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性悪精霊の仁義なき戦い  作者: 夜一


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5.初恋の一歩


 王城にある応接室にて。

そこに通されたわたしはアルノルトと共にお茶を味わう。

しばらく待てば国王陛下がこちらに来てくれるらしい。


 もうすぐアリーシャの全力恋愛を捧げる相手に会える。

自分こそが恋する乙女かのように緊張してしまう。

アリーシャの印象を少しでもよくできるようアピールに尽力しなければ。


「緊張しているのか?」


「ええ、アリーシャ・ローゼンベルクの初恋の一歩ですからね。アルノルト殿下がくださったチャンスですし、失敗できませんわ」


 興味があるのかないのか「へぇ」という声が返ってきた。

 アルノルトは無表情でもりもりとクッキーを食べ進めている。甘党なのか。


「生涯の恋とやらに全力を尽くして、途中で気持ちが冷めたり諦めたくなったらどうするのだ。それまでの時間も努力も、切り捨てたものも、全てが無駄になるではないか」


 本当に同い年の六歳か? その歳でなんてことを考えているのだろう。

 ――いや、違う。今考えたわけじゃなくてそれが日常なのか。

無駄にできない努力や、もう手にできない切り捨てたものが多いのか。王族だものな。


「そうですね。その人の価値観や立場によっては、失うものの方が大きいでしょう。ですがわたくしにとっては、もし未来で諦めることが決まっていても、それが今努力をしない理由にはなりません。それに、昔友人が言っていたのです」


  前世の記憶に薄っすらと残っている『わたし』は、恋愛が苦手というか、あまり興味のない人間だったらしい。でも、友人の恋愛話を聞くのは嫌いではなかった。


『自分にできる努力を全てやり切って恋するとね、ずっと片思いでも、どんな結果になっても、自分を誇って笑えるんだよ』


『好きな相手の幸せを心から願って生きるほど、自分も幸せを感じるんだよ』


 そんな恋愛自論を語りながら、いつも全力で恋に笑い、怒り、泣いて、楽しんでいた。

彼女を見ていると、あぁ、恋とは素敵なものなのだなと、わたしのような人間でさえ素直に思えてしまうのだ。


 アルノルトにも友人の恋愛自論を聞かせると、意外にも響くものがあったのか、しみじみと味わいながら何かを考えているようだった。


 そうこうしているうちに国王陛下がやって来た。

 陛下が「待たせたな」と口にしながら入室してきたので、すぐさま立ち上がり礼を取る。

その姿を一瞬目にしただけで魅了されてしまうほどの美しさを持つ人だった。

 漆黒の髪と薄紫の瞳に予想外に心を奪われ、その輝きが瞼の裏に焼き付いて離れない。


 陛下の名前はヴィルヘルム・アイゼンターク。

容姿だけでなく名前もかっこいいではないか。クーゲルシュライバー並みに強そうな響きだ。アリーシャの初恋を捧げるに相応しいと思えるほどには魅力的な男である。


 陛下はどうしようもなく美しいと共に、とんでもなく恐ろしい人だとも感じる。

 異様な美しさか、王としての威厳と覇気か、鋭く冷徹な眼光か、精霊の力か。

どれが原因かはわからないが、自然に他者へ畏怖の感情を抱かせる何かが陛下にはあった。

 どさりとソファに腰を下ろした陛下の対面に、アルノルトとわたしも座る。


「このような場で不敬は問わぬ。気楽に話せ」


「ではまず、今日の件について報告を……」


 アルノルトが今日のお見合いについて、大事な部分を上手いこと隠しながら説明してくれているが、如何せん大事な部分が多すぎるというか、大事な部分がほとんどだったというか。結局、当事者以外よくわからない報告になってしまっていた。


