表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/25

第十九話 カイル、国王に会う

村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。


長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。

不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。


終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。


この作品は生成AIを利用しています。

今後は毎週月曜日18:00更新予定です。

 話が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。


 机の上には開いたままの資料と、飲みかけの茶器がいくつも残っている。さっきまであれだけ言葉が飛び交っていたのに、今は紙をめくる音すら止んでいた。


 カイルは背もたれに体重を預けたまま、何となく天井を見た。頭の中には、昼に見た砕けた地面と、前に入った後代の遺跡の、あの妙な空っぽさがごちゃごちゃに残っている。うまく整理はできない。ただ、同じ「古いもの」でも、あれは同じには見えなかった。


「……で、次はどこに行くんです?」


 先に口を開いたのはシリルだった。さっきまでの議論の流れを、そのまま机の上へ戻すような言い方だった。


 レオニスは指先で机を二度ほど叩き、顔を上げる。


「北西だ」


 ローラがすぐに反応した。


「王都の?」


「そうだ」


「どのあたり?」


「古い街道跡の外れに、第二文明後期の遺構がある」


 それだけ言って、レオニスは一度口を閉じた。ローラは続きを待ったが、すぐには出てこない。


「……それだけ?」


「場所としてはな」


「資料は?」


 ローラが不満そうに言うと、レオニスは面倒そうに眉を寄せた。


「お前に先に形を渡しても邪魔になるだけだ」


「邪魔って何」


「見て分かるものまで、先入観で潰すなと言っている」


 そこでシリルが口を挟む。


「でも、候補に挙げた以上、何かあるんでしょう。王都周辺の遺跡なら、先生がとっくに調べていないはずがない」


 レオニスが鼻で笑った。


「そこまで鈍くない」


「そこは疑ってませんよ」


「なら黙って言う通りにしろ」


 シリルは小さく肩を竦めたが、表情は崩していない。聞く姿勢のまま、次の言葉を待っている。


 レオニスは机の上の紙束の一つを指先で押した。


「王都周辺の遺跡は、既存の調査記録もある。私も見ている。報告の蓄積もそれなりにある」


「でしょうね」


「だが、それと現地で受ける印象は別だ」


 レオニスの視線がローラへ向く。


「お前は、様式の差や遺跡ごとの癖を拾う」


 次にカイルへ。


「こいつは、理屈はないが、場の手触りの違いに先に反応する」


「言い方、どうにかならないか」


「あるなら自分で言ってみろ」


「言えないから困ってるんだよ」


 レオニスはそれには答えず続けた。


「私が見てきた遺跡を、ローラがどう見るか。こいつがどう引っかかるか。そこを確かめたい」


 ローラの目が少しだけ細くなる。


「研究所の中で出てこない感触を拾いたいってこと?」


「そうだ」


「最初からそう言えばいいのに」


「お前が先に食いつくからだろうが」


「食いつくに決まってる。遺跡なんだから」


 シリルがふっと笑う。


「ローラはブレないね」


 カイルは腕を組んだまま、ぼんやりと机の上を見た。王都近郊で見た壊れ方は、壊れた跡としては分かりやすかった。けれど、前に見た後代の遺跡は、もっと嫌だった。何が、とは言えない。残っているのに、中身だけ抜けているようなあの感じが、今も喉の奥に残っている。


「その遺跡、後代の中でも変なんですか」


「報告が噛み合わん」


 レオニスは短く言った。


「同じ場所を見ているはずなのに、記録の焦点が妙に揃わない。残っているものの書き方も、現地で見た印象とズレる」


「先生が見ても?」


「ああ」


 それだけで、ローラの姿勢が少し前へ寄った。


「行きたい」


「明後日だ」


「遅い」


「私に言うな」


 レオニスの視線がフィオナに向く。フィオナはなんでもない顔をして、算盤を弾いていた。


「さすがの先生も形無しですね」


 シリルがさらりと言う。レオニスは心底嫌そうな顔をしたが、否定はしなかった。


 その時、研究所の扉が二度、軽く叩かれた。


 返事を待たずに扉が開く。


「まだ起きていたか、レオニス」


 ひょいと顔を覗かせた男は、年の頃はレオニスと大きく変わらない。外出用の上質な濃色の外套を無造作に羽織っているが、生地も仕立ても良く、立ち姿だけでその辺の人間ではないと分かる。気安い調子で扉をくぐってきたのに、部屋の空気が一瞬だけ張った。


