第十八話 カイル、遺跡を語る
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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王都へ戻った頃には、空がもう薄く紫がかっていた。
白い城壁も、昼間とは違ってどこか遠く見える。行きは早く感じた道のりが、帰りは少し長かった。疲れていたわけではない。けれど、王都近郊に残る大破壊跡を見た後では、石畳の整った通りも、妙に場違いなほど穏やかに思えた。
研究所へ戻ると、フィオナが真っ先に荷を下ろし、測定具と記録を机の上へ並べた。レオニスは外套を脱ぐより先に、持ち帰った紙束を広げている。シリルも当然のようにその隣へ行った。ローラは部屋の中央まで来たところで一度だけ足を止め、そこから静かに机の方を見る。
カイルだけが、少し遅れて腰の剣を外した。
「……何か、王都に戻ってきた感じがしないな」
ぽつりとそう言うと、シリルが顔を上げた。
「研究所に戻ってきた感じはするけどね」
「あっち行ってもこっち行っても遺跡、遺跡だ」
「何を今更」
レオニスはそのやり取りに構わず、机の端を指で叩いた。
「座れ」
短い。
五人が机を囲む。研究所の中は相変わらず紙の匂いが濃い。外の夕方の色とは切り離されたような空気の中で、レオニスがようやく顔を上げた。
「では」
それだけ言って、まずシリルを見る。
「お前から」
「俺ですか?」
「資料を一番先に頭で組もうとするのはお前だ」
「それ、褒めてませんよね」
シリルは苦笑してから、少しだけ考える顔になった。
「……まず、あの遺跡が“大破壊の跡”だっていうのはよく分かりました」
「誰が見ても同じことを言うだろうな」
「前置きくらいさせてください」
シリルはそう言って、机の上の紙へ視線を落とす。
「資料で読んでた時は、もっとこう……年代とか規模とか、頭の中で整理されたものとして見てた。でも現物は違う。壊れ方が露骨だった。でかいし、荒いし、何より“壊された”感じが強い」
レオニスは黙って聞いている。
「あと、ベルノアの暴走遺跡と地続きには見えた。規模は比べものにならないけど、壊れ方の向きは近い。吹き飛ぶ、裂ける、焼ける。そういう意味で、図書館で見た“大破壊”って言葉が初めて実感になった」
「それだけか」
「それだけ、って言わないでくださいよ」
「まだあるなら早く言え」
シリルは少し眉を寄せたが、やがて肩をすくめた。
「じゃあもう一つ。あの場では変だって思わなかった。いや、変ではあるんだけど、分からない壊れ方じゃなかった。怖いけど、何かが起きてこうなったんだろうなっていう線は追えた」
レオニスがそこでようやく頷いた。
「次」
今度はローラへ向く。
ローラは最初から机の端に肘をつき、組んだ指へ顎を乗せていた。だが呼ばれるとすぐに顔を上げた。
「前に見た危ない遺跡と近かった」
「どこが」
「壊れ方」
ローラは即答する。
「壁の断面。焼けた跡。石の割れ方。ああいうの、前にも見た」
「ベルノアか」
「それもあるし、その前のも」
カイルはそこで思い出す。最初にローラと出会った遺跡のことだ。自分が不用意に近づいて、危うくやられかけたあの遺跡。
「あと」
ローラは少しだけ言葉を探した。
「人がいた場所って感じは、あんまりしなかった」
「……ああ」
カイルは思わず小さく声を漏らした。
レオニスの目がそちらへ来るが、何も言わずローラへ戻る。
「続けろ」
「後の時代の遺跡って、部屋とか台座とか、棚とか、壊れてても“人がいた場所”には見える。でも今日のは、そういう感じより先に、よく分からないものが壊れてる感じが強かった」
「なるほど」
シリルが低く言う。
「人がいた跡より、壊れた跡が前に出る」
「そう」
ローラは頷いた。
「だから前に見た危ない遺跡の延長に見えた」
レオニスはそれを聞いてもまだ何も言わなかった。ただ、指先で机を二度ほど叩く。
「次」
レオニスの目がこっちに向く。覇気があるわけでもないのに、眼光だけが嫌に鋭い。
「俺かよ」
「他に誰がいる」
カイルは少しだけ黙った。
