2.
それでも――それでも納得の行かない俺は、悪あがきを試みる。
「ア、アクマは、呼び出した人間の望みを叶えるモンじゃないのか……?」
「ザーンネン。ワタシ、そういうのじゃないんですよぅ」
あっさりと拒否。他に道は無い。道など、端から存在しない、とでもいうように。
――しかし。その中にありながら、アクマは“絶対”を持って、救済を告げる。
「でも、手段はありますよ」
「手段……?」
普通ならば、こんな胡散臭いヤツの提示する“手段”など碌なものでは無いと撥ね除けるのだろう。
にもかかわらず、謎の強制感を持って。その言葉は俺に耳朶深くに届く。
「帰りたくば、ワタシとゲームをして、勝ってみてください」
人差し指を立て。ふざけた様子の無い、にっこり笑顔。こんな状況でもなければ、それこそ可愛らしく映ったのだろう。生憎、この異様な状況で、そんな余裕で構えていられる度量は俺にはない。
「ゲーム……?」
「まず、大前提として。人々の住まう“世界”というものは、数多の数が存在します」
「数多の世界……?」
「アナタ達風に言えば、異世界、とでも言えばよいでしょうか。電気科学が発達した世界。蒸気機関の発達した世界は勿論。魔法の存在する世界、怪異というものの存在する世界――それこそ、そんな世界がいくつも存在するのです」
俺は、天啓と呼ぶにはあまりにもチープなひらめきを得る。
「ラノベか何かかよ……」
異世界転生もの、異世界転移もの。そういったジャンルのライトノベルや漫画というのは、世間にごくありふれたものだ。一つの一大ジャンルと言っていい。
トラックに轢かれたり、電車に轢かれたり――まあ、移動する原因は様々だ。しかし、いくつかの作品には、その中継となる場所が存在する事がある。
そう、世界を管理する神様のおわす場所だ。まさかここは、そういった場所なのか。想像の世界だけの話だと思っていたが、本当に存在したというのか。
まあ、俺は何かの事故にあったとか、そういう覚えは無いのだが。というか、直前まで何をしていたのかも覚えていない。多分、普通に夜、ベッドにでも入って寝たのだと思うが――、
――待て。さっきこいつ、俺に『カミサマに選ばれた』と言ったか?
「なあ、おい。あんたまさか、俺に――」
「その中から一つ――とある世界を、これからワタシが滅ぼしますので。アナタはそれからその世界を護ってください」
アクマは、俺の質問には答えない。それどころか、平然とした様子で恐ろしい事を口にした。
「おいおいおい、ちょっと待て滅ぼすって――」
「その世界は、発生からあと20年で3000年を迎えます。そこを期限として、それまでこの世界を護りきるのを、アナタの勝利条件といたしましょう」
――突如、白い空間が。星々瞬く宇宙空間となった。
「うわっ……!?」
「息はできますから、心配しないでくださいネ~」
呼吸は苦しくないし、浮遊感も無い。まるで、部屋そのものがスクリーンで、映像が投影されているかのようだった。
にもかかわらず感じる足下の闇に、膝が落ち着かない。感覚が狂ってしまいそうだ。
「そしてその、選ばれた世界は――こちらです」
宇宙の一箇所に、空間がズームしてゆく。まるで、宇宙の神秘を解説する番組を見ているかのようで。そしてそれは、とある一つの惑星に辿り着く。
そこは、一見すると地球のようだった。青々とした海と、緑が一面に広がる大小様々な陸地の数々。それらが羽衣のように白い雲を纏い、見るからに生命息づく、宝のような天体。
そこから、映像がさらに集約してゆく。しかし、それを知覚する感覚は、先ほどまで以上に特異だった。
見えたのは街だった。中世ヨーロッパのロマネスク建築のような街の建物の数々。そこに、城、あるいは聖堂が建っている。そして市井は活気に満ち、人々は己が生活を謳歌していた。
だが“同時に”俺は、幻想的な草木や花々の広がる場所に、禍々しく雄々しい城を見る。家々を見る。塔を見る。
加え、これまた“同時に”深き森や昏き洞窟。溶岩うねる火山。命凍る氷河を見る。そして、それら全てに地球上では見た事の無い――言ってしまえばファンタジーのモンスターのような者達が数々暮らしている。
「うっ……!?」
俺は、流れ込んできた情報の濁流に目元を抑えた。強烈な偏頭痛に襲われたように強い吐き気。それに、思わず呻いてしまう。
――そんな苦痛を覚えていると。ぱっと、それが突如止んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
アクマが俺の背中に手を添えて顔を覗き込んできた。
そこに、直前までの神妙さは無い。どちらかというと、その前のどこか気楽なものに近いが、その顔は俺の事を本気で心配しているかのようだった。
「何だ、この……何だよ……!?」
気がつけば、俺の眼に部屋の景色として映っているのは、一つの街を丘から眺めているかのような景色だけ。頭痛も吐き気も、最初から無かったかのように何も不快感を覚えない。
だが先ほどの感覚は、確かに俺を襲ったものだ。異なる無数の写真を、束ねて眼前に押し付けられたかのような。それでいて、その一瞬で全ての景色を把握してしまったかのような……。
