1.
魔王ドラグリファには、直属に3人の将軍がいる。
――一人は天魔将ヴァルガ。魔王軍の航空戦力、“天魔軍”を率いる、6つの翅を持つ魔族。虫型の魔族は本来あまり高い能力を持っていないとされるが、その突然変異体である彼は種を越えた実力を持って現在の位置にまで上り詰めた実力派である。
さらに情報収集能力も高く、人間側の動向を常に探るのも彼の役目である。
――もう一人は獄魔将ゼムリヤ。魔王軍の地表部隊、“獄魔軍”の統率を行う、18の触手を持つ女性魔族。また、海上戦力も彼女の統率下にあり、三つの将軍の中では最も部下が多い。
当人の戦力も他に勝るとも劣らず、触手による物理攻撃、また、その触手それぞれから放つ魔法により、敵対者は本体に近づく事すら困難であるとされる。
――更なる一人、賢魔将イン。他二つと異なり、直接的な戦力を持つ部下をほとんど従えず、代わりに研究員の集団を率いる将軍。また、干からびたミイラのような身体は線も細く、当人の直接的な戦闘能力に関して言えば、ヴァルガ、ゼムリヤの部下でさえも勝利することができるだろう。
しかし全ての魔族の中で、自らをアンデッドと魔動機械の異形と変えてまで生きながらえて来たその年齢は魔王をも凌駕し、豊富な知識と経験、そしてそれに裏打ちされた実力を持つ。
――そんな三将軍が今、魔王城の一室にて会議を行っていた。三人は円卓にて。魔王は段を上がった禍々しく豪奢な椅子で、色濃い影を纏いその眼差しのみを妖しく光らせている。
強き者が、魔族を纏め彼らを導く。魔族の社会構造――とりわけ、その最上位とは、即ち実力者が集う高みであった。
「して、インよ。件の秘宝に、目星がついたようだな」
魔王が、賢魔将インを指名する。元々この会議は、彼の報告から始まったもの。そしてその内容は、三将軍、ひいては魔王が一所に集う程の重要なものであった。
「ええ、ええ、魔王様。ひいては他、将軍の皆様方。吾、遂に件の秘宝の在処を探り当てることに成功したのであります」
干からびた口が、ミシミシと今にも割れそうな音を立てながら言葉を紡ぐ。
「手短、求む。うぬ、前置きがいつも、長い」
「ヴァルガではないでありんすが。妾も、そう気が長い方ではないのです、イン」
腕を組んだヴァルガは指の先端で二の腕の装甲をコツコツと鳴らし、ゼムリヤは触手の一本をひらひらと振ってみせる。
「ええ、ええ、それはもう。若人達が飽きてしまわぬよう、早急に。まずアレを探す手段の模索を始めたのが、今から240年前の――」
「そういうところ、だ」
「前回も聞きましたよそれ。しかも、その時は340年前とか言ってたででありんす」
二人の将軍が呆れたように言うと、インはカカカと今にもボロボロと崩れ落ちそうに笑った。魔王は壇上の玉座にて、これまた呆れたようにため息をついている。
「今回魔王様に、そして若人達に集まって貰ったのは他でもない。かねてよりその存在だけは認識されておった秘宝――“創世神の心臓”についてであります。それが――、」
会議室の魔王、それから他二将軍の息を呑む気配が。静かな部屋の中に満ちる。
「ついに、見つかったのであります。世界を根本から修正しうる、アレが」
そのインの知らせに。表情というものの存在しないヴァルガは、それでも確かに笑みを浮かべたように身じろぎし。ゼムリヤは口元が避けるほどに笑う。魔王も微かに眼を細め、その喜びを滲ませていた。
秘宝、“創世神の心臓”とは。長年魔族が探し求めていた、人間が覇権を握るこの地上にて、そのパワーバランスをそっくり根こそぎ変えられる可能性のある宝である。
太古の大昔。魔族の祖である神――人間からは邪神と扱われるそれは、創世神に敗れた。現在はそれぞれの眷属がその戦いを引き継いでいるものの。その状況は魔族にとって非常に芳しく無い。
世界の端に追いやられ、今はなんとか戦力を集めて領域を維持しているものの。それでも年々、人間達は侵攻を行い、100年以内には魔族が殲滅させられる可能性まで見えて来ている。
そんな中、魔族達には大昔から、神より伝わっている話があった。この世界を生み出し、人間を己が眷属として造り、自分たちの殲滅を図る創世神。しかし、そんな神も魔族の神との戦いの果てに、世界にその身を分け、眠りについた。
そうして分けられ、この世界と一体化した創世神。しかしその創世の力そのものは未だ健在であり、今もこの世界のどこかでその効力を発揮している。だが、その力を発揮している創世神の一部を、魔族が掌握することができたとしたら……?
