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カミサマ始めました  作者: /黒
《第五話》『“この”世界の行方』
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6.

「……――!?」

 辰昭とシィは、驚きと共に振り向いた。そこには、剣を握り両者が触れ合うのを止めた、人間の少女の姿があった。

「汝、何を……ッ!」

「動くな。これは僕だけやあらへん、全員のためや」

 殺気がなかったが故に動くのが遅れたドラグリファを、冷静に、しかし断固とした口調で、ティカは止める。

「お、お姉様ぁ……?」

 普段の、上品で優雅なティカとは打って変わった仕草。常に彼女の傍におり、全てを知っている筈のリディムも困惑の声を上げる。まるで――別人のようだった。

「何だよ、お前……何のつもりでごぜぇますか」

「いい雰囲気を邪魔しとうなかったんやけどな。けど、もしかしたらこれ、世界が滅ぶで」

 ――カミサマである身としては、ここで心底ほっとした。


 正直。よく止めてくれたと“俺”は思った。


 アクマから隠れて転生させた、疑り深い男。この状況を想定していたわけではないが、それがうまく良い方向に働いてくれた。

 俺にはここから、彼らが創世神の心臓――もとい、ワールドコアに触れる事無く事を済ませられるプランが思いつかない。

 今は、彼だけが頼りだ。今まで、こうやって彼らの全てのやり取りを眺め。悪いとは思いつつも、その内面まで見てきた俺だが、今が一番緊張している。

「そこの元魔王が言っとったやろ。世界が混沌へと変わり果てるリスクがある、って」

「ぼくにそんなつもりはねぇでごぜぇます! ただ、今の状況をなんとかしねぇとって……!」

「つもりが無くても、なるかもしれへんって事や。結局、何をどうやれば元に戻せるのか、触ってみぃへんと分からへんのやろ? そして、どう触ればええのかも、そのオネーチャンは知らんと来てる」

「それでも、何とかできるかもしれねぇでしょうが!」

 ティカは――泰雅は、狂い無くまっすぐに、辰昭を見る。

「現実は、気合いでどうこうなるほど甘かない」

「――っ!」

 断固とした、一介の少女とは思えぬ程に実感のこもった言葉に、思わず辰昭は言葉を詰まらせる。

 ――それでも、まだ譲れない。彼の心情としては当たり前で、俺個人としても、それで本当にうまく行くならと思うところはある。

「う、うまく行かないなんて言う保証もないだろ!」

「僕もまあ人間は嫌いやけど。それでも、まだ薄汚れとらん、気張っとる少年少女を応援してやりたい気持ちはある。ホントは、水差したないんやけど、やからこそ黙っとる事はできへん」

 ティカは碧眼を一度閉じ、決意を込めるように一拍置いて開ける。

「僕は転生者なんや。創世神――かどうかは知らんが、女神ともその際話した」

「創世神だと……?」

 邪神の眷属たる魔族には宿敵である存在が言葉に上がり、ドラグリファがピクリと眉をつり上げた。

「まあ、そこの元魔王サンが思うところあるのも分かるけど、まずは聞いてや。そいつに、僕はこう言われてこの世界にたたき落されたんや。『この世界を救ってくれ』ってな」

「お姉様……」

 リディムは、心酔するティカ・リグリスの告白に混乱を隠せないでいる。ティカはその辺りは広言していないが、そのヒト、中身は中年男性なのだ。

「魔族が人間を滅ぼそうとしているのを止めよ、という事か?」

「最初は僕もそう思った。けど、ここへ来て創世神の心臓とやらの話聞いて、妙や思ったんや」

「妙、ですか……?」

 誰も知るはずの無い、この世界の裏。ティカは続ける。

「勿論、魔族がキミ使て、世界を塗り替える事への懸念かもとも思ったんやけどな。その割には、その魔族もそれをどう操作したらええかわからんと来とる。オマケに現状としては様子見やったんやろ?」

「……そうだな。世界の拮抗が続く以上、ヘタにリスクのある行動を取り、取り返しの付かぬ事態になっては本末転倒だ」

「ところがここへ来て、まるで急かすように事態の急変や。ゾンビ騒動も、突然起こったんやろ? その後、まるでダメ押しのように地面が大爆発。ぶっちゃけ、根拠も何もあらへんけど――事態の転がり方が、何か“不自然”ちゃうか?」

「不自然……」

「まるで、創世神の心臓を使わせようとしとるかのようや」

 ――正直、四十万 泰雅という魂が、ここまで聡いとは思って居なかった。

「今、この世界には創世神とは別の意思が介在しとるんやないやろか。例えて言うなら――それこそ、魔族側の神様とか」

「――なれば尚更、我々の天下となる事を妨げ、人間を勝たせるために汝を遣わせたのだろう」

「元魔王サン。カシコイあんたなら、薄々何かおかしい事には気付いとるやろ? 立場っつぅモンは大変や。僕もそうやったからわかるわ」

「…………」

 ティカの言いたい事も。その信憑性も。薄々気づいてはいるドラグリファは、彼女の言葉に口を挟めない。

「あんたンところの神様は、少なくとも自分のとこの眷属の事なんて大切にしてへん。今の惨状を見れば、それは丸わかりや。そして、創世神の心臓をどう使えばいいかも教えへんだ。となれば、その創世神の心臓に触れてどうなるか、考えられる可能性は――最低でも、世界の混沌や。少なくとも、今ある世界はオシマイやろうな」

