第三十話 カイル、セルディアへ行く
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
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卓の上には、空箱の認識だけが残っていた。
建物はある。だが、文明の中身だけがひどく薄い。大破壊のような露骨な壊れ方ではなく、街としての繋がりそのものが死んでいる。
"あれが終末だ"
頭の中でレオニスの言葉を反芻する。
誰も、すぐには言葉を継げなかった。
周りの卓では、相変わらず空箱の崩れただの迷っただのという話が飛び交っている。だが一行の卓だけは、その騒がしさから切り離されたみたいに静かだった。
やがてシリルが、静かにカップを置いた。
「戻りのことを考えると、あとどれくらい動ける?」
フィオナが顔を上げる。
「一月です」
即答だった。
「戻りも含めてです。それ以上動くと、ヴァルゼンでの約束を外します」
「一月か」
レオニスが呟いた。
「なら十分だ」
フィオナの眉がぴくりと動く。
「何がですか」
「セルディアへ行く」
その名が出た途端、シリルが顔を上げた。
「セルディアの積層遺跡ですか」
「ああ」
レオニスは当然のように頷く。
「第二文明と第四文明が重なっている」
ローラの目がすっと細くなった。
カイルはレオニスとシリルの顔を見比べる。
「また積み重なってるやつか」
「今度は終末だ」
レオニスが言った。
「文明ごとに終末に差があるかどうかを見る」
シリルはすぐには頷かなかった。
「……先生、セルディアはまずいです」
「なぜだ」
「近くに第一文明の遺跡があります」
「ああ」
「だからです」
シリルの声は穏やかだったが、きっぱりしていた。
「帝国軍がいる可能性が高い。空箱と同じ扱いだとは思えません」
レオニスは少しも揺れなかった。
「積層遺跡そのものは後代文明だ」
「ですが、場所が悪い」
「それがどうした」
「どうした、ではありません。帝国が第一文明に執着しているのは、ここまで見てきて十分分かっているでしょう」
「分かっている」
「なら、その近くまで行く意味があるのかという話です」
フィオナもすぐに続けた。
「私も反対です。空箱のように放置されている場所とは違います」
レオニスは鼻で小さく笑った。
「空箱の扱いを見ただろう」
「見ました」
シリルが答える。
「だからこそです。空箱は放置されている。第一文明はそうじゃない」
「セルディアは第一文明ではない」
「ですが、近い」
「近いだけで一緒に囲うなら、帝国はもっと人手が要る」
フィオナが露骨に嫌そうな顔をした。
「先生、それは相手の手落ちを当てにしているだけです」
「当てではない。空箱を見た上での判断だ」
「危ない判断です」
「危なくない遺跡調査があるなら教えろ」
「そういう言い方を今しないでください」
ぴしゃりと返されても、レオニスは平然としていた。
カイルはしばらくそのやり取りを聞いていたが、ふと引っかかっていたことを口にした。
「そういや、何でそんなに帝国内の遺跡のこと知ってるんだよ」
レオニスではなく、シリルとローラの方を見る。
「空箱もそうだし、セルディアもそうだし。前から知ってるみたいに話してただろ」
ローラが首を傾げた。
「遺跡と帝国、どっちが先だと思う?」
カイルは一瞬だけ黙った。
「……遺跡」
「そう」
ローラはあっさり頷く。
「帝国ができる前から遺跡はある。だったら、昔の記録だってあるでしょ」
そこをシリルが引き取った。
「王国側にも残ってるんだよ」
「残ってる?」
「帝国建国以前の地誌とか、古い交易記録とか。国が分かれる前の資料もあるし、そのあとに写されたものもある。全部が帝国の懐に入ったわけじゃない」
カイルは少しだけ納得した顔をした。
「なるほどな」
「それに」
シリルはレオニスへ目を向ける。
「先生は、そういうものを拾って読むのが昔から異様にうまいですし」
「異様は余計だ」
「でも否定はしないでしょう」
レオニスは鼻を鳴らしただけだった。
ローラがそこで口を開く。
「私は見たい」
フィオナが額を押さえる。
「そう言うと思っていました」
「だって、第二文明と第四文明が同じ場所に重なってるんでしょ」
ローラは真っ直ぐ言った。
「そんなの、見ない方が変だよ」
カイルは思わずそちらを見る。
「お前は本当にぶれないな」
フィオナが小さく息をついた。
「私は反対です」
「俺も危ないと思ってるよ」
シリルはレオニスへ視線を戻した。
「先生、行くとしても近づき方は選びます」
「好きにしろ」
「好き嫌いの問題じゃありません。そういう詰め方をしないと危ないと言ってるんです」
レオニスは少しだけ口元を動かした。
「お前は面倒だな」
「先生にだけは言われたくありません」
カイルはそのやり取りを聞きながら、結局こうなるのかと思った。止める声はある。理由もある。だが、ここまで来てレオニスが引くとも思えないし、ローラが止まるとも思えない。
「俺は、軍がいるかもしれないって話はやっぱり嫌だ」
口にすると、シリルが頷いた。
「俺もだよ」
「でも行くんだろ」
カイルが言うと、ローラが先に頷いた。
「行く」
「即答だな」
「見たいものがあるから」
それはいつものローラだった。変に言い繕わない。
レオニスが卓を軽く叩く。
「決まりだ。明日はセルディアへ向かう」
フィオナが目を閉じた。
「……分かりました。ならせめて、今から準備の話をしてください。先生が朝になってから思いついたみたいに歩き出す前に」
「思いつきではない」
「問題はそこではありません」
周りの卓では、相変わらず空箱帰りの客たちが酒を飲んでいる。
けれど一行の卓では、空箱の次がもう決まっていた。
セルディアの積層遺跡。
第二文明と第四文明が重なった場所。
そこへ行けば、また別の終末が見えるのかもしれない。あるいは、同じような終わりが、別の層にも残っているのかもしれない。
カイルは煮込みの残りを見下ろしながら、胸の奥に残るあのざらつきを思い出していた。
空箱で見た、建物だけが残って街にならない感じ。
あれがセルディアでも同じなら……嫌な気持ちだけが胸の内で膨らんだ。




