第三十一話 カイル、積層遺跡に行く
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
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セルディアへ着いたのは、まだ陽が高いうちだった。
ラディアへ向かう道ほど人通りは多くないが、道はきちんと使われていた。荷車の轍は途切れていないし、ところどころ石も入っている。通るのは、農具を積んだ荷車や、干した草をまとめた馬車、小口の荷を背負った行商人。見物客ばかりが目についた空箱まわりとは、流れる人間の種類が違った。
「向こうよりは、ちゃんとした町だな」
カイルが言うと、シリルが頷いた。
「空箱は人が遺跡に寄ってた。こっちは町が先にある感じだね」
セルディアは、ラディアより一回り大きかった。低い石囲いに沿って家並みが続き、門の脇には机を出した番がいる。だがヴァルゼンみたいな張りつめた空気はない。荷と顔を見て、面倒そうに手を振るだけだった。
中へ入ると、道は土のままではなく、崩れかけでも石が敷いてある。店先には木箱や樽が並び、宿の看板もいくつか見えた。
「まず拠点だね」
シリルが周りを見回す。
「馬車が置けて、数日いても浮かないところ」
「遺跡のことを聞きやすいところ」
ローラが言う。
「それは後でいいだろ」
カイルが返した。
選んだのは、表通りから一本だけ外れた宿だった。看板は地味だが、裏へ回ると厩があり、馬車も寄せられる。帳場にいた女は、一行と馬車をひと目見てから、値段だけを告げた。
「二部屋。馬は裏。二泊なら前払い」
「お願いします」
シリルが金を出すと、女は鍵を置いた。
「飯時に遅れるなら先に言っときな」
それだけだった。
馬を預け、部屋へ荷を置く。フィオナが帳面を見て、シリルが最低限の買い付けの体裁だけ整える。レオニスは勝手に出ていきかけて、すぐにフィオナに止められた。
「先生」
「何だ」
「うろうろしないでください」
「町を見るだけだ」
「探しに行く者の身にもなってください」
不服そうな顔のまま、レオニスは結局シリルの横に収まった。
市場は大きくないが、話を拾うには十分だった。
最初に南の方の話が出たのは、乾物屋だった。シリルが豆の値を聞き、ついでのように南へ抜ける道へ目をやると、店の親父が鼻を鳴らした。
「あっちは今、やめときな」
「南ですか」
「そうだよ。南の遺跡の方だ」
親父は豆を量る手を止めずに言った。
「近ごろは兵がうろついてる。前はああじゃなかった」
「何をしてるんです?」
「知らんよ」
親父は鼻を鳴らした。
「聞いたって、近づくな、どうなっても知らん、それで終わりだ」
カイルが横から聞く。
「近づくやつはいるのか」
「馬鹿と物好きはな」
親父は豆を袋へ移しながら答えた。
「でも追い返される。戻ってきてもその話ばっかりだ」
別の店でも同じだった。南の遺跡は地元なら誰でも知っている。だが今は帝国軍が張っていて、近寄るなと言われる。何をしているかは誰も知らないし、知っていても口には出さない。そういう空気だった。
それに対して、北西の遺跡の話は驚くほど軽かった。
通りの端で縄を綯っていた老人にシリルが尋ねると、老人は手を止めもせずに言った。
「北西の古い廃墟か」
「ええ」
「昔からあるな」
それだけだった。
「人は入るんですか」
ローラが聞く。
「たまにはな。雨宿りに使うやつもいるし、物好きが見に行くこともある」
「止めないの?」
「なんで止めるんだ」
そこで初めて顔を上げる。
「止めるほどのもんでもない」
「何かあるって話は?」
シリルが聞くと、老人は肩をすくめた。
「さあな。古い壁だの穴だのが残ってるってだけだ。変に詳しいやつは、ああだこうだ言うが」
「詳しいやつ?」
「学者だか、そういう連中だろ」
老人はまた手元に目を落とした。
「でも、町の人間にとっちゃ昔からある廃墟だ。それ以上でもそれ以下でもない」
別の飯屋でも、反応は似たようなものだった。
「北西の古い廃墟?」
女将が首を傾げる。
「物好きがたまに行くね。石壁がどうだとか穴がどうだとか言って帰ってくる」
「兵は?」
「いないよ。いたってしょうがないだろ」
木皿を拭きながら、女将は続けた。
「兵がいるのは南さ。北西なんて、誰も気にしちゃいない」
「何もないってことか」
ローラが言うと、女将は首を振った。
「知らないよ、そんなのは」
あっさりした口調だった。
「価値があるかどうかなんて、あたしらに分かるわけない。ただ、誰も本気で触ってない。それだけさ」
宿へ戻る頃には、必要な話は揃っていた。
食堂の隅の卓に腰を下ろすと、シリルが先に口を開いた。
「南の方は、やっぱり軍が押さえてる」
フィオナが頷く。
「人も荷も前より増えているそうです。近づくな、どうなっても知らない、それで押しているみたいですね」
「そっちは予想通りだな」
カイルが言う。
「問題はもう片方だね」
シリルが続けた。
「北西の遺跡の方は、かなり軽く見られてる。空箱みたいに客が来るわけでもないし、誰も気にしていない」
ローラがすぐに言った。
「よかった」
「捨て置かれているだけです」
フィオナが即座に返す。
「でも兵はいない」
「いないでしょうね」
フィオナは息をついた。
「現地の人間には、昔からある古い廃墟としか見えていないんでしょう」
レオニスがそこで短く言った。
「十分だ」
全員の目がそちらを向く。
「第一文明の遺跡には兵を置く。後代の文明は捨て置く。空箱と同じだ」
「だからこそ、近くにあるのが嫌なんですよ」
シリルが言う。
「南は南、北西は北西で割り切ってくれているうちはいい。でも、近づき方を間違えたら何があるか分からない」
「間違えなければいい」
レオニスは平然としている。
「言うのは簡単です」
「簡単な話だ。南へ寄らん」
ローラはそのやり取りの間も少し前のめりだった。
「じゃあ、あっちは行けるんだ」
「行ける、じゃなくて行くんだろ」
カイルが言うと、ローラは迷いなく頷いた。
「行く」
「迷わないな」
「だって、見たいし」
それだけだった。妙に素直で、いつものローラだった。
シリルが少しだけ笑う。
「ローラらしいね」
カイルは椅子の背にもたれた。
「俺は、南に軍がいるって聞いただけで十分嫌なんだけどな」
「俺もだよ」
シリルはそう言った。
「でも、向こうは北西の遺跡には興味がない。行くなら今の内だ」
フィオナはまだ納得していない顔だったが、反対の声は少し弱まっていた。
「少なくとも、空箱みたいに入口で金を取る人はいないでしょうね」
「いないだろうな」
レオニスが言う。
「何もない場所に人手は割かん」
「帝国にとって、遺跡って何なんだろうな」
カイルが呟く。
南には兵がいる。北西は気にも留められていない。地元の人間にはただの古い廃墟としか見えない場所。その下に、複数の文明が重なっている。
その温度差が、かえって気味が悪かった。
シリルがカップを置く。
「じゃあ、明日はセルディアの積層遺跡だ」
ローラはもう頷いていた。フィオナはその横で、小さく息を吐いた。レオニスは普段通りにカップを口に運んでいた。
カイルは皿に目を落としたまま、黙っていた。
村を出てから、大破壊だの、終末だの、文明だの、軍だの、縁のなかった言葉ばかりが増えていく。
空箱は終末の跡だった。
じゃあ、終末ってなんだ?




