9.殺すか守るか
陛下に初めて会ったあの日から、わたしは密かに体と魔術を鍛える鍛錬を重ねていた。
今の自分では防御力も攻撃力も足りていない。
アリーシャの体に入っている間は、精霊の時ほど自在に魔術が扱えなくなったのだ。
これでは自分を守るのに精一杯で、陛下を守るなどできるはずがない。
中に使える魔術があるのはわかるのに、出力器官が小さすぎて取り出せない。そんな感覚だった。
アリーシャの体でいろんな魔術を試行し続け、出力し続ければ、出力器官はどんどん大きくなっていく。
なぜかそうなると確信できたので、ひたすらいろんな魔術を使い、検証と訓練を続けた。
魔術だけではなく、体も鍛えるようにもなった。
六歳の令嬢ならば仕方がないのかもしれないが、今の体ではとっさの時に攻撃も防御もできず動けない。魔術で全防御すれば済む話なのだが、魔術が使えなくなった場合に備えてできる努力はしておこうと決めた。
アリーシャの体が優秀なのか、訓練を始めてからそれなりの手応えを感じていた。
全てはアリーシャを守り、幸せにするため。ついでに陛下も守り、幸せにするのだ。
そして、今日も元気に王妃教育だ。
王城へ行くと授業以外にも、侯爵家より大きな図書室で学べるのが嬉しい。
精霊の性質なのかアリーシャの才能なのか、一度見たものをそのまま記憶することができるので、魔術で作ったタブレットのようなものにいろんな情報を保存していった。
王妃教育の授業内容はもちろん、これまで得たあらゆる情報をいつでもどこでも検索閲覧できてとても便利だ。過去に聴いた音楽も再生できるし、動画再生も可能な優れものである。
全部記憶できるならそんなもの必要ないのでは。最初はそう思っていたし、優秀なアリーシャならそれで問題なかったのだろう。
だが、わたしはアリーシャと違って頭の出来はそう良くはない。
知識を記憶できても、何を記憶をしたかを覚えていなければ必要な時にその知識を引っ張り出せないことに気づいたのだ。
タブレットがあることで「そういえばこれもあったね、こんなことも覚えたね」と思い出すのも情報を探すのも楽になった。
脳内で授業を復習しながら、王妃教育の講義室に入った。
アリーシャを睨みつけ、その顔に嘲笑と嫌悪を浮かべ、鞭を手に立つ女性の姿は馴染み深いとすら感じる。
初対面の日は初めて会うのに既視感がすごいなと感じたが、その講師はマクレール伯爵夫人だと名乗った。
我が侯爵家にいた鞭の得意なマクレール夫人は子爵夫人だったが、その鞭打ち夫人の親戚が王妃教育の講師の一人だとは、何の因果なのだろう。
侯爵家と王家で教育係になれるなんて、きっと優秀な家系のはずだ。
それでもわたしは、アリーシャを無駄に傷つける時点で尊敬できないし許さない。
魔力なしだと蔑み、出来損ないだと罵り、成功しても褒めることなく、失敗すれば何度も鞭が飛んでくる。
それは侯爵家とあまり変わらないので問題ないのだが、どう対応するのが最善かわからないというただ一点で困っている。
陛下が夫人の性格を知っていてあえて講師にしているのであれば、わたしの対応力を試されているはずだ。
一人で耐える忍耐力か、他の大人に助けを求める判断力か、一人で解決してみせる実行力か。何を望まれているのか。どれが正解か。判断しかねていた。
マクレール夫人と対峙している時には、いかに証拠を残さず殺すかということしか考えていない。暗殺力を試されていたりはするだろうか?
アリーシャの敵はどんどん殺したい所存だが、そういう王妃を陛下は好まない気がする。
陛下の好みが殺人鬼や暗殺者なのであれば動きやすいけれど、きっとそうではないだろう。
アリーシャがいた頃は痛みを軽減していたが、自分一人ではそれもしていない。
痛みを判断材料に怪我の様子を見ながら、傷つきすぎた時にはバレないように瞬時に治癒魔術をかける。そして、授業が終われば全ての怪我を治す。
しばらくはそういう攻めも守りもできていない生活が続いていた。
たぶんわたしは殺すことしか考えていないのだろう。
でも安易な殺しはだめだと自分にストップをかけ、他の方法では物足りなくて対処したくない。だからずっと堂々巡りを続けているのだ。
治癒魔術で治すとはいえ、さすがにアリーシャの体を傷つけ続けるのはもう嫌だ。
魔術が使えることを明かして魔術で全防御するか、殺すか、第三者に相談してみよう。
相談したい相手は決まっている。夜の王城に忍び込めばきっと会えるはずだ。
相談を決意しただけなのに気持ちが軽くなり、その日の足取りは一日軽かった。
***
月の美しい夜だった。
精霊の体で王城へ転移したわたしは、目当ての相談相手を探して探検に勤しむ。
アリーシャの体は自室のベッドに結界付きで保護してきた。
王族の居室はこの辺りだったなと、ふらふら飛び回りながら陛下の寝室を探す。
思った以上に迷子になってしまったが、ようやく見つけた目的地に侵入した。
部屋に入った瞬間、何かに体を拘束されて驚く。
