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第二十九話 カイル、終末を知る

村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。

長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。

不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。


終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。


この作品は生成AIを利用しています。

毎週月曜日18:00更新予定です。

 ラディアの入口が見えた頃には、日はもう沈みかけていた。


 低い囲いの向こうに灯りが点り始めている。行きには頼りなく見えた土混じりの壁が、戻ってくると妙に人の住む場所らしく見えた。


 カイルは町へ足を踏み入れたところで、ようやく息を吐いた。


「……戻ってきたな」


「思ったより遅くなったね」


 シリルが答える。


 ローラは黙ったままだった。疲れたというより、まだ頭のどこかが空箱の中に引っかかっているような顔をしている。フィオナも口を開かない。レオニスだけはいつも通りだったが、その平然さが少し腹立たしかった。


 灰鹿亭へ戻ると、帳場の女がちらりとこちらを見た。


「戻ったかい」


「戻りました」


 シリルが言うと、女は頷いただけだった。帰ってくる客も、帰ってこない客も、見慣れているのだろう。


 荷馬車と馬をざっと確かめてから、一行は食堂へ下りた。外はもう暗くなっていて、窓には室内の灯りが映っている。


 食堂は昼より混んでいた。空箱帰りらしい客が飯を食い、酒を飲み、崩れただの迷っただのと好き勝手に喋っている。だが、一行の卓だけはしばらく静かだった。


 皿が置かれ、煮込みの湯気が立っても、誰もすぐには口を開かない。


 最初に沈黙を破ったのはシリルだった。


「……空箱は、大破壊の跡じゃないね」


 レオニスが顔を上げる。


「ああ」


 それだけで、卓の上の空気が少し締まった。


 シリルは指先でカップの縁をなぞった。


「第一文明の大破壊跡は、壊れ方そのものが前に出てた。裂けた、砕けた、吹き飛んだ。あれは“何かに壊された跡”として読める」


「そうだ」


「でも空箱は違う。壊れてはいるけど、壊れ方を見てるだけじゃ足りない」


 ローラが頷く。


「建物が残ってるから」


「そう。そこが嫌なんだ」


 カイルが顔を上げる。


「嫌?」


「うん。建物があるせいで、余計に変なんだよ」


 シリルは少し身を乗り出した。


「壁も部屋も通りの幅みたいなものもある。でも、それが何のために並んでるのかが繋がらない。どこからどこまでが一まとまりだったのかも、どこに向かう形だったのかも、全然拾えない」


 フィオナが静かに言う。


「区画として読めるほどの痕跡がありませんでした」


「そう」


 シリルは頷く。


「だから地図が描けない。道を線としてなぞることはできても、それが何を結んでいたのかが分からない」


 ローラはスプーンを持ったまま、少し考えていた。


「建物の中だけじゃなかった。あそこ全部がそうだった。壁も、部屋みたいな空間も、広い通りみたいな場所もあるのに、それが何かにならない」


「何かにならない?」


 カイルが聞き返す。


「うん。人が住んでたとか、集まってたとか、運んでたとか、そういう感じに繋がらない。形はあるのに、使われてた感じだけがない」


 カイルはパンをちぎりながら、ゆっくり言った。


「壊れてるだけなら、まだ分かるんだよ」


 三人がそちらを見る。


「村の家でも納屋でも、壊れてても、何してた場所かくらいは少しは残る。道だって、どこへ行く道か何となく分かる。でも空箱は、建物があるのに、その感じだけがない」


 自分でもうまく言えている気はしなかった。だがローラがすぐに頷く。


「うん」


「だから嫌なんだと思う。気持ち悪いっていうか」


「形はあるのに、人がいた感じだけ抜けてるから?」


 ローラが聞く。


 カイルは少し考えてから頷いた。


「たぶん、それ」


 レオニスがそこで初めて口を挟んだ。


「第一文明の遺跡は、中身が残る」


 誰も言葉を返さないまま続きを待つ。


「兵器機構、記録、技術断片。危険ではあるが、文明を文明たらしめていたものの一部が追える。だから壊れていても、“何があったか”を探る足場がある」


「空箱は逆ですね」


 シリルが言った。


「ああ。建物、壁、部屋、通りの残骸。そうした外殻はある。だが、それを文明として結び直す材料が乏しい」


 フィオナがレオニスを見る。


「では、やはり終末の側だと」


「少なくとも、大破壊とは別の相として見る方が自然だ」


 卓の上に、短い沈黙が落ちた。


 周りの客たちは、そんなこととは無関係に笑い、酒を飲み、空箱の崩れた階段がどうだのと喋っている。だが一行の卓だけは、今見てきたものの輪郭をなぞるように静かだった。


 やがてシリルが、低く言った。


「第一文明が先に滅んだ。そのあとに後代文明が積み上がった。そこまではいい」


「ああ」


「で、後代文明が滅んだ原因は大破壊ではない」


 レオニスの目が少しだけ細くなる。


「そう読む」


「終末で終わった。その結果、建物は残っても、文明の痕跡だけがひどく薄くなる」


 シリルはそこで言葉を切った。


「そのあとで、第一文明由来の大破壊が別に起きる。今日まで見てきたものを並べると、そういう順番になりますよね」


「そうだ」


 レオニスは短く言った。


 カイルは煮込みの皿を見たまま呟く。


「大破壊の方は、怖くても分かるんだよな」


「分かる?」


 フィオナが聞く。


「何かがぶつかって、壊れた感じがする。王都の近くで見たやつは、そうだった。ベルノアのも、止める前はそんな感じだった」


「空箱は違う」


 ローラが言う。


「壊れてるのに、それだけじゃ足りない」


「足りない、か」


 シリルが笑うでもなく繰り返した。


「うまい言い方じゃないけど、たぶんそれなんだろうね」


 ローラは少しだけ顔をしかめた。


「帝国は、あれを見ても何とも思わないんだね」


「思わないというより」


 シリルが言う。


「見てるところが違うんだろうね」


「第一文明なら本気で囲う」


 フィオナが続ける。


「兵器になるかもしれないから」


「空箱はほったらかしのくせにか」


 カイルが言うと、シリルは苦い顔で頷いた。


「そういう国だよ」


 レオニスは卓を軽く叩いた。


「空箱については十分だ。あれが、終末だ」


 誰も反論しなかった。


 巨大だった。建物も、壁も、通りの跡も残っていた。だが、それだけだった。


 文明の痕跡だけが抜け落ちた、後代文明の終末の跡。


 今、卓の上にはその認識だけが残っていた。

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