 レオニスは露骨に顔をしかめた。


「帰れ」


「扱いが雑だな」


「お前に丁寧さが必要か?」


「少しは欲しいところだが」


 男は気にした様子もなく中へ入ってくる。その視線がカイルとローラを通り過ぎ、シリルに留まった瞬間、シリルが立ち上がった。


「へ、陛――」


「口を閉じろ」


 レオニスの声が即座に飛ぶ。シリルは慌てて口をつぐんだ。フィオナは一瞬だけ表情を固くしたが、すぐに平静へ戻った。慣れているのだろうが、慣れていても気は抜けないらしい。


 カイルは隣のローラと顔を見合わせた。


「……へいか?」


「たぶん、そのへいか」


 小声のやり取りの直後、男が気軽に頷く。


「フェルナンド・アルシアだ」


 ローラがぱちぱちと瞬く。


「えっ」


「えっ、じゃありませんよ……」


 シリルが額に手を当てた。さっきまでの自然な調子はそのままなのに、さすがに声に困惑が混じる。


「どうしてここにいるんですか、伯父上」


「どうしてと言われてもな。少し顔を出しただけだ」


「国王が言う台詞じゃありません」


「そうか?」


「そうです」


 フェルナンドはそこでようやく笑った。


「相変わらず堅いな」


「誰のせいだと思ってるんです」


「エレオノーラに似たか」


「似てません」


 即答だった。


 レオニスが深いため息をつく。


「で、何をしに来た」


「見ない顔がいると思ってな」


「好奇心だけで動くな」


「好奇心だけではない」


 フェルナンドは空いた椅子へ自然に腰を下ろした。勝手知ったる様子だったが、フィオナが止める気配を見せないあたり、これ自体は珍しいことではないのだろう。


 フェルナンドの視線が改めてカイルとローラへ向く。


「君たちがベルノアから来た客か」


「客っていうか……」


 ローラが小さく呟く。


「間違ってはいませんね」


 シリルが挟んだ。


「それで済ませていいのか?」


「他に言い方が思いつきません」


 フェルナンドは軽く肩を揺らすと、そのままカイルに目を向けた。


「君、名前は?」


「カイルです」


「話せる範囲でいい。どうしてここにいる」


 声音は穏やかだった。命じるような響きはない。ただ、答えを待つ時の静けさが妙に重い。


 カイルは少し迷ったが、ここまでの流れを順に話した。エルサ村で起きた異変。長老バルドに外へ出されたこと。道中でローラと会ったこと。リシュカで各地の異変と大破壊の話を聞いたこと。ベルノアへ向かい、そこでシリルと出会ったこと。


「その前にも遺跡には寄ってます」


 ローラが横から言った。


「寄り道みたいに言わないで」


「俺からすると十分寄り道だったけどな」


「結果として役に立ってるでしょ?」


「それはそうだけどさ」


 フェルナンドがローラを見た。


「君は遺跡に詳しいのか」


「見た数だけは多い」


「危ないかどうか分かるのか?」


「全部じゃない。でも、残り方とか、仕掛けの置き方とか、入った時の感じで、何となく」


 その答えに、フェルナンドがわずかに眉を上げる。


「面白いな」


「そんな風に言われたのは初めて」


「褒めたつもりだ」


「分かってる」


 次に口を開いたのはシリルだった。


「ベルノアでは実際に遺跡が暴走しました。しかも、かなり危ないところまで行った」


「聞いている」


「内部の流れが急に跳ねて、放っておけば大きく崩れてました。ローラが先に異常を拾って、俺とカイルが手伝って流れを断ちに行った。調査隊の援護がなければ、たぶん止め切れなかったと思います」


