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白い封筒の庶子令嬢  作者: 七七街


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5/5

5話

第五話 庶子令嬢は、自分の名前で手紙を書く


 王宮へ向かう馬車の中で、私はずっと両手を握っていた。


 指先が冷たい。

 膝の上に置いた青い封筒が、やけに重く見える。


 王妃エルヴィラ陛下からのお召し状。


 そこには、私の名前が書かれていた。


 ノエラ・ヴィンター。


 何度見ても、不思議だった。


 姉の名前ではない。

 父の名前でもない。

 伯爵家の用事でもない。


 私自身が、王宮に呼ばれている。


「ノエラ」


 向かいに座るお父様が、低い声で言った。


「はい」


「聞かれたことだけに答えなさい。余計なことは言わなくていい」


 いつもの言葉だった。


 余計なこと。

 分を越えるな。

 黙っていなさい。


 私はうなずこうとした。


 けれど、膝の上の青い封筒に目が落ちる。


 王妃陛下は、私の書いた言葉について聞きたいと書いていた。


 なら、私は今日、黙るために呼ばれたのではない。


「できるだけ、正直に答えます」


 そう言うと、お父様の眉が動いた。


「ノエラ」


「失礼のないようにします。でも、黙るだけにはしません」


 馬車の中が静かになった。


 言ったあとで、心臓がどきどきした。


 やっぱり怖い。

 でも、不思議と取り消したいとは思わなかった。


 王宮の門は、思っていたより高かった。


 白い石の壁。磨かれた床。廊下に並ぶ大きな窓。どこを見ても、私の屋敷とは違う。


 私は場違いだった。


 そう思った瞬間、前世の記憶が少しだけよみがえる。


 会議室のすみ。

 知らない人ばかりの集まり。

 自分だけ服も話し方も違う気がして、声が小さくなったこと。


 その感覚は、この世界に来ても変わらない。


 私は深く息を吸った。


 すると、前方に見知った姿があった。


「ノエラ様」


 ロザリア様だった。


 今日は淡い紫ではなく、落ち着いた白のドレスを着ている。以前のような完璧な笑みではない。少し緊張していて、けれどまっすぐ立っていた。


 隣にはメイベル様もいる。


「一人で来たのではありませんよ」


 メイベル様が、いつもの明るい声で言った。


 その一言だけで、足元が少しだけ戻ってきた。


「ありがとうございます」


 私は小さく頭を下げた。


 そこへ、廊下の奥からカミラもやってきた。お父様とは別の馬車で来たらしい。姉は私を見ると、ぎこちなく笑った。


「私も、来たわ」


「姉様」


「字はまだ下手だけれど、自分で書いた手紙を持ってきたの」


 カミラは胸元に小さな封筒を抱えていた。


 その封筒は、まっすぐではなかった。封も少し曲がっている。


 けれど、私はそれを見て、胸が温かくなった。


 姉自身の手紙だ。


 しばらくして、アデル・クライン様が現れた。


「お待たせしました」


 彼はいつものように静かな顔をしていた。けれど、私を見る目は少しだけやわらかい。


「緊張していますか」


「しています」


「それは普通です」


 アデル様は短く言った。


「緊張していないふりをする必要はありません。大切なのは、言葉を間違えないことではなく、言葉を捨てないことです」


 私はその言葉を、胸の中でくり返した。


 言葉を捨てない。


 やがて、大きな扉の前に着いた。


 扉の向こうから、人の声が少しだけ聞こえる。


 私は白い封筒の束を抱え直した。


 全部を持ってきたわけではない。差出人が分からない手紙は、名前が見えないように写しだけ作った。誰かの秘密を、むやみに広げるつもりはない。


 でも、そこにあった苦しさまでは消したくなかった。


 扉が開く。


 広い部屋の奥に、王妃エルヴィラ陛下が座っていた。


