8.大神官との出会い
神官に案内された部屋の中には、長い金髪の美しい男がいた。
金って王族の色じゃなかったか?
王家に多いというだけで、他家にも存在するのか。まぁ、親戚とか落胤もいるだろうし、王家以外にも金や黒を持つ人はそれなりにいるのだろう。
「イルゼリオ様、アリーシャ・ローゼンベルク様に祝福の光が授けられました」
神官はそれだけ伝えて出て行こうとするので、慌てて引き留める。
「アルノルト殿下がわたくしの儀式が終わるのを待ってくださっているはずなのです。遅くなるので先にお帰りください、と伝言をお願いできますか?」
快く引き受けてもらえて安心する。これで王子を放置することはないだろう。万が一すれ違いが起きても神官のせいだと主張できる。
大神官らしいイルゼリオと呼ばれた男は、神経質にも柔和にも見える顔立ちをしていた。
森に住むエルフですと言われたら納得できる雰囲気がある。
「大神官を務めているイルゼリオと申します。ローゼンベルク侯爵家のご令嬢にお会いできて光栄です」
お互いの挨拶を済ませると、祝福の儀で起きたことについて根掘り葉掘り聞かれた。
だが、祈っていただけでわたしは何も見ていないのでわからない、と答えるほかない。
「本当に何も変化を感じなかったのですか? 何か光や映像を見たとか、不思議な声や音を聞いたとか」
どこまで正直に話すべきだろうか。
エーヴィヒカイトかもしれない存在の声は聞こえたが、言い訳されただけで大した情報もらってないし。何を言われたのかを話すと自分の事情を説明しなければいけないし。
よし、話すのはやめておこう。
「ええ、ずっと目を閉じて祈っていただけで、わたくしは特に何も感じませんでしたわ。祈りを終えて目を開けたら神官様が慌てていらっしゃって、何があったのかと驚きましたもの」
こちらを見つめるイルゼリオはずっと微笑んでいるが、その瞳は笑っていない気がした。
よく見れば陛下と同じ紫の瞳をしている。いや、陛下よりは少し濃い紫……アルノルトと同じ色だ。
「そうですか。アリーシャ様の可憐な美しさに誘われた神々が、気まぐれに祝福を与えてくださったのかもしれませんね。……ちなみに、精霊についてはご存じでしょうか」
なぜ急に精霊が出てきた。イルゼリオにも精霊の気配探知機能があるのか。
「伝承やおとぎ話程度の知識はありますが、詳しくは存じません」
これは事実だ。精霊のことは何も知らない。
精霊って結局何なのだろう。エーヴィヒカイトに教えてもらいたいが、ほとんど話せない役立たずなのでアリーシャ以外のことは二度と聞くつもりはない。
「もし興味があるようでしたら、神殿の図書室に招待しますよ。神々や精霊に関する本は神殿にしかないものも多いので、楽しんでいただけると思います」
意図がわからなくて不安すぎるが、それは読みたい。
「祝福の儀を体験してみて、定期的に祈りを捧げたくなりました。また神殿を訪れた際には、図書室を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「そうですね。アリーシャ様であればいつでも歓迎いたしますので、またお越しの際には神官へお声掛けください」
イルゼリオの何とも言えない視線から逃れて退室すると、廊下には先ほどの神官がいた。
今は落ち着きを取り戻したようでよかったと安心する。
「帰りの出口までご案内いたしますね」
案内された扉の前で神官と別れて外へ出る。そこにはアルノルトとノアがいた。
「な、なぜお二人がここに……?」
「思ったよりは早かったな。では、ローゼンベルク家まで送っていこう。侯爵家の馬車はすでに帰してある」
半ば強引に連れられ、三人で馬車に乗り込んだ。
「さて、何があったか聞かせてもらおうか」
馬車の席に着いた途端に口を開いたアルノルトに、ノアが微かに眉を顰める。
「アル、そんな風にご令嬢に詰め寄るのはよくないと思うよ」
「どうせ神官共に聞いてもろくな情報は渡してこないだろう。アリーシャ嬢に聞いた方が早いではないか」
もしかしたら王家と神殿は仲が良くないのだろうか。授業では習っていないし、そういうことが書かれた本も見ていないのでわからない。
「友人でもないのにずけずけ聞かないの」