「死者は」


「ありません」


「重傷者もなしとのことです」


 フィオナが補うと、フェルナンドは一つ頷いた。


「それは良かった、で済ませてはいけない話だな」


「だからこそ、ここへ来た」


 レオニスがそこでようやく口を挟んだ。


「現地を見て、資料を読み直して、噛み合わんものがはっきりしてきた」


「大破壊と終末の話か」


「そうだ」


 フェルナンドは机の上に散らばる紙を見た。


「どこまで進んだ?」


「進んだというほど進んではいない。王都近郊の大破壊跡を見せた。そこまでは、既にある記録と現地の擦り合わせだ」


「その上で?」


「こいつらの反応を見た」


 レオニスの視線がローラに向く。


「ローラは第一文明と後代の遺跡の様式差に敏い。見ている箇所も、こちらが記録で追う部分と少し違う」


 次にこっちへ。


「こいつは説明は下手だが、場の落ち着かなさに先に反応する。王都近郊の大破壊跡より、後代の遺跡の方に違和感を感じていた」


 フェルナンドが興味深そうにカイルを見る。


「君が?」


「……言い方はもっとあったと思うんですけど」


「思ったことをそのまま言えばいい」


「えっと……王都近郊の跡は、壊れてるんだなって感じでした。でも、前に見た後代の遺跡は、あるのに何か足りない感じで」


「足りない?」


「部屋も壁もあるのに、そこで人が何してたのか、変なくらい繋がらないというか」


 カイルはそこで頭を掻いた。


「うまく言えないんだけど……」


「いや、十分だ」


 フェルナンドはすぐにそう返した。


「理屈じゃなく、先にそう感じたんだな」


「はい」


 ローラも続く。


「後代の遺跡は、外側は残ってても中身の手触りが薄い。資料で読んだだけだと分からないことが、実際に入るとある」


「シリルはどう見た?」


「俺は資料と現地を照らしてました。残っているはずのものが少ない、というより、抜けてる。年代の割に、文明として続いていた痕跡がうまく繋がらないんです」


 フェルナンドはそこでレオニスへ向き直る。


「それで次を見せるつもりか」


「第二文明の遺構をな」


「さっきの北西の件か」


「聞いていたのか」


「聞こえる位置にいた」


「国王が盗み聞きとは、この国も落ちたものだ」


「お前の研究所の扉が薄いのが悪い」


 レオニスが心底嫌そうな顔をした。


「お言葉ですが、陛下。研究所の改築に関する予算請求は再三行っております。他の研究室の報告書と予算の資料についても」


「分かった分かった。稟議が下りるよう手を回しておくから、小言はレオニスだけにしてくれ」


「感謝いたします」


 国王相手でもこの態度なのかと、ほんの少しだけフィオナから椅子を遠ざけた。

 

