第三十二話 カイル、終末を識る
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
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翌朝、セルディアを出て北西へ向かった。
南へ向かう道に比べて、ずっと静かだった。荷車はほとんど通らず、すれ違うのも薪を背負った男や、畑帰りらしい女が二、三人いるだけだ。南に兵がいると聞かされたせいか、道の空き方まで露骨に見える。
「ほんとに誰も気にしてないんだな」
カイルが言うと、シリルが頷いた。
「南門には兵がいたけど、ここまで違うと逆に分かりやすいね」
「分かりやすくて嫌です」
フィオナが言った。
「帝国がどこを見て、どこを見ていないか、そのままですから」
道はやがて緩やかに下り、その先に崩れた石の塊が見え始めた。
遠目には、ただの古い廃墟だった。空箱ほどの圧もない。規模もずっと小さい。だが近づくと、崩れた床の下にもう一枚床が覗き、切れた壁の奥にまた別の壁が立っているのが見えた。
ローラが足を止めた。
「……重なってる」
レオニスも断面の露出したところへ目をやる。
「ああ」
カイルは崩れた縁を見た。今立っている石の下に、もう一段、別の石面が走っている。
「変な残り方してるな」
「そういう場所です」
フィオナが言う。
「上に第四文明、下に第二文明。資料上はそう整理されています」
シリルが続けた。
「名前が残ってるわけじゃない。層の順番だけが分かってる」
レオニスが先に立つ。
「入るぞ」
入口らしい形はもう崩れていた。外壁の切れ目から、そのまま中へ入れる。
一歩入ると、まず目に入るのは高めに残った壁や、まだ形のある床だった。部屋らしい区切りもある。だが少し進むと、その床が抜け、その下に別の空間が見えている。さらに別の場所では、いまいる足元のさらに下に、もう一段深い闇が口を開けていた。
ローラは崩れた通路の縁にしゃがみ込んだ。
「こっちから降りられる」
レオニスが覗き込む。
「足場は」
「悪くない。落ちてるのは床だけで、壁際はまだ踏める」
ローラが立ち上がる。
一行は崩れた通路を回り込み、下へ降りた。
下り切ったところで、カイルは足を止めた。
また、だった。
部屋はある。通路もある。壁も天井も残っている。なのに、そこで何が行われていたのかが入ってこない。人がいたはずなのに、人がいた感じだけが繋がらない。空箱に入った時と同じ、あの落ち着かなさがここにもある。
「……また空っぽだ」
ローラが振り向く。
「うん」
「空箱と同じだな」
カイルは正面の通路を見たまま言った。
「部屋も道もあるのに、何の場所だったのかが分からない。壊れてるだけじゃなくて、人がいた感じだけが抜けてる」
少し黙ってから、さらに続ける。
「ちゃんと残ってるのに、ちゃんと残ってないみたいで、落ち着かない」
ローラはすぐに周囲を見回した。壁、床、開口部、通路の曲がり方。目につくものを順に追っていく。
「……作りは違う」
短くそう言った。
「上に残ってる方と、こっちは建物の感じが違う」
シリルが目を細める。
「第四文明と第二文明で、ですか」
「ああ」
レオニスが低く答えた。
「断面の年代や材質から、層の違いは明確だ」
カイルはまだ目の前の道を見ていた。
「でも嫌な感じは同じなんだよ」
その一言で、場の空気が少し変わった。
シリルがゆっくり周囲を見回す。
「建物の作りは違う。けど、文明の痕跡の抜け方が同じ、か」
フィオナが足元へ淡い探査の光を流した。光は石の縁をなぞり、床の下へ薄く沈んで消える。
「強い反応はありません。少なくともこの辺りに、第一文明由来の危険な残留はないようです」
「大破壊はない。だが、文明は消えている。」
レオニスが言う。
何かが噛み合ったかのように、レオニスが頷く。
カイルは前方の通路を見た。
幅はある。道だったんだろうとは思う。だが、どこへ向かう道だったのかが分からない。部屋も同じだ。人が出入りしたはずなのに、そこで何をしていたのかが頭に入ってこない。
上も、ここも、同じだった。
「じゃあ……」
カイルが口を開く。
「上のやつも、ここも、同じ終わり方したってことか」
シリルがその先を継いだ。
「終末は一度じゃない」
誰もすぐには続けなかった。
重なった二つの遺跡が、同じ嫌さを持っている。
それが何を意味するのか、全員わかってしまったからだ。
ローラが小さく呟く。
「何度もあった」
「しかも」
レオニスが言う。
「同じ形で、だ」
カイルは顔を上げた。
「同じ形で?」
「第二文明と第四文明で、時代も間も違う。それなのに、文明の痕跡の消え方が同じだ」
レオニスは露出した古い壁と、その上に食い込む新しい基礎を順に見た。
「ただ壊れたのではない。壊れる前に、街としての繋がりが死んでいる。人がいた痕跡だけが薄くなり、殻だけが残る」
シリルが低く言う。
「終末は、何度も繰り返されてる」
「ああ」
「しかも毎回、似たような“消え方”をしてる」
フィオナが小さく息を詰めた。
「それは、つまり……」
「偶然ではない」
レオニスが言い切る。
その場の空気が変わった。
さっきまで見ていたのは、時代の違う街が同じ場所に重なった遺跡だった。今は違う。重なった二つの遺跡が、同じ現象の痕跡を持っている。
上の文明も、下の文明も、同じように終わらされている。
カイルは喉の奥が乾くのを感じた。
「じゃあ、空箱だけじゃないってことか」
「そうだ」
レオニスが答える。
「空箱は、巨大だっただけだ」
ローラが目を伏せたまま言う。
「何度も、同じように空っぽにされたんだ」
その言い方に、カイルは王都での話も、空箱の気持ち悪さも、エルサを出るきっかけになった異変も、一度に思い出した。
大破壊は別にある。
終末は別だ。
そして終末は、一度きりではない。
何度も起きている。
同じように。
しばらく誰も喋らなかった。
下層の空気は冷たく、音が少ない。いまいる場所の上に別の街があり、その下にまた別の街が沈んでいる。人が同じ場所に町を作り、そのたびに同じ形で失われていった。
レオニスがゆっくり前を見た。
「もう少し下を見る」
カイルはすぐには返事ができなかった。
答えそのものではない。だが、答えへ続く形だけは、たしかにここにあった。




