175.
「ゲーム?」
その発言そのものは、何も特別奇妙なものではない。強いて言えば、藪から棒に唐突であるくらいで、特別な用語などを含んでいるわけでもない。
しかし、その光景をどこかで見た事があるような気がした。所謂、既視感、というヤツで、しかし覚えなどあるはずも無い俺は、内心混乱した気持ちになる。
「何、難しいものではありませんよ。ただのトークゲームのようなものです。ワタシが設定や状況を述べますので、アナタはそれに対する行動を宣言してください」
「行動を宣言、か」
「ハイ。加えて、それは自分の行動のもののみならず。特定の個人の行動でも、大勢の集団の行動でも構いません。言い換えると、会話でお話を作っていく。そんなゲームですね」
「なんかそんなのあったな……そっちは、ダイスとか用紙とか用意してやっていたような気がするが」
しかし、当然俺達の前にそんなものはない。用意される様子も無い。あるのは、まだ暖かいコーヒーのみだ。
それに何の意味が、と思う。しかし、未だに何も分かっていない以上。乗ってやってもいいだろうと俺は思った。
「まあいいよ。やるよ」
「ふふ、ありがとうございます」
メイドは、少なくとも俺からすれば、理想的な容姿をしている。そんな彼女からこんなふうにやわらかくほほえまれると、少なからず心臓が心拍数を上げる。
彼女はそんな俺の様子を知ってか知らずか、早速トークゲームを開始する。
「この2000年代初期より、遙か未来。人類は、今よりも格段に技術を発展させていました。この星の全てを理解し、月や火星には、ちょっと小旅行へ行くような、気軽な感覚で行ってしまえる。そんな時代でした」
「てっきりファンタジー的なものかと思ったら、がっつりSFだったな……」
「しかしそれに伴い、星の状態は悪化していってしまいました。人類はある程度の対策を行ってきましたが――人の身体が年月で老化し、若い頃と同じようにはならないように、損耗は少しずつ増えてきました。近隣の他の星を開発しようとも、その星もまた、同じように劣化していってしまいます」
SFものだと、偶にそう言った社会問題を設定に組み込んでいたりもするので。取り立ててショックを受けるような、とっつきづらい内容ではない。言い換えるならば、とっつきやすい設定であると言えた。
「では――地球が。そして、環境をいじって地球化した周囲の星が。そうやって、少しずつ悪くなっているこの状況。アナタならいかがしますか?」
俺は少しばかり考える。どれだけ技術が進歩しようとも、どうしようもないものもある。未来の技術なら覆水を盆に返して欲しいところだが、ノーを突きつけられてしまった。
ならばと、俺は回答を述べる。
「そうだな……宇宙進出ができる技術があるんだから、定番だが、もっと広い宇宙に進出して、地球環境に近い新天地を見つける、とか?」
「う~ん、イイデスネェ~。では人類、外宇宙へ! しゅっぱぁつ、しんこぉ~!」
右手でシャトルを形作るメイド。斜め方向へ、『しゅご~っ』という効果音を口に、共に力強さを演出するぷるぷるとした振動をその掌で発生させ、飛んでいく。
無論、実際にその時になったら、住んでいた星を捨てる事に葛藤はあるだろう。しかし、これは架空の話だ。ならば、思い切った行動を宣言してみるのも空想の楽しみの一つである。
「とは言っても、いきなり着の身着のまま、ぶっつけ本番にというわけにはまいりません。ある程度当たりをつけて、周辺を調査しましょう」
「まあ、話の筋は通ってるか……? 俺としては、折角なら長い長い人類の旅くらいを夢見てたんだが」
「考えても見てくださいよぅ。宇宙って分からない事だらけですよ? それこそ、地球上からや、ちっぽけな探査機程度では測りきれない事だって沢山なんですから。そんな状態で出て行くなんて、鼻垂れた小僧に国道沿いを歩かせるようなモンですって」
「……まあ、とりあえず宇宙の旅をするには情報不足って事は分かったよ」
ある程度宇宙進出までしている状態なのに、それでもまだ情報不足。辻褄が合っているのか合っていないのか。
「――さて、今までよりも遙かに本腰を入れて行われた宇宙の調査。しかし、その結果は芳しくありません。可能性のある星系は見つけられても、そこまで辿り着くには結局、人類の歴史の何倍にも相当する時間が必要であるという結論に至りました」
