第十九話 カイル、国王に会う
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
今後は毎週月曜日18:00更新予定です。
話が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
机の上には開いたままの資料と、飲みかけの茶器がいくつも残っている。さっきまであれだけ言葉が飛び交っていたのに、今は紙をめくる音すら止んでいた。
カイルは背もたれに体重を預けたまま、何となく天井を見た。頭の中には、昼に見た砕けた地面と、前に入った後代の遺跡の、あの妙な空っぽさがごちゃごちゃに残っている。うまく整理はできない。ただ、同じ「古いもの」でも、あれは同じには見えなかった。
「……で、次はどこに行くんです?」
先に口を開いたのはシリルだった。さっきまでの議論の流れを、そのまま机の上へ戻すような言い方だった。
レオニスは指先で机を二度ほど叩き、顔を上げる。
「北西だ」
ローラがすぐに反応した。
「王都の?」
「そうだ」
「どのあたり?」
「古い街道跡の外れに、第二文明後期の遺構がある」
それだけ言って、レオニスは一度口を閉じた。ローラは続きを待ったが、すぐには出てこない。
「……それだけ?」
「場所としてはな」
「資料は?」
ローラが不満そうに言うと、レオニスは面倒そうに眉を寄せた。
「お前に先に形を渡しても邪魔になるだけだ」
「邪魔って何」
「見て分かるものまで、先入観で潰すなと言っている」
そこでシリルが口を挟む。
「でも、候補に挙げた以上、何かあるんでしょう。王都周辺の遺跡なら、先生がとっくに調べていないはずがない」
レオニスが鼻で笑った。
「そこまで鈍くない」
「そこは疑ってませんよ」
「なら黙って言う通りにしろ」
シリルは小さく肩を竦めたが、表情は崩していない。聞く姿勢のまま、次の言葉を待っている。
レオニスは机の上の紙束の一つを指先で押した。
「王都周辺の遺跡は、既存の調査記録もある。私も見ている。報告の蓄積もそれなりにある」
「でしょうね」
「だが、それと現地で受ける印象は別だ」
レオニスの視線がローラへ向く。
「お前は、様式の差や遺跡ごとの癖を拾う」
次にカイルへ。
「こいつは、理屈はないが、場の手触りの違いに先に反応する」
「言い方、どうにかならないか」
「あるなら自分で言ってみろ」
「言えないから困ってるんだよ」
レオニスはそれには答えず続けた。
「私が見てきた遺跡を、ローラがどう見るか。こいつがどう引っかかるか。そこを確かめたい」
ローラの目が少しだけ細くなる。
「研究所の中で出てこない感触を拾いたいってこと?」
「そうだ」
「最初からそう言えばいいのに」
「お前が先に食いつくからだろうが」
「食いつくに決まってる。遺跡なんだから」
シリルがふっと笑う。
「ローラはブレないね」
カイルは腕を組んだまま、ぼんやりと机の上を見た。王都近郊で見た壊れ方は、壊れた跡としては分かりやすかった。けれど、前に見た後代の遺跡は、もっと嫌だった。何が、とは言えない。残っているのに、中身だけ抜けているようなあの感じが、今も喉の奥に残っている。
「その遺跡、後代の中でも変なんですか」
「報告が噛み合わん」
レオニスは短く言った。
「同じ場所を見ているはずなのに、記録の焦点が妙に揃わない。残っているものの書き方も、現地で見た印象とズレる」
「先生が見ても?」
「ああ」
それだけで、ローラの姿勢が少し前へ寄った。
「行きたい」
「明後日だ」
「遅い」
「私に言うな」
レオニスの視線がフィオナに向く。フィオナはなんでもない顔をして、算盤を弾いていた。
「さすがの先生も形無しですね」
シリルがさらりと言う。レオニスは心底嫌そうな顔をしたが、否定はしなかった。
その時、研究所の扉が二度、軽く叩かれた。
返事を待たずに扉が開く。
「まだ起きていたか、レオニス」
ひょいと顔を覗かせた男は、年の頃はレオニスと大きく変わらない。外出用の上質な濃色の外套を無造作に羽織っているが、生地も仕立ても良く、立ち姿だけでその辺の人間ではないと分かる。気安い調子で扉をくぐってきたのに、部屋の空気が一瞬だけ張った。
レオニスは露骨に顔をしかめた。
「帰れ」
「扱いが雑だな」
「お前に丁寧さが必要か?」
「少しは欲しいところだが」
男は気にした様子もなく中へ入ってくる。その視線がカイルとローラを通り過ぎ、シリルに留まった瞬間、シリルが立ち上がった。
「へ、陛――」
「口を閉じろ」
レオニスの声が即座に飛ぶ。シリルは慌てて口をつぐんだ。フィオナは一瞬だけ表情を固くしたが、すぐに平静へ戻った。慣れているのだろうが、慣れていても気は抜けないらしい。
カイルは隣のローラと顔を見合わせた。
「……へいか?」
「たぶん、そのへいか」