それが秘宝。通称、“創世神の心臓”と呼ばれるものであった。魔族は一発逆転の切り札となるものを、それこそ気の遠くなる年月の間、地上の覇権を手に入れるために探し求めていた。
そう。賢魔将インは、遂にその在処を見つけたと。そのように言ったのだ。
「既に、確保を?」
「いいえ、いいえ。それはこれからにございます。しかしながら、少々厄介でございまして。そして、幾らかのお覚悟も」
「厄介? それに覚悟?」
ゼムリヤは口元を取り出した扇で隠し、片眉をつり上げる。目前にごちそうが用意されたのに、それをお預けされた気分になって少しむっとしたのだ。
「ではまず、厄介である事に関してのお話から。伝承では、創世神の心臓とは、この世界そのものを書き換える力を持った、本来なら我ら魔族とその神の宿敵の一部。掌握する事で、今ある世界を魔族のものへと変える事も可能な秘宝であります」
「元来、そのために、探していた。我々は」
「しかし、世界への干渉が、概念への介入故に他にどのような影響を及ぼすか――未知数なのであります」
「予期せぬ余波を引き起こす可能性があると?」
インは、『左様』と頷く。ミシミシと、首肯するだけで音を立てながら。
「それ故、手中に収めようとも即座に活用する事は、危険と判断するであります。また、ご使用となる際も、常々、心構えをお忘れ無きようにすべきかと」
「世界の真理に触れる以上、相応のリスクもあって然るべきか。それで、覚悟の方は?」
「それはでございますね――」
インが、創世神の心臓に関しての“覚悟”を、口にしようとした。その時だった。
「お宝探しの相談の中、お邪魔しますよォ、魔族のお偉いさん方共!」
膨大な魔力漲らせる一人の“人間”の青年が、会議室の扉を蹴破り現れた。
◆
カミサマTVでは今、辰昭が魔王とその幹部連中三人に対して、殴り込みをかけている最中であった。
突然の事に動揺する魔王と三将軍。しかし魔族らをまとめ上げている彼らの対応は早かった。即座に臨戦態勢に移り、乱入した辰昭へと仕掛けていく。
天魔将ヴァルガは、音速の如き飛翔でもって、鋭い尻尾の先と爪を振りかざし飛びかかる。
獄魔将ゼムリヤは、辰昭の躱す隙間を徹底的に潰しながら、触手と魔法で攻め立てる。
賢魔将インが胸の起動ボタンを押すと、どこからともなく装甲が現れその身を包む。
そして魔王は、万が一にも三将軍の対応をくぐり抜けてくる事を想定し、身構えている。
魔王軍の最上位に位置する彼らの連携は完璧だった。互いの能力をよく知り、突如現れた敵対者を、完全なる連携の元、一切の油断無く確実に叩き潰しにかかる。
――だが、彼らでは。俺が膨大な力と成長力を与えた今の辰昭には敵わない。
一つ一つ、丁寧な対応をする様子など無かった。必要無かったか、あるいはそのノウハウは学べていなかったか。何れにせよ、辰昭の対応は力任せだった。にもかかわらず、それで圧倒する。
――しかし今俺は、そのほぼ決まっていた予定調和を、チラリチラリと視線を度々向ける以外で確認していなかった。一応、大事な局面であるにもかかわらず、だ。
「んー、それではこうすると致しましょうか」
なぜなら俺の視線は主に、アクマTVの方へと向いていたからだ。
アクマTVには、魔族の住まう街の様子が映っていた。今魔王城で、とんでもない襲撃事件が起こっているとも知らず。人々は己達の生活を営んでいる。
「ん……? この街は――」
その街には、見覚えがあった。いや、今の俺にとって見覚えが無い街など実質無いも同然だがそれでも、直近でそこは目にした事のある場所だった。
その街は、中央の広場に禍々しい銅像の立っている筈の街だった。しかしその銅像は以前、人間の侵入者と住民のすったもんだで粉々になってしまい、今はまだ修繕がなされていない。そんな街だ。
――そう。それは以前、辰昭がシィと共に暮らしていた家の、最寄りにある街だった。
