第二十七話 カイル、追いはぎに遭う
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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ラディアを出てしばらくは、遺跡のある方へ土の道がまっすぐ伸びていた。
人の足で踏み固められた幅はある。荷車も通っているのだろう、浅い轍が土に残っていた。道の縁は崩れたままで、ところどころ細かい石が浮いている。左右には低い草がまばらに生え、踏まれた土がまだらに覗いていた。
少し先の道は、ゆるい起伏に隠れて見えなくなる。人影がひとつ、その向こうに出た。こちらと同じく遺跡の方へ歩いていたが、またすぐ土の向こうへ沈んだ。
小石を踏むたび、じゃり、と乾いた音がした。カイルは歩きながら顔を上げ、道の先を眺めた。空はひらけているのに、それらしいものは何ひとつ見えない。
「空箱って、もっとぱっと見で分かるもんかと思ってた」
前を行くシリルの背に向かって言いながら、なおも目をこらす。
「でかい遺跡なら、遠くから壁とか塔とか見えてもよさそうじゃないか」
シリルはすぐには答えなかった。靴先で浮いた石をひとつ弾く。
「見えるところまで、まだ来てないんだろ」
カイルは眉をひそめた。
「は?」
少し前を歩いていたローラが、前を向いたまま口を開いた。
「この先、見えない」
「何だそれ」
ローラは片手を上げもせず、顎だけで道の先をしゃくった。
カイルは黙ってそちらを見る。
土の道は少し先で、丸くせり上がった地面にかかっていた。道筋はそのまま頂の向こうへ入り、そこで見えなくなる。
「向こう側にあるってことか」
「そう」
少し進んだところで、レオニスが足を止めた。
「見ろ」
正面の緩やかな下りを越えた向こうで、地面が急に開けていた。
開けている、というのも違う。眼下には広大な窪んだ大地、その真ん中に、大きな都市があった。
最初はちょっとした違和感だった。その違和感が、なだらかな坂道を下るごとに、どんどん大きくなっていく。
目の前に、崩れ落ちた壁がある。左右に目を向けると、ところどころ残された壁の残骸が見える。
壁を失った都市を見て、カイルは息を止めた。
巨大な建物はある。高い壁も、途中で折れた塔も、四角い外郭も残っている。だが、その間を繋ぐはずの道や街並みが死んでいた。通りらしい幅のある空間はあちこちに走っているのに、どれも途中で崩れ、折れ、別の段差へ消えている。建物と建物の間には空きがある。けれどそこが街路だったのか、広場だったのか、ただ崩れた跡なのか、一目では分からない。
「……何だこれ」
カイルの口から勝手に出た。
ローラも答えなかった。いつものように前のめりにならず、ただ目を細めて見ている。
シリルが低く言う。
「建物だけが残ってる」
「街なのに、街に見えない」
フィオナの声も少し落ちていた。
レオニスはそのまま歩き出した。
「入口はあっちだ」
言われて目を凝らすと、崩れた壁の切れ目みたいなところに、人影が一つだけあった。机と椅子、浅い木箱。近づくほど、その場違いさが際立つ。
役人風の男は、椅子に浅く腰かけたまま、片手で頬杖をついていた。やる気のない目でこちらを一度見て、また机の上へ視線を落とす。
「一人銀貨二枚」
それだけ言う。
シリルが前に出た。
「五人分」
男は銀貨を受け取り、面倒くさそうに指で数えると、五枚の薄い木札を机の端から押し出した。
「持ってけ」
「戻る時に要りますか」
「いらん。中で落とそうが失くそうが知らん」
そこでようやく顔を上げた。
「崩れても泣くな。金は返さん」
「随分はっきり言いますね」
シリルが言うと、男は鼻を鳴らした。
「返金まで期待して来たのか」
「まさか」
「ならいい」
もう話は終わりという顔だった。
ローラが木札を受け取りながら、小さく呟く。
「ほんとに入口だけなんだ」
男は聞こえていたのか、いないのか分からない顔で椅子を軋ませた。
「見たいなら勝手に見ろ。中まで付き合うほど暇じゃない」
柵とも呼べない板をまたいだ先で、空気が少し変わった。