「人類バッドエンドまっしぐらだな」
だが、それもまた自然の摂理なんじゃないかと、俺は思う。現実にはどうなのか知らないが、永遠に続くものなど、あるはずもないのだ。いつか終わりが来る。そして、どのみちその終わりというものは、俺には関係のないものである。俺はそんな頃には、とうに塵も残って居ない。
「――しかし人類は、それでも“永遠”を望みました」
メイドの声色が、変わった気がした。
今までは、おとぎ話でも語るかのようだったその口調。しかしそれは、突如として転調し、冷たく響く。まるで、機械が状況をアナウンスするかのように。
「調査を行い数十年、そこから、百年にさしかかり。しかし改善する兆しの無い地球周辺環境。資源をガスへと変え、それを持って大気と土壌を少しずつ削り、変質させ。海は文字通り消失していく。この星の寿命とされている、遙か手前であるにもかかわらず。人類はその存亡を少しずつ、危ぶまれていくに至りました」
口元は微笑みを形作ったまま。しかし能面のような無表情で、メイドはテーブルの上のコーヒーを見ている。――その熱は、きっとかなり冷めてきている事だろう。
やがて。メイドは、目線だけを俺に向けて、問うた。
「では、どうしますか?」
俺は、僅かばかり気圧されるようにして顔を引いた。
何か、恐ろしいものに近づいているような気がした。何かは分からない。
しかし、メイドがこの話をする事には、単なるゲーム以上に、何らかの意味がある気がした。
俺は薄く恐れを抱きながらも――それに答える。
「――周囲の星は地球化できたんだろ? で、もうそこに住んだりはしてる。んで環境の近い新天地が無いんだとしても――だったら、また別の新しい近くの星を開拓しに行く、とか?」
メイドは首を横に振る。
「確かに、一時しのぎとはなるでしょう。それでも、数千年の時が経てば、また同じように人類は危機に直面する。結局、そんな事をどこまで繰り返せるのか分かりません。それにそもそも、開拓にだって資源を持ち込む必要があるんですから。所謂じり貧、というヤツですよ」
「じゃあ――新しい星を作るとかどうだ? その辺の小惑星でも集めて、お望みの地球を……って、流石にこれは滅茶苦茶が過ぎるか」
「案の一つとしては悪くありませんが、現実的ではありませんね。小惑星を捕まえて、さらに加工する。それをするエネルギーのアテはあっても、結局コストバランスが悪いです。本当に一時しのぎで、すぐにまた次が必要になってしまうでしょう」
理論上は可能、とまでメイドは言って。しかし、それは結局駄目だと却下される。
生憎、俺はそれほど想像力が豊かではないらしい。無限の科学力を与えられても、思いつくことと言えば、猿が火を発見して肉を焼けるようになった程度のものだ。
「では、ここでアイデアをひとつまみ」
メイドは、人差し指を立ててにっこり。
「人間は、自分の中に世界を持っていますよね」
「世界……?」
それは、酷く漠然としたワードだった。一口に『世界』と言っても、様々な意味合いがある。その人の価値観だったり、この地球上の事であったり。あるいは、ファンタジー作品には異世界、なんてのもある。
自分の中に持っている世界、ということは、一番最初に俺が思った価値観の事だろうか。
「なーんて、これだけじゃ間違えて解釈してしまいますよね」
そう言って、メイドは自分のこめかみに人差し指を突き立てる。
「人間は、自分の中に世界を持っています。女の子にモテモテな自分。何かを成し遂げて有名になる自分。夢を叶える自分」
まだ、俺は彼女が何を言いたいのか、分からなかった。
「あるいは、こういう事もあるでしょう。あの時自分がああしていたら。あの時の自分はああだった。もしくは――自分が、この世界に生まれていなかったら」
メイドが、数々の例を挙げていく。それは確かに、見方によっては『世界』とも言えるかもしれないものだった。自分の頭の中に“IF”を描き、またその中に時間の経過を刻み、過程の中で行動する。
「これらは、考え得る限り最も小さな世界です。極限まで情報量を削減し、必要な事象だけを出力し。しかも自在にコントロールする事ができる、最もコストパフォーマンスの優れたスモールワールド」
俺は――その説明で、彼女が俺に“どう答えてほしいのか”を理解した。
「……答えは、眠りにつく、か?」
