第二十五話 カイル、巨大遺跡に向かう
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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帝国へ入って二日目の昼過ぎ、一行はようやくヴァルゼンの外壁を見た。
遠目にも分かるほど城壁は厚く、高かった。王国側の街とは石の積み方が違う。四角く揃いすぎていて、隙がない。その前を荷馬車の列がゆっくりと進んでいる。
「でかいな」
カイルが呟くと、ダンテが前を向いたまま答えた。
「帝国側じゃ国境の喉元みたいなもんですからね」
喉元、という言い方が妙に嫌だった。
門前にはすでに何台もの荷馬車が止められていた。荷を改められているものもあれば、帳面を突きつけられているものもある。怒鳴り声はない。ないのに、空気はぴんと張っていた。
「ここから先はなるべく喋らないでください」
ダンテが小さく言う。
「必要なら俺かシリル様が出ます」
フィオナが短く頷き、ローラも珍しく黙った。レオニスだけはいつも通りだったが、いつも通りすぎて逆に目立つんじゃないかとカイルは不安になる。
列はなかなか進まなかった。
ようやく自分たちの番が来ると、兵が三人、荷馬車の横へ来た。布をめくり、樽を叩き、木箱の封を確かめる。手つきが妙に無駄なくて、雑に見えて雑ではない。
「ベルノア発か」
先頭の兵が言った。
「ええ」
ダンテが帳面を出す。
「いつも通り、ヴァルゼンまで」
兵は紙をめくり、人数を数え、荷を見た。その目がシリルで止まり、次にレオニスへ移る。
「顔が増えてるな」
「道中合流分です」
ダンテが言い、すぐ隣でシリルが一歩前へ出た。
「周辺での買い付けも予定しています。こちらで一台、後で分けるつもりです」
兵はシリルの顔を見た。
「どこへ」
「ラディア方面です」
兵の眉が少しだけ動いた。
「空箱の客が増える時期か」
「その手の品も向こうで動くと聞いています」
さらりと答える。
兵は一拍だけ黙った後、今度は荷馬車の後ろを見た。カイル、ローラ、フィオナ、レオニス。順に見て、何も言わずに紙へ印をつける。
「勝手に南へ回るな。西道をそのまま行け」
「承知しています」
「ラディアを過ぎた先は、治安もあまり良くない。死んでも面倒は見んぞ」
「心得ています」
通行が許され、隊商がまた動き出した時、カイルはようやく息を吐いた。
「今ので終わりか」
「門はね」
シリルが言う。
「問題は中に入ってから」
門をくぐった瞬間、ヴァルゼンの空気がまとわりつくように変わる。
広い。まずそれだった。
道幅が違う。道の両脇に並ぶ建物も高い。看板の文字は見慣れない形で、通りを行く人々の服装も、ベルノアや王都とはどこか線が違った。荷を背負った者、兵、職人、異国風の顔立ちの商人。人は多いのに、声は不思議なくらい広がらない。
「何か……息苦しいな」
カイルが言うと、シリルが小さく笑った。
「分かる。人は多いのにね」
「壁が近いんじゃないですか」
フィオナが言った。
たしかに、通りは広いのに建物が高く、上を見ても空が細い。
ローラはきょろきょろしていたが、さすがに道を外れようとはしなかった。代わりに低い声で言う。
「空箱とは全然関係なさそうな街」
「実際、関係は薄いよ」
シリルが答える。
「ここは帝国の内外を結ぶ交易都市であって、空箱のための街じゃない」
ダンテの隊商はそのまま倉庫街の方へ入っていった。石畳がさらに固くなり、道の脇に並ぶ建物も店より倉庫が増える。荷を下ろす声、車輪の軋み、馬の鼻息。ここへ来てようやく、街が何で成り立っているのかが見える気がした。
案内された中庭で荷馬車が止まる。
「今日はここまでです」
ダンテが肩を回しながら言った。
「荷を下ろしたら、そっちはそっちで動けます。けど、ラディアへ出るなら明日の朝がいいでしょうね」
「西門からですか」
シリルが聞く。
「西門です。昼を回ると出入りが増える。朝の方がまだ楽だ」
ダンテはそこまで言ってから、横に止めた荷馬車を顎で示した。
「あれなら出せますよ。もともと小口向けの荷を積んでる。布と乾物と雑貨少し。ラディア行きにも見える」
「助かります」
「助かるのはこっちもです。ベルノア侯に貸しが作れる」
そう言って笑った後、ダンテは急に真顔へ戻る。
「ただ、御者は出しません」
「出せない?」
カイルが聞くと、ダンテは肩を竦めた。
「出せない。うちも手が足りないし、そっちの用事に首まで突っ込む気もない」
「当然ですね」
フィオナが言う。
シリルも頷いた。
「そこは承知していますよ」
「馬はおとなしい。道も分かりやすい。朝一番で出れば明日中には着きます」
「ラディアまで、そんなに遠くないんですね」
