↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/34

第二十八話 カイル、巨大遺跡を語る

村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。

長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。

不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。


終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。


この作品は生成AIを利用しています。

毎週月曜日18:00更新予定です。

 風が、崩れた壁のあいだを抜けていった。


 追いはぎたちの気配が完全に遠ざかると、広場にはまた、さっきまでと同じ静けさだけが残った。人が騒ぎ、武器がぶつかり、声を荒げたはずなのに、空箱の中は最初から何もなかったみたいな顔へ戻っている。


 カイルは広場の向こうを見たまま、ロングソードの柄から手を離した。


「……やっぱ嫌だな、ここ」


 ローラがそちらを見る。


「追いはぎが?」


「それも嫌だけど、そっちじゃない」


 カイルは少し眉を寄せたまま、目の前の建物を顎で示した。


「さっきも思ったけど、ここ、何があるのか分からない。建物はあるのに」


 言ってから、自分でもうまく言えていない気がした。だが、シリルがすぐに頷く。


「分かるよ」


「お前も?」


「うん。街の規模では残ってるんだ。でも、街として見ようとすると頭に入ってこない」


 シリルは広場の左手を見た。高い壁面が途中で折れ、その奥にまた別の建物の断面が見えている。


「第一文明の遺跡は、危ないし、分からないし、下手をすればこっちを殺しにくる。でも、それでも“何かが残ってる”感じはあるんだよね」


 ローラが小さく頷く。


「兵器だとか、記録だとか、仕掛けだとか、そういう話だけじゃなくて?」


 カイルが聞くと、シリルは少し考えてから答えた。


「もっと雑に言うと、街の続きがどこかに残ってる感じかな」


「続き?」


「うん。壊れてても、そこで何があったかを辿れる余地がある。ここはそれが薄い。と言うより、何もない」


 フィオナが足元の石を見ながら言った。


「建物の用途を推定する材料が、残っていません」


「それだ」


 シリルが指を鳴らす。


「壁も、部屋の広さも、窓の位置も残ってるのに、その先の生活や機能が繋がらないんだ」


 ローラは少し先の建物へ歩いていき、崩れた入口を手でなぞった。


「ここ、たぶん最初はちゃんとした建物だった。壁の取り方も揃ってるし、部屋割りもおかしくない。街全体もたぶん最初はちゃんと並んでた」


「たぶん、ってのは」


 カイルが聞く。


「そう見えるから。見えるんだけど……」


 ローラは中を覗き込んだまま、少し言葉を探した。


「そこにあったはずのものが、何も残り方を教えてくれない」


 カイルは広場の反対側を見る。高い建物の壁が一枚、そのまま立っていた。窓の跡が縦に並び、途中で欠けている。普通なら、あれを見ればそこが何かの建物だったと分かる。だが、何の建物だったのか、その中で何が続いていたのかがまるで浮かばない。


「部屋なら部屋で、何か分かるもんな」


 カイルがぼそりと言う。


「村の納屋なら納屋って分かるし、家なら家って分かる。壊れてても、何してた場所かくらいは残る」

 

レオニスがちらりとこちらを見た。


「そうだ」


「ここは、それがない」


「ないな」


 レオニスは広場の中央へ視線を戻した。


「形だけが残っている」


 短い言葉だったが、今まで聞いたどの説明よりしっくりきた。


 シリルがそのまま続ける。


「建物はある。街路の幅もある。区画も、たぶん元はあった。でも、文明の痕跡っていうか……」


 少し迷ってから、言い直した。


「そこで人が何を積み重ねてたかが見えない」


「文明の痕跡か」


 レオニスが繰り返す。


「悪くない」


 ローラが建物の中から戻ってきた。


「第一文明の遺跡は、嫌でも分かる。何かが残ってるから」


「攻撃性ですか?」


 フィオナが言う。


「そういうのだけじゃないけど、うん」


 ローラは頷いた。


「危ない遺跡って、そこに残ってるものがまだこっちへ向いてる感じがある。閉じてないっていうか」


 カイルは王都近郊で見た大破壊跡を思い出した。裂けた地面、砕けた壁、吹き飛んだ柱、焼けた石。あれは怖かったが、何が起きたのかは怖いなりに分かった。


「第一文明の方は、壊れてても壊れた感じがするんだよな」


 口にすると、全員の視線が少し集まった。


 カイルは肩をすくめる。


「何だよ」


「続けて」


 ローラが言う。


「……いや、そんな大した話じゃないけど」


 それでもカイルは、正面の通りらしいものを見ながら言った。


「王都の近くで見たやつも、ベルノアの時もそうだ。壊れてるなら壊れてるって分かるんだよ。危ないし、近づきたくないし、訳分かんないのもあるけど、でも何かが残ってる。ここは違う」


