3.
辰昭がフォルの街の入り口に到着した時、そこは以前の様子とはまるっきり異なっていた。
騒ぎの影響だろう。街の幾らかからは火の手が上がって、黒煙が立ち上り。そこらかしこからは、まるで呪いの歌のような呻き声の合唱。度々合間に悲鳴が挟まり、それはまさに聞くに堪えない地獄の葬送曲のようであった。
「くそっ……気分が悪くなってきそうでごぜぇます」
今まで聞いたことのない気味の悪い声に、今にも吐きそうな声で辰昭はそう言った。
「この様子、死霊術が用いられた大規模な事件の時のものに近いな」
「死霊術……?」
辰昭が聞き返すと、ドラグリファが頷き返す。
「60年程前。我が魔王の座に着いて間もなくの頃に起こった事件だ。とある一人の魔族が、我から魔王の席を剥奪せんと企てを立てた事があった。しかしその手段は、他の多くの魔族を生きる屍へと変えて軍隊を作り攻めるという、同族を使い捨ての駒としか考えておらぬ忌まわしきものだった」
「そいつは、どうなったんでごぜぇますか……?」
まさか、これはそいつの仕業なのかと辰昭は問うが、それはすぐに否定される。
「捕らえて処刑した。魔族を纏める以上、力を持つ者でなければならないとは言うが、何をしてもよいというものでもない。魔族社会において、あまりにも悪質で悪影響を与えるその術士には、極刑を下さざるを得なかった」
「――そうでごぜぇますか」
ドラグリファの言葉の端々から、その事件の痛ましさが伝わってくるようで、辰昭は何も言うことができず、短くそう返す。そして、話題を転換する。
「てぇことは、また大規模な死霊術ってやつで、今こうなっているでごぜぇますか?」
「可能性は高い。だがもう少し、状況をハッキリさせねばな」
そうして、ドラグリファと辰昭は、街の前に緊急で立てられた駐屯地で、現場対応に当たる隊長の話を聞く。
――駐屯地で治療を行っている兵士達。それから後方支援部隊。彼らの様子は、肉体以上に精神的な疲弊を覚えている様子だった。
辰昭は本物の戦場というものをほぼ見た事は無いが、何か様子が変だと感じていた。
「解呪が効かない?」
「はい。60年前の事件と同様の案件だと判断し、魔法士部隊の解呪を中心とした作戦を、当初は決行致しました。しかし、効果は現れず――」
予想と異なる状況に、唸るドラグリファ。辰昭には魔法の細かい事は分からないが。しかし、何か不穏である。
――そうして、事の詳細を隊長から聞いている、その最中だった。
「や、やめろ! ぐああああああああああああああああッッ!!?」
駐屯地の救護区域から、突如悲鳴が上がった。
「何事だ!?」
辰昭は、ドラグリファと共にその場所へと駆けつける。すると、そこには目を疑うような光景が起こっていた。
「だ、誰か! こいつを引き剥がしてくれッ!」
治療を受けていたと思しき、包帯を巻かれた兵士が。その衛生兵の首筋に噛みついていたのである。
噛みついている兵士の包帯から覗く地肌は、一部がまるでカビでも生えているかのように黒ずんでいる。魔王城の報告で聞いたのと同じ状態だった。
「呪破!」
ドラグリファが狂った兵士に魔法を放つ。その瞬間、青いオーラのようなものが彼の手から放たれ、その兵士に直撃する。
――だが、状況が変わる様子は無かった。兵士は、衛生兵をまるで飢えた肉食獣のように襲い続けている。
「ちっ……!」
効かぬとみるや、ドラグリファは素早い動作で兵士の背後へ。そしてそのまま、頸椎に強く手刀を入れた。
――ゴキッ、という嫌に湿った音を。辰昭は確かに耳にした。
「大丈夫か!?」
「う、ぐ、は、はい……」
狂った兵士は、そのまま床に崩れ落ちた。口から泡を吹き、ピクピクと痙攣している。
その口元に付着している衛生兵の血が、妙に生々しい。
「お、おい、何をしたんでごぜぇますか……?」
「殺した」
ドラグリファは、迷うこと無くそう断言した。その躊躇無き行動に、辰昭は動揺する。
「殺したってどういう事でごぜぇますか!?」
「そのままの意味だ。解呪が一切効果を見られないとなると、こうする他無い。――恐らく、街の住民達も同様だろう……」
辰昭は、目の前を真っ赤にする。一方、ドラグリファは傷ついた衛生兵に魔法をかけていた。どうやら眠らせる魔法らしく、恐怖に怯えるその目が、ゆっくり閉じていく。
「――場所を変えるぞ。ここは怪我人が集められている場所だからな」
冷静なその様子を見て、さらに辰昭は声を荒げたくなるものの。その真っ当な言い分に口を噤ませ、駐屯地の裏側に到達するまで感情の発露を抑えこむ。
「見捨てるっていうんでごぜぇますか!?」
「生きた屍となっている者が正気に戻る事は無い。例え解呪を施したとしてもだ。死者を操る魔法が消えただけだからな。そして――あの兵士はもはや手遅れだった。住民も同じ筈だ」
辰昭の感情任せの発言を、ドラグリファは受け止める。そして、冷静に状況を分析し、わかりやすく説明をする。
「だから、殺すって言うんでやがりますか!?」
「そうだ。そして、考えていた以上にこの状況には、早急な沈静化が求められる可能性が高い」
「そいつは、どう言う……?」
まだ、辰昭は冷静にはなりきれない。しかし、ドラグリファも殺したくて殺しているわけでは無い。
「先の兵士は怪我をしていた。アンデッド化した住民にやられたのだろう。問題はここからだ。我の推測ではあるが、このアンデッド化は――他の生者へと伝染する」
「なんだって!?」
