4.
紆余曲折あったものの。俺が引き合わせたかった二人がようやく巡り会った事に、ひとまずの安堵を覚える。あの滅茶苦茶な爆発があった時は、どうなるかと思っていた。
だが、それよりも今は、アクマの様子である。
「…………」
ブルーグレイの瞳でカミサマTVを、食い入るようにじっと見つめるアクマ。今までの飄々とした姿からは一転し、その様はまるで虚空を見つめるマネキンのよう。
先ほどまで俺は、アクマに対して強い憤りを覚えていた。人の命を、まるでゲームのNPCでも扱う様な乱雑さ。人を、代用が幾らでも利く駒のように消耗するかのように事態をかき回す彼女を、殴り飛ばしてやりたい程の衝動に駆られていた。
しかし、今のアクマの姿を見た俺は、そんな激しい気持ちが削がれるほどの――否、それを上回るほどの不安と不気味さを、彼女から感じていた。
それは、最初に会った時の、得体の知れない強大さから感じるものとはまた異なっている。
言ってしまえば、無機質さ、とでもいうのだろうか。もし昆虫が人間大のサイズをしていたとして。しかしそれが何もしてこず、ただただじっと無言で余所を見つめ続けている姿、とでも言うべきだろうか。
何を考えているのか分からない。思考が回っているのかすらわからない。暗闇の中で、表情を変えず佇み続けるビスクドールのような気味の悪さが、そこにはあった。
そんな彼女が――突然、スイッチの入ったロボットのように表情を作る。朗らかで、無邪気な、それはそれは可愛らしい女の子のような笑みだ。
「見つかりましたね」
そして一言、そう言った。
「何……? 何がだ……?」
アクマは、ゆっくりとこちらへ顔を向ける。どこまでも普通の人間らしい動作が、直前までの無機質さと相まって、より一層の気味悪さを形作る。
「でもぉ、このままだとカミサマは負けてしまうかもしれませんネェ」
「何だよ、どういう事だ!? 何を言ってる!?」
「今のところ、このまま行けばワタシが何をせずとも、数分後にこの世界は滅びまっしぐら、という事ですよ~」
衝撃の事実を、まるで『何を仰っているんですか』と、間の抜けた相手を冗談めかして指摘するような態度で、アクマは言う。
先の『見つかった』という台詞。そして、俺の負け。そして、世界の滅び。これらのワードから、導き出されるアクマの解答。
俺は、カミサマTVへと勢いよく視線を移す。
「――っ、マジかよ……!」
確かに。ここからの展開を考えるに、世界は滅びる寸前であった。俺は――この状況を、指をくわえて見ているしかなかった。
◆
人間と聞いた辰昭は、あからさまに警戒を強める。その思念は彼自身の魔力と連動し、黒炎となって膨れ上がる。
「――姉さんは後ろに隠れやがるでごぜぇます」
ティカ・リグリスと名乗る女を睨みながら、シィを後方に下げさせる辰昭。彼が思い出すのは、人間にあわや酷い目に遭わされかかった姉の姿だ。
「辰昭よ、こやつらは現状敵ではない」
「目の前に人間が居て、何のんき言ってやがるでごぜぇますか……!」
ドラグリファの宥める声にも、彼は耳を貸さない。ただ強い警戒心だけが先走り、目の前の異物を観察する獣のような目を、辰昭はティカとリディムに向け続けた。
――若干の面倒臭いと言った感情を漏らしながらも、ティカも同じく敵対の意思はない言葉を口にする。
「どう致しましょう。わたくしとしては、話を聞いて頂きたいところなのですが」
「この惨状は、あんたらの仕業でごぜぇますか……!?」
辰昭は、この世界の人間が魔族のことをどう思って居るか、又聞きながらも知っている。その殲滅を考える彼らならば、あるいはこれほどまでの容赦の無い仕打ちをしてもおかしくない、と。
信用出来ないのだ。かつて、実際の人間の母から虐待を受けていた身としては。閉じ込められ、痛めつけられ。しかしそれを当たり前だと思い込まされていた彼としては。
「その質疑応答の道は先ほど通ったばかりなのですけれど」
ドラグリファが手を出さない時点で答えは決まっているものであるのに。ティカの生来の――前世からの皮肉げな物言いが、彼を余計に沸騰させる。
「お、お姉様ぁ!? なんで煽ってるんですかぁ……!?」
「――こういう物言いは生まれつきですわ。まあ何れにせよ、わたくしが何と解答しようと、彼はきっと、自分の思ったとおりの事しか信じないと思いますが」