 銀に近い金髪を上品に結い、深い青のドレスを着ている。美しい人だった。けれど、それ以上に、目が強い。


 優しいだけの人ではない。


 この部屋の空気を、すべて見ている目だった。


 部屋には、何人かの貴族もいた。昨日の件を知っている者たちだろう。その中には、グレイル・モント子爵令息の姿もあった。


 彼はロザリア様を見て、顔をこわばらせた。


 王妃陛下が、静かに口を開く。


「ノエラ・ヴィンター」


 私の名前が呼ばれた。


 私は一歩前に出て、礼をした。


「はい。ノエラ・ヴィンターでございます」


「あなたの書いた言葉が、王都で少し騒ぎになっているようね」


 声は穏やかだった。


 けれど、軽くはない。


「申し訳ございません」


「謝る前に、聞かせなさい。あなたは、白い封筒を受け取っていたのね」


「はい」


「そこには、何が書かれていたの」


 私は一瞬だけ迷った。


 すべてをそのまま読むことはできない。

 でも、ぼかしすぎれば、なかったことにされる。


「助けてほしいという言葉です」


 部屋の中が少しざわついた。


 私は続けた。


「ただ、多くの方は、そのあとすぐに取り消していました。助けてほしいなどと書いたことは忘れてほしい、と」


 王妃陛下の目が細くなる。


「なぜだと思う?」


「助けてと言うことを、恥だと思わされていたからだと思います」


 私の声は震えていた。


 でも、止めなかった。


「苦しいと言えば、わがままだと言われる。断りたいと言えば、冷たいと言われる。働きたいと言えば、女なのにと笑われる。だから、皆様は自分の気持ちを一度書いて、それから自分で消そうとしていました」


「それを、あなたが拾ったのね」


「はい」


 その時、年配の貴族が冷たい声で言った。


「拾ったと言えば聞こえはよいが、女たちをたきつけたのではないか。家の中の話を外に出し、婚約を乱し、夫婦の間に口を出した」


 私はその人を見た。


 怖かった。


 その人の言葉には、私を小さく戻す力があった。


 けれど、メイベル様が一歩前に出ようとするのが見えた。


 私はそっと首を横に振った。


 ここは、自分で答えたい。


「たきつけたつもりはありません」


「ならば、なぜ騒ぎになった」


「今まで声にされていなかっただけで、困っていた方が多かったからです」


 貴族の顔が赤くなる。


「生意気な」


 その言葉は、よく知っている。


 正しいかどうかではなく、下の者が言うなという時に使われる言葉だ。


 私は白い封筒の写しを机に置いた。


「ここにある手紙には、名前を伏せています。誰かを責めるためではありません。けれど、同じ悩みが何度も出てきます」


 私は一枚ずつ並べた。


「婚約を断れないこと。婚約を延期する方法を知らないこと。家の中の仕事をしていても、何もしていないと言われること。字を学びたい、働きたいと思っても、嫁ぐために育てたのだと言われること」


 部屋が静かになる。


「これは、一人のわがままではないと思います」


 王妃陛下は、ゆっくりとうなずいた。


「続けなさい」


「はい」


 私は次の紙を出した。


 ロザリア様が調べた婚約延期の手続き。

 メイベル様の業務報告。

 カミラが自分で書いた、長女としての手紙。

 そして、私たちで作った連名の願書。


「お願いは三つです」


 声が少し落ち着いてきた。


「一つ。婚約を断る、または延期したい時、女性本人からも正式に申し出られる形を作ること」


 グレイル様が顔を上げた。


 ロザリア様は、彼を見なかった。


「二つ。貴族女性が、王宮や領地で文書官、会計補佐、社交記録係として働ける道を作ること」


 アデル様が静かに私を見ている。


「三つ。家の中で行われている手配や管理の仕事を、功績として記録できるようにすること」


 私は息を吸った。


「これは、家を壊すためではありません。むしろ、家を守るためです。誰か一人が黙って支え続ける形は、その人が倒れた時に家も困ります。見えていない仕事を見える形にすれば、分けることも、引き継ぐこともできます」


