3.
その世界は、人間と魔族が敵対関係にあった。
――すごく。なんというか、あまりにも王道RPG的な世界観に、俺は我が目を疑いたくなる。様々な世界が無数に存在すると言っても、これはあまりにもあからさまで、いかにも作られた世界とでも思えてしまいそうなコテコテ感だったからだ。
当然のように、“魔法”という概念も存在する。使い手は魔法の名前を宣言し、目的の効果を発生させ取り扱っている。
それを、俺はカミサマとしての能力――所謂、“カミサマアイ”で見ていた。どうにも、意識をすれば該当世界のどこでも、好きな場所を視る、というより頭に浮かばせる事ができ、千里眼のようにあらゆるものの様子を確認できる能力――能力? だった。
「女の子のお風呂を覗いちゃ『めっ』ですよぉ?」
「やかましいわ!」
命名は、アクマである。このあまりにもあんまりな名前は、分かりやすいが少々こっ恥ずかしいというデメリットがある。
「というかこう、お前が同じ場所に居たらなんか駄目なんじゃないか? 敵なんだろ、一応」
「そんなぁ!? 寂しいじゃないですかぁ!」
――まあ、いつの間にか用意されたテーブルにつき、彼女が淹れる紅茶を飲んでる俺が言うことでもないような気がしないでもないが。
それにしても、カジュアル味が強いが、妙にメイド服が様になってんなこいつ。
「ゲームって、同じ部屋でやるものでしょう?」
「昭和か……?」
「平成ですよ!? 何でもいいからお話しながら遊びましょうよう!」
「世界が滅ぶか否かを賭けながらか……?」
どうにも、緊迫感に欠ける。暇を持て余した神々の遊びとは、こういうものなのだろうか。神々むかつくな? おそらく、今は俺がそんな神々なんだが。
「確か、核――“ワールドコア”が破壊される事で、世界が滅ぶんだっけか……」
俺は、先ほど受けた説明を思い出す。……散々横道に逸れまくって、どこか忘れていそうな気がするので、確認は大事にしたい。
「そうです。我々が直接手出しはできませんが、この世界の住人ならば触れる事のできるそれ。それが破壊されることで、この世界は崩壊。節目となる3000年の間の20年間の間に守り切れなければ、アナタの負けになってしまいます」
「――どうやって破壊するつもりなんだ?」
「じつはこちら、まことに繊細なものでしてぇ。コアをコアとして、その世界の住人が意識しながら触れると、歪みが生じてしまうんですよネ」
「歪み?」
「例えば――そーですねぇ。積み上がった積み木があるとして、それに無遠慮に触っちゃう感じでしょうか。そんな事したら、積み木はどうなります?」
「――多分、崩れるな?」
「そうそう、そんな感じでございます! というわけで、コアを意識して住人が触れれば、基本的にアウト! イコール、これが実質ワタシの勝利条件となっております!」
尤も、俺達にはそのワールドコアがどこにあるのか分からないのだという。住人も、基本的には分からないようだが――話から考えるに、彼らは何らかの方法で知覚ができるよう。そして、知覚したそれに触れさせる事が、こいつの狙いであるらしい。
というわけで、だ。つまりそんな状況にされないように、俺は動かねばならない。
じゃあどう動けるのか。そう聞くとアクマ曰く、概ねイメージする神様ができそうな事はだいたいできるのだそうだ。
お告げを聞かせたり、現象を引き起こしたり。曖昧なところまで、概ねこちらの意のままにできるよう。全能の神のごときチカラが、今の俺には備わっているらしい。
一方で、こちらができる事は、アクマもできるとの事。ただし、どちらにも言える事だが、直に世界のバランスを崩壊させるような事はできないのだという事。例として、物理法則を変えるだとか、直接世界をかき回して天変地異を引き起こす等がそれに当たるらしい。
“世界変容度”が1以内とか言われたが、そこに関してはあまりよく分からない。加え、誰かの行動を直接操る事もできないのだという。
何れにせよ、全能だけど全能では無い。滅茶苦茶はできないらしいという事がわかった。
――一通り説明と確認を終えた俺は、さらにその世界を詳しく視てゆく。
人間側には、この世界を創った創世神を主とする宗教があるらしい。奇しくもそれは俺もなんとなくイメージの上がる一神教的なもので、この世界で多くの人類がそれを崇めている。
一方魔族側は、全く別の神を崇めているらしい。人間側からは邪神と呼ばれるその神は魔族の祖。かつてこの世界を生み出した神とは、この世界の覇権を奪い合う間柄であるらしい。
つまり、創世神の眷属と邪神の眷属であるそれぞれは、互いに争い合う宿命にあるという。このありがちな設定の真偽の程は不明であるが、それでもそれが、両者の何千年という戦いの歴史の大本になっているようだった。
そして現在。人間側が優勢であり、魔族は彼らの手の届かない、届きにくい、過酷な地に追いやられている状態であるのだという。
「ちなみにワタシは、既に先手を一つ打たせていただきました」
「フライングじゃねーのか? 何をしたんだ……?」
「簡単な事です。戦況不利に陥っている彼らに、『世界の仕組みを変える秘宝』が世界のどこかにある、というお告げをこっそり与えておきました」
「それってモロにワールドコアの事だろ……」
「だいせいか~い♪ 花丸あげちゃいます?」
そう言って、人差し指と中指でアクマはハートを作る。いや、花丸は?
