、そーですねぇ――」
アクマは、満面の笑みで答えた。俺は――ぞっとした。
「ザ☆虚無! ですかね!」
その満面の笑みは、貼り付けた仮面のようだった。
――背筋に走った寒気。それを、誤魔化すかのように。なんとか、俺は言葉を繋ぐ。
「――ザ・虚無なのにやってんのか」
「☆が足りませんよ☆が」
……気のせいだったのだろうか。いつものこいつに、戻っている。そんな気がする。
「まあ実際、ゲーム自体が楽しいからやってるわけじゃない、ってところはありますよ」
気のせいかと思ってスルーしようと思ったのに。アクマは、俺の動揺に対し反応したようにそう言った。流石に、誤魔化し切れていなかったらしい。
「いうなれば、アナタとこうしている時間そのものに、ワタシなりの意味がある、とでも申しておきましょうか」
「俺と……? 俺が何だって言うんだ……?」
ある程度予測していた事ではあるが。やはり他の誰でも無い、俺が俺であるからこそ、俺をここに呼びつけたらしい事を、アクマは暗に明言する。
「俺はただの人間だぞ。超常的存在とは無縁の、どこにでも居る一般男性だ」
「ええ。どこにでも居る一般男性ですよ。その一般的観点から言えば、アナタは特別でもなんでもありません」
アクマはふっと、微笑む。その笑みは、ふざけている調子のモノとは根本的に異なる、どこか寂しさを感じさせるもの。
「しかし、今のワタシにとっては、他の何よりも価値のある、一人の人間なのです」
「どういう意味だ……? それは、このお前曰く虚無なゲームをやる事と、どういう関係があるんだ?」
「それは――まだ、秘密としておきましょう」
「……それは、何でだ?」
「余計な先入観というものは、無い方がよいと思いますから」
――一つ、そこでハッキリしたものがある。
「……そうか。だったら、これ以上は詮索しない方がいいのかもしれないな」
「ええ。是非、お願いします」
それは。アクマは、俺に“何か”を伝えたくてここに招いた、という事だ。




