第二十三話 カイル、忠告を受ける
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
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ベルノア侯爵家の屋敷に着くと、ほどなくしてアルベルトの執務室へ通された。
重い扉が閉まる。室内は整いすぎているほど整っていて、王都の研究所とはまるで違った。大きな机の向こうにいたアルベルトは、入ってきたシリルを見た瞬間に、ほんのわずかだけ眉間の力を抜いた。
「戻ったか」
「ただいま戻りました」
シリルがそう返すと、アルベルトの視線が一行を順に流れた。ローラ、カイル、フィオナ。そして最後にレオニスへ移ったところで、わずかに間ができる。
「先生も一緒か」
「そう見えるならそうだろう」
レオニスはそれだけ言って、断りもなく空いている椅子へ腰を下ろした。
アルベルトのこめかみがぴくりと動く。
「相変わらずだな」
「お前が細かいだけだ」
シリルが小さく息をついた。
「父上、先に報告してもよろしいですか」
「始めたのは私じゃないが、まあいい。話せ」
シリルは王都で見聞きしたことを手短に話した。王都近郊で見た第一文明由来の大破壊跡。今回見てきた、二つの様式が重なった遺跡。そこでカイルが最初に口にした違和感と、ローラが拾った様式の違い。自分が立てた推論と、それをレオニスが痕跡の前後関係から崩したことも、そのまま話す。
アルベルトは途中で口を挟まなかった。シリルが話し終えると、机の上で軽く指を組む。
「なるほど。順番が逆転している、か」
「そう見える」
レオニスが言う。
アルベルトはそのままレオニスを見た。
「それで、次が空箱か」
その名が出た瞬間、部屋の空気が少しだけ重くなった。
カイルは横目でシリルを見る。王都でその名前を聞いた時ほどではないが、やはり口元が少し引き締まっていた。
「父上もご存じだったんですね」
「知らない訳がないだろう」
アルベルトは短く言った。
「失礼しました」
アルベルトは椅子の背に体を預けた。
「ガルディアは本格的にきな臭くなっている。最近は前より露骨だ」
シリルが続ける。
「国境沿いの兵の動きですか」
「それだけじゃない。荷もだ。工業ギルドの流れ方が変わった。人の出入りも前とは違う」
机の上の書類へ視線を落とし、指先で一度だけ叩く。
「表向きはいくらでも取り繕える。演習、整備、備蓄。だが、こちらから見れば準備にしか見えん」
「戦の、ですか」
カイルが聞くと、アルベルトはすぐには答えなかった。
「断言はしない。だが、断言できないから安心だとも言えん」
少しの沈黙の後、アルベルトが続ける。
「最近は古代遺跡を利用した兵器の噂まで耳に入る」
カイルが眉を寄せる。
「前に言ってたやつ?」
「噂だ。真偽は分からん」
そう言いながらも、アルベルトの声は軽くなかった。
「だが、笑い飛ばせる話でもない」
レオニスがそこで初めて口を開いた。
「第一文明由来なら、あり得なくはない」
「そういう返しをするから苦手なんだ」
アルベルトがうんざりしたように言うと、シリルが小さく苦笑した。
「父上、それを本人を前にして言うんですね」
「聞こえるように言ってる」
「聞こえてる」
レオニスはどうでもよさそうに返した。
アルベルトは額を押さえたが、すぐに顔を上げる。
「王都で許可は通したんだろう」
「ああ」
「公にはしていないな」
「したら面倒が増える」
「だろうな」
アルベルトは鼻で小さく笑った。
「こっちでも同じだ。ベルノアより先は、街道を通っているだけでも前より見られる。帝国へ入る前から、もう別の土地だと思え」
フィオナが静かに言った。
「こちらで補給と情報を整えてから進むべきですね」
「そのために寄ったんだろう」
「それもあります」
「それも、か」
アルベルトの目がわずかに細くなる。フィオナは顔色一つ変えなかった。
そこでローラが口を開いた。
「でも、行く」
アルベルトは少しの間、ローラを見ていた。
「君はブレないな」
「まだ、何も分かってない。分からないことを、分からないままなのは嫌」
