憎悪
どれほど眠っていたのだろうか。私は喉の渇きと空腹で目が覚めた。目の前には、昨夜置かれたパンとスープ、コップ1杯の水かあった。
冷えたスープにパンを浸し、口に運ぶ。不味い。というか、味がない。
飲み込むと、食道に微かな痛みを感じた。嘔吐した際に、食道に小さい裂傷でも生じたのであろう。
ぬるくなった水を飲み、部屋から出る。
昨夜の、大剣を持った男はいなかった。
外に出てみると、軍服らしきものを着た男たちが、無言でぞろぞろと列を成して歩いている。
彼らをよく見ると、背中に杖とも銃とも言えない何かを担いでいた。
空はどんよりと曇っており、今にも雨が降りそうである。
私は母親を探すため、いくつかのテントを訪れた。
3時間ほど探してみたものの、どのテントにも母親の名前はなかった。まだ医療テントにいるのだろうか。胸に緊張が走る。
母親に会いたい、でも、現実を見たくない。
万が一のことを考えてしまい、徐々に大きくなる心音。
不安で吐きそうになりながらも、医療テントへ向かった。
「あら、どうしたの?」
昨日の看護師が声をかける。
「…リーベン・シュタイナーという名前の女性はいますか…?」
震える声で聞いた。看護師は、躊躇いながらも答えた。
「リーベンは…まだ見つかってないの…」
少しの沈黙が流れたのち、看護師は続けて言った。
「軍の方が行方不明者の捜索をしているのだけど、瓦礫の下にもいないって。もしかしたら、拉致されているんじゃないかって…」
「拉致…ですか…」
最悪だ。拉致となると、どのような扱いを受けるか分からない。凌辱され、交渉材料にされ、もしかしたら、肉体すら還ってこないかもしれない。
「君、リーベンの息子さんよね。私、リーベンの友達だったの。最近会えていなかったから、今度お邪魔しようとしていた矢先に…こんなことになってしまって…」
驚いた。看護師の女は母親の友人だったのだ。
「でも、絶対に軍人さんが見つけ出してくれるから、不安になる必要はないわ。先ずは、君の怪我を治すことが優先よ。」
彼女には申し訳ないが、不安になるなと言われても、そんなこと不可能だ。
私は俯きながら医療テントを出た。
この日から私は、自室に閉じ籠もるようになった。
どうしてこうなったのか。
私はただ、楽しく暮らしていただけなのに。
何か悪いことをしたのだろうか。
友人は焼き殺され、母は行方不明となり、一瞬で日常が奪い去られた。
私の、敵国に対する憎しみの感情は日に日に募っていた。しかし、何もできない。
無力で非力な私。全てを奪われても、何もできない私。絶望とやるせなさ。それにより増幅される憎悪。
何日も何日も、ベッドの上で、敵国、そして、自分の弱さを憎んだ。
3週間ほど経った頃、私はふと、外に出た。何故だか分からないが、身体が勝手に動いたのだ。
外には簡易の掲示板が敷設されてあった。
そこには、死者と行方不明者の名前が記されている紙や、配給日時、難民キャンプの地図が貼ってある。
行方不明者の中に、リーベンの文字はあった。未だに見つかっていないらしい。それを見ても、私は何とも思わなかった。私の心には、敵国に対する憎しみだけがあった。
自室へ戻ろうとしたとき、制服を着た軍人がこちらへ歩いてきた。彼は張り紙を掲示板に張り、何も言わずに去っていった。
『魔術軍人候補生募集。年齢不問。魔術技・医官、魔術軍人求む。』
彼の貼った張り紙には、ただそれだけが書いてあった。
ただの軍人の募集。
そう思ったはずなのに、気づけば私は、その一枚から目を離せなくなっていた。
翌週、私は候補生として、候補生学校の門を叩いた。




