7.
カミサマTVに映る、ティカに倒される二人の姿を俺は見届けた。
ティカ、もとい四十万 泰雅は、目的のためなら冷徹になれる男だった。最善の可能性があればそれを実現しようと努める一方で、不可能となれば割り切る事もできる大人である。
だから、彼は一切二人に対して手心を加える様子は無かった。例えシィが必死に止めても、泣いても。顔を曇らせる事はあれど、剣筋を鈍らせる事は絶対にしない。
そして、その後の対応も迅速かつ完璧であった。放心状態のシィを、悲しみや憎しみで行動を起こしてしまう前に捕縛し、誰にも手出しできぬような場所に閉じ込めた。この世界での自分の生まれの身分も利用して、存在を完璧に隠蔽して見せたのだ。
そして数年後。世界は――節目となる3000年を迎えた。
俺は、隣に座るアクマとのゲームに勝利を果たした。この世界の破滅を賭けた、ただの人間だった俺と超常的存在である彼女との、俺自身の解放を手にするための戦い。
俺は、ワールドコアを守り切り。期限となる世界創世より3000年の時を、この世界に迎えさせることができたのだ。
――だが、俺の心は到底、晴れやかとは言えなかった。
「んー、ティカさんをこっそりと転生させられて居た事が、何よりの決め手でしたネー。そして、心証を悪くする手を打ってしまったことも悪手でした。もしや、この展開を、想定していたんです?」
一方のアクマは、そんな俺とは全く異なる――それこそ、“ゲームで一つ負けた”程度の様子で、このゲームの結末を語る。
「なあ……」
そんな姿が、あまりにも人からかけ離れすぎていて。いつからか怒りを通り越し、諦念の気持ちを俺に抱かせていた。
「こんな結末、俺は望んでなんか、いなかった」
異世界転生ものの神様なんてのは、碌なやつがいない。そういった認識を、俺は持っている。
だから、やらされているゲームであるとはいえ、そうはなるまいとしてきたつもりだ。
しかし、結果はこのザマだ。誰も彼も、直接的に関わった連中は不幸になった。俺が目指した結果とは、かけ離れた結末となってしまった。
「あー、んー……」
アクマは、そんな意気消沈した様子の俺を見て、そう唸る。
「でも、よくある事ですよ? 皆が幸せになれる。それは確かに素敵な事だと思います。でも、現実はそうじゃないじゃないですか。ゲーム一つとっても、勝った方は幸せで、負けた方は不幸せになりますし」
「……今、俺は幸せとは言い難いけどな」
最大限の皮肉を込めて言ってやると、アクマは顎に手をやって考え込み始める。――今の発言に、どこかそんな部分があっただろうか。
「まあでも、元の生活に戻れるんですし、幸せなんじゃないですか?」
「幸せなわけがないだろ! こんな気持ちで、納得して暮らせるわけないじゃないか!」
「――そうですか。まあ、それは尤もかもしれませんね。じゃあ、忘れるようにもします」
「まて、まだ話は――」
俺はアクマの袖を掴もうとする。――弾かれてしまった。
「加えて、ワタシから永遠の権利も勝ち取ったわけです。これを幸せと言わずして、何を幸せというんです?」
「永遠の、権利……? 何の話だよ!? そんなもんで幸せなわけないだろ!」
俺は抗議の気持ちを、包み隠すこと無くアクマにぶつけた。すると、彼女は眼を細め――何故か、どこか怒っているようにも見える表情で俺を見る。
「……元の生活がどんなものだったか。アナタは思い出せますか?」
まるで、覚えて居る筈がない、とでも言いたげな問いだった。その問いは、まるで落とされた水の一滴のようで――その瞬間、違和感の壁に、沁みるように亀裂が入ってゆく。
「思い出せるかって、そりゃあ……」
無かった。記憶が。
「え……あれ……」
むしろ、何で今まであると思って居たのか、不思議なくらいだった。思い出の品が詰め込まれていると思っていた段ボールが、開けてみて初めて空だと気がついたときのようだった。
「待て、あ……? え……?」
ある筈のモノが、無い。俺に、“元の生活”の記憶は一切無かった。今の俺にあるのは、この場所で目覚めて、アクマと悪趣味なゲームをして、苦い勝利を得た事。それのみ。
「そもそも、おかしいと思いませんでした? 世界創世から3000年。僅かそれだけの時間で、あそこまで生命が進化し、文明が発達するわけないじゃないですか」
そもそも、“世界”とは何だ。
「先の世界の時間変化も、フツーで考えたらおかしいですよね? 数年の経過を、その時の気分で、自由に本人の尺度で解釈できてしまう。アナタの居る場所が、普遍的なアナタの思う世界であるわけないじゃないですか」
俺は、一体“何”だ……?
「――すみません、意地悪言っちゃいましたね。幸せとは言い難い、なんて言われて、イラっとしちゃった事への仕返しです」
はっとしたように、アクマは謝罪を口にする。しかし、今の俺には、その変化に気づける余裕は無い。
「お前は、いったい……」
「でもご安心ください。アナタがワタシに勝利した事で、アナタがアナタで近いうちに無くなってしまったとしても。未来永劫、“楽園”が続く限り――アナタ達の世界は、その存在を、約束されましたから」
アクマは先ほど、勝った方は幸せ。負けた方は不幸せと言った。
そんな彼女は、俺を幸せだと言った。今俺自身がどう感じているかはともかくとして、彼女の視点から見ればそうであるのだという。
では、“不幸”とは? 負けたアクマは、何を持ってそう述べた?
「それではカミサマ、お達者で」
俺は、座ったままだった。その場から、動いてはいない。
なのに、アクマは遠ざかっていた。気がつけば、空間が歪んでいた。
歪み、捻れ、遠ざかり。まるで俺は、強風で飛ばされる紙切れのように、何処かへ流される。
「っ、待て!? お前は、俺に何かを伝えたかったんじゃないのか!?」
アクマが“俺”を選んだ理由。彼女が俺とこのゲームを始めた理由。そこには、何らかの意図があるはずだと、俺は感じていた。ゲームそのものは二の次で、その向こうに真意があるのではないかと。
だが――アクマは。一瞬の間を開けて、冷たい表情で、こう言った。
「アナタの、気のせいだったんじゃないですかね?」
その言葉だけが。“最後”に、頭に強烈に突き刺さっていた。