そう言って対するティカは、すぐに応戦できるようにとでも言うように、腰の剣に手をかけている。元魔王をして、戦闘経験が少ないにもかかわらず、正面からでも勝てないと言わしめる相手にどれほど対応できるかといったところではあったが。やらねばやられる、そう言った類いの状況だと、前世よりの歴戦の魂は感じていた。
それを――、
「お、弟君」
「…………」
「弟君!」
「何でやがりますか姉さん、今ぼくは――!」
振り返った辰昭の頬を、シィの平手が打った。
「――っ、」
「ばか、弟君。お、お姉ちゃんは、弟君には誰彼構わず傷つけてほしくありません……!」
細腕から出た一発は、頬に小さな音を鳴らす程度の、弱いものだった。
それでも、初めて姉からされた、平手打ちだった。
「ねえ、さん……」
しかしその平手打ちが、実母のような、ただの暴力などでは無い事を、彼女の表情が物語っている。今にも泣きそうで、弟――血の繋がらない人間の少年を、その未来を、心から心配するような、そんな愛情が籠もっていた。
「そんな事を繰り返してたら、お、弟君の周りは敵だらけになっちゃいます。そんな悲しいこと、お姉ちゃんは望んでないです」
「でもぼくは姉さんを……!」
守りたくて。そう言いかけた時には、既に彼の内から膨れ上がる魔力はなりを潜めていた。
「た、例え、どんな理由があっても、です。お姉ちゃんは、弟君が皆に愛される、そんなヒトになってほしい」
「姉さん……」
「だって、弟君には……その、その資格が、あるんですから」
「…………」
愛される資格がある。そう言って、両手で辰昭の手を握り笑いかけるシィの姿。
辰昭は、目に何かがこみ上げてくる。そんな感覚を覚えた。
「――ふぅ。辰昭君とやら、冷静になられましたか?」
「ええ……すまねぇでごぜぇました」
そんな感情の溢れを見られたくなくて、辰昭はティカから顔を逸らしながらそう答える。彼女は嘆息しながらも、顔を見て応えない彼の礼儀知らずを、水に流した。
――それから、ティカは辰昭に自らの目的を話す。
人間領域の魔力鉱石の事情。人間側が魔族領域を攻めあぐねている理由。彼女自身は両者の争いを止めたくて、それに伴い魔族側の状況確認のためにここに忍び込んだ事を。
そして、両者の争いの終結は、姉の平穏を望む辰昭にとっても、願ったり叶ったりである。元より、そのために魔王の座を奪い取ったのだ。もし実れば、自分の目的は達成される。
「――まあ、魔族側の懸念としてはまず第一に、魔力鉱石を充分に得てリソースをある程度回収しきった人間側が、ここを制圧しに来るのでは? という事なのでしょうけれども」
「マジかよ……」
ティカの推察に、辰昭は絶望的な表情を作る。対し、ドラグリファは冷静に、その発言の中にある彼女自身の立ち位置を明確に分析する。
「――本当に汝は中立なのだな。汝はそのつもりで都合のいい停戦を考えているのかという疑いが、我の中にはまだあった」
「信用は一定のラインまでで構いませんわ。もとより、わたくしも“人”という生き物に対し、そう信頼は置いておりませんので。しかし今は、それよりも……」
ティカが、周囲を見回す。そこは相変わらず、完全な焦土と化した大地が広がっていた。
「この、誰がどう見ても壊滅状態にある周りの状態ですわね。遠くを見れば、丘や山まで真っ二つ。どこまでこの惨状が広がっているのやら」
「しつこく聞くようだが、人間側が何か仕掛けたわけじゃないんでごぜぇますよね?」
「幾ら何でも無理ですよぅ……。こんな兵器も魔法も、人間は扱えないですぅ……」
「――この地には、地下を流れる魔脈が存在した。魔力鉱石も、そのおかげで生まれていた。しかし、先の謎の爆発によってほぼ根こそぎ消えて居る。魔脈の魔力はいつの日か回復するが……元の通りとなるには何百年かかることか」
それは、この魔族領域で新たな魔力鉱石を望むのは、少なくとも当分無理だという話に他ならなかった。その上――、
「そして、今人間共に総攻撃をかけられれば、我ら魔族は一網打尽である事だろう」
元々、魔力鉱石うんぬん以前に、人間と魔族は創世記より争う事を宿命づけられてきた。今ここには、理性的により良い未来があるならばと柔軟に考えられる者が揃っているものの。不特定多数の人間は、魔族の殲滅を望んでいる。
今の魔族領域の状況を人間側が知ればどうなるか。交渉のテーブルに付く以前の問題であった。
そんな意気消沈している空気の中。ドラグリファが、ようやくここへ現れた目的を口にする。