 アクマが、魔族を追い詰めて使わざるを得ない状況にさせたのも。そのために、彼らの命など知った事かとでも言わんばかりの手法をとったのも、何もかも的を射ている。

 ティカも、俺達の全てを把握しているわけではないだろう。しかし、その上でここまで状況を言い当てるとは。

「言ったやろ。僕は世界を救ってくれ言われたんや。“人間を”救ってくれとは一言も言われてへん。ただの言い方の違いや思うかもしれへんけど、本当にそうやったんか、とは思いたくなるな」

「――まるで、創世神は魔族すらも存在を認めているかのように聞こえるな」

「さて、その辺はなんとも。単純に人間優位やからほったらかしなだけかもしれへんし。まあ、その人間かて、ちょっと均衡が崩れたら互いに殺し合う寸前。そこに何も言わん辺り、そこんところは良くも悪くも自由意志に任せとるんかもな」

 全員が、ティカの推測も交えた話に、押し黙る。どこまで行っても確証の無い話ではあるが、一方で、結果の予測が付かないものに安易な気持ちで触れるほど、彼らは愚かではないという事でもある。

 ――だがそうなると。懸念となるのは、やはり辰昭である。

「じゃあ――」

「ん?」

「じゃあここはどうなるんでごぜぇますか!」

 彼は両腕を広げ、魔族領域全体を示す。

「あんたが言いたい事は分かった! 元に戻せないかもしれないことも! でも、だったらここはこのままでごぜぇますか! 魔族は!? 皆はどうなる! 姉さんは……!」

 ――辰昭の言う事は、尤もである。

 辰昭は、姉であるシィのために、ここまでやってきた。彼女の生活を守るために、自分にできる事のため、ひた走ってきた。

「このまま放っておいても、魔族は終わる! 姉さんだって、どうなるか分からない! 黙ってそれを見ていろっていうんでごぜぇますか!?」

 できれば、元に戻してやりたいと思う。しかし、カミサマの能力は、その名前に反して万能では無い。元に戻すという行為は、世界への影響が大きく、実行できないのだ。

「――我も、辰昭の意見に同意だ」

 彼のこれからの行動の意思をくみ取ったドラグリファが、辰昭の隣に並び立つ。

「このままでは、どのみち魔族はこの先を生きられぬ。今のこの世界を壊す恐れがある。それは重要な事柄ではあるが――我らにとっては、僅かに早いか遅いかの違いでしかない」

 残念ながら彼らは――その結果がどのような結末を導くとしても。ワールドコアに触れるという選択肢をとることに決めたようだった。

「――そか。はぁ……これやから、人生ってのはクソなんや」

 ティカは、創世神の杖を構える。

 彼女――彼は、人間嫌いではある。前世の人生で、社会の後ろ暗い部分を見てきて、そして荒み、そういった人生観を持つに至った。

 しかし同時に、だからこそ義理堅い人間でもあった。世話になったヒトや友人を大事にし、人間性に報いようとする、そんな男だった。

――俺、もとい女神に対しては『死んでしまえ』と思っているようだが、愛情を注いでくれた父や母、家の使用人。そして自分を慕うリディムは絶対に裏切らない。

だから――創世神の心臓に触れようとする現魔王である辰昭と、元魔王であるドラグリファを、退けようとするのもまた道理であった。

「なんか僕、若人の障害物になってばっかやな」

「若いだろ、あんた……」

「言ったやろ、転生者って。しかも実は、中身は中年のおっさんなんや。――リディム、危ないから離れとき」

「――私もぉ、戦いますぅ……! 中身がどうであっても、お姉様はお姉様ですからぁ」

 ……こんな贔屓を、結局しなくちゃならないなんてな。

「お、弟君……! やめてください、こんな事……!」

「――もう、分からねぇんでごぜぇますよ、姉さん」

「え……?」

「ぼくがこうすることで、姉さんが悲しむ事なんて分かってるでごぜぇます。姉さんが辛い想いをするかもって事も」

「…………」

「それでも……姉さんはそうすれば不幸なんて気にせず生きていけるかもしれない。だったら、何もしないなんて選択肢はとれねぇんでありますよ……!」

 創世神の杖は、詰まるところカミサマの力の出力装置。狡い言い方をすれば、うまくやれば使用者を“負けない”ようにできてしまう。

「――共に行くぞ、辰昭。我らに、“人間”と戦う道以外は残されて居なかった。それだけの話だ」

 つまり、ここまで来てしまった以上。結末は、既に決まっているわけで。


 ――カミサマってのは、本当にクソなんだという事を、俺は実感した。



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