そんな映像が、さらに一つの場所へと寄っていく。そうして映し出されたのは、何の変哲も無い魔族の男。恰幅良く、顎髭を生やし、一対の角を生やしている、この世界ではさしたる特徴も無い、そんな人物だ。
「何をする気だ……!?」
意味なく、ただの男にクローズアップする筈がない。俺はアクマがとんでもない事を仕出かす気配を感じ、狼狽える様子を隠せないままにそう口にする。
しかし――アクマは俺の問いには答えず、ただ指をパチンと鳴らした。
「……!」
俺はアクマTVを食い入るように見つめる。この男性に何かが起こるというのは明白。何が起こっても、即座に対応をとれるよう身構える。
「…………?」
しかし、待てど暮らせど何かが起こる様子は無い。男性は食材の売買を生業にしている男。今彼は市場にて、ある程度の大きさにまで既に加工されている食肉を、さらに客の要求に応じて切り分けている最中だった。
「一体何を……、――ッ!」
何の変化もない筈がない。俺はカミサマとしての力を用いて、その男の状態を確認する。しかしその結果は――、
「何も起こっていない……?」
そんな筈は無いと、何度も何度も、男性のことをチェックした。隅々まで、一切の漏れが無いよう念入りに確認した。
しかし。何度、どれだけ調べてみても。彼には一切何の変化が起こっている様子は無かった。
「おい、お前今何をした……?」
「ぶぶー、ネタバレは致しませーん」
「っ、お前、自分が何かした時はそれを言うって――」
「そんな事言ってませんよぅ。ワタシは、“見せる”と言っただけです」
「こいつ……!」
俺は立ち上がって、掴みかかってやろうと思った。しかし、すんでの所で堪える。
仮に俺が詰め寄ったとしても、こいつがその内容を吐くようには思えなかった。加えて言うならば、確かにグレーゾーンではあるが、一応嘘は言っていないのだ。
あからさまに騙された感があるが――のらりくらりと躱されるだけだろう。徒労に終わるのは目に見えている。
「お? うはー、辰昭君、魔王締め上げてますよ、見てください!」
アクマはふとカミサマTVの方へと視線をやる。その隙に何かやらかすのではという警戒の元にアクマTVの方へと注意を続けながら、俺もそちらを確認した。
『な、何故、人間……人間? が、こんな所に……』
『あんたらが不甲斐ないせいでございましょうが!!』
三将軍を纏めて叩きのめした辰昭は、魔王をも下し、その胴体に馬乗りになって襟首に掴みかかっていた。この現場を知らないヒトが見たら、チンピラのリンチ以外の何者でもない。
『何を言っている……! その手を離せ、我は魔王ぞ!』
『あんたらが不甲斐ないせいで、魔族の街の筈なのに人間が入り込んで、あわや姉さんが取り返しのつかないところになるところだったんでごぜぇます! もしそうなってたらどう落とし前付ける気だったんでやがりますかねぇ!』
『ワケの分からない事を――』
『あんたのせいでしょうが! 魔王だか何だか知らねぇが、ご大層な肩書きのワリに自分のところの連中を守り切れてねぇじゃねぇですか!』
『へぶぅっ!』
辰昭が魔王の横面を殴りつけると、相手はそのまま昏倒していた。体格も魔王の方が大きいにもかかわらず、俺の与えた魔力と、それの籠もった一撃はそれほどにまで強い。
「いやぁ、勇者要りませんねこの強さ」
「――そうなるようにしたからな」
アクマはあれ以降、何かをする素振りは見せない。むしろ、やることはやったと言わんばかりに、俺の隣に座っている。
「期待してますよカミサマ。彼が今後、どんな風に動くのか」
「…………」
『今日から――ぼくが魔王でごぜぇますよォ』
カミサマTVでは辰昭が、まだ意識の残っていた三将軍へとそう宣言していた。
力の強い者が、高い位を持つ。魔族の戦力の最上位を、一人で瞬く間に全員生きたまま制圧してしまった辰昭に、異を唱えられる者はその場に存在しない。
辰昭はその瞬間から、人間でありながら魔族を纏める魔王となった。その裏で、何が起こっているのか。アクマ以外は分からないまま。