音が広がらない。
風はあるのに、どこかで吸われるみたいに消えていく。都市の中へ入ったはずなのに、街の中の音がしない。
建物は近くで見るとさらに大きかった。壁面は高く、窓の跡は縦に連なり、建物ひとつひとつがそれぞれ別の遺跡みたいに見える。だが、その間を繋ぐものがない。通りだったはずの場所も、途中で切れ、崩れ、別の建物の壁際へ押し潰されている。
カイルはしばらく立ち尽くした。
「……道はあるんだよな」
「ある」
ローラが答える。
「でも道として頭に入ってこない」
「そう、それだ」
カイルは正面の開けた空間を指した。
「道みたいな幅はある。でも、どこへ行く道なのか分からない」
シリルが周囲を見回したまま言う。
「地図が描けない」
カイルはそちらを見た。
「何だよ急に」
「街なら、通りの太さとか、建物の向きとか、そういうので形が見えるんだよ。でもここ、どこから描き始めればいいか分からない」
フィオナが足元を見た。
「区画の切れ目も拾いづらいですね」
「建物だけ残ってるからだ」
レオニスが言う。
「街として見ようとすると線が切れる」
ローラが一つ、半ば壁の抜けた建物へ近づく。入口らしい枠は残っている。だが中に踏み込む前から、部屋の使い道も奥行きも掴みにくい。
「……空っぽ」
カイルが苦い顔をした。
「またそれか」
「またそれ」
ローラは振り返らないまま言った。
「でも今までで一番ひどい。部屋も建物もあるのに、そこで何が続いてたかだけが見えない」
レオニスは答えず、その建物の横を抜けてさらに奥へ進んだ。
一行もそれに続く。
しばらく歩くと、見物客らしい連中とすれ違った。二人組の男が、崩れた壁の向こうから出てきて、こちらを一度見て、そのまま去っていく。別の場所では三人連れが石の段差に腰を下ろして水を飲んでいた。
誰も案内などしていない。勝手に入って、勝手に見て、勝手に帰るだけだ。
だがそのせいで、空箱の広さが余計に気持ち悪かった。
案内板も区切りもない。ただ建物の残骸が、街だった規模のまま広がっている。
レオニスが足を止めたのは、大きな広場だったらしい場所の手前だった。広場、と言っていいのかは分からない。四方を高い建物に囲まれてはいるが、そこへ出入りする道がきれいに繋がっていない。中央も崩れ、浅い窪みと石塊が混ざっている。
「ここで一度見る」
レオニスが言う。
ローラは辺りをゆっくり見回した。
「やっぱり建物の向き自体は揃ってる。最初はちゃんと街だったんだと思う」
「でも、今は拾えない」
シリルが言う。
「壊れてるだけじゃなくて、街としての繋がりが抜けてる」
カイルは広場の向こうに見える通りらしいものを見た。幅はある。石の残り方から見ても、たぶん大きな道だった。なのに、その先で急に別の建物の横腹へぶつかって、そこで終わっているように見える。
「街の真ん中にいる感じがしないな」
「それも分かる」
シリルが応じた。
「こんな規模なら、どこかに中心があるはずなのに」
フィオナが低く探査の光を流す。足元の石の縁を薄い光がなぞり、すぐに消えた。
「強い反応はありません。この周辺に第一文明由来の危険な残留はなさそうです」
「なら、少なくとも壊されはしないわけだ」
カイルが言うと、レオニスは首だけで否定した。
「崩落は別だ」
「先生、そういう言い方やめてください」
フィオナがすぐ返す。
「事実だろう」
「事実でもです」
少しだけ空気がゆるんだ、その時だった。
広場の奥、崩れた壁の向こうで石が擦れる音がした。
カイルの体が先に動いた。音の方へ半歩ずれ、腰のナイフへ手がかかる。
「……いる」
ローラも振り向く。シリルが広場の縁へ寄り、フィオナは一歩下がって全体を見渡せる位置を取った。
崩れた壁の陰から男が二人出てきた。さらに少し遅れて、反対側の建物の影にもう二人。
旅人じみた服だが、足の置き方が違う。見物客の歩き方ではなかった。
「珍しい顔ぶれだな」
先頭の男が言った。口元だけ笑っている。
「金持ってそうなのもいる」
後ろの男が続ける。
シリルが小さく息を吐く。
「やっぱりいるのか」
「観光客狙いってやつか」