「ならば友人になれば問題あるまい。アリーシャ嬢、今から私もノアもお前の友人だ。よろしく頼む」
ノアが「そういう問題じゃないでしょう」と呆れているが、友人という言葉に思わず反応してしまった。
「アルノルト殿下とノア様が、わたくしとお友達になってくださるのですか……?」
「もちろんだ」
「アルの強引さに便乗してしまって申し訳ないですが、私で良ければよろしくお願いしますね」
アリーシャの欲しがっていた友達が二人もできた。
アリーシャの喜ぶ顔を想像して、嬉しさのあまり笑顔になってしまう。
「ずっとお友達が欲しかったのです。とても嬉しいです。ありがとうございます」
そう伝えて二人を見ると、なぜか二人揃って固まっていた。
「あの……?」
「い、いや……喜んでもらえてよかった」
「ええ……アル以外の友人ができて私も嬉しいです」
そう答える二人の頬は赤く、少し落ち着きがない気がする。
「くそっ……!」
不意打ちのアルノルトの叫びにわたしの体がびくりと揺れた。
アルノルトは手で顔を隠しながら俯き、そんなアルノルトを横目に、ノアは困ったように眉を下げて微笑んでいた。
なんだその「わかる」みたいな笑みは。この数瞬で二人に何があった。
よくわからないが反抗期か思春期だろう。
年頃の子どもが突然怒り出したり、片目や片腕を押さえて呻き出すのはよくあることだ。
情緒不安定な友人でも、わたしはもちろん受け入れる。
アリーシャの大事な友達だし、特にアルノルトは将来の義息子だからな。
友達には敬称も敬語も不要だと言われたので、遠慮なくそうさせてもらうことにした。
アルノルトからは愛称で呼んでほしいとも言われた。
やったなアリーシャ。気軽な友達ができたよ。
アルノルトとノアに祝福の儀であったことと、大神官イルゼリオと話した内容を伝えた。
「……やはり神殿に目を付けられたな。アリーシャ、神殿へ行く時には私かノアを必ず連れてほしい。一人では行かないでくれ」
「週に一回は神殿に通いたいの。そんな頻繁に忙しい二人を呼びつけられないわ」
「構わない。週に一回、こちらから送迎の馬車を出そう」
アルノルトだけでなくノアも真剣な顔で頷いた。
「そんなに警戒が必要なの? イルゼリオ様は王家のご親戚かと思ったのだけれど、あまり仲はよくないのかしら?」
「イルゼリオは元王族だ。父上の従兄弟だが、いろいろと怪しい噂もある。神殿は昔から王家に口を出したがるし、さらなる権力を求めている。王家としては過度な力を手にしないよう抑えておきたい存在だな」
言われてみれば、アルノルトとイルゼリオは似ている。
同じ金髪に紫の瞳ということもあって、親子と言われれば信じてしまいそうなほどだ。
イルゼリオはアリーシャにとって善か悪か。
アリーシャの幸せを邪魔するようであれば殺してしまいたい。
ひとまず神殿関係者は注意、と心に刻んでおく。
***
夜も更けた頃、アイゼンターク国王ヴィルヘルムの私室にクロード・ノルディヴァルト公爵が訪れた。
すでに一人でワインを飲み進めていたヴィルヘルムの姿に、クロードが苦笑する。
「もうそんなに飲んだのか」
「お前が遅いからだ」
ヴィルヘルムはグラスにワインを注ぎクロードへ渡す。
「ノアから聞いたが、お前の未来の嫁が神殿に目を付けられたらしいな。イルゼリオと話したらしいではないか」
むすっとした表情で不満を示すヴィルヘルムを、楽しそうにクロードが眺める。
「その呼び方はやめろ。アルノルトの妃候補だ」
「大人げなく奪っておいてよく言う」
「まだ奪っていないし猶予は与えている。どう考えても国益にしかならぬあれを愚直に私へ差し出したアルノルトの責任だ。あれを見せられて国益より息子への情を選ぶほど私は優しくない」
その言い分にクロードは首を傾げる。
「多少の差はあれど、その国益はアルノルト殿下との婚姻でも出せるのではないか?」
ヴィルヘルムは微かに目を逸らして、ぐいっとワインを口に流した。
「……あれは、おそらくアルノルトの手に負えない。共に在ろうとすればアルノルトが苦労する」
「それは今後のアリーシャ嬢次第だろう」
「だから猶予を与えたのだ」
結局息子への情ではないか。
その言葉をワインと共に飲み込んで、クロードは楽しそうに微笑んだ。




