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35 春の気配

暖かくなってきました。

冬ごもりを終えたライダーが続々と走り始めているようです。

そろそろ本格的なバイクシーズンがきますねというお話しです。


 その時、駐輪場からバイクを引き出しながら、私は朝の空気が変わったことに気がついた。

 ハンドルのロックを解除し、サイドスタンドを払った瞬間のことだ。

 不意に、風が通り過ぎる。

 ちょっと前までなら首を(すく)めて襟元から入り込む冷気に震えていた筈だが、その時の風には柔らかな空気の流れくらいしか感じなかった。

 そういえば、バイクを引き出すために握ったスチール製のキャリアからも、思わず手を引っ込めたくなるようなヒヤッとした感触が消えていたっけ。

 荷物をリアボックスにつめ、マンション脇の路肩までバイクを移動する。

 駐輪場から引き出す時にPRIにしていた燃料コックをONに戻した。

 いつもと変わらない出勤前の風景。

 駅へと急ぐ人々が足早に通り過ぎ、集積所にゴミを出しにきたマンションの住人達が(あわただ)しく挨拶を交わしながらすれ違う。

 しかしそんな人達の肩からも、それまで羽織っていたダウンジャケットやコートが消えていた。

 私は数秒の間、そんな日常の変化をボンヤリと眺める。

 そして思い出したようにバイクに向き直った。

 アクセルグリップを2回軽く開いて動きを確認し、チョークノブを引いてキーをONの位置へ。

 スタートボタンを押す。

 セルモーターがキュキュッと回って、バババババババとエンジンが目を覚ました。

 アクセルを調整しながらチョークノブを戻す。

 毎日のように乗っているということもあるが、このところエンジンの寝起きも良い。

 2回目のスタートボタンを押すことがほとんど無くなった。

「暖かくなったんだな…」

 それほど気にもしていなかったが、いつの間にか毎朝の肌を切りつけるような冷気が(ゆる)んでいたようだ。

「春はもうすぐそこか…」

 私はネックウォーマーを着けようとしていた手を止め、そのままリアボックスの中にしまった。レッグウォーマーも着けずに一緒にしまう。

 バイクに(またが)った。

 ギアを1速に踏み込み、クラッチを繋ぐ。

 スーパーシェルパがゆっくりと前に進み始めた。

 ヘルメットの向こう側で空気が風に変わる。

 クラッチを握ってチェンジペダルをコツンと蹴り上げ、2速にシフトアップ。

 クッとバイクが加速を増し、体が後ろに軽く揺すられる。

 スピードメーターの数字が大きくなるにつれて体に当たる風も強くなるが、ジャケットの隙間から入り込んできて皮膚を切りつけるあの冷たい苛烈さは消えていた。

 レッグウォーマーを着けていない脚も、スースーはするが寒いというほどではない。

 首もとはネックウォーマーをしていないおかげで風が大きく巻き込んできていた。

 しかしそこにも、あごの先が痺れるような冷たさはない。

 ただ、風と共に運ばれてくる花粉で鼻水が出てきそうだ。安い使い捨てのマスクでは巻き込む風で隙間が開いて、マスクをしている意味が無くなっている。

「なにか対策を考えなくっちゃな…」

 呟きつつ、信号待ちで止まる。

 後ろから単気筒の音がして、隣りにバイクが止まった。

 ヤマハのTWか。

 どうやら冬眠から起き出してきたライダーのようだ。

 分厚いモコモコのダウンジャケットにマフラーを巻き、首を(ちぢ)こまらせている。

 まるでダルマさんがシートの上に乗っているみたいだ。

 冬の間も乗っている私にしてみれば随分暖かくなったと思う陽気が、彼にしてみればまだまだ寒かったのだろう。

 まあ、普段使いのダウンジャケットと冬用のライディングジャケットでは防寒性が比較にもならないが。

 信号が青に変わる。

 TWの彼は肩の間に首を引っ込めたまま、大きくアクセルを開けて走っていった。

 私はノンビリとクラッチを繋ぎ、走り始める。

 アクセルを大きく開けても寒さを感じるほどではなかったが、このやわらかな空気を楽しみたかった。

 道路沿いの民家のブロック塀の向こうに、大きな梅の木が枝一杯に花を咲かせているのが目に入る。

 コブシの花の(つぼみ)も大きく膨らんできていた。

 ヘルメットの中に入り込んだ風と花粉のおかげで目が少し痒くなってくる。

 シールドを上げてグローブの指先で目を(こす)っていると、対向車線をホンダのフォルツァが走り去り、脇道から合流してきたカワサキのZRX400が高々とマフラーの音を響かせて加速していった。

 いつもの通勤ではあまり見かけないライダー達だ。

 前方の信号でスズキのバンバン200がウィンカーを出している。

 眼があった。

 お互いに軽く頭を下げる。

 彼はいつもすれ違うライダーだ。

 私が通過した後を彼のバイクが右折していく。

 今朝はバイクをたくさん目にする日だ。

 二十四節気の『啓蟄(けいちつ)』は先週だっただろうか。

 冬篭(ふゆごも)りを終えて動き出したのは虫だけではなく、バイク乗りも一緒だったようだ。

 もうすぐ昼と夜の長さがバランスする『春分(しゅんぶん)』がやってくる。

 バイク乗り達の春が始まる…‥。

すれ違うバイクが多くなり、駐輪場にもバイクが増えてきました。

バイクシーズン到来を感じますね。

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