カイルが言うと、男の一人が肩をすくめた。
「観光客なんて言葉、ここじゃ親切すぎるだろ」
「じゃあ何だ」
「客だよ。来て、落として、帰る客」
ローラが眉をひそめる。
「最低」
「褒め言葉か?」
その返しに、フィオナが低く言った。
「レオニス先生、下がってください」
「なぜだ」
「邪魔だからです」
ぴしゃりと言い切られ、レオニスが本気で嫌そうな顔をする。
「言い方があるだろう」
「ありません」
シリルが剣へ手をかけながら、笑いを噛み殺した。
「先生、今回は本当に」
「……分かった」
不承不承という顔のまま、レオニスは一歩下がる。
その間に、相手の一人が前へ出た。
「金だけ置いて帰るなら、こっちも楽なんだけどな」
「最初からそう言えよ」
カイルが言った瞬間、男が踏み込んでくる。
速くはない。けれどためらいもない。
カイルは半歩だけ左へ外れた。
振り下ろされた刃が空を切る。そのまま相手の懐へ踏み込み、抜いたロングソードの柄頭で男の手首を打った。鈍い音。男が顔をしかめ、握りが緩む。
そこへ、横から別の影が突っ込んでくる。
シリルだった。癖のない剣筋で相手の刃を外へ払う。無駄に力まず、そのまま肩口へ体当たりに近い踏み込みを入れる。男がよろけて、崩れた石の縁へ背中をぶつけた。
「数のわりに雑だね」
言いながら、シリルは剣を引きすぎない。狭い場所で振り回せば足を取られるのが分かっている動きだった。
右手では、ローラがもう一人へ回り込んでいた。崩れた壁の切れ目を足場にして、一気に間合いを詰める。ショートソードの刃を浅く滑らせるようにして、相手の手元を弾いた。
「うわっ」
男の武器が石畳へ落ちる。ローラは拾わせる前に、その足を払った。男が尻から地面へ落ちた。
残りの二人が一瞬だけ止まる。
フィオナがその隙に、短く呪文を紡いだ。淡い光が一筋、広場の端を横切る。光は薄い膜になって、レオニスの前へ半円を描いた。
「先生、そこから出ないでください」
「そこまで言うか」
「言います」
返しながら、フィオナはすでに次の動きを見ていた。
最後尾の一人が腰のあたりへ手をやる。投げるつもりだ。
「カイル、左!」
「見えてる!」
カイルは身体を沈めたまま、腰の投げナイフを抜いた。狙うのは人間そのものじゃない。足元。
投げた刃が男の前の石を叩く。甲高い音が跳ねて、相手の足が止まった。その一瞬で、シリルが踏み込む。
剣先は喉へ行かず、相手の胸元を押すように入った。男は息を詰まらせ、そのまま二歩、三歩と後ろへたたらを踏む。
「次は外さない」
シリルの声は軽いのに、目は笑っていなかった。
正面の男が、ようやく握りを立て直して再び斬り込んでくる。今度はさっきより少し慎重だ。だが、慎重になった分だけ遅い。
カイルはロングソードで斜めに受け、刃を滑らせた。打ち合わない。そのまま相手の懐へ身体ごと入り、肩で押す。男がぐらついたところへ膝を入れる。
息が潰れる音。
返す手で、カイルはロングソードの切っ先を男の喉元へ突きつけた。
「まだやるか」
男は歯を食いしばったまま動かない。
その横で、ローラが転ばせた男の手首を踏んでいた。
「そっちは?」
「動くと刺さるって言った」
「言っただけで踏むなよ」
「動いたから踏んでるの」
広場に、短い静寂が落ちた。
倒れた二人、武器を失った一人、刃を突きつけられている一人。
最初に口を開いたのは、喉元へ剣を突きつけられている男だった。
「……参った」
フィオナが小さく息を吐く。
「早いな」
カイルが言う。
「こっちは殺し合いのつもりじゃねえんだよ!」
「こっちだってそうだ」
カイルは切っ先を引かなかった。
「でも、やるならやるぞ」
男は顔を歪めて、それ以上動かなかった。
シリルが息を吐く。
「ほんとに観光客狙いなんだな」
「まあ、空箱の奥まで入るやつなんて、多少は持ってると思われるだろうしね」
言いながらも、剣先は下げすぎない。
ローラは地面へ落ちた武器を拾い上げ、足元の崩れた窪みへ放り込んだ。
「気に入らない」
「何が」
カイルが聞く。
「こういう場所でこういうのが湧くの」
「町からしてそうだっただろ」
「だから気に入らないの」