辰昭は耳を疑う。ただでさえ滅茶苦茶な状況が、さらに拡大する可能性があるというドラグリファの危惧に、彼も気がつく。
「そもそも、あれは魔法由来のアンデッド化ではない可能性が高い。我の解呪が一切効果をみられなかった。こちらの魔法が弾かれた様子も無い。可能性が上げられるとすれば、その他の何かが原因だ」
「何か、って――何でやがりますか?」
「分からぬ。しかし、あの兵士は住民に怪我をさせられた事は間違い無い。そこから察するに、一種の伝染病のようなものが、あのアンデッド化を引き起こしていると考えられる」
「じゃあ、それを治せさえすれば……」
ドラグリファは首を横に振る。
「時間が足りぬ。病気を治療するにも、専用の効果を発揮する魔法を組み上げねばならない。そうしている間に、このアンデッド化はどんどん拡大していく事だろう。それに――仮に治療魔法ができたとしても、一度アンデッドと化した者が元に戻ることはないだろう」
事態の早急な沈静化の必要。限られた手段。それの行使。それら全てを理解した辰昭は、顔を青ざめさせる。
「じゃあ――街のヒト達全員を、殺さなきゃならないって言うんでごぜぇますか!?」
「そうだ」
ドラグリファは顔を曇らせながらも、断固とした口調で返答した。辰昭は――居ても立っても居られずに、その場を飛び出す。
「おい、どこへ行く!?」
「街に決まってんでありましょうが!」
彼に、思慮深い考えは無い。ただ、じっとして居られなかった。
もう、何もできないのは。見ている事しかできないのはごめんだからだ。自分は、何のために無理矢理魔王になったのか。姉を、その暮らしを守るためではなかったのか。そう思ったら、何を取るとも言えずとも動くしかなかった。
「――っ、アレは……!?」
そうして足を踏み入れた、呪いの歌声響く街。周囲には、魔族らの遺体が倒れて居る。黒ずんだ肌の様子からして、アンデッド化した住民を軍の兵士がやむを得ず倒したものだろう。
街の入り口付近にアンデッドがいないのは、魔王軍が陽動で、一箇所に集めるのを試みているからである。しかし、それすら聞かず飛び出したそんな中、辰昭はとにかく自分にできる事を探すために走る。――と、
もぬけの殻となった商店の前に、一台の荷車が放置されていた。
クワの傷の付いた荷車。それは、姉であるシィが使っていたであろう荷車に相違無かった。
「姉さん……!」
嫌な予感が的中してしまった。もし、姉が売買を街で行っているタイミングで、この事件が起きていたら、という。
無論、住民の幾人かは、街の外に避難している。もしかしたら、姉も避難しているかもしれない。しかし、もし避難できていなかったら? 自分がそれを確認するまでの間の時間に、姉がアンデッドに襲われていたら?
そう思ったら、辰昭は街の中を進む以外に無かった。その足は、より怒号と悲鳴の高く響く先へ向かう。
辰昭は走る。姉の無事を、ただひたすら祈りながら。
◆
「魔族は、既にワールドコアの探し方を見つけているんですよ」
と、アクマ。その言葉に、俺は辰昭が当時魔王だったドラグリファ達の会議に殴り込んだ時の事を思いだした。
「突然乗り込んだようにも見えましたけれど、辰昭君は中の様子を一応、確かめてからトツゲキかましたんですよね。『お宝探しの相談の中、失礼する』と、彼はハッキリ言っていました。直前までの話を、恐らく聞いていたのだと思います」
「それが、どうしたって言うんだよ……」
「お分かりになられませんか? 世界を根本から改変できるという噂の、“創世神の心臓”の話をしていたのです。もし、辰昭君のお姉さん――シィさんがアンデッド化してしまっていたら、彼はどうするでしょうね?」
俺は弾かれるようにして、カミサマTVを見る。今噂の彼は、荒廃した街の中、必死に姉を探している最中だった。
俺は、冷や汗を垂らす。そして、カミサマアイでシィの安否を確かめるべく、自分も彼女の所在を探す。
避難所を確認。――居ない。となると、やはり街の中か。
おそらく、最初からシィの周りにカビを撒かなかったのは、騒ぎそのものを大きくして、辰昭の耳に入るようにしたかったのだろう。シィは街から離れて住んでいる。そんな彼女の周りに撒いたところで、彼女一人がアンデッド化するだけ。状況は大きくならず、現魔王である辰昭の耳に入るのは、ずっと後になっていただろう。
――あるいは、単純に無関係そうなおっさんの周りに撒くことで、しっかり俺が調べようとする可能性を潰したのか。ともすると両方かもしれないが、何れにせよ今更そんな事に気がついたって後の祭りだ。
カミサマアイは、ある種時間の概念を無視して世界の全てを見通せる。辰昭が辿り着く前にシィの状況を確認して、手を打たねば。そう思い俺は、ほとんど同時に街を詳細まで確認――、
「――来た」
確認した俺は、小さく呟いた。
「え?」
それに、アクマが意表を突かれたように聞き返してくる。当然だろう。俺の安堵でもなく、焦りでもなく。全く色の違う声が聞こえたのだから。
「――いや、今来てどうなるのか分かんねぇけど。それでも、俺は良い方向に転がってくれることを祈るしかねぇ」
「え、え、何、何、何です? 何ですか!?」
「――女装までして、女神を装ったかいがあった」
とうとう彼女が、足を踏み入れたのだ。
権利たる聖剣を裏で歴史にねじ込み、それを半ば強引に手に入れさせ。本来ならば魔族との和平を結ばせるべく作り出した、あの英雄が。
ティカ・リグリス。四十万 泰雅。この混沌を、どうかひっくり返してくれ……!