 部屋の空気が、先ほどと少し変わった。


 ただの不満ではない。


 そう伝わったのならいい。


 グレイル様が立ち上がった。


「王妃陛下。発言をお許しください」


「許します」


「ロザリアは、以前はこのようなことを言う女性ではありませんでした。誰かに影響されたのは明らかです。婚約を軽く扱うような考えが広がれば、貴族社会の秩序が乱れます」


 ロザリア様の肩がわずかに動いた。


 けれど、今度は彼女が前に出た。


「王妃陛下。発言をお許しいただけますか」


「許します」


 ロザリア様は、まっすぐ立った。


「私は、婚約を軽く扱いたいのではありません。重いものだからこそ、自分の意思を無いものにしたくないのです」


 グレイル様が何か言おうとする。


 けれど、ロザリア様は続けた。


「私は今まで、グレイル様に選んでいただいた服を着て、選んでいただいた友人と会い、許された時間に帰りました。それを愛情だと思おうとしていました。でも、私の好きなものは、少しずつ消えていきました」


 彼女は自分の手紙を出した。


「これは、私が自分で書いたものです。ノエラ様は、私の言葉を奪っていません。私が取り戻すのを手伝ってくださっただけです」


 グレイル様は何も言えなかった。


 次に、メイベル様が進み出た。


「私も申し上げます。夫婦のことを外に出すなと言われました。けれど、私が何をしているのか夫が知らず、私自身も見失っていたのなら、まず形にする必要がありました」


 彼女はにっこり笑った。


「業務報告を出したら、夫は四日目に謝りました。小さな声でしたけれど」


 部屋の何人かが、こらえきれずに小さく笑った。


 重かった空気が、少しだけゆるむ。


 それから、カミラが前に出た。


 私は驚いて姉を見た。


 カミラは緊張で青ざめていた。けれど、自分の封筒を両手で持っている。


「私も、話してよろしいでしょうか」


 王妃陛下がうなずく。


「どうぞ」


 カミラは便せんを開いた。


 字は少し曲がっていた。

 でも、一文字ずつ自分で書いたものだった。


「私は、ヴィンター伯爵家の長女です。小さい頃から、笑っていればいいと言われてきました。家のためになる相手に微笑み、招かれれば出向き、嫌な言葉を聞いても、何も分からないふりをしました」