 わたしをちらりと見るアルノルトの視線から察するに、陛下の前でわたしからもっと情報を引き出そうとしているか、会話するきっかけをくれたか、その両方か。

 陛下はものすごく不可解そうに遠慮なく眉を顰めていた。


「アルノルト、頭が悪くなったか? 要領を得ず、見合いの結果報告も曖昧、アリーシャ・ローゼンベルクがここにいる具体的説明もない。本人に聞けと?」


 アルノルトの返事も待たずわたしに視線を固定する陛下。

 気を張っていないと変な悲鳴が出そうなくらいには陛下の視線が鋭く刺さる。


「神の御座に最も近き御方、国王陛下に神々の祝福を。お初にお目にかかります、陛下。ローゼンベルク侯爵家のアリーシャと申します。以後お見知りおきくださいませ」


 わたしを見る陛下の目つきがどんどん尖っていき、もはや睨んでいると言っても過言ではない。


「お前は何者だ?」


 普通なら話聞いてたかとつっこむところだけど、おそらく精霊関連ですよね。

 わたしは陛下を見ても、言われてみたら自分と似た何かを感じるかもという程度だが、きっと陛下は異常な何かを感じ取っているのだろう。

 ここは一気に喋って誤魔化してみることにしよう。


「ただの魔力を持たない侯爵令嬢ですわ。念のため陛下にもお伝えしておきますが、わたくしは精霊使いではありません。そして、わたくし恥ずかしながら陛下をお慕いしておりまして、恐れ多いことではありますが、アルノルト殿下の婚約者候補を辞退させていただけたらと願っております。わたくしの生涯の恋は陛下に捧げたいのです」


 陛下が目を丸くして一瞬固まった。

目を瞠った表情がアルノルトと似ていて、さすが親子だとほっこりする。

わたしを射殺しそうな目で見つめてから「どういうことだ、アルノルト」と問いかけた。


「どうもこうもありません、陛下。私も今の話がアリーシャ嬢から聞いた全てです。なので今日のお見合いについてもあのような報告になり、陛下直々にご判断いただこうとアリーシャ嬢をお連れしました」


 しばらくアルノルトを観察するように見ていた陛下は、片眉を少し上げた。


「お前はどうなのだ」


「私は……陛下がどんな判断を下そうとも、自分にできる努力を続けます」


 何やら通じ合っているらしいが、言葉が少なすぎて理解できない。

わたしの方を見ずに会話しているので、たぶんわたしには関係ないのだろう。

 ……と油断していたら陛下の鋭い視線が飛んできた。


「お前は恋がしたいだけで、私の妃になりたいわけでも私に愛されたいわけでもないのだろう。アルノルトと婚約したところで、お前の願う日々はそこにあるのではないか」


「いえ、陛下の寵愛をいただけるのでしたらその方が嬉しいですし、王妃の役割を任せていただけるのでしたら、国のため陛下のために王妃教育も公務も誠心誠意尽力する覚悟です」


 陛下とアルノルトが驚きの表情を見せたのは、やはり一国の王に求愛するような子供に本気を感じられないからだろうか。


「ですが、王妃陛下が崩御されて以降、陛下は一度も寄り添い合う相手を望んでいないと聞いています。その陛下の思いを、わたくしが変えられるとも変えたいとも思いません。そういう意味では、寵愛も王妃の座も望んでおりませんわ」


 だからといって他の婚約者を作れるものでもないのだが、これは言葉を尽くすよりも今後の行動を見てもらうしかない気がしている。


「そして、仮に他の方と婚約ともなれば、どれだけ政略的な関係だったとしてもお互いに尽くし、支え合う努力が必要となりますよね。わたくしはそうした時間や労力も、陛下へ捧げるために使いたいのです」


 陛下が深く静かな溜め息を吐きながら目元を押さえた。

アルノルトは少し視線を伏せて何かをじっと考えていそうだ。

 面倒ですよね、わかってます、ごめんなさい。

素直にアルノルトと婚約すれば多方面丸く収まるよね。


 でも無理なのだ。

アリーシャの願いに縋ることでしか、アリーシャとの繋がりを感じられない。

初めて口にした願いを叶えてあげれば、喜んだアリーシャがすぐにでも戻ってくるのではと、考えずにはいられない。


 しばらくの沈黙の後「アリーシャ・ローゼンベルク」と呼ばれる。

 陛下はすごく不機嫌そうに見えるが、もしかしたらこれは困ってる時の顔なのではないかと、なんとなく思った。


「お前の申し出の面倒なところは……実際に私とアルノルトのどちらと婚約してもそう不自然ではなく、国益もしっかり出せるところだ。お前が十五になり成人すれば、私は三十二になる。貴族間ではそれほど珍しくもない年齢差だ。宣言通り今から国のために学び、尽くし、努力を続けるというのならば、お前が成人する頃には王妃として受け入れられる土壌ができているだろう」


 今度はわたしが目を丸くする番だった。

想像以上に前向きな答えが返ってきて驚く。


「あの、陛下……? 将来わたくしを陛下の妃にしてもいいと仰っているように聞こえます」


「そう言っている」


 自分の口が開いているのを自覚するまで少し時間がかかった。

ハッとしてアルノルトに体ごと向き直りその手を握る。


「お義母様と呼んでもいいのですよ」


「呼ばん!」


 すごい勢いで手を振り払われた。

 本当に、あの絵に描いたような優しい王子はどこに行ってしまったのか。

  こちらを呆れたように見る陛下が少し表情を引き締めた。


「ただし条件がある」


 いくらでも聞こうではないか。他ならぬアリーシャのためなのだから。


「お前が成人するまでは婚約しない。十五になるのが最低条件だが、婚約の最長期間は三年。お前が十八になった時点で、婚約が成立していれば学園を卒業後に婚姻。婚約が成立していなければ、私とお前の婚約は未来永劫ないものとする」


 ん? 陛下に逃げられそうな条件じゃないか?

