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カミサマ始めました  作者: /黒
《第五話》『“この”世界の行方』
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15/31

1.

 ティカ・リグリスは、学校の長期休暇を利用して魔族領域へと訪れていた。友人のリディム・ミーゲンスと共に、聖剣“創世神の杖”の効力を確かめようと、周囲にお忍びで侵入を図ろうとし、この場に居た。

 ――ちなみに彼女は今、誰にも抜く事のできなかった聖剣を抜いたという事で、“勇者”として注目を浴びていた。誰も彼も、国のリソース消費は最小限に抑えつつ魔族を纏める魔王を討伐できたなら、魔力鉱石目的の彼らとしては願ったり叶ったり。

そのためやれ魔王討伐だのなんだの持て囃される羽目になりはしたが、今日ここへ訪れたのは、そのためではない。

「ナニ言ったっけな。こういうゲーム、確かあったよな」

「お姉様ぁ……?」

「ああ、いえ。何でもありませんわ。それよりこの状況、何が起こっているんですの?」

 そうして初めて忍び込んだ、魔族の街。そこは、まるで生前聞いたことあるようなゾンビゲームのごとく、地獄絵図と化していた。

「(ゲームの事に詳しいわけやないけど、ここはそないなゲームとは似て非なる世界や。迂闊な事はできへん)」

 その街の中で、正常な意識の魔族を見かける――兵装を身につけているところからして、魔王軍の兵士だろう。彼らは、皮膚の所々を黒ずませた住民らしき魔族を押さえ込もうと尽力している最中だった。

 可能な限り傷つけない方法で押さえ込んでは、縄で手足を縛り付けて身動きとれなくしているところから、その様子は明らか。それを、ティカ達は建物の影に隠れて観察する。

「魔族はぁ、こういうこと、よくあるんですかねぇ……?」

「それはあり得ませんわ。でなければ、街の状態がこれほど綺麗な筈もありませんもの」

 日頃から無法地帯と思えるような、荒廃が板に付いたような街の風景ではない。建物の倒壊や出火はどれも新しい。ティカは、間違いでもこれは魔族側にとっても恒常的、日常的とは言えない事態だと判断する。

「ど、どうしましょう、お姉様ぁ……」

 リディムは、どうすればいいか分からないと、ティカをまあまあ強い力で後ろから抱きしめてくる。まるでぬいぐるみのような扱いだが、それに言及するほどの余裕は彼には無い。

 元々、街に入ることを決断したのは、情報収集のためだった。それが一つの少し大きめの決断であったのは、魔族領域の外縁の厳重な警備が敷かれているらしき様子からだった。

 それは、ティカが思っている以上に、魔族は人間を警戒し、自分たちの種族を守ろうとしている事の証明だろう。そう結論づけた彼女は、例え自分たちを魔族と誤魔化せるマジックアイテムを用いていても、行動には慎重を期さねばと肝に銘じていた。