『誰だ』
私より少し背の高い精霊が目の前に浮かんでいた。
精霊のくせに表情や態度がものすごく陛下に似ている。
こいつが目的の相手だなと嬉しくなった。
『通りすがりの精霊です。あなたは陛下の精霊さん?』
『だったら何だ』
『今困ってることがありまして、わたしの相談相手になってください』
『断る』
『ありがとうございます。実はですね――ぐえっ』
話を進めようとしたら拘束を締め上げられて変な声が漏れた。
『断ると言ったはずだ』
『じゃあとりあえず聞いてください』
嫌がる精霊を意に介さず、強引に悩みを話し続けた。時折拘束を締められ「ぐえぇ」という声を漏らしながらではあったが、わたしの言いたいことは全て伝わったはずだ。
『というわけで、その相手を殺したいのですが、殺して陛下に嫌われたくありません。陛下を守るために闇討ちや暗殺の技術を磨いているという体なら殺しても大丈夫でしょうか? バレなければ問題ないですか? それとも魔術が使えることを明かして殺さず防御に徹するべきでしょうか』
陛下の精霊はそれはそれは嫌そうな顔で溜息を吐いた。
『とにかく、お前の意思は九割が殺したい、一割が魔術で防御したい、ということだな』
概ねその認識で間違いないので素直に頷く。
『人間など殺したいなら好きに殺せ。なぜ俺に聞く』
『わたしの話聞いてました? 陛下の精霊なのに頭が悪いのですか? 邪魔者の排除か魔術の防御か、どちらを選ぶにせよ陛下に嫌われるようなことはしたくないんですよ。できれば現状維持よりも評価を上げたいし、期待値を下げるなんて以ての外なんです。だから陛下のことを理解しているであろうあなたに相談しに来たのに……あなた陛下の真似して賢そうに見せてるだけで実は馬鹿で――ぐえぇっ』
陛下の精霊は最高の相談相手だと思ったのに、全然役に立たないではないか。
これなら一人で考えるのと大差ない。これ以上ここにいても無意味だろう。
『もういいです。あなたに相談したわたしが馬鹿でした。あとは黙って帰るので拘束外してください』
何やら不満そうな精霊は、それでも拘束を解いてくれた。
『では、お邪魔しました。陛下のことはあなたがしっかり守ってくださいね。おやすみなさい』
そう言って転移しようとした寸前、伸びてきた大きな手に捕らえられた。
首を捻って確認すれば、その手の持ち主は国王陛下であった。
「アリーシャ・ローゼンベルクの精霊だな」
『と……通りすがりの精霊です』
「無駄だ。話は全て聞いていた」
陛下が全てと言うからには本当に全てなのだろう。
アリーシャやマクレール夫人の名前こそ出していないが、聞く人が聞けば誰の何の話かは理解できたはずだ。
『……陛下は、どんな意図でマクレール夫人をアリーシャの講師に付けたのですか?』
「他意はない。優れた礼儀作法の講師を多く輩出する家系の者で、調べた評判も悪くはなかった。魔力なしを蔑み、暴言や暴力を好む一面があると知らずにいた。……すまなかった」
謝られた衝撃で頭が真っ白になる。
謝らせてしまったことを罪深く感じた。
『あの、陛下は悪くありません。対処しようと思えばわたし一人でもすぐに対処できました。陛下の期待に応える最善の方法にこだわるあまり、こじらせてしまっただけです。謝らせてしまって、こちらこそごめんなさい』
「あの者を選んだ私の責任だ。すぐに代わりの講師を用意しよう」
『では、もう殺してもいいのですか?』
陛下に呆れた目で見られた。
陛下の精霊にも同じ視線を向けられたが、お前は違うだろと怒りたい。殺したいなら殺せと言っておきながら面の皮の厚い奴だ。
「何か証拠はないか?」
そんなものひとつしか思い浮かばない。
陛下と精霊にタブレットの記憶映像を見せる。
マクレール夫人の授業動画は、侮辱と蔑みと暴力が満載だ。
その映像を眺めながら陛下の目つきがどんどん鋭くなっていった。
そう言えば陛下も魔力なしだった。マクレール夫人の言葉は自分に言われているようで気分が悪いのかもしれない。
「……アイゼル、この映像を複製できないか」
アイゼルと呼ばれた精霊は「少し探るぞ」とわたしに告げてしばらくタブレットに触れていた。
『完了した。侯爵家の分も』
その言葉に余計な情報まで拾ってないだろうなと少し不安になる。
……まあいい。陛下にいろいろバレたらその時はその時だ。
「あとはこちらで手配しておく。もう帰れ」
『あ、最後にひとつだけ。アリーシャが魔術の使えない魔力なしでも王家にとって価値があると聞いてます。ひとまずは魔術が使えない振りを続けるつもりですが、陛下の許可があればいつでも明かしますので、その時が来たらお声掛けください』
陛下は「そうか」とだけ呟いた。
これで用も憂いもなくなったので、陛下とアイゼルに感謝を告げて帰途に就く。
なんだか気持ちがふわふわするせいで、転移で帰るのが惜しく感じた。
美しい月夜を飛びながら、陛下に触れられた手の感触を思い出していた。




