第二十六話 カイル、巨大遺跡に臨む
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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ラディアへ着いたのは、陽が少し西へ傾き始めた頃だった。
ヴァルゼンを出てから、街道は目に見えて細くなっていた。行き交う荷馬車は減り、その代わり、荷を背負った旅人や、小さな包みだけ持った連中が増えている。みな、同じ方角から戻ってくるか、同じ方角へ向かっていた。
カイルは、すれ違った男の靴についた白っぽい粉を見た。
「……あれ、空箱帰りか」
「たぶんね」
手綱を握ったまま、シリルが答える。
低い囲いと、その内側に寄り集まる建物が見えてきた。ヴァルゼンみたいな城壁ではない。町を守るためというより、なんとなく形だけ囲ってあるような、そんな土混じりの壁だった。
中へ入ると、道は踏み固められた土のまま、建物は二階建てがせいぜいで、どれも少しくたびれていた。けれど人は思ったより多い。露店には、空箱の外形を雑に描いた板だの、白い石を削っただけに見える置物だのが並んでいる。
ローラが露店の前で足を止めた。
「ひどい」
「何が」
カイルが聞く。
ローラは籠の中の白っぽい石を指した。
「ただの石が売られてる」
「土産物なんてそんなもんだろ」
「でも空箱の石って書いてある」
籠の前で店番の婆さんが、面倒くさそうにこちらを見た。
「文句があるならあ買うな」
「買わない」
「営業妨害だよ。さっさとお行き」
ローラはむっとした顔をしたが、そのまま離れた。
シリルが苦笑する。
「景気のいい町だね」
「嫌な町」
「観光地なんてこんなもんだよ」
通りの真ん中で立ち話を続けても仕方がない。シリルが周囲を見回した。
「まず宿だね。荷馬車を置けて、馬も見てくれるところ」
ちょうどその時、空の桶を抱えた少年が通りを駆けてきた。荷馬車をよけて立ち止まり、こちらを見上げる。
「宿なら灰鹿亭だよ」
それだけ言って行き過ぎようとしたので、シリルが呼び止めた。
「馬車も置けるか?」
「裏庭ある。見物客の荷車も来るから」
「ありがとう」
少年は金も求めず、そのまま走っていった。
灰鹿亭は町の真ん中あたりにあった。看板の鹿はあまり鹿に見えなかったが、厩は広く、裏に荷馬車を寄せるスペースもある。
中へ入ると、帳場の奥から女が顔を出した。
「部屋かい」
「部屋と、荷馬車と馬もお願いします」
シリルが言う。
女は一行を見回し、最後にレオニスのところで少しだけ目を細めた。
「何泊」
「ひとまず二泊」
「空箱かい」
「そのつもりです」
「じゃあ二階の奥だよ。裏は勝手に使いな。馬には水やるけど餌は別」
「分かりました」
シリルが金を出すと、女は受け取って鍵を二つ置いた。
「明日なら朝早く出な。昼を回ると戻りとぶつかる」
裏庭へ回って荷馬車を入れる。厩番の少年が出てきて、手綱を受け取った。
カイルが荷を降ろしている間に、フィオナがざっと積み荷を見て、シリルが帳面に何かを書きつける。
「何書いてるんだ」
カイルが聞くと、シリルは顔を上げずに言った。
「買い付けの体裁」
「まだ買ってないだろ」
「だから明日か明後日、少しは買う」
「真面目だな」
「こういうのは雑にやると後で困るんだよ」
ローラはといえば、裏口の脇に貼ってあった雑な地図を見ていた。町から西へ伸びる一本線と、その先の大きな四角。たぶん空箱までの道なのだろう。
レオニスがその横に立つ。
「勝手に出るな」
「まだ出てない」
「地図を見て、そのまま行く気だろう」
「行かない。今日は」
「今日は、か」
ローラが振り向く。
「今は見てるだけ」
「見て、考えて、明日の朝まで待て」
「分かってる」