 だからこそ、直接的な外縁の警備の人員の少なさに疑問を覚えたのだが――まさか、このような状況に陥っていたとは。

「(相手のピンチは自分にとってのチャンス。ビジネス囓っとる人間なら基本中の基本や。恩を売るにしても、勝つにしてもな)」

 単純に考えれば、ここで恩を売っておけば、様々な交渉ごとに役に立つ。例え自分たちが人間だと知られても、そう無碍にはできない筈だ。

 だが、それには解決策を導けなければ動けない。集めようにも、解決前に人間バレが発生するリスクもある。保守か、行動か。経営者的にも、判断の難しい状況だった。

 そんな思考を、泰雅が1秒弱頭の中で迷わせていた時だった。

「そ、そそ、そこの方達! こ、こここ、こっち。こっちです……!」

 後方から、かけられる声。何者かと、ティカとリディムは後ろを振り返る。

 すると――建物の陰から、一人の魔族が二人を見ていた。線が細くやや小柄。長い銀髪で、頭部の両側に悪魔のような黒い角の生えた魔族の少女だ。

「――どちら様ですの?」

「す、すすす、すみませんっ! わたしなんかが声をかけてしまってすみません!」

「いや、別に怒ってはおりませんが……」

 なんだろう。この、魔族という厳つい名前の種族にしては。こう、低姿勢で華奢な少女はと、ティカは訝しむ。

「わ、わたし、シィって言います……! そちらに行かれては危ないと思って、声を……っ」

「あら、それはご丁寧に。お心遣い痛み入りますわ」

 一先ず、敵意はなさそうだとティカはその少女を見て安堵する。二人揃って目深に被ったフードのおかげか。それともマジックアイテムのおかげか、両方か。何れにせよ、誤魔化せているようである。

 ――この少女は使えそうだなと、ティカは眼を細める。

「しかし、シィさんこそ、この場に居ては危ないのではなくって?」

「す、すみませんっ!」

 リディムは、『仲良くできそう』と小さく呟く。一応、魔族は人間の敵なのだが。このでっかい友人は、それでいいのかとティカは思った。

「で、でも、逃げ遅れたヒトがいるかもと、こうして見つけ次第、声をかけて回ってるんですっ。そそ、それで、避難所まで案内しようと……」

「なるほど……我が身の危険も顧みず、と。――では、お言葉に甘えさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「も、勿論、ですっ。こ、こちらです……!」

 軍が出ているのだ。という事は、そこからこの状況に関する話を聞けるかもしれないと、ティカは考えた。解決が可能かどうかはさておき、今は逃げ遅れた旅人を装い、情報収集可能な場所へ行こうと、話に乗る。

 しかし、必ずしもそうすんなりと目的地に着けるわけもなく。

「――彼らは、どう見てもゾンビですわよね?」

 細い路地裏を通ろうとした時。呻き声を上げ、正常な少女三人を、餌を見る目で見る三人の狂った魔族が道を塞ぐ。ヨダレを滴らせ、ふらふらと、しかし獲物を狙う足取りで。確かに彼女らを虚ろな眼差しで狙っていた。

「ゾ、ゾンビなんて言わないでくださいっ! アンデッドっぽい状態に見えますけど、きっとただ錯乱してるだけです……!」

 しかし、どうにかしなければこの先には進めない。ティカは腰の聖剣を抜剣し、三人のゾンビを、瞬く間に迎撃する。

 騎士学校首席どころか、教師陣すらも上回る実力の彼女からすれば、足取りおぼつかないゾンビなど相手にならなかった。

「こ、殺しちゃったんですか……?」

「安心なさって。峰打ちですわ」

 ティカは創世神の杖を納剣しながらそう答える。

「その剣、峰はないと思うんですがぁ……」

「側面も似たようなものですわ。それよりも、起き上がる前にさっさと通り過ぎますわよ」

 ティカは頭部をぶん殴って打ちのめしたゾンビ達を尻目に、リディムとシィにそう声をかける。実際、どこから似たような連中が飛び出してきてもおかしくないのだ。さっさと移動するに越したことは無い。

 そうして、ティカ達は避難所へと急ぐ。その場に居るであろう、軍を統括している現場責任者より、話を聞くために。


                   ◆


 カミサマTVに映るティカ、そして無事なシィ。それを見て、俺は一先ず胸をなで下ろす。実際にシィがこの事件で犠牲になっていた場合、アクマの言うとおり辰昭の動きが最悪な方向に転がる可能性が高かっただろう。

 一方、そのアクマはと言うと。

「ん、ん……これはしてやられましたね。どうしましょうか」

 予想外であったらしき新たな人物に、俺の隣で顔をしかめている。できれば、ギリギリまで秘匿しておきたかったのだが、この状況では致し方無い。

「というか、いつの間に……?」

 それを答えてやる義理はないと、返答の代わりに無言でポップコーンを差し出してやる。そんな俺の意図が伝わったのだろう、悪魔のような所業を仕出かしたアクマは、それが帳消しになるわけでもないのに、可愛らしく頬を膨らませてあからさまに不満を示してくる。