 自分の体だったら既成事実でも作ってしまえばいいが、アリーシャの体に無体はできない。


「学園を飛び級で入学、卒業した場合も同じ条件になりますか?」


「アルノルトに飛び級をさせるつもりはない。お前もアルノルトと共に学園へ通え」


 王族の子どもに合わせて子作りや教育に励む貴族は多い。そんな貴族の努力を無下にすることなくアルノルトの人脈形成をしたいのだろう。

 だが、なぜわたしがアルノルトの都合に合わせる必要があるのか。なんて野暮なことは言いたくても言わない。


「これから王妃教育は受けてもらうが、お前の方からいつでもこの話を白紙にして構わぬ。したければ他の者との恋愛も好きに楽しむがいい」


 他の男との恋愛許可についてはいろんな意味で試されている気がするが、とにかくまだ子どもだし好きに生きろと言いたいのかもしれない。

王妃教育を受けさせるのはアルノルトとの結婚も考えての保険だろう。


 ちなみに、アリーシャが戻ってきて王妃を望まないのであれば言われずとも白紙にしてもらうつもりだった。

その時は結婚とは別の方法で埋め合わせすることにしよう。


「わかりました。婚約が成立する条件は何でしょう?」


「お前が成人後も、今と同じ願いと目標を変わらず持ち続けていること。王妃教育を身につけ、王妃に相応しい資質を備えていること」


 え、それだけ?

 条件が軽すぎて何か企んでいるのではないかと疑いたくなる。

そんな気持ちが顔に出ていたのか「それ以外の問題はどうとでもなる」と陛下が答えた。

 わたしの願いと目標は、アリーシャの願いを叶え、アリーシャを幸せにすることだ。

何年経とうが変わるわけがない。アリーシャのために全力で王妃も目指す。


「話は済んだな。他に用がなければ帰れ。王妃教育は来週からだ。エドガーには私の方から話を通しておく」


 エドガーって誰だと考えて、ローゼンベルク侯爵はそんな名前だったなと思い出す。

 さっさと帰れと言われてしまったので、陛下とアルノルトに感謝と挨拶を告げて退室した。


 送ってくれた使用人にも感謝を伝えて馬車に乗り込むと、一人になったことで安堵と達成感による溜め息が漏れた。

 いくら時間をかけてでも、どんな手を使ってでも、陛下にアリーシャの素晴らしさを叩き込むつもりではあったが、予想外にもとんとん拍子に話が進んだ。

こうも上手くいくと、やはりアリーシャは世界に愛されるべき存在なのだと思わずにいられない。


 アリーシャ、聞こえるか。

お前の願いを国の王が認めてくれたぞ。

誰に遠慮することもなく、堂々とアリーシャの願いを叶えていいと王に許されたんだ。

――だから、早く戻ってこい。


 帰宅するまでの間、心の中でずっとアリーシャに語り続けた。



***



 アリーシャが帰途に就いた後、アイゼンターク国王ヴィルヘルムと王太子アルノルトは、応接室にて向き合い続けていた。

 無言のアルノルトをじっと見据え、ヴィルヘルムは微かに口角を上げた。


「ふ……惚れた女の恋を後押しするとは酔狂だな。他の方法もあったはずだ。手に入る可能性を狭めたのはお前自身だぞ」


「別に……まだ惚れたわけではありません。父上に相談するべきと思ったまでです」


「その相談方法は他にもあっただろうと言っている。……まあいい。望むのであれば成人までに成し遂げろ。最終の猶予は学園卒業までだ。それ以降は待たぬ」


「心得ています」


 話は終わりだと言外に示したヴィルヘルムは立ち上がり歩き出す。

途中で一度立ち止まるとアルノルトに告げた。


「あれは本気で私に惚れているようには見えぬが、妙に強い覚悟を持っている。お前も相応の覚悟を持て。出来ぬなら早々に手放すがいい」


 今度こそヴィルヘルムは去って行った。「面倒な女に惚れたな」と呟きながら。


「まだ、惚れたわけでは……」


 ぽつりと零した声が部屋に響く。

 アリーシャから陛下を慕っていると告げられた時の胸の痛みを思い出し、アルノルトはぎゅっと拳を握った。



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