「本当か?」
「本当」
は荷台の縁に腕を乗せたまま、そのやり取りを見ていた。ラディアに着いたばかりなのに、もう空箱の方へ気持ちが行っているのが丸分かりだった。
夕飯は一階の食堂で取った。煮込みは塩気が強く、パンは固めだが、腹に入れば十分だった。
食堂の客は多い。見物帰りらしい連中もいれば、荷運びの途中みたいな男もいる。みな同じように埃っぽく、同じように口数が少ない。
隣の卓から、ぽつりぽつりと話し声が聞こえてきた。
「今日は南側まで入った」
「奥の方はまた崩れてた」
「階段の途中、落ちてたぞ」
「だから雨の後はやめとけって言っただろ」
ローラの耳がぴくりと動いた。
「崩れるんだ」
「崩れるだろうな」
レオニスが言う。
「崩れない方がおかしい規模だ」
ローラの顔つきが少しだけ変わる。浮ついた感じが引いて、代わりに目が細くなった。
「じゃあ気をつけないと」
「お前が言うと不安だ」
笑いながら言うと、ローラは口を尖らせた。
「誰に言ってるの」
「冗談だって。遺跡に関してはお前が一番だよ」
「分かってるならいい」
シリルがパンをちぎりながら挟む。
「でも、こういう話が普通に聞こえてくるあたり、やっぱり空箱は軽く扱われてるんだな」
「どういうことだ」
「本気で囲ってる遺跡なら、こんなふうに酒場で崩落の話なんかしないってこと」
フィオナも頷いた。
「徴収だけして中は放置、ですね」
「嫌なやり方だな」
「帝国らしいけどね」
翌朝は、夜明け前に起きた。
宿の中はまだ静かで、窓の外には薄い朝靄がかかっている。通りの先も少し白んで見えた。
荷は最低限だけ持つ。水、灯り、縄、簡単な食料。空箱が巨大だと分かっている以上、余計なものは置いていく方がいい。
シリルが包みを締め直しながら言う。
「拠点はここでいいね」
「荷馬車も置けますし、戻る場所としては十分です」
フィオナが答える。
カイルは剣の位置を直し、投げナイフを確かめた。
「朝から行くやつ、結構いるのか」
「いるでしょ」
ローラがもう扉の方を見ている。
「昨日の話ぶりだと、昼には戻る人も多いみたいだったし」
「お前は朝から元気だな」
「遺跡が待ってるから」
「遺跡は待たないし、逃げないぞ」
レオニスが最後に立ち上がる。
「行くぞ」
一階へ下りると、帳場の女がもう起きていた。湯気の立つカップを片手に、こちらを見て鼻を鳴らす。
「おや、朝が早いね」
「空いてるうちに出ます」
シリルが答える。
女は頷いた。
「まっすぐ西へ行きな。変な脇道に入らなきゃ着くよ。入口で金を取られるから、小銭は分けときな」
「ありがとうございます」
「帰りが遅いと飯が冷める。そこだけ覚えときな」
警告というより、ただの商売だった。
外へ出ると、朝のラディアは昨日より静かだった。けれど無人ではない。同じ方向へ歩いていく旅人が、もう何組かいる。水袋を提げた者、杖を持つ者、空の荷車を押している者。誰も急いではいないが、歩く先は同じだった。
町の西外れへ出ると、空箱へ向かう道はすぐに分かった。人の足で踏み固められた幅広い道が、そのままゆるく下っている。
ラディアの建物が遠ざかっていく。
ローラが前を見たまま、小さく息を吐いた。
「いよいよだ」
「まだ見えてもいないのに」
カイルが言う。
「そのうち見える」
その声は、浮ついているようでいて、妙に静かだった。
シリルが肩越しに振り返る。
「戻る場所は決まった。荷も置いた。あとは見るだけだね」
「簡単に言うな」
「簡単じゃないよ。でも、ここまでは来た」
レオニスは何も言わないまま先を歩いている。その背中を見ながら、カイルも歩幅を合わせた。
ラディアの外の空気は、町の中より少し冷たかった。道の先はまだ見通せない。ゆるい起伏の向こうに、巨大な空箱はまだ姿を見せていなかった。




