目覚め
目が覚めると、私は誰かに抱えられるのを感じた。困惑しながら目を空けたが、視界が白飛びしていて何も見えない。そしてなぜか、口が勝手に声を上げている。
「オギャー!オギャー!」
もしかして、生まれ変わったのか?
私は輪廻転生なんてもの、信じていない。信じていないが…
不慮の事故に会い、生まれ変わった以外、何も思いつかない…
徐々に視界が定まってきた。私の隣には号泣する茶髪の男。
「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇!!」
男は泣きながら何かを言っている。よく頑張ったな、的なことを言っているのだろうか。
顔立ちと髪の色、そして聞き覚えのない言語から、ここが日本ではない国であることがわかった。顔立ちは北欧人のようだが、肌の色は真っ白だというわけでもなく、どこの国だか見当もつかない。
なんだか眠たくなってきたな…
泣きつかれた私は、気を失うように眠りについた。
次に気がついた頃には、私は柔らかい布に包まれていた。ぼやける視界に2人の影。男と女だろうか。何か私に声をかけていることに気づいた。
「〇〇〇〇〇〇〇〇」
「〇〇〇〇〇〇〇〇」
「………ドルト」
「バルドルト」
私は名前を呼ばれていることに気がついた。私の名前は鳴海改めバルドルトであった。
ここはドイツなのではなかろうか
名前から、彼が生まれた場所はドイツなのではないかと推測した。
ドイツ人なら将来イケメンになってチヤホヤされるだろうなぁ…
と浅はかなことを考えながら横を向く。
視界の奥には、白い壁とギシギシに詰まった本棚。ゆりかごの中から本の背表紙を凝視する。
見たことのない文字だった。アルファベットではないことは確かだ。丸っぽい文体に濁点のような点、タガログ文字のようなものだった。この情報だけでは、どこに生まれたのか皆目見当もつかない。
「アッ…アウア…アッ…アーーー!!」
またしても泣き声をあげてしまった。喉が渇きお腹も空いていたため、身体が勝手に泣き声を上げたのだろうか。母親に抱えられ、私は反射的に乳を咥えた。
母親に抱えられたとき、ふと窓の外が見えた。外は少し暗くなっており、夕日が差している。部屋は薄暗く、ろうそくの灯火がゆらゆらと揺れていた。私は乳を飲みながら周囲を見渡す。
電気が通っていないのか?この現代に?
そう、照明器具のようなものが全くないのだ。
疑問を抱えながらしばらく母乳を飲んでいると、空腹が和らぎ、お腹に違和感を感じた。
これは便意だ…まずい…
尻に広がる暖かい感触…
漏らしてしまった。
机に寝かせられ、母親からおしめを変えられる。私は排泄物の処理をしてもらうことに羞恥心を感じた。見た目は赤子でも、中身は24歳成人男性なのだ。恥ずかしいものは恥ずかしい。
この世界に生まれて6か月が過ぎた。寝返りがうてるようになり、ずり這いもできるようになった。
赤子の一日は長い。朝7時ごろだろうか、母親が部屋のカーテンを開け、陽の光で目が覚める。
ベッドの上で母親に顔を拭かれ、そのままリビングに連れていかれる。私が寝ているのは父親と母親の寝室で、2階の1室である。ダブルベッドと私の小さなベッド、そして化粧台がある。
階段を降りたらリビングだ。そこで父親は、いつも朝食を食べながら本を読んでいる。父親の背後には、大きな本棚とたくさん並んだ本。
朝食を食べ終わると父親は出かける。大きなバッグと杖のようなものを持っている。どんな仕事をしているのかはわからない。
朝食を食べたのち、私は匍匐前進をしてリビングを這いまわる。食卓、壁、本棚、どれも日本にはない、おしゃれな模様が刻まれていた。母親は食器を洗っている。
食後は毎回、母親が外から水の入った桶を持ってきて、それを使って食器を洗っているようだった。
まさか水道も通っていないのか?
この時代に水道が通っていないのも変な話である。未だに井戸から水を汲み、それを生活用水として使っているのだろうか。
何より不思議なのは、毎回母親が桶に手をかざして何かを唱えていることだ。
何をしているのか全く見当もつかない。何か宗教的な儀式なのだろうか。まさか、水の神に祈りを捧げているのか?
ここがどこの国なのか、ますますわからなくなっていった。
昼食、といっても母乳を飲むだけなのだが、それを済ませると、母親に抱えられながら散歩に出かける。
外に出ると、多くの煉瓦製の建物の通りが広がっている。すぐ先を右に曲がると市場があり、そこで母親は野菜や肉を買う。買い物が終わると市場を抜け、丘の上にある公園へ向かう。
丘から見たこの町は絶景だ。正面には赤いレンガの建物が並び、背後には穀倉地帯が広がっている。この丘は町を取り囲むように形成されており、穀倉地帯の向こう側には高い外壁がある。
何とも不思議な地形だな…
こんな特殊な地形、地理の教科書に載っていてもおかしくない。だが、一度も見たことはない。この国に対する疑問が深まるばかりだ。
母親は空いているベンチに座り、鼻歌を歌う。風が吹き、母親の茶色い髪が靡く。母親は茶髪のロングで、比較的美しい顔立ちをしている。
私は母親の膝の上に乗せられ、周囲を見渡す。ボールを蹴って遊ぶ小学生くらいの子供や、犬の散歩をするご婦人、歩道をランニングする青年など、公園でやることは日本とさほど変わらない。
しかし、服装だけは違った。麻やシルクや毛皮でできた服。ナイロン製のものは存在しない。
もしかしてタイムスリップでもしたのだろうか。
そのようなことを考えながら、私は母の膝の上で眠りについた。
陽も少し下がり始めた頃、私はリビングのゆりかごの中で目が覚めた。いつの間にか家に帰ってきていたのだ。
ぼやける目をこすっていると、玄関を開ける音がした。音の方向を振り向くと、傷だらけになった父親が笑顔で立っていた。彼の手には、大きなイノシシのような動物が2匹。まさか捕まえてきたのだろうか。母親は父親の姿を心配しながらも、熱い抱擁を交わしていた。
しばらくの抱擁の後、父親が私に近づき、私を抱える。彼は獣と汗の匂いがした。はっきり言って不快な匂いだ。私は泣いてしまった。父親は慌てながら、私を母親に渡す。彼は外に出て、水を汲み、リビングの奥にある扉へ消えていった。
しばらくすると父親が戻ってきた。パジャマを着ていた。風呂にでも入ってきたのか、先ほどの不快な匂いはなく、石鹸のいい匂いがした。
私たちは夕食を食べ、両親の軽い談笑の後、風呂に入る。といっても、浴槽などはなく、大きめの桶に貯めたお湯にタオルを浸し、それで体を拭くのだ。
入浴の後、ろうそくの明かりを消し、寝室へ向かった。父親と母親は毎晩、寝る前に私に本の読み聞かせをしてくれる。
もっとも、何を言っているのかわからないが、本の中には挿絵があり、絵本であることは理解していた。挿絵は剣を持った勇者や杖を持った魔法使いが戦うものばかりで、日本の絵本とはかけ離れていた。
父親と母親の心地よい声を聴いていると、なんだか眠くなってきた。私はうとうとしながら眠りについた。
こんな生活が続き、気づけば転生してから2年が経っていた。