「と、とりあえずお水飲みましょ、ハイ」
「あ、ああ……」
アクマはどこからともなく、ガラスのコップに入った一杯の水を差しだしてきた。俺はそれを受け取り一気に呷る。どこから出たのか分からないが、今の俺に気にする余裕はない。
「一先ず座りましょ、座りましょ」
またもやいつの間にか、最初からそこにあったかのようにソファがあった。複数人でかけられる大きさで、それにアクマと共に促されるままに腰掛ける。
座り心地は悪くない。まあ、個人的な好みを言えば、もう少し硬めであった方が好みなのだが。文句すらも、今の俺は口にできない。
促されるままに腰掛け。そうして俺は、手渡された水をもう一口含み――ようやく一息つけたところで、アクマに問う。
「今のは……いや、さっきの数々の、色んな場所の景色は……」
アクマの無から有を作るような所業にも若干の困惑を残しながらも、強い衝撃を伴った“世界旅行”について、俺は問いかける。
「今ワタシが言った通り、これからアナタが救う世界です」
「その、なんだ。滅茶苦茶気分が悪くなったんだが……」
「多分酔ったんでしょうね。カミサマ初心者でしょーから」
なるほど、酔ったとはいかにもそれらしいと、俺は思った。
確かにアレは、情報の濁流に翻弄されたと言ってもいいような感覚だった。人の身には重い、と言えばいいだろうか。そんな言葉がしっくりくるような、不思議な体験だ。
「――こんなことなら、尚更カミサマなんてやりたくねーんだが……」
こういうことが、この先もあるのだろう。人の身には重い。そう思い、俺は世界旅行の感想を述べる。
「あ~、お気持ちは分からなくも無いですけど。じゃないと帰れませんよ?」
「勝手に連れてこられて付き合わされて、そうしなきゃ帰れないとかクソの極みなんだが」
全く遠慮の一つも無く悪態をぶつけると、アクマは困ったように笑う。――自分で連れてきたくせに、そんな顔する資格はなかろうに。
「そもそも、何で俺なんだよって話だし」
「うーん、運命の悪戯?」
アクマ、悪びれもせず。
「大体、お前から守るってどういう事なんだ」
「それがゲームの内容だから? としか」
埒があかない、とはこのことかもしれない。どう悪態をついたところで、状況の説明に対し納得する返答が得られる気はしなかった。
「というか、アレは沢山ある世界の一つって言ったか? それを守れとか、守れなかったら滅ぶとか、責任重すぎるだろ……」
「おや、思いのほかすんなりと受け入れられてます?」
アクマは目を丸くする。確かに、今の状況、そしてこれらの話は、にわかには信じがたい内容の話だ。
「夢であると願うばかりだよ。でなきゃここまでの出来事の説明がつかないだろ……はぁ」
「モチベーション、低そうですねぇ……?」
ため息に、アクマが気遣わしげに俺の顔を覗き込んでくる。しかし、当たり前だろう。
「この流れでどうしたら上がると思ってるんだよ……」
俺がそう言ってやると、アクマは『んー、どうしましょー』と、顎に手を添えて首をひねりだす。その様子はどこかふざけているようでもあり、しかしやはり真剣な様子でもある。
「だいたい、何でそんなにその“ゲーム”とかいうのをやりたいんだ?」
疑問というよりも、これは文句だ。こんな事をお前が思いつかなければ、俺がこんな目に遭うこともなかったという恨み節である。
そのつもり、だったのだが。
「――“運命”を決めるため、ですかね」
妙に神妙に、アクマの口からそう返ってきた。
最初のように恐怖を感じたワケでも無い。神聖な雰囲気に緊張をもたらされたわけでも無い。
その心臓の一跳ねは。外した視線と、憂いを帯びた横顔と。それから、自嘲するような声。そこから感じたものだった。
「どーしたら、やる気になっていただけるんでしょうかねぇ。うぅーん……」
――俺は、少しだけ興味がわいた。
「別に、やらねぇとは言ってないだろ」
「へ?」
死ぬほど気が進まない。それを口調に最大限交えながら、俺は言う。建前という、誤魔化しとして。
「だって、やらないと帰れないんだろ?」
「んー、まあそうです、ね?」
「だったら、従うしかないじゃないか」
一応、この言葉も嘘ではない。ワケの分からないところに連れてこられて、よく分からない要求をされたのだ。正直帰りたい。
けれども、人間というのは一度気になるとその箱の中身が知りたくなるもので。無性に気になるその中を、俺は確かめたくなった。
「ホントですか!?」
アクマは乗り出すように、満面の笑みで顔を近づけてくる。……こんな状況なのに、女の子特有の良い香りに、俺は思わず先ほどとはまた違った形でどきりとする。
というか混乱していたからあまり意識が向かなかったが、露出多過ぎじゃないかこいつ。視界の端には丁度良い具合の胸の谷間が……。
「ん? ――どこを見て……お?」
アクマの満面の笑みが、チェシャ猫のような、耳まで届くようなニヤニヤ笑顔に変わる。
「おんやおやおやぁ? えっちなカミサマですねぇ」
「いや、これは……」
「いいですよぉ? よければ触ってみます?」
「いいから説明を続けてくれ!」
俺は誤魔化すように、そう叫んだ。




