6.アルノルトの執務室
アルノルトは執務室で多くの書類と向き合っていた。
本来であれば仕事を任される年齢ではないのだが、「アルノルトならばこの程度はできる」という王の一声で次々と仕事を投げられるようになったのだった。
アルノルトは書類片手にアリーシャとの話を語る。
書類を運んできた宰相のクロード・ノルディヴァルト公爵と、その息子でありアルノルトの側近であるノアは、黙ってそれを聞いていた。
あらましを聞き終えたノアが吹き出す。
「ぷっ、あははは! それは酷い振られ方をしたね。慰めてあげようか?」
「まだ振られていない」
「いやいや、どう聞いても振られてるよ。現実は見なきゃ、アル」
笑い続けるノアをクロードが叱る。
「ノア、やめなさい。不敬だぞ。殿下は子どもらしからぬ腹黒さをお持ちが故、アリーシャ嬢には恐ろしく感じられたのだろう」
「お前も不敬だぞ、クロード。陛下を慕っていると本人に堂々と宣言するような人間が、私を恐れると思うのか」
クロードは顎に手を当てて考える素振りを見せた。
「そこが不可解なのですよね……。私は仕事でなければ陛下や殿下のような恐ろしくて面倒な人間と関わりたくありません。そんな陛下を幼いご令嬢が慕うことなどあり得るのでしょうか。たしかに陛下の女性人気は高いようですが、ほとんどが鑑賞目的でしょう。そもそもアリーシャ嬢は陛下のお姿を目にする機会もこれまでなかったのでは?」
だから不敬だぞ、という言葉を飲み込んだアルノルトは同意を示して頷いた。
「アリーシャ嬢が本気で父上を慕っているとは、私も父上も考えていない。だが、会ったこともなかったはずの父上に本気で尽くそうとしているのは感じられた。ローゼンベルク侯爵の意思でもないようだ。理由も目的も不明で怪しすぎる」
「ふぅん、そんな怪しい相手に惹かれちゃったんだ。アルは危険な女が好みなんだね。よっぽど美人だったとか?」
「茶化すな、ノア。アリーシャ嬢は隠しているが、彼女はおそらく精霊使いだ。すでに地位を確立し精霊の力を持つ父上ではなく、次代の王たる私が彼女の力を手に入れてもいいだろう。……たしかに、アリーシャ嬢はとても、美しくはあったが」
その最後の一言に、ああ、と納得の表情を浮かべるクロードとノア。
「はいはい、要は一目惚れしたんでしょう。できることがあれば多少の協力くらいはするよ」
「違う! 私は自分の将来と国の利益を考えてだな――」
じゃれ合う二人を横目に、クロードは眉を顰めていた。
「本当にアリーシャ嬢が精霊使いなのであれば、神殿の者に狙われます。そうでなくとも高い魔術の適性があるとわかれば、多くの者に狙われるでしょう。ご注意ください」
ぴたりと動きを止めたアルノルトが表情を引き締めて頷く。
「わかっている。アリーシャ嬢がその力をどう使うのかによっては私達の敵となる可能性もある。それも踏まえて、アリーシャ嬢とその周囲には気をつけてくれ。お前達二人ならば大丈夫だと思うが、アリーシャ嬢に関する情報の取扱いはくれぐれも慎重に頼む」
クロードとノアはしっかりと頷きを返した。
「――で、アルが一目惚れするほどのアリーシャ嬢はどんなご令嬢なの?」
「まだ惚れてはいないが、そうだな……まず驚いたのはその美しさだな。髪も瞳も不思議な色をしているのだ。薔薇よりは淡く、桃よりは上品な薄紅色をしていた。落ち着きを感じさせるのにけして地味ではなく、髪は絹のように輝き、瞳は星のように煌めく華やかさがある。そして顔立ちも麗しく、整った目鼻立ちと健康的に色付いた頬や唇には思わず目を奪われた。彼女はその中身も王太子妃に相応しい聡明さと胆力をあわせ持ち――」
アルノルトの口から流れてくる賛美がとめどなく続き、ノアは軽い気持ちで尋ねたことを後悔した。
途中から書類に集中してみたものの、「お前が尋ねたのだから最後まで聞け」と無理矢理付き合わされる。
クロードはその内心で、面倒そうなご令嬢に惚れたものだと考えながら、思いを隠しきれていないアルノルトの様子に苦笑した。
「殿下もノアもそろそろ仕事に集中してくださいね。サボりすぎるとまた陛下に仕事を増やされますよ」
アルノルトとノアは顔色を変えて手を動かし始めた。