 フェルナンドは気にせず続ける。


「既存の記録をなぞるためじゃない。既存の記録で拾い切れない部分を、彼らの目で見たいわけだ」


「そうだ」


「いいな」


 レオニスが眉をひそめる。


「軽く言うな」


「軽くはない。村の異変が出発点で、ベルノアでは実際に遺跡が暴れた。お前が追っているものがただの昔話で済まないなら、見られるうちに見ておくべきだ」


 その言い方は、さっきまでの気安さとは違っていた。国王として喋っているのだと、カイルにも分かった。


 シリルが少し姿勢を正す。


「伯父上、それは後押ししてくださると考えていいんですか」


「必要ならな。少なくとも、妙な横槍で足が止まるのは避けたい」


 フィオナが静かに口を開く。


「調査許可と、街道沿いの通行証があると助かります」


「そのくらいなら用意しよう」


「早いですね……」


 シリルが小さく言うと、フェルナンドは目を細めた。


「遅い方がいいか?」


「そういう意味ではありません。助かります」


 訂正は早かった。


 フェルナンドは立ち上がる。


「ただし、人を増やしすぎるな。遺跡は大人数で入れば安全になるものでもない」


「それはそうですね」


 ローラが頷く。


「引き返す判断を遅らせるのも良くない。食料、灯り、治療手段は余裕を持て。記録より現地を優先しろ」


 そこでフェルナンドは少しだけ笑った。


「昔、それでレオニスに怒鳴られたことがある」


「余計なことを言うな」


「本当なんですか」


 シリルが食いつく。


「本当だ」


「言うなと言った」


 シリルが吹き出しかけたが、すぐに咳払いで誤魔化した。


 フェルナンドは扉の方へ向かいながら、最後にレオニスを見る。


「書類は明日の朝までに通しておく。お前はお前で準備しろ」


「頼んだ覚えはない」


「頼まれなくても必要だと思えばやる」


「面倒な男だ」


「お互い様だろう」


 軽く手を上げて、フェルナンドは研究所を出ていった。


 扉が閉まる。


 少しの間、部屋はしんとしていた。


 最初に息を吐いたのはシリルだった。


「心臓に悪い……」


「毎回ああです」


 フィオナが即答する。


「慣れませんね」


「私も慣れてはいません」


 そう言いながらも、フィオナの声は落ち着いていた。あれで慣れてないって言うのは、さすがに嘘だろう。それくらいでなければ、レオニスの研究所にはいられない、ってことなのかな。


 レオニスは既に机の上の地図を広げている。


「無駄話は終わりだ。明日は補給と準備に使う。出るのは明後日の早朝」


 ローラがすぐに地図へ身を乗り出す。


「街道を外れるのはこの辺?」


「そうだ。古道の跡が残っている。今の道より歩きやすいが、見落とすな」


 シリルも横から覗き込んだ。


「食料の準備はフィオナにお願いしてもいいかな?何しろ20日分だ。みんなバラバラで準備するより、そっちの方が分かりやすい」


「予算については」


「そっちは伯父上に」


「畏まりました。では保存食と水袋、灯り、縄、杭。筆記具は多めに持ちます。現地で見たものをその場で書けるように。それに、治療薬と結界石の予備も要りますね」


 フィオナが指折り数えていく。便利だな、この人。


 フィオナから視線を外すと、地図の上の印が目についた。王都近郊で見た、砕けて裂けた大破壊の跡。次に行くのは、そういう壊れ方とは違う何かが残っている場所だ。


 まだ何も見ていないのに、胸の奥にざらつくものがある。嫌な予感とまでは言えない。ただ、前に後代の遺跡へ入った時の、あの落ち着かなさを思い出す。


 隣でローラも地図を見たまま、少しだけ目を細めていた。


「……この辺、夢で見た事があるかも」


「なんで分かるんだ?」


 カイルが聞くと、ローラは少し考えてから首を傾げた。


「地形」


「そんなもんで正確に分かるものなのか」


「分かんない。でも、見てないなら見てないで、先入観なしで見られるかも」


 レオニスが顔も上げずに言う。


「それでいい。余計な形を先に作るな」


 ローラは地図から目を離さないまま、小さく笑った。


「先生、そういう時だけ分かりやすい」


「そういう時だけで十分だ」


 カイルはそのやり取りを聞きながら、地図の印を見つめ続けた。


 壊れた跡ではなく、残っているのに妙に空っぽな跡。


 そこへ入った時、自分は何を感じるのか。まだ分からない。ただ、前と同じなら、たぶん頭より先に体のどこかが気づく。そんな曖昧な確信だけが、胸の奥に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