小声のやり取りの直後、男が気軽に頷く。
「フェルナンド・アルシアだ」
ローラがぱちぱちと瞬く。
「えっ」
「えっ、じゃありませんよ……」
シリルが額に手を当てた。さっきまでの自然な調子はそのままなのに、さすがに声に困惑が混じる。
「どうしてここにいるんですか、伯父上」
「どうしてと言われてもな。少し顔を出しただけだ」
「国王が言う台詞じゃありません」
「そうか?」
「そうです」
フェルナンドはそこでようやく笑った。
「相変わらず堅いな」
「誰のせいだと思ってるんです」
「エレオノーラに似たか」
「似てません」
即答だった。
レオニスが深いため息をつく。
「で、何をしに来た」
「見ない顔がいると思ってな」
「好奇心だけで動くな」
「好奇心だけではない」
フェルナンドは空いた椅子へ自然に腰を下ろした。勝手知ったる様子だったが、フィオナが止める気配を見せないあたり、これ自体は珍しいことではないのだろう。
フェルナンドの視線が改めてカイルとローラへ向く。
「君たちがベルノアから来た客か」
「客っていうか……」
ローラが小さく呟く。
「間違ってはいませんね」
シリルが挟んだ。
「それで済ませていいのか?」
「他に言い方が思いつきません」
フェルナンドは軽く肩を揺らすと、そのままカイルに目を向けた。
「君、名前は?」
「カイルです」
「話せる範囲でいい。どうしてここにいる」
声音は穏やかだった。命じるような響きはない。ただ、答えを待つ時の静けさが妙に重い。
カイルは少し迷ったが、ここまでの流れを順に話した。エルサ村で起きた異変。長老バルドに外へ出されたこと。道中でローラと会ったこと。リシュカで各地の異変と大破壊の話を聞いたこと。ベルノアへ向かい、そこでシリルと出会ったこと。
「その前にも遺跡には寄ってます」
ローラが横から言った。
「寄り道みたいに言わないで」
「俺からすると十分寄り道だったけどな」
「結果として役に立ってるでしょ?」
「それはそうだけどさ」
フェルナンドがローラを見た。
「君は遺跡に詳しいのか」
「見た数だけは多い」
「危ないかどうか分かるのか?」
「全部じゃない。でも、残り方とか、仕掛けの置き方とか、入った時の感じで、何となく」
その答えに、フェルナンドがわずかに眉を上げる。
「面白いな」
「そんな風に言われたのは初めて」
「褒めたつもりだ」
「分かってる」
次に口を開いたのはシリルだった。
「ベルノアでは実際に遺跡が暴走しました。しかも、かなり危ないところまで行った」
「聞いている」
「内部の流れが急に跳ねて、放っておけば大きく崩れてました。ローラが先に異常を拾って、俺とカイルが手伝って流れを断ちに行った。調査隊の援護がなければ、たぶん止め切れなかったと思います」
「死者は」
「ありません」
「重傷者もなしとのことです」
フィオナが補うと、フェルナンドは一つ頷いた。
「それは良かった、で済ませてはいけない話だな」
「だからこそ、ここへ来た」
レオニスがそこでようやく口を挟んだ。
「現地を見て、資料を読み直して、噛み合わんものがはっきりしてきた」
「大破壊と終末の話か」
「そうだ」
フェルナンドは机の上に散らばる紙を見た。
「どこまで進んだ?」
「進んだというほど進んではいない。王都近郊の大破壊跡を見せた。そこまでは、既にある記録と現地の擦り合わせだ」
「その上で?」
「こいつらの反応を見た」
レオニスの視線がローラに向く。
「ローラは第一文明と後代の遺跡の様式差に敏い。見ている箇所も、こちらが記録で追う部分と少し違う」
次にこっちへ。
「こいつは説明は下手だが、場の落ち着かなさに先に反応する。王都近郊の大破壊跡より、後代の遺跡の方に違和感を感じていた」
フェルナンドが興味深そうにカイルを見る。
「君が?」
「……言い方はもっとあったと思うんですけど」
「思ったことをそのまま言えばいい」
「えっと……王都近郊の跡は、壊れてるんだなって感じでした。でも、前に見た後代の遺跡は、あるのに何か足りない感じで」
「足りない?」
「部屋も壁もあるのに、そこで人が何してたのか、変なくらい繋がらないというか」
カイルはそこで頭を掻いた。
「うまく言えないんだけど……」
「いや、十分だ」
フェルナンドはすぐにそう返した。
「理屈じゃなく、先にそう感じたんだな」
「はい」
ローラも続く。
「後代の遺跡は、外側は残ってても中身の手触りが薄い。資料で読んだだけだと分からないことが、実際に入るとある」
「シリルはどう見た?」
「俺は資料と現地を照らしてました。残っているはずのものが少ない、というより、抜けてる。年代の割に、文明として続いていた痕跡がうまく繋がらないんです」
フェルナンドはそこでレオニスへ向き直る。
「それで次を見せるつもりか」
「第二文明の遺構をな」
「さっきの北西の件か」
「聞いていたのか」
