第二十話 カイル、違和感を語る
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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七日目の朝、丘を一つ越えたところで、ようやくその遺跡が見えた。
空は晴れ渡り、陽はもう十分に昇っている。乾いた風が草を撫で、低い木々の影を短く揺らしていた。痩せた丘陵の先を見下ろすと、窪んだ大地の真ん中にそれはあった。
斜面を降りて近付くと、石の壁が半ば地面から覗いている。崩れた柱、沈んだ床、斜めに裂けた壁。屋根を失った建物が傾いて、道の上にちぐはぐな形の瓦礫を積み上げていた。
「……何か、収まりが悪いな」
カイルがそう呟くと、隣でシリルも目を細めた。
「崩れてる場所と、残ってる場所の出方が変ですね」
ローラは答えず、少し前へ出て全体を見ていた。視線が壁から床へ、床から柱へ、忙しく動いている。けれど駆け出しはしない。まず見ている。
レオニスが振り返る。
「ここから先は散るな。今回は最初から最後まで全員で回る」
「分担しないの?」
ローラが聞く。
「しない」
「どうして?」
「同じ順で見ろ。同じ場所で立ち止まれ。同じものを見て、どこで何が引っかかるかを揃える」
シリルが小さく頷いた。
「反応の差を見るんですね」
「そうだ」
フィオナが一歩前へ出る。計器を手にして、斜面の先の石と床の輪郭を薄くなぞった。
「強い反応はありません。崩落の危険も、見える範囲では大きくなさそうです。ただ、沈み方にむらがあります。踏む位置は選んでください」
「十分だ。行くぞ」
レオニスが先に立ち、一行もそれに続いた。
斜面を下りた先には、広間だったらしい空間が開けていた。右手の壁は大きく崩れ、床にも太い亀裂が走っている。石は砕け、柱は根元から折れ、破片が無造作に散らばっていた。そこだけ見れば、ただ乱暴に壊れた跡だ。
だが左手は違った。
壁面は残っている。床も大きくは割れていない。けれど無傷ではなく、石の角は欠け、扉枠には細い亀裂が走り、低い台座のいくつかは傾いたまま止まっていた。壊れていないわけではない。なのに、右手の壊れ方とは調子が違う。
ローラがしゃがみ込み、台座の縁に触れる。
「……これ、ただ壊れたんじゃない」
「何が?」
カイルが聞く。
「周りの壊れ方と噛み合ってない」
シリルが横から覗き込む。
「どういう意味?」
「何もなくなってる」
ローラは立ち上がり、今度は崩れた側へ寄った。砕けた石の断面、折れた柱の根元、床の破断面を見ている。
カイルは広間の真ん中で足を止めた。右を見れば、ただ壊れている。左を見れば、壊れてはいるのに、別の嫌さがある。ベルノアへ向かう途中や、王都への道中で入った後代の遺跡で感じた、あの落ち着かなさに近い。
広間を抜けると、今度は通路に出た。右側は押し潰されたように崩れ、石が雪崩れたまま積み重なっている。左側は壁が残り、扉枠も立っていたが、表面は欠け、床にも浅い陥没がいくつもあった。
カイルは左の扉をくぐった。
部屋だった。四角い部屋。壁も床も残っている。棚のような窪みも見える。だが、そのどれもが少しずつ損なわれていた。角は砕け、床にはひびが走り、壁際の石組みは崩れたまま寄りかかっている。
ただ、右側の崩れた通路とは壊れ方が違う。
ここも壊れている。けれど、叩き潰された感じではない。弱ったところへ別の損傷が重なったような、そんな残り方をしている。
胸の奥がざらついた。
カイルは部屋の中を見回し、それから通路の向こうの崩れた側へ目をやった。
「……二つある」
「何が?」
ローラが振り向く。
カイルは少し迷ったが、そのまま口にした。
「あっちは、ただ壊れた跡だ」
崩れた通路の方を指す。
「で、こっちは……空っぽっていうか、壊れてるけど、それだけじゃない」
「それだけじゃない?」
「壊れてるのは同じだ。でも、あっちは叩き壊された感じで、こっちは、何かおかしくなってるみたいなんだよ」
自分でも上手く言えていないと思ったが、ローラの目つきが変わった。
「もう一回」
「だから、あっちは砕けて潰れてるだろ。でもこっちは、けっこう形は残ってたりするけど、もう駄目になってる感じがする」
ローラはすぐに動いた。崩れた通路の石積みを見て、次に部屋の壁へ手を当て、扉枠の幅や石の組み方を目で追う。さらに広間へ戻り、台座の形を確かめる。
シリルも後を追い、広間と通路と部屋を順に見比べた。
しばらくして、ローラが立ち止まる。
「……様式が二つある」
「ローラ、それって」
壁に手をついたローラに、シリルが並ぶ。
「壁の取り方、扉枠の厚み、柱の癖。崩れてる方と、残ってる方で違う」
カイルは崩れた石の山を見る。言われてみれば、柱の太さも石の積み方も少し違う気がした。右の方は、壁の破片の中に金属が埋まっている物も見える。
シリルが一歩下がり、遺跡全体を見渡した。
「なるほど」
独り言みたいに呟いてから、今度ははっきりした声で言う。