「遺跡は人間の都合で動いたりしませんから」
ダンテの言う通り、遺跡の都合で人間が動かされている。
その夜は、倉庫街に付属した宿で休むことになった。広いが味気ない部屋で、窓の外には積み上がった木箱ばかり見える。
夕食の席で、シリルが帳面を広げた。
「じゃあ確認します。明日の朝、隊商本隊と分かれてラディアへ向かう。荷馬車は一台、馬一頭。荷は表向きの買い付け用」
「買い付けるのか、実際に」
カイルが聞くと、フィオナが先に答えた。
「多少は。本当に何も買わない方が不自然です」
「何買うんだよ」
「乾物でも布でも、現地で安いものがあれば」
「すごい適当だな」
「適当ではなく柔軟です」
フィオナは涼しい顔だった。
ローラが机に頬杖をつく。
「空箱の石片とか」
「買わない」
レオニスが即答した。
「どうして」
「荷になるだけだ」
「見るだけ?」
「空箱で好きなだけ見ればいい」
「触るのは?」
「瓦礫の下敷きになる覚悟があるなら」
ローラは少しだけ機嫌を直した顔になった。どうして今の会話で機嫌が良くなるのか。いや、ローラなら、遺跡の下敷きになっても本望なのかもしれない。
シリルは帳面に何か書き込みながら言う。
「明日は門でまた聞かれるでしょうね。どこへ行くのか、何を買うのか」
「買い付けって言えばいいのか?」
「答えるのは俺だよ。カイルは護衛と丁稚。余計な事は言わなくていい」
「そりゃ助かる」
シリルは顔を上げた。
「ラディアで空箱客向けの小物と、周辺の乾物を少し。表向きはそれで行く」
「空箱客向けの小物?」
ローラが少し顔をしかめる。
「何それ」
「土産物でしょう」
フィオナが言う。
「空箱の絵を焼き付けた板とか、適当な石を削った置物とか、そういうのです」
「適当な石って?」
「観光地とはそういうものです」
カイルは想像して、少し笑いそうになった。
「お前、絶対怒るだろ、そういうの見たら」
「分からない」
「本当に?」
「ちょっと怒るかも」
そこは否定しなかった。
翌朝、まだ街が完全には起ききる前に一行は宿を出た。借りた荷馬車は昨日見たよりも小さく、たしかに小口向けの商いにはちょうどいい大きさだった。
ダンテが眠そうな顔で出てきて、手綱をシリルへ渡す。
「馬はおとなしい。道も素直です。けど、帝国兵は素直じゃない」
「肝に銘じます」
「あと」
ダンテはローラを見る。
「嬢ちゃん、ここから先は本当に洒落にならない。自分の身勝手な行動が、他人を危険に晒すこともある」
「分かった」
「信用してるぜ」
レオニスが荷台へ乗りながら言う。
「万一の時は私が捕まえる」
「動物みたいに言わないで」
ローラが首筋に手を当てる。
「事実だ」
門へ向かう道は、昨日より人が少なかった。倉庫街から外れると、ヴァルゼンの街並みも少しずつ生活の匂いが増していく。市場の準備をしている者、眠そうに店先を掃く者、朝のパンを運ぶ少年。そんな中を荷馬車がゆっくり進む。
西門前では、昨日ほどではないが、やはり兵の目があった。
「どこへ行く」
「ラディアです」
シリルが答える。
「買い付けか」
「ええ。向こうで小口の荷を見てきます」
兵は荷台を一瞥した。
「空箱帰りの連中を相手にするのか」
「そのつもりです」
「物好きだな」
「商いですから」
兵は少しだけ鼻で笑った。
「好きにしろ。金を落としてくる客は多いが、骨を折って戻るやつも多い」
カイルは思わず顔をしかめた。兵はそれを見て続ける。
「別に止めん。入りたいなら入れ。だが、崩れた、迷った、足を踏み外した、その手の泣き言はラディアでやれ。こっちは知らん」
「承知しています」
シリルが言う。
兵は今度はレオニスを見た。
「そっちの男は?」
「目利きです」
シリルが言うと、兵は一瞬だけ間を置き、それから手を振った。
「なら通れ」
門が開く。
荷馬車がごとりと揺れて、ヴァルゼンの外へ出た。
街の石の匂いが薄れ、代わりに乾いた土と草の匂いが混じってくる。遠くに道が伸び、その先に低い丘が重なっていた。
フィオナが小さく息を吐く。
「ひとまず、ここまでは」
「まだ何も始まってない気しかしないけどな」
カイルが言うと、シリルが手綱を握ったまま笑った。
「そうだね。ここからようやく始まりだ」
ローラは荷台の縁から身を乗り出し、前方を見ている。
「ラディアって、どんな街なんだろ」
「空箱の手前の街ですよ。と言っても、商人たちの話でしか知りませんけど」
フィオナが言う。
「ここから先は、未知の領域です」
レオニスは荷台の奥で目を閉じたまま何も言わない。
荷馬車は帝国の街道を、ラディアへ向けて進み始めた。ヴァルゼンの城壁が少しずつ遠ざかっていく。その先にある空箱は、まだ見えない。だが、もう街道の行き着く先にあるのだと、誰もが分かっていた。