「聞こえる位置にいた」
「国王が盗み聞きとは、この国も落ちたものだ」
「お前の研究所の扉が薄いのが悪い」
レオニスが心底嫌そうな顔をした。
「お言葉ですが、陛下。研究所の改築に関する予算請求は再三行っております。他の研究室の報告書と予算の資料についても」
「分かった分かった。稟議が下りるよう手を回しておくから、小言はレオニスだけにしてくれ」
「感謝いたします」
国王相手でもこの態度なのかと、ほんの少しだけフィオナから椅子を遠ざけた。
フェルナンドは気にせず続ける。
「既存の記録をなぞるためじゃない。既存の記録で拾い切れない部分を、彼らの目で見たいわけだ」
「そうだ」
「いいな」
レオニスが眉をひそめる。
「軽く言うな」
「軽くはない。村の異変が出発点で、ベルノアでは実際に遺跡が暴れた。お前が追っているものがただの昔話で済まないなら、見られるうちに見ておくべきだ」
その言い方は、さっきまでの気安さとは違っていた。国王として喋っているのだと、カイルにも分かった。
シリルが少し姿勢を正す。
「伯父上、それは後押ししてくださると考えていいんですか」
「必要ならな。少なくとも、妙な横槍で足が止まるのは避けたい」
フィオナが静かに口を開く。
「調査許可と、街道沿いの通行証があると助かります」
「そのくらいなら用意しよう」
「早いですね……」
シリルが小さく言うと、フェルナンドは目を細めた。
「遅い方がいいか?」
「そういう意味ではありません。助かります」
訂正は早かった。
フェルナンドは立ち上がる。
「ただし、人を増やしすぎるな。遺跡は大人数で入れば安全になるものでもない」
「それはそうですね」
ローラが頷く。
「引き返す判断を遅らせるのも良くない。食料、灯り、治療手段は余裕を持て。記録より現地を優先しろ」
そこでフェルナンドは少しだけ笑った。
「昔、それでレオニスに怒鳴られたことがある」
「余計なことを言うな」
「本当なんですか」
シリルが食いつく。
「本当だ」
「言うなと言った」
シリルが吹き出しかけたが、すぐに咳払いで誤魔化した。
フェルナンドは扉の方へ向かいながら、最後にレオニスを見る。
「書類は明日の朝までに通しておく。お前はお前で準備しろ」
「頼んだ覚えはない」
「頼まれなくても必要だと思えばやる」
「面倒な男だ」
「お互い様だろう」
軽く手を上げて、フェルナンドは研究所を出ていった。
扉が閉まる。
少しの間、部屋はしんとしていた。
最初に息を吐いたのはシリルだった。
「心臓に悪い……」
「毎回ああです」
フィオナが即答する。
「慣れませんね」
「私も慣れてはいません」
そう言いながらも、フィオナの声は落ち着いていた。あれで慣れてないって言うのは、さすがに嘘だろう。それくらいでなければ、レオニスの研究所にはいられない、ってことなのかな。
レオニスは既に机の上の地図を広げている。
「無駄話は終わりだ。明日は補給と準備に使う。出るのは明後日の早朝」
ローラがすぐに地図へ身を乗り出す。
「街道を外れるのはこの辺?」
「そうだ。古道の跡が残っている。今の道より歩きやすいが、見落とすな」
シリルも横から覗き込んだ。
「食料の準備はフィオナにお願いしてもいいかな?何しろ20日分だ。みんなバラバラで準備するより、そっちの方が分かりやすい」
「予算については」
「そっちは伯父上に」
「畏まりました。では保存食と水袋、灯り、縄、杭。筆記具は多めに持ちます。現地で見たものをその場で書けるように。それに、治療薬と結界石の予備も要りますね」
フィオナが指折り数えていく。便利だな、この人。
フィオナから視線を外すと、地図の上の印が目についた。王都近郊で見た、砕けて裂けた大破壊の跡。次に行くのは、そういう壊れ方とは違う何かが残っている場所だ。
まだ何も見ていないのに、胸の奥にざらつくものがある。嫌な予感とまでは言えない。ただ、前に後代の遺跡へ入った時の、あの落ち着かなさを思い出す。
隣でローラも地図を見たまま、少しだけ目を細めていた。
「……この辺、夢で見た事があるかも」
「なんで分かるんだ?」
カイルが聞くと、ローラは少し考えてから首を傾げた。
「地形」
「そんなもんで正確に分かるものなのか」
「分かんない。でも、見てないなら見てないで、先入観なしで見られるかも」
レオニスが顔も上げずに言う。
「それでいい。余計な形を先に作るな」
ローラは地図から目を離さないまま、小さく笑った。
「先生、そういう時だけ分かりやすい」
「そういう時だけで十分だ」
カイルはそのやり取りを聞きながら、地図の印を見つめ続けた。
壊れた跡ではなく、残っているのに妙に空っぽな跡。
そこへ入った時、自分は何を感じるのか。まだ分からない。ただ、前と同じなら、たぶん頭より先に体のどこかが気づく。そんな曖昧な確信だけが、胸の奥に残っていた。




