第十六話 カイル、偏屈学者と会う
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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王立図書館を出て、シリルが案内した先は、王都の中心から少し外れた静かな区画だった。
官庁や学院のような建物が並ぶ通りを外れると、急に人の数が減る。代わりに石塀と木立が増え、時折、庭の手入れをしている使用人の姿が見えた。大通りの喧騒はまだ遠くで鳴っているのに、このあたりだけ別の街みたいに落ち着いている。
「王都って、こういう場所もあるんだな」
カイルが言うと、シリルが肩を竦めた。
「何だと思ってたんだ」
「もっと、全部がうるさいのかと」
「それだと王族も学者も住めないでしょ」
「王族は知らんけど、学者はむしろうるさい方がいいんじゃないのか」
「何でだよ」
「変わり者が多そうだから」
その言い方に、ローラが小さく吹き出した。
「会う前から失礼」
「だって、偏屈なんだろ?」
「かなりね」
シリルが即答する。
「でも、頭は切れる。あと、無駄と判断したことには一切興味を持たない。
「嫌だなあ」
「だから先に言ってるんだよ」
通りの突き当たりに見えてきたのは、大きすぎず、小さすぎもしない石造りの館だった。王立図書館やベルノア侯の館ほど整えられてはいないが、古びた感じとも違う。増築を重ねたらしい棟がいくつか繋がっていて、窓の形や屋根の高さが微妙に揃っていない。庭というより作業場に近い空き地には、木箱と石片と、よく分からない金属枠が積まれていた。
「研究所って感じするな」
カイルが呟くと、シリルの目がこっちを向いた。
「他にも見たことがある?」
「いや、ないけど……」
「村人の背伸び」
「うるせーよ」
門扉は閉じていなかった。敷地へ入ると、奥の建物の窓が一つだけ開いていて、紙の束を片手に抱えた女の子がちょうどそれを閉めるところだった。年はカイルたちとそう変わらない。十九か二十か、そのあたりだろう。濃い緑色の髪を後ろでまとめ、動きやすそうな服の上から短い外套を羽織っている。腰には短杖のようなものを提げていた。
彼女はこちらに気づくと、一瞬だけ目を細めた。警戒というほどではないが、射抜くような視線に尻込みする。
「……シリル様」
「久しぶり、フィオナ」
「久しぶり、で済ませる気ですか。事前に連絡くらいはくださいといつも言っているでしょう」
「急だったからね」
「まったく、あなたといい、先生といい……」
最後の文句は建物の中に向いていた。
中から返ってきたのは声ではなく、何かが床に落ちる音だった。
フィオナは一瞬だけ目を閉じた。慣れているらしい。
「今の、先生?」
「ええ。資料の山が崩れる音です」
そのまま、フィオナはカイルとローラへ視線を移した。
「そちらは?」
「カイルとローラ。ベルノアから」
「そうですか」
短い。だがそっけないというより、まず観察している感じだ。視線が旅装、剣、水袋、ローラの腰のショートソードまで一通り流れる。
「中へ。先生は待っていないでしょうけど、放っておくと永遠に出てこないので」
案内された室内は、図書館とは別種の紙の匂いがした。
あちらが整然と積まれた知識なら、こちらは使い散らかされた知識だ。本棚も机もあるのに、それだけでは足りないのか、床にも椅子の上にも窓辺にも紙束がある。地図、断面図、年表、写本の書き抜き。壁には遺跡の構造図らしいものが何枚も貼られ、その上から別の紙が留められている。どこからどこまでが整理されていて、どこからが散乱なのか、見ただけでは分からない。
その中心に、一人の男がいた。
机に向かっているというより、紙束に埋まっている。細身で、背はそこまで高くない。髪はやや長めで、整えていないのに不潔には見えない。年は三十代後半くらいだろうか。上着を脱いだまま、袖を捲って、片手に羽根ペンを持っている。
「先生」
フィオナが呼んでも、すぐには返事がない。
「先生」
二度目でようやく、男は顔を上げた。目の下には少しだけ隈があるのに、目そのものは妙に鋭かった。値踏みされているようで落ち着かない。
「……シリルか」
「はい」
「ベルノアは遠いはずだが」
「歩いてました」
「当たり前のことを言うな」
そこまで言って、レオニスの視線がこちらへ来る。カイルは何となく背筋を伸ばしたが、ローラはいつも通りだった。
「それで」
レオニスが言う。
「何を持ってきた」
挨拶より先にそれだった。
シリルは苦笑したが、慣れているらしい。懐から紹介状を出す。
