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第六話 カイル、宿屋に泊まる

この作品は生成AIを利用しています。

毎週月曜日更新予定です。

 脇道に入ると、通りの幅が少し狭くなった分、人の流れもいくらか落ち着いた。とはいえ、それでもエルサ村の祭りの日よりずっと多い。石畳の上を行き交う靴音に、荷車の軋みと店先の呼び声が重なる。鼻先を焼いた肉の匂いが掠めたかと思えば、次には薬草の苦い香りが流れてきた。


 ローラは迷いなく角を曲がる。


「本当に覚えてるんだな」


「だいたいって言ったでしょ」


「今のところ全然だいたいに見えないけど」


「この先で迷うかもしれない」


「急に不安になること言うなよ」


 言ったそばから、ローラは小さく足を止めた。道の先を見て、通りの看板を見て、それから右に視線をやる。


「……こっち」


「今ちょっと迷っただろ」


「確認しただけ」


「迷ったんだな」


「うるさい」


 そう言いながらまた歩き出す。迷ったところで足を止めてちゃんと見直すあたりが、適当なのか慎重なのかよく分からない。


 しばらく進むと、人通りの多い区画から少し外れたのか、通りの両脇に宿や食事処らしい看板が増えてきた。旅人向けらしい地味な造りの建物が並び、扉の前には荷を抱えた客や、掃除をしている店の者がいる。


「この辺か」


「うん。資料館にもそこまで遠くないし、門にも戻りやすい」


「戻りやすい?」


「街って出入り口が遠いと地味に面倒なのよ」


「へえ」


 カイルはひとつ頷いて、改めてローラを見た。遺跡を見つけると目の色を変えるせいで変わり者の印象が強いが、こういうところはきちんと旅人だ。


「何?」


「いや、ちゃんとしてるなって」


「何その言い方」


「普段からもっとそういう感じ出せばいいのに」


「普段もちゃんとしてるわよ」


「遺跡の前以外は?」


「……ちゃんとしてる」


 少し間が空いた。カイルが笑うと、ローラは軽く肘で小突いてきた。


 通りの奥にあった二階建ての宿は、表の看板に青い皿の絵が描かれていた。食事も出るらしい。外から見た分には、汚くもないし、妙に高そうでもない。扉の前でローラが立ち止まる。


「ここでいい?」


「俺は分からん」


「じゃあここでいいわね」


「お前が決めるんじゃないか」


 中へ入ると、木の床が足音を返した。正面に小さな帳場があり、その奥で四十代くらいの女が帳簿を見ている。視線を上げた女は、二人をひと目見るなり、旅人だと察したようだった。


「二人部屋かい?」


「別で」


 ローラが即答する。


 カイルは少しだけ目を瞬かせたが、特に何も言わなかった。女はそれにも驚く様子はなく、鍵を二つ出してくる。


「一晩銀貨二枚。朝は軽い飯付き。飯は下でも食えるよ」


「二泊、いや……」


 ローラがそこで言葉を切った。ちらりとカイルを見る。


「しばらく資料館に通うなら、数日はいるかもね」


「そうだな」


「とりあえず三泊で」


 そうして部屋を決め、荷を運び込む。部屋は広くないが、寝台と机と水差しがあった。窓の外には向かいの建物の屋根が見える。旅の途中の野営に比べれば十分すぎる。


 荷を下ろして一息ついた頃には、窓から差し込む光がだいぶ傾いていた。ベルノアの空はまだ明るいが、建物の影が長い。


「今から行っても間に合わないか」


 カイルが呟くと、ローラは窓辺に寄って外を見た。


「門番、日が傾くと閉まるって言ってたでしょ」


「言ってたな」


「この時間だと、着いた時には追い出されるだけだと思う」


「それは嫌だな」


「でしょ」


 ローラはそこでようやく荷を寝台の上に置き、背を伸ばした。


「今日はご飯食べて、明日の動きだけ決めておけばいいわよ」


「何か、ほんとに旅慣れてるな」


「今さら?」


「いや、改めて」


「褒めても何も出ないわよ」


「別に出してほしくて言ってない」


 そう返してから、カイルも窓の外へ目をやる。確かに今から走って行ったところで、余計な汗をかくだけかもしれない。そう考えると腹が減ってきた。


 下へ降りると、一階の食事処はすでにそれなりに賑わっていた。宿の客だけでなく、近くで働く人間も入ってくるらしい。鍋の匂いと酒の匂いが混ざり、ざわざわとした声が部屋を満たしている。空いている卓を見つけて腰を下ろすと、給仕の娘がすぐに水を置いていった。


 壁際の竈では、年若い男が掌の上に小さな火を灯して薪へ移していた。別の卓では、冷えた酒の入った壺に青白い光の粒がふわりと沈んでいる。ローラが気づいたように顎をしゃくる。


「ほら、ああいうの」


「魔法か」


「そう。街だと普通」


「便利だな」


「便利よ。お金かかるけど」


「最後が嫌な現実だな」


 給仕が持ってきたのは、豆と肉の煮込みに平たいパン、それから小皿の漬物らしいものだった。ローラは匙を取るより先に、周囲の会話へ少しだけ耳を向けていた。


 隣の卓では、荷車引きらしい男たちが酒を傾けている。


「だからよ、ガルディアの連中はまた鉄買い込んでるんだって」


「鉄だけじゃねえよ。魔石もだ。南の方じゃ値が上がって困るって話だぞ」


「どうせまた戦でも始める気だろ」


「戦だけで済めばいいがな」


「何だそりゃ」


「遺跡掘り返して兵器にするとか、そんな噂まで流れてる」


 カイルは匙を持つ手を止めた。ローラも同じだったらしい。二人して何でもない顔をしながら、会話の続きを待つ。


「兵器って、あの古代の遺物か?」


「さあな。本当かどうかは知らん。だが、国境向こうの商人が妙に口をつぐむんだと」


「嫌な話だ」


「嫌な話で済めばいいが」


 そこで会話は酒の話に流れた。さすがに詳しいことまでは出ない。けれど十分だった。ガルディア帝国という名前と、兵器開発、古代遺跡の研究。その組み合わせは、あまり気分のいいものではない。


「聞いた?」


 ローラが小声で言う。


「聞こえるように喋ってた」


「ベルノアに来て早々、物騒ね」


「酒場の話だし、どこまで本当か分からんけど」


「でも、ない話でもなさそう」


 そう言って煮込みを口に運ぶ。真剣な話をしながらも、味についてはちゃんと判断している顔だった。


「うまい?」


「普通」


「じゃあ普通なんだな」


「何その言い方」


 その後は、明日の動きだけ簡単に決めた。朝一番で資料館へ行くこと。紹介状を見せて、まず見られる資料を確認すること。ローラは「遺跡に関する棚があったらそこから」と当然みたいに言い、カイルは「字ばっかりだったら寝るかもしれん」と言って睨まれた。


 部屋へ戻る頃には、外はもう暗かった。街の通りには、魔力灯らしい丸い灯りが等間隔で浮いている。火ではない白い明かりが石畳を照らし、その下を人影が行き交っていた。


「お前、都会でも寝られるか」


 廊下で別れる前にカイルが聞くと、ローラは鍵を回しながら肩をすくめた。


「寝るわよ。歩きっぱなしだったし」


「俺、ちょっとうるさそうだと思ってる」


「そのうち慣れる」


「すごいな、その一言で片づけるの」


「いちいち気にしてたら旅なんてできないの」


 もっともだった。カイルは手を上げて、自分の部屋へ入った。

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