第三十三話 カイル、崩落に遭う
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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レオニスが先に進み、ローラがその少し後ろを歩く。シリルとフィオナが左右を見ながら続き、カイルは最後尾に近い位置から全体を見ていた。
下層の通路は、上よりもさらに静かだった。
床はまだ残っている。壁も立っている。だが、そのどれもが、何のためにそこにあるのかを上手く掴ませない。広さのある通路が先へ伸び、途中で横穴のような開口が覗く。部屋らしい空間もある。けれど、そこに人が出入りしていた流れだけが、やはり頭に入ってこない。
ローラが足を止めた。
「この先、床が薄い」
通路の途中、石が何枚か斜めに沈み、縁に細い亀裂が走っている。
レオニスが覗き込む。
「飛べるか」
「私は平気」
「俺も行ける」
カイルが答えると、シリルも頷いた。
「幅はないですね」
フィオナが最後に言う。
「ただ、一人ずつの方がいいです」
ローラが先に渡った。沈んだ床の手前を踏み切り、向こう側の壁際へ軽く着地する。音も小さい。
次にレオニスが行く。見ている方が少し不安になる跳び方だったが、着地自体はきちんと決まった。
シリルは踏み切る前に一度だけ床を見て、最短で渡る。フィオナもそれに続いた。
最後にカイルが足をかけた、その時だった。
ぴし、と乾いた音がした。
「危ない!」
フィオナの声とほぼ同時に、足元の床が抜けた。
足元の床が抜けたと気づいた時には、もう遅かった。
石が砕ける音と一緒に身体が下へ吸い込まれる。踏み切るはずだった足が空を掻き、次の瞬間には背中から硬いものへ叩きつけられた。息が全部抜ける。視界が白く跳ねた。
上からさらに石と土が降ってくる。誰かの短い悲鳴。重いものが転がる音。もう一度、少し離れたところで何かが崩れた。
それが止むまで、カイルは顔を庇って身を丸めるしかなかった。
しばらくして、ようやく静かになる。
「っ……!」
咳き込みながら身を起こす。肩と背中が痛むが、動けないほどではない。薄暗い。上から細く光が落ちている。
「全員、返事して」
先に声を出したのはシリルだった。
少し離れたところでローラが咳き込む。
「いる……」
「こっちもいます」
フィオナの声が続く。
「無事だ」
最後に、近くで不機嫌そうな声がした。
「いる」
「先生、返事が遅いです」
フィオナがすぐ言い返す。
「しただろう」
「遅いです」
シリルが短く息を吐く。
「怪我は?」
「打っただけだ」
カイルが答える。
「私も」
ローラが言う。
「大丈夫です」
フィオナも続けた。
レオニスだけはそれ以上何も言わなかったが、立ち上がる気配がしたので、たぶん平気なのだろうと分かる。
カイルはようやく立ち上がって上を見た。落ちてきた穴はある。だが崩れた石と土が途中で引っかかり、口を狭めていた。壁も脆そうだ。今からあそこをよじ登るのは無理に見える。
シリルも同じところを見上げ、顔をしかめた。
「戻るのは厳しいね」
「厳しい、じゃなくて無理ですね」
フィオナが即答した。
「少なくとも、あそこをそのまま登るのは危険すぎます」
ローラが壁際へ寄り、落ちてきた石の縁を見上げる。
「別の上り道を探した方が早い」
「そうだね」
シリルが頷く。
カイルはその間に、足元と周囲を見た。落ちた先は通路らしい空間だった。壁は残っている。床も続いている。灯りが足りないせいもあるが、今すぐ分かるのはそこまでだった。
レオニスがさっさと歩き出す。
「風はあっちだ」
「先生、勝手に行かないでください」
「立ち止まっても何も変わらん」
「それはそうですが」
フィオナは嫌そうに言いながら、掌に灯りを作った。淡い光が通路の輪郭を拾う。
一行はそれに続いた。
壁はところどころ崩れているが、通路そのものはしっかりと残っていた。さっきまでいた場所より足場が安定している。壁際には低い出っ張りが続き、床石の継ぎ目も揃って見えた。
カイルはまず出口を探していた。上へ繋がる階段、傾斜、風の抜ける割れ目。そういうものばかり目で追う。
しばらく進んだところで、ローラが足を止めた。
「これ……」
ローラが、崩れかけた壁を撫でる
カイルも止まる。
「どうした?」
「危ないかも」
ローラは壁へ手を当て、灯りの中で石の継ぎ目を追った。