「父上から。あと、母上の名前も使っていいって」
「使うなとは言わんが、便利に使うな」
そこでカイルが小さく首を傾げた。
「母上?」
ローラもシリルを見る。
「うん」
シリルは手紙をレオニスに渡しながら頷いた。
「母上はアルシア王国の第四王女、エレオノーラ・アルシア。王家からベルノアに降嫁してきた」
「それで、半分身内、か」
「そういうこと」
「でも、それとこれがどう繋がるんだ?」
レオニスは紹介状の封を切りながら、面倒そうに目を細めた。
「繋がるも何も、昔教えていた」
「教えていた?」
今度はローラが訊く。
「母上を?」
「そういうこと」
シリルが答える。
「先生は昔、王家付きの家庭教師をしてた。母上も教え子の一人」
「昔のことだ」
レオニスが紙へ目を落としたまま言う。
「今さら名前を盾に使われても困る」
「でも使っていいって言ったのは母上だから」
「余計に質が悪い」
フィオナが小さく息を吐いた。
「先生は文句を言いながら、結局無下にはしませんから」
「余計なことを言うな」
「事実です」
やり取りだけ聞いていると、まるで昔から決まっている流れみたいだった。カイルはようやく少しだけ腑に落ちる。ベルノア侯から王立図書館宛の紹介状が出るのは分かる。だが、王都の偏屈な研究者へも話が通るのは、ただの学者づきあいではないらしい。
レオニスは手紙を流し読みしていたが、その途中で眉が一度だけ動いた。
「……ベルノア領内の遺跡が暴走」
短く読み上げてから、顔を上げた。
「誰が止めた」
「三人で」
シリルが言い、次いでローラを示す。
「危険性を最初に見抜いたのはローラ」
次にカイルへ顎を向ける。
「現場で流れを断つ時に動いたのはカイル」
最後に自分を指す。
「俺はその間の繋ぎです」
「ずいぶん素直に分けるな」
レオニスが言うと、シリルは肩を竦めた。
「嘘を、ついても仕方ないので」
レオニスはそこでローラを見た。
「お前がローラか」
「はい」
「遺跡を見て、危険な様式を見分けたとある」
「気をつけた方がいいとは言った」
「断言はしなかったのか」
「絶対って言うの嫌いだから」
その返しに、レオニスは少しだけ口元を動かした。笑ったのかどうかは曖昧な程度に。
「悪くない」
次に、カイルへ視線が移る。
「お前は?」
「カイルです」
「エルサ村の異変の当事者か」
「はい」
「なるほど」
それだけだった。だが、その短さの中で一通りの評価が済んだ感じがして、少し居心地が悪い。
フィオナはその間に、三人の分の椅子を紙束から掘り出していた。椅子の上に置かれていた写本を抱えて別の山へ移し、その上にさらに崩れかけていた紙を整えて、ようやく座れる場所を作る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
カイルが言うと、フィオナは小さく会釈した。動きは無駄がないが、先生に対する時ほど尖ってはいない。
腰を下ろすと、シリルがすぐに口を開いた。
「図書館で色々見てきました」
レオニスが机の上のメモをちらりと見る。
「まず、文明の数。最低四つある」
「それで?」
「便宜的に第一、第二、第三、第四文明って呼ばれてる。遺跡の様式と年代差で分けてるだけで、固有名は不明」
「そこまでは通説だな」
シリルは頷いて続ける。
「ただ、第一文明だけがやっぱりおかしい。攻撃性能を残したまま見つかってる遺跡は全部そこに入る」
ローラがそこで口を挟む。
「それは実地でもそう。攻撃してくる遺跡は、他の遺跡と残ってるものが違う」
レオニスの目が細くなる。
「お前もそう見たか」
「うん」
「続けろ」
腕を組むレオニスに向けて、シリルが指を一本立てた。
「第一文明だけは、兵器機構も、技術断片も、解読可能な記録媒体も残ってる」
「そうだ」
「でも第二、第三、第四文明は、遺跡の殻はあるのに中身がない」
「中身、か」
「生活の場所らしき部屋とか、台座とか、そういうのは見つかる。でも、文明の中身を示すものが何もない。技術、制度、国家記録、研究資料、そういうのがごっそり抜けてる」
カイルはそこで口を挟んだ。
「日記みたいなのはあるんだろ」
「ああ」
シリルが頷く。
「同年代の民間日記とか、メモの切れ端とか、その程度はある。でもそれがどんな文明だったのか、何をしていた文明なのかが分かるような資料は残ってない」
レオニスはそこで、指先で机を軽く叩いた。
「そこだ」
短く言って、机の端にあった紙束を引き寄せる。
「最古層だけが兵器と情報を残し、後の文明は揃いも揃って中身がない。殻だけが残っている」