まっすぐな言い方だった。同じ言葉を、村を出る時に聞いた。
アルベルトはそのままレオニスへ視線を戻す。
「先生」
「何だ」
「止めても行く気か」
「ああ」
「だろうな」
諦めたように言いながらも、アルベルトは少しだけ姿勢を正した。
「シリル」
「はい」
「お前はどう考えている」
シリルは少し考えてから答えた。
「危険です。かなり」
「それで?」
「ここまで見てきたものの先に空箱があるなら、見ないままにはしにくいと思っています」
「お前までそう言うか」
「先生ほど無茶をするつもりはありません」
「今の状況で、帝国に行くこと自体が無茶だ」
「分かっています」
アルベルトは今度はカイルを見る。
「君は」
急に振られて、少し言葉に詰まった。
「……嫌です」
アルベルトがわずかに口元を緩める。
「まともだな」
「褒められてる気がしません」
「褒めている」
そのまま続ける。
「その感じは捨てるな。嫌なものを嫌だと思えるうちは、まだ引き返せる」
カイルは何となく頷いた。
アルベルトは最後に部屋の中をもう一度見回した。
「空箱へ行くなら、ベルノアから先は今まで以上に目立つな。先生、あなたは特にだ」
「分かっている」
「その言葉、信用していいな?」
「知らん」
「そこで知らんと言うな」
「お前の信用など知ったことではない」
「そういうところだ」
シリルが吹き出しかけて咳払いで誤魔化す。フィオナは目を伏せたまま、ほんの少しだけ肩を揺らした。
アルベルトは深く息を吐く。
「……分かった。止めても無駄だ」
「話が早いな」
「早くない。あなた相手にこれ以上長引かせるのが嫌なだけだ」
レオニスはそれに何も返さなかった。返さなかったが、別に気にした様子もない。
「必要なものがあるならベルノアで揃えろ。帝国側の話も、こっちで拾える分は拾わせる」
「ありがとうございます」
シリルが素直に頭を下げる。
アルベルトは頷いた後、ふと思い出したように机の引き出しを開けた。少し探り、小さな包みを取り出す。薄い布で幾重かに包まれたそれを、机越しにシリルへ差し出した。
「シリル」
「はい」
「持っていけ」
シリルは受け取った包みを開き、中を見て眉を上げた。綿にくるまれていたのは、爪の先ほどの青白い丸薬が一粒だった。
「……これは何です?」
「行商人が秘境でたまたま手に入れたと言って、献上してきた」
「ずいぶん怪しい代物ですね」
「怪しい」
アルベルトはあっさり認めた。
「蘇りの秘薬だそうだ」
カイルが思わずそちらを見る。
「蘇りって」
「死者を蘇らせる、らしい」
アルベルトの言い方は、本人も本気で信じていない響きだった。
シリルは綿ごと丸薬を光にかざす。
「眉唾ですね」
「だろうな」
「父上がこういうものを私に持たせるのは、少し意外です」
「私もそう思う」
アルベルトは机に肘もつかずに言った。
「だが、行く先が行く先だ。効くかどうかはともかく、お守りくらいにはなる」
その一言で、部屋の空気がほんの少し静かになった。
シリルは丸薬を包み直し、ぞんざいに扱わず、そっと上着の内ポケットへしまった。
「……分かりました。持っていきます」
「失くすなよ」
「失くしません」
ローラが小さく首を傾げる。
「本当に効くのかな」
「効いたら困る気もしますけどね」
フィオナが言う。
「効かなかったら、それはそれで困るだろ」
カイルが言うと、シリルが苦笑した。
「どちらに転んでも嫌な話ですね」
レオニスだけが一度、シリルの胸元を見ただけで、それ以上何も言わなかった。
アルベルトは少しだけ視線を逸らし、それからまたレオニスを見る。
「先生」
「何だ」
「妻には私から話す」
「好きにしろ」
「出来れば帰って来い。でないと、エレオノーラが泣く」
「言われずとも、そのつもりだ」
「私としてはどうなろうと構わないのだがな」
そこだけ妙に静かに火花が散った気がして、カイルは思わずシリルを見た。シリルは慣れているらしく、軽く肩を竦めるだけだった。
アルベルトは最後にシリルへ向き直る。
「無事に戻れ」
「承知しています」
「無理はするなよ」
「難しい注文ですね」
「難しくない」
短いやり取りだったが、それで十分だった。