「違う、って?」


 シリルが聞く。


「嫌なんだよ」


 カイルは少し顔をしかめた。


「気持ち悪い、っていうか。壊れてるだけならまだ分かるのに、ここは建物が残ってるせいで余計に分かんなくなる。人がいたはずなのに、その感じだけ抜けてる」


 フィオナが静かに言う。


「形はあるのに、使われ方の名残が見えません」


「そう、それ」


 カイルは頷いた。


「だから嫌なんだと思う」


 ローラが小さく息を吐いた。


「空っぽなのが嫌なんじゃなくて、空っぽなのに形が残ってるのが嫌?」


 カイルは少しだけ驚いた顔をした。


「……たぶん」


「うん。分かる」


 ローラは周囲を見回した。


「これ、ただの廃墟じゃない。廃墟なら、もっと生活の残り方がある」


「空箱、か」


 シリルが苦笑した。


「上手く言ったもんだね」


「上手いのが腹が立つ」


 ローラが言う。


 レオニスはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「第一文明の遺跡は、壊れても中身が残る」


 全員がそちらを見る。


「兵器機構、記録、技術断片。形だけでなく、文明を文明たらしめていたものの一部が残る。だから危険でもあるし、だから追える」


 彼はそこで広場の周囲を指した。


「ここは逆だ。建物はある。区画の残骸もある。だが、それを街として結び直す材料がひどく乏しい」


「それが終末の跡、ってことですか」


 フィオナが尋ねる。


 レオニスはすぐには頷かなかった。


「少なくとも、大破壊とは別のものとして見る方が自然だ」


 シリルが腕を組む。


「第一文明の大破壊跡は、露骨でしたからね」


「ああ。壊れ方そのものが前に出ている」


「でも、空箱は壊れてるだけじゃ足りない」


 ローラが言う。


「壊れてる上に、街の中身が見えない」


 カイルは広場の先に続く通りらしいものをもう一度見た。幅はある。石も並んでいる。なのに、その先を辿ろうとすると頭の中で線が切れる。


「地図が描けないって、そういうことか」


「そういうこと」


 シリルが答える。


「道をなぞるだけなら描ける。でも、街としての地図にならない。中心がどこかも、区画がどう切れてたかも、そこで何が回ってたかも分からない」


「第一文明の遺跡なら、たとえ分からなくても“何かが残ってて分からない”なんだよね」


 ローラが言う。


「ここは“残ってるのに分からない”」


 レオニスが、小さく鼻を鳴らした。


「いい差だ」


 フィオナが探査の光をもう一度足元へ流す。石の縁を薄くなぞった光は、すぐ消えた。


「危険な反応が薄いのも、帝国が軽く扱う理由にはなっているでしょうね」


「兵器にならないからだろうね」


 シリルが言う。


「見る目がそこにしか向いてない」


「だから放っておけるってわけか」


 カイルが言うと、ローラが少しだけ眉をひそめた。


「もったいないとか以前に、気持ち悪くならないのかな」


「ならないんじゃないか」


 カイルはすぐに答えた。


「少なくとも、俺たちみたいには見てない」


 その言葉に、レオニスが一度だけこちらを見た。


「それだ」


「何だよ」


「見ていないものは、見えん」


 それだけ言って、彼は広場の奥へ目を向けた。


「空箱がどういうものか、今のでだいぶ見えた」


 シリルが小さく息をつく。


「巨大な後代都市の殻、って感じですね」


「殻だけが街の規模で残ってる」


 ローラが言う。


「だから余計に嫌だ」


 カイルは目を閉じて、小さく頭を振った。


 風が吹き抜ける。


 高い壁の切れ目から、空だけがやけに広く見えた。その下には、建物がある。通りの跡もある。けれど街はない。


 そのことだけが、さっきよりもはっきりしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。