その言い方に、カイルはさっき図書館で感じた引っかかりが、少しだけ形になるのを感じた。
シリルはさらに続ける。
「大破壊の記録も見ました。年代と規模の資料も」
「それで?」
「文明が終わったと考えられてる年代と、大破壊が起きた年代が必ずしも一致してない」
レオニスは黙ったまま聞いている。
「しかも、大破壊は最後の終末以前にも起きてる」
そこでローラが少し眉を寄せた。
「それ、変よね」
「変だな」
レオニスが初めてはっきり頷いた。
「そこが主流説の気に入らんところだ」
カイルが思わず訊く。
「主流説って、大破壊が終末を起こしたってやつですか」
「そうだ」
レオニスは年表を引っ張り出し、机の上へ広げた。王立図書館で見たものと似ているが、こちらは余白に細かい書き込みがびっしりある。
「連中は、大破壊が文明の終末を引き起こしたと考える。痕跡はある。記録もある。だからな」
「でも、ずれてる」
シリルが言う。
「そうだ。ずれている」
レオニスは紙を指で叩いた。
「大破壊が起きた記録はある。だが、それが文明断絶の直接原因なら、なぜ文明が続いた時期の大破壊がある。なぜ文明の最後と一致しない例がある」
その声には苛立ちが混じっていた。誰かに怒っているというより、長年噛み合わないものを見続けてきた苛立ちだ。
「私が引っかかっているのはそこだ。大破壊は確かにある。だが終末の本体と断定するには、辻褄が合わない点がまだ残っている」
「終末の本体」
カイルが思わず繰り返すと、レオニスの目が向いた。
「言葉の綾だ。大げさに聞こえたなら忘れろ」
「でも、つまり」
「大破壊が起きたから文明が滅んだ、というのは説明として綺麗すぎる」
そう言って、別の資料を出す。そこには、ある年代の都市部が焼失した記録と、その後もしばらく生活が続いていた痕跡が並んでいた。
「大破壊は起きる。何度も起きる。だが、それだけでは文明は終わらない場合がある」
ローラが静かに言う。
「じゃあ、文明を終わらせたのは別?」
「私はそう考えている」
レオニスはそこで初めて、はっきりと頷いた。
「ただし、何かまでは分からん。分からんものを分かったふりで埋める気はない」
その言い方には変な気取りがない。ただ本当に、そこだけは譲らないという響きがある。
ローラは今まで珍しく黙って聞いていたが、そこで口を開いた。
「攻撃してくる遺跡と、そうじゃない遺跡の違いは」
「ある」
レオニスは迷わなかった。
「少なくとも、残っている構造が違う。危険なものは“機能”として作られている。後の時代の遺跡は、人が使っていた場所の殻だけが残っているものが多い」
ローラは小さく頷く。
「やっぱり」
レオニスは指を一本立てた。
「人が使う部屋や台座が残っているからといって、その文明の姿が残っているわけではない。むしろ逆だ。第二、第三、第四文明は、建物の外殻こそ見つかるが、文明を文明たらしめていた技術、制度、記録の類が完全に抜け落ちている」
その言葉に、カイルは少し身を乗り出した。
「抜け落ちてる」
「そうだ。生活の場所らしきものはある。祭祀の場らしきものもある。だが、それだけだ。どういう国で、何を知り、何を作り、どう滅んだかを示す中身がない」
レオニスは広げた資料の余白を叩く。
「最古の第一文明だけが兵器も技術断片も記録媒体も残している。後の文明は、殻だけが残って中身がない。この差を偶然で片づけるには無理がある」
シリルが低く言う。
「つまり、後の文明は“残らなかった”んじゃなく、“残ってない”」
「そういうことだ」
そこで初めて、カイルにもはっきり線が引けた気がした。ベルノアまでの遺跡巡りで見た“人が使う場所”の感じは、文明がよく残っている証拠ではなかった。むしろ、部屋や台座みたいな殻だけを残して、肝心の文明の中身が消えている。残っていたのは「人がいたかもしれない」それだけだ。その異様さを、レオニスは言葉にしているのだ。
「分かってきた?」
ローラが小声で言う。
「前よりは」
「それで十分」
レオニスはそのやり取りには構わず、別の紙束を引き寄せた。
「大破壊の記録も同じだ。王立図書館の連中は年代表を並べて終わる。だが現地を見ていない」
「現地?」
シリルが訊く。
「王都から二日圏内に、大破壊の記録が残っている遺跡が一つある。古い再探査報告もあるが、止まったままだ」
そこでレオニスは、唐突に立ち上がった。
椅子が床を擦る音がして、カイルは思わず瞬いた。今まで座ったまま紙と喋っていた男が、急に動くとそれだけで少し驚く。
「行くぞ」
「どこへ」
シリルが訊く。
「決まっている。現地だ」