 姉の声は震えていた。


「手紙は妹のノエラに任せていました。私は、字を書くのが怖かったからです。でも、その怖さを隠すために、ノエラが机の前にいることを当たり前にしていました」


 カミラが私を見る。


「私は、妹に謝ります。けれど、それだけでは足りません。これからは、自分の言葉を自分で書きます」


 胸が熱くなった。


 姉を完全に許したわけではない。


 でも、今の言葉は、姉自身のものだった。


 王妃陛下は三人を見たあと、私へ視線を戻した。


「ノエラ・ヴィンター」


「はい」


「あなたは、人の言葉を整えるのが上手いようね」


「ありがとうございます」


「けれど、それだけなら、よい代筆人で終わるわ」


 私は息を止めた。


 王妃陛下の目が、まっすぐ私を見る。


「あなた自身の望みは何?」


 その問いに、頭の中が真っ白になった。


 私自身の望み。


 ロザリア様の望みなら分かる。

 メイベル様の望みも、カミラの望みも、白い封筒に書かれた誰かの望みも、少しは形にできる。


 でも、私の望みは。


 ずっと後回しにしてきた。


 邪魔にならないこと。

 叱られないこと。

 誰かを困らせないこと。

 それは望みではなく、ただの避け方だった。


 お父様の視線を感じた。


 余計なことを言うな。

 その声が、頭の奥で聞こえる。


 けれど、王妃陛下は待っていた。


 急かさず、助け舟も出さず、私の言葉を待っていた。


 私は鞄から、一枚の便せんを出した。


 昨日の夜、ほとんど眠れずに書いたものだ。何度も書き直した。破って、また書いた。最後までうまく書けた自信はない。


 それでも、これは私の手紙だった。


「読ませていただいても、よろしいでしょうか」


「ええ」


 私は便せんを開いた。


 指先が震えて、紙が小さく鳴る。


 でも、読み始めた。


 王妃エルヴィラ陛下。


 ノエラ・ヴィンターと申します。


 私はこれまで、誰かの名前で手紙を書いてきました。

 姉の名前、父の名前、家の名前。

 その中で、自分の名前を書くことはほとんどありませんでした。


 私は、強い人間ではありません。

 今も怖いです。

 家に逆らうことも、人前で話すことも、誰かに嫌われることも怖いです。


 けれど、白い封筒を読んで知りました。

 怖いのは私だけではありませんでした。

 苦しいのに笑っている人がいました。

 助けてほしいと書いて、すぐに取り消す人がいました。

 自分の仕事を、仕事と呼んでもらえない人がいました。


 私は、その人たちの代わりに泣くためにここへ来たのではありません。

 その人たちが、泣かずに済む言葉を残すために来ました。


 どうか私を、王宮文書官見習いとして雇ってください。

 誰かの本音を勝手に使うのではなく、その人が自分の言葉で立てるように、文を整える仕事がしたいです。


 私は、家の飾りにはなれません。

 誰かの影のまま生きることも、もうできません。


 けれど、言葉を必要としている人のために働くことならできます。


 ノエラ・ヴィンター


 読み終えた時、部屋は静まり返っていた。


 私は便せんを下ろした。


 足が震えている。

 喉もからからだった。


 けれど、不思議と後悔はなかった。


 王妃陛下は、しばらく私を見ていた。


 そして、口を開いた。


「アデル」


「はい」


 アデル様が一歩前に出る。


「王宮文書室に、見習いを一人置く余裕は?」


「ございます」


「仕事は?」


「婚約関連の申し出の整理、家内業務記録のひな形作り、女性文書官候補の教育補佐。いずれも人手が足りておりません」


 王妃陛下は小さくうなずいた。


「では、ノエラ・ヴィンターを王宮文書官見習いとして採用します。まずは半年。給金は本人に直接支払うこと」


 給金。


 本人に。


 その言葉で、お父様がはっとしたように顔を上げた。


「王妃陛下、恐れながら、ノエラはまだ我が家の娘でございます」


「ええ。娘でしょう」


 王妃陛下は静かに言った。


「持ち物ではありません」


 お父様は言葉を失った。


 王妃陛下は続ける。


「ヴィンター伯爵。あなたの家の娘は、よい目とよい手を持っているわ。家の中に閉じ込めておくには惜しい」


 私は息をのんだ。


 惜しい。


 そんなふうに言われたのは、初めてだった。


「ただし、ノエラ」


 王妃陛下の声が少し厳しくなる。


「白い封筒を扱うなら、秘密を守ること。人の言葉を勝手に使わないこと。怒りをあおるのではなく、道を作ること。できる?」


 私はまっすぐ顔を上げた。


「はい」


 王妃陛下は、ほんの少しだけ笑った。


「なら、働きなさい」


 その瞬間、胸の奥で何かがほどけた。


 泣きたくなった。


 でも、泣かなかった。

