第四話 カイル、寄り道をする
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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日が高くなる頃には、街のざわめきもすっかり遠ざかっていた。
街道はなだらかな起伏を繰り返しながら、低い丘と青々と茂った草地のあいだを縫っている。急げば、日が傾くまでに次の宿場へ届くだろう。そう思っていた時だった。
「ねえ」
隣を歩いていたローラが、不意に足を止めた。
「何」
振り返ると、ローラは街道から外れた斜面の方を見ていた。そこには岩がいくつか突き出ていて、草の色がまだらに変わっているだけに見える。カイルにはそれ以上の違いは分からなかった。
「ちょっと寄る」
「は?」
「ちょっとだけ」
「いや、だから何に」
ローラは答える代わりに、斜面の上を指差した。
「覚えてない?」
「何が?」
「古書館の資料に載ってたでしょ」
「だから何が?」
そう言いながらも、ローラはもう街道を外れていた。靴の先で地面の固さを確かめるように一歩ずつ進み、途中で一度だけ立ち止まって周囲を見る。そのまま振り返りもせず言った。
「来ないの?」
「行かないとお前、そのまま消えるだろ」
「消えないわよ」
「はぁ」
大きく息を吐き出しながら、カイルも斜面を上がる。道なき道を進むというほどではないが、人がよく通る場所でもない。山道は慣れていると言っても、旅にはまだ慣れていない、皮の剥けた足が痛む。
「ローラ、あとどのくらいだ?」
「もう少し」
こいつのもう少しは信用できん。遺跡絡みならなおさらだ。
草の根が浅く、踏むと土が少しだけ崩れる。ローラはそんな足場でも迷いなく進み、街道が眼下に遠くなった頃、地面に手を当ててしゃがみ込んだ。
「ほら」
言われて覗き込むと、土の下から灰色の石がのぞいていた。ただの岩とは違う。面が平らで、角が揃いすぎている。
「……ああ」
「でしょ」
ローラの声が少しだけ弾む。だが、それも一瞬。むしろ今度は表情を締め、石の周囲をぐるりと回り始めた。
「おい、急に真面目だな」
「遺跡を見つけたら最初に何するって言った?」
「攻撃性の確認」
「そう」
言いながら、ローラは露出した石の継ぎ目を見て、少し離れた地面へ小石を投げた。乾いた音がするだけで、何も起きない。次に少し角度を変えて別の場所へ投げる。やはり何も起きない。
カイルはまた何か飛んできたりしないかと、身体を緊張させた。背筋に汗が流れ落ちる。
ローラはすぐには近寄らず、靴先で周囲の土を軽く削り、露出した石の線を追う。やがて斜面の上側へ回り込み、草の間に埋もれた半ば崩れた入口を見つけた。
「入口がある」
「うわ」
思わず声が漏れる。完全に土砂に埋まっているわけではないが、通路の上半分は崩れ、石材も何枚かずれていた。人一人がかがめば入れるくらいの隙間がある。
ローラはそこでようやく一息ついた。
「……大丈夫そう」
「さっきの石投げで分かるのか?」
「それだけじゃない。石の削り方も、溝の残り方も違う」
「またそれか」
「これ、前に見た攻撃してきたやつとは違う」
その言い方に迷いがない。カイルには同じような石の塊にしか見えないが、ローラには違いが見えているらしい。
「危なくない?」
「絶対とは言わない。でも、大丈夫だと思う」
「思う?」
「だから警戒はする」
そう言って、ローラは腰のショートソードを抜いた。戦うためというより、いつでも使えるようにしておくための構えだ。カイルもそれに倣って剣の留め具を外す。
「やっぱり入るのか」
「もちろん」
「だよな」
あんな攻撃してくる遺跡にもほいほい入ってたくらいだ。攻撃性がないとなればなおさらだろう。
かがんで入口をくぐると、中の空気は外よりひんやりしていた。けれど、前に遭った遺跡で感じたような、ぴんと張った気配はない。匂いも違う。乾いた石と、長く閉ざされていた場所の古い埃の匂いはするが、奥で何かがまだ生きている感じは薄い。
通路は短かった。数歩進んだだけで小さな部屋へ出る。天井の一部は崩れていて、上から差し込む細い光が床に落ちていた。壁の半分は剥がれ、床もところどころ割れている。何かの台座らしいものが奥に倒れていて、その周囲には砕けた石片が散らばっていた。
「……何もないな」
カイルが言うと、ローラはすぐには返事をしなかった。視線を忙しく動かし、壁、床、台座、崩れた天井を順に見ていく。まるで部屋の中にある見えない線を辿っているみたいだった。
やがて台座の前でしゃがみ込み、そこへ指を滑らせる。
「これ、夢で見たのに少し似てる」
カイルはその言葉に足を止めた。
「夢?」
