34 スギ花粉の舞う中へ
花粉シーズン真っ只中です。
花粉症のバイク乗りは大変なんですというお話しです。
梅の花が咲き、桃の花の蕾もそろそろ咲く準備が終わろうとしている3月の金曜日。
リビングのカーテンを開けると、窓の外で空の端が朝焼けのオレンジに染まっていた。
時刻は午前5時20分。
寝ぐせのついた頭を掻きながら、窓についた水滴を100円均一で買ってきた結露ワイパーでとる。
「外が暖かくなったせいか、窓につく結露の量が少なくなったな…」
呟きながらテレビの電源を入れ、朝のニュースを聞き流しながら洗面所に行って顔を洗った。
リビングに戻ると、部屋の隅に置かれた空気清浄機が目を覚ましたように急に動き出す。
音はほとんどしない。
この時間ではまだ妻も子供達も布団の中だ。
音を抑えたテレビ画面の中では女性キャスターが今日の天気予報を解説していた。
「関東は晴れね…」
雨が降るか降らないかの予報が聞ければ後はどうでもいい。
私はテーブルに新聞を広げ、電気シェーバーでヒゲを剃り始めた。
のんびりとヒゲを剃りながら一通り記事に目を通す。
新商品情報にスズキから新しいスクーター、アドレス110が発売されるという記事を見つけて少し手を止めた。
「これでウチのアドレス110について説明するのが余計に面倒になるな…」
『牧村さん、スクーターも持ってるんですか?』
『うん、スズキのアドレス110だけどね』
『えー! 出たばっかりの新車じゃないですか!』
『いや、2ストのアドレス110なんだけど…』
『?』
私は溜息を1つついた。
若い連中とのくだらないやりとりが見えてくるようだ。
読み終わった新聞をたたみ、シェーバーを片付ける。
「おはよう」
妻が起きてきた。
時計を見ると午前5時50分になっている。
私は「おはよう」と返してゴミ出しの準備にかかった。
妻は朝食と弁当の準備にかかる。
自治体の指定ゴミ袋に各部屋のゴミ箱の中身を集め、庭の隅にあるダストボックスに溜まった可燃ごみも一緒に袋に入れた。
玄関までゴミ袋を持って行き、バイクのキーをポケットに入れ、100円均一で買った布製のバッグをつかむ。
ふとリビングの窓の外を思い出した。
「良い天気だったな…」
ポツリと呟き、マスクをつける。
サンダルをつっかけて表に出た。
まだ静かなマンションの通路を、ゴミ袋を抱えて集積所に向かう。
だんだん鼻の中に微妙な違和感が出てきた。
目の周りもムズムズしてくる。
「…ふぁっきしぃっ」
くしゃみが出た。
マスクの下で鼻水がツーと垂れる。
鼻を啜って目をしばたき、抱えていたゴミ袋を集積所に置いた。
そのまま駐輪場へ寄る。
隅の壁際にカバーをかけたバイクが3台置かれていた。
私のスーパーシェルパとアドレス110、もう一台は3軒隣りに住んでいる、娘の友達の父親が乗っている原付スクーターだ。
私はスーパーシェルパのカバーを外し、持ってきた100円均一のバッグにたたんで入れると、そのバッグをアドレス110のカバーの内側にしまった。
チェーンロックを外し、駐輪場からすぐに出せるようにする。
その間に何度鼻を啜ったろうか?
もはや数える気にもならない。
自宅に戻った。
手を洗い、鼻をかみ、着替えを済ますと朝食が出来ている。
手早く食事をとって歯を磨く頃に、ようやく子供達が起きてきた。
早く着替えろと妻に急かされている。
賑やかになった家の中で、私は自分の鼻の内側に花粉をブロックする軟膏を綿棒で塗り込み、マスクをつけた。
メントールが入っているせいで幾分、鼻の通りが楽になる。
ネックウォーマーをマスクを覆うように引っ張り上げ、ジャケットを羽織ってヘルメットをつかむ。
「いってきます」
言いながら玄関でブーツに足を突っ込んだ。
着替え終わった子供達が寝巻きを洗濯カゴに放り込みながら、「いってらっしゃ~い」とハイタッチをしていく。
ブーツを履き終えて振り返ると妻が子供達を食卓に追い立てていった。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
ドアを開ける。
今度はくしゃみは出なかった。
鼻水も出てこない。
駐輪場まで行き、弁当の入ったバッグをシェルパのリアボックスに入れ、ハンドルロックを解除して路肩まで押す。
腕時計の針がちょうど午前7時をさしていた。
空は透き通るような青で、緩やかな風が吹いている。
すっかり慣れた始動手順をこなしていき、スタートボタンを押してエンジンをかけた。
動き始めた住宅地の朝に、250ccの単気筒エンジンが控えめに鼓動を響かせる。
スラックスの足に、巻きつけ式のレッグウォーマーを着けた。
少し目の周りが痒くなってくる。
ヘルメットをかぶった。
マスクに当たって鼻筋の横から抜けた息がシールドを曇らせる。
指1本分、シールドを開けた。
曇りがひく。
バイクに跨り、ギアを1速に入れてゆっくりとクラッチを開放した。
ライムグリーンの車体がスウッと前に滑るように走り出す。
少し開けたままのシールドの隙間から風が入り、目の周りがムズムズし、下まぶたに涙が溜まり始めた。
片目ずつ順にギュッと閉じると、溜まっていた涙が目尻からツーと落ちていく。
それでも、鼻はなんともなかった。
多少涙が出てもどうせフルフェイスのオフロードヘルメットの中だ、恥ずかしがることもない。
しかし、くしゃみだけは困る。
鼻水は啜れば誤魔化せるが、くしゃみは反射的に目を閉じてしまう。
公道を走っていて、いや公道でなくても、運転中に目を閉じるなんてありえない。
信号待ちで止まる。
シールドの隙間から入ってくる風も同時に止まり、息で目の前が曇った。
シールドを上げる。
グローブの指先で目尻をそっと拭いた。痒みはどうにもならない。
信号が青に変わる。
走り出しながら、左手でシールドを下ろした。
職場まではあと信号が9箇所に踏み切りが1箇所、時間にすると25分程度だ。
田んぼ道のカーブを、車体を傾けて抜けていく。
朝のクルマはまだそれほど多くはない。
アクセルを大きく開いた。
目と鼻が限界になる前には職場に到着できるだろう。
陽射しが明るさを増し、空気がだんだん暖かくなってくる。
お寺の敷地から伸びた梅の枝に、真っ白な花が満開だ。
もう、春になるんだな…。
…だったら、スギ花粉に負けてなんかいられない。
走ろう、陽射しの中を!
バイク乗りの季節はこれからだ!
運転中のくしゃみは本当にシャレになりません。
コワいので、花粉ブロックの軟膏とマスクは必須アイテムですね。
早く花粉シーズンが終わって欲しいものです。