言葉にしにくかった。シリルみたいに資料と現地を繋げることもできないし、ローラみたいに遺跡ごとの差をすらすら言えるわけでもない。
それでも、見たものは残っている。
「……でかかったです」
最初に出たのはそれだった。
シリルが少し笑いそうになっていたが、フィオナに横目で見られて黙った。
「本当に、でかかった。ベルノアの時も危なかったけど、あれは一つの遺跡って感じだった。今日は、見えるところ全部が壊れてる感じで……どこ見ても壊れてるから、なんていうか……怖かった」
「怖かった、か」
レオニスが確かめるように呟く。
「いや、その……」
カイルは頭を掻く。
「ベルノアの遺跡は、きっと、ああなる前だったんだって。同じように暴走して、吹っ飛んで、ああなったんだなって」
膝の上で指を弄んで、頭の中にある紐を一つ一つ結んで、どうにか言葉にして紡ぎ出す。
「後の時代の遺跡って、もっとこう……何も残ってなかった。棚とかはあるし、人がいたんだろうなって部屋はあるのに、えっと……何をして生きていたのか、何も分からなかった」
思い出そうとして、頭の中で像が結びつかない。覚えておくだけの材料が、何もなかった。
視界の端で、ローラが少しだけ頷いた。
「でも今日のは、壊れてるって感じが先に見えた。何だったのかより、壊れた後の方が目についた」
言いながら、自分でも妙だと思った。上手く言えた気はしない。だが、研究所の中は静かなままだった。誰も急かさない。
「それと」
カイルは少しだけ視線を落とす。
「前に見た後の時代の遺跡の方が、変に落ち着かなかった」
「……ほう」
今度はレオニスが明確に反応した。
「何でそう思う」
「分からないです」
そこはすぐに答えた。
「今日のは怖かった。すごいし、壊れてるし、近づきたくない感じはある。でも、前に寄り道した後の時代の遺跡の方が、何か……」
また言葉が詰まる。
ローラが少しだけ首を傾げた。
「何」
「空っぽ、っていうか」
カイルはそこでようやく、その言葉に辿り着いた。
「今日のは壊れてる。でも前のは、壊れてるより先に、何か抜けてる感じがした」
部屋が少しだけ静まる。
シリルが先に息を吐いた。
「空っぽ、ね」
ローラは黙ったまま、カイルを見ている。
レオニスは初めて、口元にうっすらと興味の色を浮かべた。
「面白いな」
「何が」
面白いことを言ったつもりはない。そもそも、自分でも何を言ってるのか、よく分からないくらいだ。
「お前だ」
と返ってきた。
「やめろよ」
居心地が悪くて、顔を背けた。
「先生」
フィオナがすかさず低い声を出す。
「言い方」
「事実だ」
「それでは伝わりません」
その小さな応酬のあと、レオニスは椅子へ深く座り直した。
「よし。話を戻す」
今度は自分から机の中央へ紙を引き寄せる。
「シリル。お前は“壊れ方が追える”と言った。ローラ。お前は“危険な遺跡の延長に見える”と言った。カイル。お前は“後の時代の遺跡の方が空っぽで落ち着かない”と言った」
「そうなるのか、今の」
よく分からないまま訊ねると、
「なる」
とだけ返ってくた。
「で、先生。そろそろ本題に入ってもらえませんか」
シリルが身を乗り出した。
レオニスは少しだけ指先を組む。
「まず、今日見た大破壊跡は、お前たち三人の感覚の中でほぼ一致している。でかい。荒い。物理的に壊れている。危険な遺跡の延長として見える。ここはいい」
「うん」
ローラが頷く。
「次に、カイルの違和感だ」
「俺?」
「お前だ」
レオニスは続ける。
「お前は遺跡に詳しくない。だからこそ、その感覚は雑音が少ない。後の時代の遺跡の方が落ち着かない、というのは重要だ」
シリルがそこで小さく眉を寄せた。
「つまり、人の痕跡はあるのに文明の中身が消えてる方が、感覚としては気味が悪いってことか」
「そうだ」
「でも普通、危険な遺跡の方が嫌なのでは」
シリルが言うと、レオニスは首を振った。
「理屈の上ではな。だが、人は“目に見えた危険物”より、“よく分からない違和感”の方に不自然さを覚えることがある」
「目に見える狼より、暗闇で聞こえる唸り声の方が怖い、みたいなもんか」