 ――ちなみに、この仕込みを行ったのは、アクマが『トイレに行く』と言って俺の目の前から姿を消した、そのタイミングだ。

 ――行く必要すらあるのかどうか分からないし、何らかのブラフである線も捨てられなかったが、反応を見る限りでは少なくともこちらの攪乱というわけでもなかったようで。

 その間、俺はいかにも女神っぽい姿に自身の姿を変え、別の世界で死んだ“四十万 泰雅”を呼び込んでいた。

 元々、俺は辰昭だけで状況を盤石にできるとは思っていない。ついでに言うなら、少なくとも彼だけでは、人間と魔族の和平を実現できるとは考えていなかったのだ。

 そもそもの魔族がワールドコアに手出ししなくなるための手筈として、俺は両陣営の、最低でも停戦状態となる状況を作るように動いていた。状況をひっくり返す必要が無くなれば、彼らが“創世神の心臓”と呼ぶ世界の核に、手を出す必要が無くなるからだ。

無論100年単位ではどうなるか分からない。状況が一次沈静化しても、これまでの人間への恨みから、裏ではワールドコアへの手出しを考えているかもしれない。

しかし、保たせるのは節目たる3000年までの20年。僅か数年程度ならば、そんな奥の手を使おうとは考えないだろうと考えたのである。

実際、元魔王であるドラグリファは、野心よりも魔族達を守ろうと考えるタイプであったし、部下達もそんな彼の考えをあからさまに無視して動く者達ではない。より確実に守れる手段があるならば、そちらを優先する。

そこで、彼らと交渉するための人間が必要だった。だから俺は、人間嫌いかつ、ビジネス能力のある、しかも良いタイミングでお亡くなりになっていた四十万 泰雅をこの世界に呼んだ。彼は人間の在り方に元々不信を持っていたし、それ故に端から魔族を偏った見方をすまいと思ったからこその人選だ。――女に転生させたのは、ちょっと態度がイラッとしたからである。

しかし、それだけでは足りなかった。魔族はそもそも、ほぼ全体が人間に対して何らかの悪感情を抱いている。あのシィですら、人間を、それも子供であっても怖がった。

だから、やや強引ながらも魔族側に人間との交渉を考える人物の配置を狙った。それが、人間のまま転移させた辰昭である。

そんな彼を、基本は力社会であるという魔族の傾向を利用し、有り余るほどの力を与え。彼にとって初めて信頼できる相手である義理の姉、シィの危険を煽って魔族を纏める立場に立つよう誘導した。

人間のままなのは、人間側の交渉における警戒を少しでも薄くするため。魔族が直接交渉するより、魔族を纏めた人間がそれをする方が僅かながらも難易度が低い。

つまり、最初から泰雅の存在は予定されていた事だった。アクマに知られないように呼び出したのも、考えを想定されないようにという策である。一方辰昭の存在が知れるようにしたのは、何かしていないと怪しまれると考えたためである。

「――しかし、このゾンビカビに魔族が襲われる状況は、カミサマの想定外の筈。盤面がどうひっくり返るか分からないのは、依然として変わらないでしょう」

「そりゃそうだ。だが、これでシィがこの災害で命を落とし、辰昭がワールドコアに手を触れる確率は格段に減る」

 ちなみに。泰雅を転生させる手段としては、別のものを元々は考えていた。まさかアクマがトイレに行くとは思ってみなかったためだ。

 しかしおかげで、対面で人間嫌いかつ人のしがらみに疲れていた彼に『世界を救え』などと言って行動を起こさせるよう促せた。本来は辰昭のように突然転生させ、いいカンジにお告げを聞かせて動いて貰うつもりだったのだ。それを、あの直接対面にできた。実際に顔を合わせた方が向こうも強く意識するだろう。そこは僥倖だった。