「うん」
ローラは台座から目を離さない。
「前に言ったでしょ。知らない土地の夢を見るって」
「ああ」
「こういう、丸い台座がある部屋。崩れてるけど、形が似てる」
「来たことあるわけじゃないんだよな」
「わからない」
「分からない?」
「記憶がないの」
丸テーブルの縁を指先でなぞりながら、さらりと言う。おかげで、何も言えなくなった。
ローラは少しだけ眉を寄せ、台座の縁を一周なぞった。
「夢の中だと、これ、もっと綺麗だった」
「綺麗?」
「壊れてなくて、光ってた」
その一言がやけに静かに落ちる。カイルは部屋の中を見回した。崩れた石、裂けた床、天井から落ちた土。今ここにあるのは、どう見てもただの古い廃墟だ。そこに“綺麗だった”という記憶だけが重なるのは、少し奇妙だった。
「お前、そういうのよくあるのか」
「夢と遺跡が似てること?」
「うん」
「たまに」
「たまに、で済ませるなよ」
「だって本当にたまにだもの」
いや、そういうことじゃなくて。深入りしていいものか悩んで、結局そこで口を閉じた。
ローラは部屋の隅へ目を向けたままだ。真剣に見ているのに、どこか懐かしそうでもある。遺跡を見つけて喜んでいる時の顔とも少し違う。
部屋の奥には、壁があった。床があった。崩れ落ちた天井があった。模様も何もない、のっぺりとした瓦礫が転がっている。前に遭った攻撃性のある遺跡で見た無機質な通路や溝とは、少し雰囲気が違う。
なんだろう?ここはなんか、空っぽだ。
「攻撃してきた遺跡とは違うな」
何となくそう言うと、ローラが振り向いた。
「分かるの?」
「分かるっていうか……あっちはもっと、生きてた」
「生きてた?遺跡が?」
「そうじゃなくて……。うまく言えないけど」
カイルは壁際の棚を見た。
「こっちは壊れてるっていうか、何もないなって。中身の入ってない鍋みたいな。あっちは壊れてても、人の気配がした」
ローラはそれを聞いて、小さく笑った。
「面白いね」
「面白い?」
「その感覚」
部屋の中央へ戻ってきたローラは、もう一度だけ周囲を見回した。それから天井の崩れた穴を見上げる。そこから落ちる光の筋が、台座の一部を白く照らしていた。
「攻撃してくる遺跡って、もっと無駄がないの。機能性って言うのかな?ここは……なんていうか、人が使う部屋って感じ?」
その説明は妙にしっくりきた。人が暮らして、起きて、寝る。ただそれだけだ。何かをするという意思が、ここには欠けている。
ローラは最後に台座の縁へ指を置き、短く息を吐いた。
「もういい」
「いいのか」
「うん。見たかったのは見た」
「それだけのために街道外れたのかよ」
「それだけって大事でしょ」
「お前にとってはな」
「あなたも来たじゃない」
「ちゃんと調べないと爺さんが煩いからな」
「偉い」
そう言って、ローラは入口へ向かった。入る時と違い、今度はあまり未練がないらしい。だが外へ出る直前、もう一度だけ振り返る。
崩れた部屋を見ているその横顔は、さっきの高揚とも違っていた。夢の続きを見つけたような、けれど手を伸ばしても届かないものを見る顔だった。
外へ出ると、斜面の上を風が通った。大きく息を吸い込んで、肺の中に溜まった埃を吐き出す。日差しはまだある。街道は少し下に細く伸び、その先はベルノアへ続いている。
「満足したか」
「した」
「じゃあ今度こそ行くぞ」
「うん」
斜面を下りながら、カイルはふと隣を見る。特に感慨もないような、普通の顔だった。入る前にはキラキラしていた目も、今はただ街道に向いている。
「夢で見たって、どのくらい同じだったんだ」
ローラは少しだけ考えてから答えた。
「部屋の形と、あの台座」
「中の構造まで?」
「少し」
「それ、だいぶ変じゃないか」
「変よ」
ローラの顔がカイルに向く。
「でも、夢ってそういうものでしょ」
誤魔化したわけではない。けれど、本気でそう思ってるわけでもない、そんな返事だった。
「いつから遺跡巡りしてるんだ?」
「10年くらい?」
「お前、今いくつだよ?」
「さあ」
とぼけている風でもない。ただ、興味もなさそうだ。
「それより前は?」
「覚えてない」
「そっか」
カイルはそれ以上追わなかった。追っても、今は多分はっきりしたものは出てこない気がしたからだ。
街道へ戻る頃には、さっきの遺跡はもう斜面の向こうへ隠れて見えなくなっていた。
「とりあえず、ここからは寄り道なしだ」
「分かってる」
「また途中で変な石見つけても寄らないぞ」
「見つけたら考える」
「もうその時点で寄る気だろ」
「さあね」
結局、終末を調べる旅のはずなのに、また遺跡巡りをしている。
そう思いながら、少し先を行くローラの背中を見て、カイルは呆れ半分で歩き出した。