「正解正解、だいせいかぁ~い!」
ぱちぱちぱちと、メイドは拍手した。
「まあ、厳密には半分ほど正解、といったところですが。概ね間違ってはいませんからね~。特別に点数をあげちゃいます」
夢――人が眠った時に見る“夢”は、その全てに該当するものだった。
過去も現在も未来も。別の概念が支配する世界。それが夢であると意識ができれば、操る事さえ可能だという。
夢という、脳が情報を整理する際に見せるという幻影。古来より、幻想的な現象として扱われてきたそれは、しかし確かに“世界”とも呼べるものだった。
「人類が多量の情報が洪水のように溢れる世界の中を生きるのは、その増えに増えてしまった数を維持しつづけながらそれをする事は困難と結論づけました。ならば、触れる情報を極限まで減らして生きれば、消費リソースも最小限で済む。各々が好きなように、自由に生きることができる」
この寒気は、やはり気温が下がったからではないだろう。コーヒーはある程度冷めてしまったが、それでもまだ、温度は感じる。
理由は、話の内容そのもの。だってそれは――ある種、ディストピア的な、未来無き結論だからだ。先の無い暗がりに恐怖を覚えるのは、人間の本能である。
「という事で、人類は眠りにつく事にしました。しかし、一人の脳だけで作れる世界にはやはり、限界があるわけです」
「脳を繋げる、とか言い出すんじゃないだろうな……?」
「んー、ニアピンです。正解は、コンピュータをメインにし、その中に皆の意識を住まわせるという計画を作った、です」
人間が、真っ当な生活を辞めて。全てを、機械に委ねて暮らす。SFど真ん中の、人類の果ての姿にしか思えない。
しかも、この話はコンピュータが暴走したからとか、そう言った事故的要因でのものではない。人類が、自ら、そう望んで。その道を選択したようにしか聞こえない。
そして――それらの内容は、何故だかとても、生々しく感じた。
「――これは、ゲームなんだよな? つまり、作り話、なんだろ……?」
気持ち悪さを覚えて。それを払拭するようにそう聞いても、俺の中の不安は拭われない。あるいは、それを否定してくれなければ、得体の知れない震えは収まることはないのだろう。
しかし――、
「そのように仰るという事は、あなたも薄々感づき始めているのでは?」
メイドのその言葉が、俺の否定を否定した。
「そうして、人類は幾らかに分かれて、故郷を後にしていきました。無数の舟――“エデンズ・アーク”に、それこそ無数の人間を乗せて。そして彼らは現実という非効率の世界を捨てて眠りにつき。永い、永い、永久に終わらぬ旅……いえ、無限の宇宙を新たなる故郷として、生きる事にしました――とさ」
「……それで、人類はどうなったんだよ」
この青い大空の元。周囲の喧噪を、別世界のもののように感じながら。俺はメイドにそう尋ねる。その先に、どのような悍ましい未来が待っているのか。緊張に、心臓を痙攣させながら。
――しかし。メイドは、そんな俺の緊張をふと解くように、ふっと笑った。
「どうも何も。それから、10年、100年、1000年――億年の月日を。遠い大昔に夢見た永遠を未だ謳歌し、無限の時を刻んでいる。それだけです」
その笑みは、どこか寂しげに見えた。残念がっているような、しかしそれでもそれを享受するかのような。喜びとも悲しみとも付かぬ、複雑な表情……。
「そう――――…………か、」
それは、天啓と言っていいのだろうか。今まで凍るような雰囲気だったのが、まるで『それは全て終わった話』とでも言わんばかりに、空気が弛緩する。
その、変化が。俺に確信を持たせた。
なぜならその話を、俺は“知っている”筈だからだ。もはやいつとも知れぬ、遠い昔の。しかし、確かにあった、人類の苦悩。
生々しさに対する寒気も。終わった話である事への安堵も。その全てが、それを証明している。記憶は無くとも感覚は知っている。ああ――……、
そうか――この世界は、“人類の夢”だったのか。
俺の気づきの表情を見たメイドが、一度だけ深い瞬きをする。それは彼女が、俺の辿り着いた答えに肯定の意思を示しているかのようだった。
「――だがそれを知っているお前は、一体何者なんだ? 何のために、ここに現れた……?」
俺は、この今見ている光景、光、匂い、五感の全てで感じているものに対する正体、その答えに辿り着き、そう質問する。




