第二十二話 カイル、国境に向かう
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
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王の許可を取り付けた翌日から、一行はガルディア帝国行きの準備に追われた。
食料、水袋、灯り、治療薬、結界石の予備。国境越えとなれば、王国内の探査より荷の組み方も慎重になる。フィオナが不足を洗い出し、シリルが街で揃うものを手配し、カイルは武具の手入れをしながら、その横で増えていく荷を眺めていた。
「本当に行くんだな……」
「今さら何言ってるの」
ローラは平然と返しながら、机の上に広げられた地図へ顔を寄せていた。空箱へ向かう道筋ではなく、その途中に点々と記された別の印を見ている。
カイルは嫌な予感がした。
「お前、それ何見てる」
「ベルノアまでの道」
「その顔は絶対それだけじゃないだろ」
「途中に遺跡が二つ――」
「駄目だ」
即答したのはカイルではなかった。レオニスである。
ローラが顔を上げる。
「まだ何も言ってない」
「言う前から分かる」
「寄り道じゃなくて観察」
「同じことだ」
シリルが横で書き付けをしながら小さく笑う。
「先生、最近ローラの扱いが少し雑じゃないですか」
「最初からこうしていれば良かった」
「ひどい」
口ではそう言いながらも、ローラは地図から目を離さない。完全に諦めた顔ではなかった。
出立は二日後になった。
王都を出る朝は、まだ空気に冷たさが残っていた。研究所の前で荷を確かめ、フィオナが最後に忘れ物の有無を確認する。レオニスは最初から歩き出す気でいて、ローラは出る前から既に道の先を見ている。シリルはさすがに旅慣れたもので、王都を離れる段になっても慌てる気配はなかった。
道はベルノアへ向かうにつれ、少しずつ広く、人の往来も増えていった。
王都近郊では荷車や商人の姿が目立ち、さらに西へ寄ると工業ギルドの印を付けた輸送隊とも何度かすれ違った。ベルノアは帝国との行き来を睨む土地でもある。シリルの説明を聞かなくても、道の空気だけで何となくそれが分かる。
ただ、その道中でもローラは変わらなかった。
昼を少し回った頃だった。街道脇の低い丘の向こうに、崩れた石組みの一部がちらりと見えた瞬間、ローラの足がぴたりと止まる。
「……遺跡」
「行くな」
レオニスの声が飛ぶのと、ローラが半歩そちらへ寄るのがほとんど同時だった。
「ちょっと見るだけ」
「駄目だ」
「入口だけ」
「駄目だ」
「遠目から」
「駄目だ」
その三往復目で、レオニスが本当にローラの首根っこを掴んだ。
「うわっ」
「前を向いて歩け」
「先生ひどい!」
「お前が学習しろ」
ローラは引きずられるようにして街道へ戻され、恨めしそうな目で丘の向こうを振り返る。カイルは思わず吹き出しかけたが、ローラが本気で不服そうなのでぎりぎりで堪えた。
シリルが肩越しにその様子を見ながら笑う。
「いやあ、見事ですね」
「褒めるな」
「でも正解ですよ。ここで寄り道してたら、ベルノア到着がまた延びる」
ローラはまだ後ろを見ていた。
「別に半日もかからないと思う」
「半日もすれば,昼だって夜だ」
カイルが言うと、ローラは不満そうに口を尖らせた。
「少し早く歩けばいい」
「やだよ、疲れる」
「軟弱者」
フィオナが静かに口を挟む。
「ローラ。今回は観光ではありません」
「観光じゃない」
「目的がなければ観光です」
ローラはしばらく黙ったあと、ようやく諦めたように前を向いた。だが、その後もしばらくは街道脇の地形ばかり見ていて、恨めしさが全く消えていないのが丸分かりだった。
そんな調子で数日を進み、一行はベルノアへ辿り着いた。