レオニスが、ようやく光の膜の内側から出てきた。
「入口の徴収役と繋がっているな」
フィオナがすぐに振り向く。
「先生、勝手に出ないでください」
「もう終わっただろう」
「終わったから言ってるんです」
「細かいな」
「命拾いした側が言うことじゃありません」
ぴしゃりと言われ、レオニスは露骨に顔をしかめた。
カイルはそのやり取りを半分だけ聞き流しながら、足元の男へ目を落とした。
「で?」
「で、って何だよ」
「入口のやつと繋がってるんだろ」
男は一度視線を逸らしたが、ロングソードの切っ先がわずかに上がると、すぐに観念したように口を開いた。
「……見て見ぬふりしてるだけだ」
「だけ、ねえ」
シリルが言う。
「それで十分だろ。あっちは金だけ取れりゃいい。こっちは、金持ってそうなやつだけ見る。全部襲ってたら人が来なくなる」
ローラが本気で嫌そうな顔をした。
「最低」
「だから褒め言葉かって聞いただろ」
「違う」
フィオナは男たちを見回す。
「どうします?」
「入口まで引きずって返すか?」
カイルが言うと、シリルが少し考えた。
「うーん」
「何だよその反応」
「いや、返したところで本気で困るかなって」
それはたしかにそうだった。入口の役人風の男が、彼らを売るとも思えない。
レオニスが広場の先を見たまま言う。
「追いはぎは追いはぎだ。見張るだけ無駄だろう」
「先生、それ、放すってことですか」
フィオナが眉を寄せる。
「今ここで拘束し続けても荷物になるだけだ」
「荷物って言い方はどうかと思うけど、言いたいことは分かる」
シリルが言った。
カイルは少し迷ったが、男の喉元から剣を外した。
「次やったら、さっきみたいには済まさない」
男は何も言わず、じり、と後ろへ下がる。
ローラが踏んでいた方も、慌てて立ち上がった。四人とも、落とした武器を拾うより先に距離を取る。
「行け」
シリルが言うと、男たちはそれ以上余計なことも言わずに、崩れた壁の向こうへ逃げていった。
風が抜ける。
さっきまで人の声と足音があったのに、広場はすぐ元の静けさへ戻った。
カイルはロングソードを鞘へ戻しながら、少しだけ顔をしかめた。
「嫌な静かさだな」
「分かる」
ローラが言う。
「さっき騒いだのに、何も変わってない」
人が四人現れて、武器がぶつかって、声を張った。それなのに空箱は何も揺らがない。ただ建物だけが、相変わらず街にならないままそこにある。
シリルも同じものを見ているらしかった。広場の向こうの崩れた通りを見ながら、小さく息を吐く。
「やっぱり、どこまで見ても街に戻らないんだな」
「建物はあるのにね」
ローラが答える。
「部屋も壁も残ってるのに、それが街の形にならない」
フィオナが周囲へ探査の光をもう一度流した。
「少なくとも、この辺りに第一文明の危険な反応はありません」
「ならやっぱり、ここはあっち側ってことか」
カイルが言う。
「あっち側?」
シリルが聞き返す。
「大破壊の方じゃなくて、空っぽな方」
言ってから、自分でも少し雑だと思った。だがレオニスがちらりとこちらを見る。
「空っぽな方、か」
「他に言いようがない」
「それで十分だ」
短く言って、レオニスは広場の奥へ目を向けた。
「もう少し入るぞ」
カイルは思わずそちらを見た。
「まだ行くのか」
「今ので帰る理由があるか?」
「まあ、追いはぎに絡まれたくらいで帰るのもなぁ」
シリルが苦笑する。
「先生ならそう言うと思った」
「お前もだろう」
「否定はしないよ」
フィオナは小さく息をついたが、反対はしなかった。
「先生、今度は本当に下がっていてください」
「分かった分かった」
「適当に返事しないでください」
そのやり取りの向こうで、風が崩れた壁の隙間を抜けていく。
空箱はまだ、奥に大きく広がっている。広場の先にも、折れた塔と、口を開けたままの建物と、街になれない街の残骸が続いている。
カイルはもう一度だけ後ろを振り返った。
入口の方は、ここからでは見えない。ただ、さっきまでの戦いが嘘みたいに、もう何の痕跡も残っていない気がした。
それが妙に腹立たしくて、そして少しだけ、嫌だった。