「――ん? 直接場所は教えなかったのか?」
「言ったじゃないですか、ワールドコアの位置はワタシ達にも分かりませんって。ですから、ある程度ワタシ達も推理しないといけない、っと」
「……なるほど、確かにな」
「ただヒントとして、ワールドコアは世界の中心です。住人は手を出すことができる一方、世界のごたごたに巻き込まれてどうにかなることはありません。そればかりか、世界はそれを軸にして回るので――はっきりとは言えなくても、感覚的にはそれがどこにあるのか。なんとなく判別はできるでしょう」
情報が多い上に、ややこしい。こんな時、手元にスマフォでもあればメモれるんだが。
「あ、メモ用紙使います?」
そんな俺の様子を察したのか。そう言って、アクマはその両手に紙のメモとボールペンを出現させた。
「――もう少し早く出してほしかった」
「ごめんなさ~い、気が利かなくってぇ! てへっ」
かわいい娘ぶられても困る。マジでかわいく見えるから。
「――じゃあ、魔族側は人間から世界の覇権を奪うためにワールドコアを探している事だろうな。現状を打破したいのなら、戦いとは別に探索をしていてもおかしくはない」
俺ができる事はアクマもできるように、アクマができる事は俺もできる。ならば俺も、魔族がワールドコアを狙っている事を、人間側に伝えるべきだろうか。
「……いや、駄目だな」
俺は人間だが、生憎そんなに人間を信用していない。
例えば、『魔族がワールドコアという、触れれば世界が滅ぶ厄ネタを探している』と、シンプルに人間側――例えば創世神を崇める教祖などに伝えたとしよう。
確かに、人間側はそれを守るべく魔族と同様、探索を開始するだろう。しかし、ただ守るためだけに動くとは、正直限らないのだ。
触れば世界を揺らがし兼ねないブツを、どう悪用するかは、秀才でもない俺では分からない。しかし安易な行動に踏み切った結果、取り返しのつかない事態に陥る事は充分に考え得る。
――この一点を見れば、ワールドコア周りに関する話は、俺にとっては微不利といえた。なぜならあちらは、指示をする魔族がどう行動しようと、ワールドコアに触れてやらかしてくれればOKなのだ。
「こちら、アルデンテです」
アクマがテーブルに、何もソースのかけられていないパスタを出してきた。それはもう、どこからどう見ても普通の給仕のように。……何故に?
「お腹すいてると思いまして?」
「いや、別に……。というか、せめてソースか何かかけてくれよ。……心が読めるのか?」
まるで、読心でもしたかのようなタイミングの返答に、俺はやや警戒しながら問いかける。
「いや、めっちゃ何でアルデンテ? って顔に書いてありますもん? だいたい、心読んだらゲームにならないじゃないですか?」
「……まあ、そこは信用しとくか。ルールがあってこそのゲームだ」
疑ったらキリが無いからな。
「ちなみに、アルデンテって茹で方の事なんですよぉ。“歯ごたえが残る”、という意味でして。どうします? ボロネーゼ? ペペロンチーノ? 何でもできますよ?」
「……ボロネーゼ」
「ハァイ喜んでぇ!」
独特のかけ声と共に、アクマは指を鳴らす。すると、プレーンなパスタが茶色味の強い赤のソースのかかったボロネーゼに早変わりした。
「……マジかよ」
「ご遠慮など微塵もせずにどうぞ!」
「別に腹は……。…………」
期待の笑みにじっと見つめられ続けたので、同時に現れたフォークで、ソースを絡めパスタを巻いて、恐る恐るいただく。
――トマトの甘みと酸味の割合の多い香味野菜と、挽肉の香ばしさと脂の甘みが見事に調和したソース。そんな豪華な者共をなんと端役にしながら、しかし主張しすぎないパスタの食感が一つの楽園を口内に生み出してくる。
「……ズルだろ。指パッチンでこんなモン出せるなんて」
「何せ、アクマですから♪」




