第五話 カイル、商業都市に行く
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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街道には荷車の轍がくっきりと残っていた。左右には低い草地と、ところどころ畑。さらに先には森が見える。ベルノアまでの道は、商人の行き来が多いらしい。国内でも有数の商業都市というだけある。実際、反対側から来る荷車や旅人と何度もすれ違った。
カイルは背負い袋の位置を直しながら歩く。大した荷物は入ってないが、ずっと担いで歩くと流石に食い込んだ肩が痛い。
「ベルノアって、どれくらい大きいんだ」
「リシュカよりずっと大きい」
「その言い方だと嫌な予感しかしないな」
「いい街よ。たぶん」
そっぽを向いたままのローラが口を尖らせる。
「たぶん?」
「私、長くいたことはないし」
「あー、なるほど」
それ以上は聞かなかった。せっかくの旅だ。どうせ話すなら楽しい話がいい。
街を離れてしばらくは、道も景色も穏やかだった。旅慣れた商人らしい一団が、馬に荷を引かせて追い越していく。護衛らしき男が二人ついていたが、剣や槍を持っていても、どこか軍人とは違う。行商に必要な分だけ備えているという感じだ。
エルサ村からリシュカへ向かった時より、街道は明らかに賑やかだった。道が広く、休める木陰も多い。昼前には小さな水場に出て、そこで一度足を止めた。石を組んだ井戸と、旅人が腰を下ろせるような丸太が置かれている。先客は二人組の旅人で、水袋を満たしてすぐに去っていった。
汲んだ水で埃まみれの顔を洗った。ひんやりとしてて、ずっと日を浴びていた火照りが冷めていく。
ローラが自分の水袋の口を締めながら、何気なく辺りを見回す。
「……この辺、獣が少ないわね」
「お前もそう思うか」
「道が大きいからってだけじゃない感じ」
カイルも同じことを考えていた。人の通る街道だとしても、森が近ければ鹿や狐くらいは気配を見せる。なのに、木立の奥が妙に静かだ。鳥の声はする。けれど地面の気配が薄い。
「村の近くと同じかもな」
「近くに遺跡があるのかも」
あ、やば。
思わず口を押さえたが、幸いローラはベルノア行きを優先してくれたようだ。移籍を探すそぶりは見せず、真っ直ぐに地平線に伸びる街道の先に目を向ける。水を飲み、少し固いパンを齧って、二人はまた歩き出した。
午後に入ると、街道は緩やかな起伏を繰り返し始めた。見晴らしのいい丘を越えると、遠くに別の集落の屋根が見える。リシュカ周辺より人の手が入っているのか、畑の区画も広い。羊より牛を見かけることが増え、荷車の車輪も大きいものが多かった。
ローラは道を歩きながら、ときどき路肩や崖の露出面へ視線をやっていた。
「何見てるんだ」
「地層」
「分かるのか」
「少しは」
「どこが違うんだ?本当に分かるのかよ、こんなの」
「失礼ね」
だが、実際のところローラは何かを見ているのだろう。崩れた土肌の色や、石の混じり方をちらちら確認しては、ふうん、と一人で頷いている。カイルには土は土にしか見えないが、そこを突っ込むと話が長くなりそうなので黙っていた。真剣に地層を見るローラの横顔が、日に照らされてキラキラして見えた。
その日の夕方は、街道沿いの小さな宿場で休んだ。リシュカほどではないが、旅人相手の店と宿が数軒まとまっている場所だ。荷を置いて食事に出る頃には、空がすっかり赤くなっていた。
卓に運ばれてきた煮込みを見て、カイルは少し顔を上げる。
「量、多くないか」
「街道沿いの宿場なんてこんなものよ。歩く人間しか来ないんだから」
「いや、村でも食う方だけど」
「知ってる」
「何でだよ」
「昼の干し肉、すぐに無くなってた」
「仕方ないだろ。旅なんて初めてだし、腹くらい減る」
「じゃあ、たくさん食べたらいいじゃない」
そう言いながら、ローラもちゃんと食べる。見た目に反して、大人の男でも満足しそうな量をしっかり食べるので、そこは妙に感心した。
夜は何事もなく過ぎた。街道沿いの宿場だけあって、宿の外は騒がしかったが、いつの間にか眠っていたらしい。気付いた時には窓から光が差し込み、外から嘶きが聞こえていた。
宿場を出て、さらに街道を進む。
