魔術の存在
この国に転生し、2年が過ぎた。この国での生活も慣れてきた。もっとも、ここがどこなのか、なぜ、ここまで原始的な暮らしをしているのか、わからないままではあるが。
毎日の両親の読み聞かせの甲斐もあり、単語の意味も、文字の読み方も、少しずつだが分かるようになってきた。最近は歩けるようにもなり、活動範囲が広がった。
朝起きて父親に、”おはよう” と ”行ってらっしゃい” の挨拶をし、ご飯を食べる。父親の名前はエスプリット・シュタイナーというらしく、近所の人からはよく、エストと呼ばれている。
母親の名前はリーベンで、市場では、値切りのリーベンという名で有名らしい。買い物の際、よく言い争いのようなことをしていたが、まさか値切り交渉をしていたとは。どんなものでも相場より安く買ってしまうため、主婦の間では値切りの神と崇められているのだとか。
今日は毎週恒例のママ友お茶会の日で、うちに母親のママ友が来ていた。話す内容は、旦那の愚痴や安い露店の話、そして子供がどれだけ成長したか、といった、主婦特有の話だった。
どこの家庭も私と同じくらいの男の子がおり、よく彼らと遊んでいた。とはいっても、お互い少ししか喋れないので、指差しと簡単な単語を使ったコミュニケーションだった。思考は24歳であるが、身体は2歳児なのだ。友達と遊ぶのは楽しかった。その中でも特段仲のいい友達がいた。名前はフェアリュストという。彼は私をバルドと呼び、私は彼をフェアと呼んだ。
「シュタイナーさんとこのバルドルト君、お父さんに似てかっこいい顔をしているわね」
「そうかしら、でも、性格は私みたいに優しくおしとやかになってほしいわ」
「あれだけ値切って市場の店主を困らせといて、どこが優しくおしとやかなのかしら」
どっと笑いが起こる。ママ友たちはみな、なんでも言い合えるくらい仲がいいらしい。私とフェアが遊んでいると、ママ友たちはこの国のことについて話し始めた。私は、この国のことをもっと知るため、耳を澄ませた。
「シュタイナーさんとこの旦那さんは、確か以前は傭兵をしていたわよね。最近は国境近くでの戦争も激しくなっているらしいけれど、徴兵されたりしてない?」
傭兵?戦争?どういうことだ。戦争をしている国なんて、数えるくらいしかないはずだ。
リーベンが口を開く。
「そうねえ。今はまだ呼ばれていないらしいけど…いつ呼ばれるかもわからないわ。一応、この国でも名の通る魔術師ではあるらしいし」
魔術師だと?確かに絵本には魔術師が出てきていた。しかし、あれは創作ではないのか?
「そりゃ、8年前のトラウラーの戦いで活躍した傭兵さんだもの。軍からの熱烈なお誘いがありそうよね」
「そういえば、バルドルトくんには魔術学校に通わせないの?エスプリットさんの息子さんだから、きっといい魔術師になるわよ」
「ん-、それは考えていないわ。この子には戦場に行ってほしくないもの」
私はママ友の会話で気が付いた。この国、いや、この世界は、私が住んでいた世界とは別の、異世界だということに。察しが良すぎる気もするが、異世界だと思うような出来事はいくつかあった。
父親が大きな杖を持っていたり、電気や水道が通っていなかったり。確か、汲んできた水に母親が手を添えて、何かを念じていたこともあったか。
この世界には魔法が存在するのだ。しかし、まさかここが異世界だとは思いもしなかった。
一度、以前の世界で多元宇宙論の本は読んだことはあるが、本当に実在するとは。
いろいろと小難しいことを考えてみたが、なぜ異世界に来てしまったのか、理屈など分からない。とりあえず、生きるためにはこの世界に適応するしかないのだ。まあ、戦争には巻き込まれたくないが。
お茶会が終わり、フェアと別れると、私は母親に尋ねた。
「パパ、戦争に行っちゃうの?」
母親は困った顔をし、少し迷った後に答えた。
「まだわからないの。でも、もし戦争に行っちゃっても、必ず戻ってくるわ。だって、パパは強いんだもの」
私は少し安心した。母親がそこまで言うなら大丈夫だろう。そう思った。しかし、私はこの世界のことについてまだ何も知らない。私は母親に尋ねた。
「パパのお話、聞かせて!」
私は母親から、父親の昔話を聞いた。