「もしかして、第一文明の遺構の上に、その後の文明が興ったんじゃないか?」
ローラがそちらを見る。
「上に?」
「そう。第一文明の遺跡が先にあって、その上に後の文明が広がった。今見えてる二つの様式は、その重なりと考えれば辻褄は合う」
シリルは崩れた側と、壊れ方の違う側を順に指した。
「それで、後から興った文明も大破壊で滅んだ。そう考えれば、こういう混ざり方も説明できないか?下の古い方も、上の新しい方も、同じ大きな破壊でまとめてやられた」
ローラが少し考えるように目を細めた。
「……たしかに、それなら壊れ方が混ざっててもおかしくはないか」
「第一文明の跡が下にあるなら、その可能性はあると思う」
シリルが言う。
その時、レオニスが口を開いた。
「違うな」
シリルが振り返る。
「どこがです?」
レオニスは崩れた側へ歩き、割れた床の縁で止まった。
「見ろ」
一行が寄る。
レオニスは石の断面と、その割れ目に入り込んだ土の層を指した。
「下に第一文明の構造がある。上に後代の構造がかかっている。そこまではいい」
次に、部屋の方を示す。
「だが、後代の部分は大破壊で初めて壊れたのではない。先に、何らかの形で壊れている」
不意に向けられたレオニスの視線に、喉を鳴らした。
「どうしてそんなことが言えるんです?」
シリルの問いに、レオニスは再び石の断面を指先で叩いた。
「この崩壊面は後から食い込んでいる。後代の損傷面が先にあり、その上へ、かなり時間を隔ててこっちの破断が入っている」
シリルが目を細める。
「……つまり、後から興った文明は、先に別の形で滅んでいる?」
「そうだ」
レオニスの声は淡々としていた。
「その後、相当な年月を経て、下に残っていた第一文明由来の大破壊がここへ食い込んだ。だから一つの場所に、二つの壊れ方が重なっている」
フィオナが崩れた石の断面を見つめたまま、小さく言う。
「後代の損壊の上に、さらに後の破断が来てるんですね」
「そう読むのが自然だ」
シリルは腕を組んだまま、遺跡全体をもう一度見た。
「じゃあ、後代文明は大破壊で終わったわけじゃない」
「少なくとも、ここではそう見えん」
レオニスはそこで言葉を切った。
カイルは崩れた通路と部屋を見比べた。どっちが先かなんて、言われても分からない。レオニスが言うならきっとそうなんだろう。
けれど、だからこそ引っかかりが残った。
「……ここって」
全員の視線が集まる。
少し眉を寄せて、部屋の方を指した。
「大破壊の前にもう終わってたってことだろ」
「そうだ」
レオニスが答える。
「やっぱり変だよな」
「何が?」
ローラが聞く。
カイルは言葉を探した。
「壊れてるのは分かるんだよ。でも、ただ古くなって駄目になった感じじゃない。さっきも言ったけど、ここ、先に何かおかしくなってる」
部屋の中へ目をやる。
「壁も床も残ってるのに、そこにあったはずのもんが繋がらない。壊れたってだけじゃ、こういう嫌な感じにならない気がする」
少しの間、誰も口を開かなかった。
最初に動いたのはレオニスだった。部屋の入口まで戻り、カイルの立っていた位置で一度足を止める。視線だけで、部屋の四隅、棚の窪み、沈んだ床を順に追っていく。
「……なるほどな」
ローラがそちらを見る。
「先生?」
「シリルの推論は間違っている。順番は今言った通りだ」
レオニスは部屋の中を見たまま続ける。
「だが、こいつの引っかかりは別だ」
カイルは少しだけ身構えた。自分でも上手く言えた気がしていない。
レオニスは床の浅いひびを見下ろした。
「大破壊の前に、ここは確かに別の終わり方をしている。問題は、その終わり方がただの損壊として読むには妙に偏っていることだ」
ローラが目を細める。
「偏ってる?」
「ああ。壊れてはいる。無傷ではない。だが、壊れ方の割に、ここで営まれていたものの痕跡が薄すぎる」
カイルは思わずレオニスを見た。今、自分がうまく言えなかった部分の外縁を、この男は別の言葉でなぞろうとしている。
レオニスはすぐには結論に飛ばなかった。
「まだ足りん。ここだけで決めるな」
そう言って振り返る。
「だが、お前が引っかかった場所は覚えておけ。次でも同じものを感じるか確かめる」
カイルは小さく頷いた。
ローラは部屋の中をもう一度見回し、今度はさっきよりも少し慎重な顔になっていた。シリルも軽く息を吐き、腕を組んだまま考え込んでいる。
乾いた風が、割れた壁の隙間を抜けていった。崩れた石の上で、細かな砂がさらりと流れる。
レオニスが広間のさらに奥へ目を向ける。
「ここで終わりじゃない」
ローラがすぐに顔を上げた。
「まだ回るの?」
「もう一つ見る」
「どんな場所です?」
「行けば分かる」
「またそれ」
「今はそれでいい」
レオニスはそう言って歩き出した。
カイルは部屋の入口でもう一度だけ足を止め、崩れた方と、壊れ方の違う方を見比べた。
同じ場所に、二つの終わり方が重なっている。
そのうえで、壊される前にもう何かがおかしくなっていた気配だけが、胸の奥にざらついたまま残っていた。