「――我がここへ来たのは、その解決策をまずは手中に収めるためだ」
ドラグリファのその言葉に、全員が一斉に彼を見た。
「どういう事ですの……?」
「汝ら人間の間に、“創世神の心臓”の話は伝わっているか?」
文献では目にした事のない話に、ティカは眉を顰める。そして、それに一番大きく反応したのは辰昭だった。
「それって――ぼくが会議に乗り込んだ時に話してたヤツでありますか?」
「盗み聞きしていたのか。抜け目のない魔王である事よ」
「元魔王も、中々話せるお方ですわね」
皮肉屋な部分にシンパシーを感じたティカに、短い嘆息だけで応えたドラグリファは、そうしてから続きを話す。
「そうだ。触れれば、世界構造そのものをひっくり返せるとされる秘宝。その会議では、それを使う事により、今の魔族が不利な状況を――人間を一掃し魔族の世界へと変える事ができるのではないかと言う話をしていた」
「おいおい、それは――めちゃめちゃズルやないですこと?」
「つい先日、その在処が判明した。詳しい方法は――現在連絡の取れぬインが説明できるのだろうが、簡単に言えば、放つ力の違いを探る網のような魔法を広範囲にかけたらしい。それで、その在処をようやく判別できた」
「やろうと思えばできそうな魔法ですがぁ、どうして今までされなかったのですかぁ……?」
「力の種類があまりにも近似しているからだ。それは、魔力とは似て非なる力……我ら魔族とは敵対する間柄である創世神の力ではあるが、世界の理に対して介入するという点で同じだ。引き起こす結果は同じだが、根本は異なるもので、しかし今まで魔族が探知できていたものは、厳密には結果に導く因子を感じ取るというものであるため――」
「あー……その説明、長くなりやがりますか?」
この中で、最も魔力についての学がない辰昭が、遮るのを少し申し訳なさそうにしながら、ドラグリファの話に割って入る。
「――つまり、目的のモノを探すための判別方法を今までとは変えた探知魔法を使ったわけだ」
「お気持ちは分かりますわ、元魔王さん」
得ている知識を披露したい。そういった気持ちは、誰の中にもある。魔族の中にもそういうものがあると知ったらしきティカは、同情的にそう言った。
そして、それはそれとして、である。
「――それで。そのお話を今挙げた意味。もしや、それを使おうと仰るのでしょうか?」
「相違無い」
ティカが、顔をしかめる。彼女と同じく、人間であるリディムも、それを聞いて恐怖を覚えた表情を浮かべる。そんな、世界を根底から変えてしまうもの。魔族の手に渡り、それを使われてしまえばどうなるか。
「しかし、実際にそれが使えるかどうかは別の問題であった」
「――どう言う事でごぜぇますか?」
「確かに、この世界そのものの構造を変えられるものであれば、魔族の天下へと世界を書き換えることが可能だろう。しかし、それはあくまで、それを自在に操る事ができた場合の話だ」
ドラグリファは、淡々と語る。
「確かに、我が魔族には大昔から、『創世神の心臓を手に入れよ。さすれば世界は我が手に、そして思うままに』という、我々の神の言葉が伝わっている。しかし――肝心の、扱う方法は何一つ伝わっていない」
「手に入れたら――何となく分かったりするんじゃねぇでありますか?」
「愚か者。そのような曖昧な認識で、誤った触れ方をしてみよ。魔族の天下となるどころか、魔族も人間も生きられぬ、混沌の世界へと変わり果てる可能性がある。そして規模が大きいほど、そのリスクも計り知れない」
緊張。そしてそれが、魔族が即座に手を出せなかった“理由の一つ”であった。好きなように世界をいじれるなら、とうの昔にやっている。
「――それで、その創世神の心臓とやらは、どこにあるんだ……?」
辰昭が、当然の疑問を投げかける。そして、その在処こそが。即座に手を出せない、もう一つの理由だった。
「既に――ここにある」
ドラグリファは、身じろぎせぬままにそう言った。何かを取り出した様子も無い。代わりに彼はその視線を、一人の少女――シィの方へと向ける。
「わ、わたし……? わたし、そ、そんな特別なものなんて、持って無いです、よ……?」
「そうではない。何を持っている、持っていないの話ではないのだ」
その言葉は、“それ”が他の何でも無い事を明言していた。
「まさか……」
「そうだ。彼女こそが、“創世神の心臓”なのだ」