 泣くのが悪いからではない。


 今は、顔を上げていたかったからだ。


 その日の帰り、私は王宮の廊下を歩いた。


 行きとは違って、ロザリア様、メイベル様、カミラが隣にいた。


 ロザリア様は、婚約延期の申し出を正式に出すことになった。グレイル様との話し合いはこれからだ。簡単には終わらないだろう。それでも彼女は言った。


「私は、私の時間を取り戻します」


 メイベル様は、王宮で家内業務記録の相談役になるらしい。


「夫には、また業務報告を出すわ。今度は王宮の印つきで」


 そう言って笑う彼女は、とても楽しそうだった。


 カミラは、私の横で小さく息を吐いた。


「ノエラ」


「はい」


「私、あなたに書いてもらうのではなく、自分で手紙を書く練習をするわ」


「はい」


「でも、読みやすくするこつは教えて」


 私は思わず笑った。


「もちろんです」


 姉も、少し笑った。


 完全に仲のよい姉妹になったわけではない。

 過去のことが消えたわけでもない。


 でも、これから話すことはできる。


 それで十分だと思った。


 数日後、私はヴィンター伯爵家を出た。


 荷物は少なかった。


 古い服が数枚。

 使い慣れた羽根ペン。

 白い封筒の写し。

 そして、カミラがくれた小さな封筒。


 中には、姉の字でこう書かれていた。


 ノエラへ。


 あなたが私の代わりに書いてくれた手紙を、私はずっと当たり前だと思っていました。

 ごめんなさい。


 これからは、少しずつ自分で書きます。

 下手でも、曲がっていても、それが私の字なら、きっとそこから始められると思うから。


 王宮で疲れたら、たまには帰ってきてください。

 その時は、私があなたにお茶をいれます。


 カミラ


 私はその手紙を、何度も読んだ。


 うまい文ではなかった。

 でも、姉の声がした。


 王宮文書室に与えられた机は、小さかった。


 窓際の、少し古い机。引き出しは一つだけで、椅子も高価なものではない。


 それでも、私には十分すぎる場所だった。


 机の上には、紙とインクと、新しい羽根ペンが置かれていた。アデル様が用意してくれたものらしい。


「今日からここが、あなたの席です」


 アデル様が言った。


 あなたの席。


 その言葉に、胸が小さく震えた。


 屋敷にいた頃、私の席はいつも誰かの用事のためにあった。

 姉の手紙を書く席。

 継母の礼状を書く席。

 父の謝罪文を書く席。


 でも、ここは違う。


 ここは、私の名前で座る席だ。


「最初の仕事です」


 アデル様が、一通の封筒を差し出した。


 白い封筒だった。


 私は両手で受け取る。


 けれど、今までの白い封筒とは少し違った。宛名がはっきり書かれている。


 王宮文書官見習い

 ノエラ・ヴィンター様


 私はその文字を、しばらく見つめた。


 誰かの名前の代わりではない。

 誰かの影でもない。

 ここに書かれているのは、私の名前だった。


 封を開く前に、私は新しい便せんを一枚出した。


 今度は、返事を書く前に、自分の記録を残したかった。


 私は羽根ペンを取り、ゆっくりと書いた。


 今日、私は初めて、自分の名前で机に座りました。


 怖くないわけではありません。

 うまくできる自信も、まだありません。


 それでも、ここにいます。


 誰にも選ばれなかったと思っていた私が、誰かの言葉を拾いながら、自分の場所まで来ました。


 白い封筒は、悲鳴だけを運ぶものではありません。

 扉を叩く音にもなります。


 だから私は、今日も手紙を書きます。

 誰かが、自分の言葉で立てるように。

 そして私も、私の言葉で生きていけるように。


 ノエラ・ヴィンター


 書き終えて、私は顔を上げた。


 窓の外には、王都の空が広がっている。


 屋敷の小さな窓から見ていた空より、少し広く見えた。


 私は白い封筒を開く。


 新しい誰かの言葉が、そこにあった。


 助けてください、とは書かれていなかった。


 代わりに、こう書かれていた。


 どう書けばいいのか分かりません。

 でも、今度こそ、自分の気持ちをなかったことにしたくありません。


 私は静かに息を吸った。


 そして、返事を書き始めた。


 最初の一行は、もう決まっている。


 あなたの言葉は、ここに届いています。


 それが、私の新しい仕事だった。


 声の小さな人のために、扉を少しだけ開ける仕事。


 誰かの人生を代わりに選ぶのではなく、その人が自分で選ぶための言葉を渡す仕事。


 私はもう、余りものの娘ではない。


 ノエラ・ヴィンター。


 白い封筒を開く者。


 そして、自分の名前で生きていく者。

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