「例えが村人」
ローラがぽつりと言った。
「ほっとけ」
少し待ってから、レオニスが口を開く。
「大破壊は、少なくとも今日見た限りでは、壊れるという概念で理解できる。だが後の時代の遺跡は違う。人がいた形があるのに、文明としての中身がない」
「殻だけ残ってる」
シリルが言う。
「そうだ」
レオニスは頷いた。
「お前たちが図書館で見た資料とも一致する。第二、第三、第四文明は、建物や部屋や台座のような外側はある。だが、技術、記録、制度のような文明の中核だけが残っていない」
「だから、カイルでも変に感じる」
ローラが言う。
「理屈は分からなくても」
「そういうことだ」
レオニスはそこでようやく、少しだけ満足そうに目を細めた。
カイルは机の端を見ながら、小さく言う。
「別に、そんな大層なこと考えてたわけじゃないですけど」
「考えなくていい」
レオニスは即座に切る。
「考えていない感覚の方が役に立つこともある」
「先生、それ褒めてるつもりですか」
フィオナが言う。
「褒めている」
「伝わりにくいです」
「そう思うならお前が伝えろ」
そのやり取りに、シリルがとうとう吹き出した。
「フィオナ、話が進まないからその辺で」
「失礼しました」
レオニスは平然としている。
「じゃあ結局、先生の違和感というのはどこなんですか」
シリルが訊くと、レオニスは机の上の年表を引き寄せた。
「違和感は二つある」
今度は少しだけ言葉を選ぶように話した。
「一つは、大破壊の記録と終末の年代が揃わないこと。もう一つは、今日見たような大破壊の跡と、後の時代の遺跡に残る“空っぽさ”が、同じ現象の結果とは思えんことだ」
カイルはそこでようやく、今日の話が図書館と繋がった気がした。
「じゃあ先生は、大破壊と終末を別に見てるのか」
「ああ」
短い答えだった。
「少なくとも今は、その方が筋が通る」
「でも証拠はない」
「そうだ」
そこも即答だった。
「だからまだ仮説だ」
レオニスは紙を机へ置いた。
「証拠がないうちに断定するのは愚かだ。だが、違和感を見なかったことにするのも、同じくらい愚かだ」
ローラは肘をついたまま、指先で机を軽く叩いた。
「じゃあ次は、終末の跡が残ってる遺跡?」
「そうなる」
レオニスが答える。
「今日のものと比べられる場所へ行く」
フィオナがすぐに口を挟む。
「その前に整理です。今日の記録をまとめます。先生が先に飛び出すとまた話が散ります」
「散らん」
「先生と違って、皆さんには整理する時間が必要です」
「……分かった、では出発は明後日だ。往復で20日は見ておけ」
「その距離を明日出発するつもりだったんですか……」
フィオナは小さく息を吐いて、次の瞬間から視線を慌ただしく動かし始めた。準備に関しては、彼女に任せておけば安心だろうという信頼感が、すでに全員に共有されつつあった。
シリルは椅子へもたれ、長く息を吐いた。
「でも、ようやく筋が見えてきた気がするね」
「どの筋だよ」
カイルが訊く。
「少なくとも、“大破壊”って言葉の中身は見えた。あとは、それと違うものを見に行く」
ローラが頷く。
「比べないと分からない」
カイルは机の上の紙を見る。年表も、断面図も、自分にはまだ難しい。けれど今日見た遺跡の壊れ方は、紙よりずっと頭に残っていた。
そして、前に見た後の時代の遺跡の静けさも、妙に思い出されていた。
壊れていた。
でも、それだけじゃなかった。
うまく言えないまま残っていたものに、今、ようやく少しだけ言葉が付き始めている。
レオニスは最後に、机の上を軽く叩いた。
「今日はここまでだ。各自、忘れる前に書き出しておけ」
「先生もですか」
フィオナが訊く。
「私が忘れるように見えるか」
「では今後、資料の整理は必要ありませんね」
「お前、最近厳しくないか」
「昔からです」
それで話は終わった。
紙の匂いの濃い研究所の中で、五人はそれぞれ今日見たものを、言葉へ起こし始める。
王都近郊の大破壊跡は、ただの見学では終わらなかった。
それぞれの感覚を持ち寄ったことで、ようやく次に何を見に行くべきかが、少しだけはっきりしたのだった。