「――まあ、いいでしょう。ワタシはワタシで、別のつけ込み方をさせていただきます」

 そう言って、アクマはアクマTVへと目をやる。すると、その画面の映像が切り替わる。

 その場所は――フォル、ゴグとはまた異なる別の街。さらに言うならば、魔王城の膝元。その城下町にあたる“ディモレクシア”である。

「何をする気だ……?」

 俺は一瞬、またゾンビカビの胞子を微量撒くのかと思った。しかし、大規模な除去ならともかく、僅かな改変であれば、流石に今度は枠組みに触れる事なく対処できるだろう。仮にカビでなくとも、今度は注意深くカミサマアイで確かめる。

「辰昭君はですね、優しいんですよ。一番は勿論シィさんなんですけれど、そうで無くても、誰かが苦しんでいたら見て見ぬフリはできない」

 一方、アクマTVはディモレクシアの街の奥へ、奥へと進んでいく。その画面の向かう先が予想できず、俺は不安を覚える。

「カミサマが、今ある場所に彼をセッティングしようとした時。ワタシ、忠告しましたよね? 能力の適正が、完璧であるかどうかについてを」

「ああ……」

 人々には、持って生まれた性格傾向というものがある。各々の人格とは、それと人生経験が複合されて形成され、そうして一人の人物を人物たらしめる。

 辰昭は、それなりに俺の希望を満たしていたものの、完璧ではなかった。その性格の情報は膨大であるため割愛するが、理想にはほんの僅かに足りなかった。

 無論、適正に見合う人間は、他の世界を探せば存在した。しかし、そんな人物を転生、あるいは転移させるには、元の世界から文字通り消えてもらわねばならない。不幸でもなんでも無く、死んでしまったわけでも無い相手の人生をねじ曲げたくなかった俺は、所謂“妥協”をしだのだ。

「きっと、適正通りであればカミサマの予定通りに事が運んだでしょう。もう少し思慮深いとか、慎重であるとか、臆病気味であるとか。持って生まれた性質が、もう少しだけそちらの方に振れていればよかったかもしれません」

 そうしてアクマTVが止まったのは、魔王城王都の地下。特に、何かがあるわけではない。封印された古代生物も、遺跡もあるわけでもなく。ただただ土砂の層がそこにあるだけだ。

 ――ただ。一箇所だけ。他の場所とは違うところがある。

「これは――魔力の流れか……?」

 魔族領域には、その土地全体に、木が根を張るかのように魔力の流れが伸びている。そこから沁み出した魔力が特殊な石に宿り、そうして魔力鉱石が生まれる。今、この世界の人間達の間で不足し、必要となっている品だ。

 では、その魔力はどこから生まれているのか。それは、この星の中心だった。そこから生まれた濃度の濃い魔力が、特定箇所から地上に噴き出し。大地を抜け、時には石に宿り。多くは世界中にごく微量に広がってゆく。

 そして――その星から生まれる魔力が噴き上がる特定箇所。それが、魔王城王都。もしくは魔王城、その真下だった。

「“魔脈”、と彼らは呼んでいるそうですよ」

 その雄大な魔力の流れに圧倒されていた俺を、アクマの声がはっとさせる。

「魔力、という概念は、別の世界にも全く同じモノが存在するんですよ。酸素は酸素。水は水、といったように。その性質が、他世界と共有されるものであったりします」

「何が言いたいんだ……? ……!?」

 その刹那。アクマの仕業か、別の世界から“ナニカ”が転移させられた。

「言うなれば、魔力というのは広義の燃料です。消費し、世界の法則に介入し、事象を引き起こす。しかしそれは、出力装置があって初めて、特定の性質を与えられるもの。例えば――そう、石油一つとっても、プラスチックになったり、幾らかの中継を経て電気に変わったり」

 それが転移させられ、何らかの反応が始まる。――ヤバいと思った。止めようと思った。しかし、その発生の早さは爆発的で、介入するには少し遅かった。

「でも、基本は同じです。着火されちゃったらどうなるでしょう?」


 魔力が――魔族領全土に、大爆発を引き起こした。



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