山道を歩き慣れているだけに疲れはそれほどでもないが、延々と歩き続けることにいい加減,飽きてきた。
キョロキョロと、増えてきた往来に目を移す。商業都市へ向かう道らしく、幌を被せた馬車もあれば、樽を何本も載せた頑丈な車もある。馬だけでなく、荷を引く大きな家畜も見かけた。行き交う旅人の服装も様々で、どこから来たのか見当もつかない。
カイルはすれ違うたびに何となく相手の足元や腰回りを見ていた。癖のようなものだ。ローラが横目でそれに気づく。
「何見てるの」
「いや、何となく。危なそうなのがいないか」
「へえ」
「何だよ」
「村人のくせにそういうとこ見るんだ」
「村の周りで獣見てるのと似たようなもんだろ」
「なるほどね」
納得したように言ってから、ローラは少し前を向いた。
「じゃあ、あの後ろの三人組は?」
「真ん中のやつがちょっと足をかばってる。急がせると遅れる」
「前の商人っぽい二人は?」
「片方、腰に刃物あるけど使い慣れてない。たぶん見せる用」
「こっちは?」
「お前?」
「違う、あそこの馬車」
気づけば、ローラは面白がっていた。あれは?こあっちは?と手当たり次第に指差しては、カイルの答えを面白がった。
「御者は慣れてる。荷は重いけど急いでない。護衛の槍持ちがちゃんと左右見てるから、たぶん商売慣れしてるやつ」
「本当に見てるのね」
「何だと思ってたんだ」
「もう少しぼんやりしてるかと」
「これでも気を張ってるつもりなんだよ」
「知ってる」
どういう意味だと聞く前に、ローラは先へ歩いていった。褒められたと思っていいのか?
昼過ぎ、街道が森の縁をかすめる辺りで、小さな騒ぎがあった。
前方で荷車が一台止まり、その周りに人が集まっている。近づいてみると、車輪が片方だけ窪みに嵌まっていた。荷はどうやら酒樽で、持ち上げるにも半端に重く、下ろすのも一苦労だ。
「うわ、これは面倒そう」
カイルが呟くと、馬車の脇にいた男がこちらを振り向いた。
「兄ちゃん、腕っぷしあるなら手貸してくれんか!」
「あるけど」
「なら来てくれ!」
言われるままに荷車の後ろへ回る。ローラは少し離れて腕を組んだ。
「押せばいいの?」
「車輪が浮けばそれでいい!」
荷台の端に手をかける。重い。だが持ち上がらないほどじゃない。村で濡れた薪束や獣の死骸を運ぶのと比べれば、まだましだ。タイミングを合わせて押し上げると、車輪が窪みから抜ける。周りから声が上がり、御者が慌てて手綱を引いた。
「よし、そのまま! ……助かった!」
男が大きく息をついて振り返る。額に汗を浮かべた、商人風の中年だった。
「いやあ、見た目より力あるな兄ちゃん」
「見た目よりは余計だろ」
「悪い悪い。礼に干し果物でも持ってけ」
断る間もなく、小袋を一つ押しつけられた。ローラが横から覗き込む。
「よかったじゃない」
「お前、手伝わなかったな」
「私は持ち上げ役に向いてないもの」
悪びれもしない。だが、その視線が周囲に向けられていたのは分かった。抜けた荷車の向こうで、街道脇の林へ視線を走らせている。
「何かいたか?」
「いや。ただ、こういう時って荷を狙うのもいるから」
「人を?」
「人も、獣も」
さらりと言うので、カイルは少しだけ周囲を見回して、肩をすくめた。幸い、今のところ怪しい気配はない。
その騒ぎの後、しばらく並んで歩いていた時だった。
「カイル」
「ん?」
「昨日から思ってたけど、あなた、荷運び向いてるかも」
「急に何の話だよ」
「宿代に困ったら雇われる口はあるってこと」
「金に困ったらそうするよ」
「一応、旅人として大事よ」
もっともらしく言うが、半分はからかっている顔だった。カイルは干し果物を一つ口に放り込みながら、袋を差し出す。
「そっちは何向きなんだ」
「遺跡調査」
「それ職になるのか?」
「ならないこともない」
「食えないだろ」
「否定しづらいわね」
そう言ってローラも干し果物をつまむ。思い切り口を窄めて、固く目を閉じた。意外な弱点、発見。
三日目の午後、ようやくベルノアの外縁が見えた。
最初に目に入ったのは、遠くに並ぶ屋根の群れだった。リシュカより明らかに多い。しかも高さが違う。二階建てどころか、もっと背の高い建物も混じっている。さらに近づくと、都市を囲う壁が見えた。しっかりした石造りで、門も大きい。門前の街道には馬車と荷車が列をなし、出入りの人間だけで一つの市みたいな賑わいになっていた。