シリルも壁際へ寄る。フィオナも何も言わず、探査を薄く流した。
ローラはそのまま黙っていた。シリルも壁を見たまま、すぐには口を開かない。フィオナの灯りだけが、石の継ぎ目を細く照らしていた。
そのまま先へ進む。
途中で通路が少し開け、小部屋らしい空間が現れた。壁際に低い台があり、反対側の壁には細長い窪みが並んでいる。
カイルはそこで足を止めた。
「……ここ」
ローラが振り向く。
「何」
カイルはもう一度、部屋の中を見た。
「上と違う……?」
ローラは返事の代わりに部屋へ近づいた。台の縁に指をかけ、窪みの並びを見て、それから手を離す。
シリルも入口のところで足を止めた。フィオナは灯りを少し高く上げる。レオニスだけが少し先まで出て、それから振り返りもせず立っていた。
誰も何も言わない。
また歩き出す。
通路は左右に分かれ、左からかすかな風が来ていた。
「こっちか」
カイルが言う。
誰も異を唱えなかった。
そのまま左へ入る。少し進むと、通路の先が大きく開けた。
広い空間だった。壁は高く、天井も一部残っている。床石は大きく、継ぎ目がきっちり噛んでいる。
カイルはそこで立ち止まった。
ローラも止まる。シリルも、フィオナも止まった。レオニスだけが少し先まで出て、それから振り返りもせず立っている。
誰も何も言わない。
そのまま黙っているのが、カイルにはひどく居心地が悪かった。
「……ここ、第一文明の遺跡なんじゃないか」
ローラは何も言わなかった。
シリルもすぐには顔を上げない。
フィオナも黙ったまま、灯りだけを少し高くした。
否定する声が、誰からも出ない。
シリルが低く息を吐く。
「……だとしたら」
そこで言葉が切れた。
フィオナがその先を拾う。
「南の方も、考えないわけにはいきません」
シリルはまだ顔を上げなかった。
「考えたくはないけどね」
カイルは二人を見た。
「……南と繋がってるかもしれないってことか」
フィオナはすぐには答えず、灯りを持つ手を少しだけ下ろした。
「ないとは言い切れません」
レオニスは相変わらず黙ったままだった。
シリルが先に歩き出す。
「ここからは足音を抑える。曲がり角は一度止まろう」
フィオナが頷く。
「広い場所へ出る前に、先を見ます」
ローラはもう床へ目を落としていた。
「私、跡見る」
「頼む」
短いやり取りだけで、五人の歩き方が変わった。
さっきまでみたいに、出口を探して先を急ぐ足ではない。壁際を取り、角ごとに止まり、床の埃や石の欠けを見ながら進む。フィオナの灯りも、先へ投げるというより、必要なところだけを拾うようになった。
しばらく進んだところで、ローラがしゃがみ込んだ。
「ここ」
床の端の埃が細く削れていた。石の角も少しだけ新しく欠けている。
カイルも寄る。
「最近のか」
ローラは頷く。
「たぶん」
フィオナも灯りを寄せる。
「新しいです」
シリルは何も言わず、ただ先を見た。
そのまま進むたび、似た跡が増えていった。壁際の擦れ。床の細かな欠け。踏み潰された埃。誰かが出入りしているとしか思えない残り方だった。
通路が折れた先で、シリルが片手を上げた。
全員が止まる。
ローラが壁際へ寄る。フィオナの灯りが止まる。カイルも息を潜めた。
奥の方で、硬いものが触れ合う乾いた音がした。
もう一度。
今度は少し近い。
金属だ、とカイルは思った。
シリルがごく低く言う。
「このまま、やり過ごせるならそれでいく」
フィオナも小さく返す。
「はい」
足音がした。ひとつではない。揃っていて、ためらいがない。
暗がりの奥に、ぼんやりと光が浮かぶ。ひとつ。少し遅れて、もうひとつ。揺れている。通路の奥からこちらへ流れてきているだけで、まだ真っすぐ一行を捉えている感じではなかった。
カイルは反射で剣の柄に触れかけて、そこで止めた。
見つかるのはまずい。
だが、見つかったからといって、いきなり斬りかかる話でもない。
光は少しずつ大きくなる。
先頭の灯りが、曲がり角の壁を照らした。続いて影が揺れる。人がいる。二人、三人、もっといるかもしれない。
その時、ローラの足元で小さく石が鳴った。
音はかすかだった。
だが、狭い通路には十分だった。
先頭の灯りが止まる。
「……何だ?」
低い男の声がした。
もう一つの灯りが少し持ち上がる。壁際を探るように光が動く。
シリルがほんの少しだけ目を伏せる。
まずい、と思った次の瞬間、灯りがこちらの壁際を舐めた。
「誰だ」
声が鋭く変わった。