「うわ……」
ローラの冷めた目が向けられる。
「やっぱりそうなるのね」
「いや、これはなるだろ」
「まあ、初めてなら」
ベルノアの周囲には、外壁の外にまで倉庫らしい建物や作業場が広がっていた。木箱が積まれ、荷を仕分ける人間が走り回っている。砂埃が舞う。荷車を誘導する怒鳴り声、家畜の鳴き声、金属を打つ音、何かを売り込む声。近づくだけで空気が忙しくなる。
門の前では列ができていた。入る者は簡単な確認を受けているらしい。荷の中身を聞かれ、旅人は行き先を聞かれる。二人も後ろに並んだ。
「これ、時間かかりそうだな」
「大きい街はこんなものよ」
「リシュカの比じゃないな」
「そうね」
ローラの返事はそっけない。いちいち驚いているのが馬鹿みたいだ。少しは共感というものを大事にして欲しい。
列が少しずつ進む。前にいる商人が、門番に何枚も紙を見せていた。商業ギルドの証だとか、荷の許可証だとか、そういうものだろう。カイルには縁がないが、都市の出入りというのはそれだけ面倒らしい。
「俺たちも何かいるのか」
「普通の旅人なら行き先くらいじゃない?」
「俺、村人だけど」
「今は旅人でしょ」
順番が来た。
門番は三十代くらいの男で、槍を脇に立てていた。鎧は実用本位で飾り気がない。まずローラとカイルの顔を見て、それから荷を見た。
「ベルノアへは何用だ」
カイルが口を開くより先に、ローラが答えた。
「資料館に用があって」
「観光じゃなく?」
「違います」
「商売でもないな」
「違います」
「では何だ」
少しだけ面倒そうなやり取りになりかけて、カイルは慌てて口を挟んだ。
「古書館の司書ローデリクから紹介状を預かってます」
門番の眉が動く。
「紹介状?」
「はい」
「見せろ」
ローラに促すと、懐から封をした書状を取り出した。門番はそれを受け取り、宛名を確認する。さすがにその場で開封はしないらしいが、文字を見た途端、少しだけ態度が変わった。
「資料館宛か」
「そうです」
「ふむ」
門番は隣の若い兵に何事か低く告げた。若い兵は一度奥へ走り、その間にこちらへ向き直る。
「宿は決めているか」
「まだです」
「では中へ入ってから南門通りを避けろ。今の時間は荷車で詰まる」
「ありがとう」
ローラが言うと、門番は短く頷いた。戻ってきた若い兵が耳打ちすると、彼は紹介状を返してくる。
「通っていい。ただし、資料館は日が傾くと閉まる。今日中に行くなら急げ」
「分かりました」
ローラが書状を受け取る。心なしか、目元が柔らかい。カイルは少しだけ息をついた。もっと細かく訊かれるかと思っていたが、ローデリクの名前はちゃんと効くらしい。
「次!」
後ろの列へ声が飛ぶ。二人は押し出されるように門をくぐった。
石の門の影を抜けた瞬間、ベルノアの中の空気が一気に開ける。
広い通り。両側に並ぶ店と建物。上を見上げると、窓の数だけでも村の家一軒分くらいありそうな建物が並んでいる。馬車が行き交い、人が流れ、どこを見ても動いている。リシュカで驚いたのが馬鹿みたいに思えるほど、全部が大きくて多い。
「……何だここ」
思わず呟くと、ローラが笑った。
「ベルノアよ」
「それは知ってる」
「じゃあ訊かないで」
「中がこんなだとは知らなかった」
はー、と息を吐き出しながら、カイルの目は忙しく辺りを見回した。香辛料の匂いが流れてきたかと思えば、すぐ隣では鉄の匂いがする。通りの奥では誰かが声を張り上げ、別の方角からは楽器の音まで聞こえた。
ローラはそんな街の中で、きょろつくことなく前を見ている。ただ、その歩幅が少しだけ速くなっていた。
「資料館、急ぐんだろ」
「うん」
「道、分かるのか」
「前に来たから、だいたいは」
「追い返された場所によく覚えがあるな」
「嫌なことほど覚えるものよ」
それは少し分かる気がした。
二人は人の流れを縫うように進み始めた。ベルノアの通りは広いのに、人と荷と音が多すぎて、立ち止まる方が邪魔になる。門番の言った通り、南門通りらしい大きな道は荷車で混んでいたので、少し脇へそれる。
見上げれば、石造りの建物の向こうに、さらに高い屋根が見えた。資料館か、それとも領主の関わる建物か。カイルにはまだ分からない。ただ、ここまで来れば、もう次の話はベルノアの中で始まるのだと、それだけははっきりしていた。