レオニスは机の上から二、三枚の紙を抜き出した。地図と年表、それから断面図らしいもの。さらに壁の棚から巻物を一つ取り、部屋の隅に立てかけてあった長外套を掴む。
「ちょっと待ってください」
フィオナが即座に割って入った。
「今から行く気ですか」
「準備を始めるだけだ」
「その準備が始まったら、先生は今日中に出る気になるでしょう」
「なれれば理想的だな」
「ほら」
フィオナは額を押さえた。慣れている反応だ。
レオニスはそんなことには構わず、部屋の隅にある木箱を開け始める。中には測定具らしい金属枠や、魔石の入った小箱、紙を防水するための革袋などが詰め込まれていた。
「待ってください、先生」
フィオナがその手を止める。
「順番があります。日程、許可、荷、馬、食料、治療具、結界具。今から飛び出したら行けるものも行けません」
「行けるだろう」
「行けません」
「私は行ける」
「先生一人なら三里で倒れます」
「倒れん」
「倒れました」
倒れたのかよ。
どうやら本当に前科があるらしい。
シリルが肩を揺らして笑いを堪えている。ローラはすまし顔のまま、そわそわと膝を揺らしていた。カイルだけが、急に話が前へ転がり始めたことについていけていない。
「本当に行くのか?」
思わず聞くと、レオニスが振り向いた。
「行かない理由があるか」
「ついさっき会ったばっかりだろ、俺たち」
「だから何だ」
「いや、だから……」
「資料を見た。年代差も見た。大破壊と終末が噛み合わないことも見た。なら、次は現地だ」
理屈は通っている気がする。でも、それが余計に厄介だった。
「ベルノアから来たと言ったな」
「はい」
「なら分かるだろう。紙だけ見ていても足りない」
それは、その通りだった。
王立図書館で分かったことは多い。けれど多い分だけ、かえって分からなくなった。今度は現地を見たくなる。攻撃してくる遺跡と、そうでない遺跡。大破壊の記録と終末の年代。頭の中だけでは綺麗に並びすぎてしまうものを、現実の地面に下ろしたくなる感覚は、カイルにも少し分かる。
フィオナはまだ食い下がっていた。
「先生、最低でも明日です」
「今日でもいい」
「明日です」
「今日の方が早い」
「早い遅いの話ではありません。準備がないまま行って途中で何かあったらどうするんですか」
「お前がいる」
「そういう問題じゃありません」
「では彼らもいる」
レオニスがあっさり言うので、フィオナは一瞬だけ言葉に詰まった。それから初めて、カイルたちへ向き直る。
まっすぐな目だった。先生の暴走に付き合わされる者同士の確認みたいな色が少しだけある。
「……本当に行く気ですか」
その問いに、最初に答えたのはローラだった。
「行く」
「即答ですか」
「大破壊の記録がある遺跡なんでしょ」
「ええ」
「なら行く理由しかない」
「同類ですか……」
諦めと納得が半分ずつ混ざった声が落ちた。
シリルもすぐに続く。
「俺も行く。むしろ、ここで行かなかったら何のために王都まで来たんだって話だし」
「行くなとは言ってません」
フィオナの視線が最後にカイルへ来る。
カイルは少しだけ黙った。ここで嫌だと言うこともできたはずだ。できたはずなのに、口から出たのは別の言葉だった。
「準備するなら、ちゃんと準備してから行きたい」
レオニスが少し眉を動かす。
「つまり?」
「行くなら行く。でも無茶なまま出るのは嫌だってことです」
フィオナがそこで、ほんの少しだけ表情を緩めた。
「まともな人がいた」
「ひどいな」
シリルが言うと、
「あなたもさっき即答してたでしょう」
と返された。
レオニスはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……明日」
「はい」
「明日の朝だ」
「今日のうちに馬と荷を整えます」
「手際がいいな」
「先生が悪いんです」
それで話は決まった。
レオニスはもう一度机の上の資料へ手を伸ばし、必要な紙だけを抜き取る。フィオナはその横で、何を持っていくかをすでに頭の中で並べ始めているらしい。やると決めたら動きは速い。実務に関して、レオニスが役に立たないのが一目で分かった。
カイルはその光景を見ながら、シリルへ小さく言った。
「王都来たばっかりなのに、もう外に出るのか」
「王都だからこそだよ」
「理屈としては分かるけど、納得しづらい」
「慣れた方がいい」
「何に」
「この手の人たちに」
その“この手の人たち”の片割れが、すぐ横で地図を覗き込んでいる。ローラは完全にその気になっていた。
「資料、写しておいた方がいい?」
「必要な部分だけでいい」
レオニスが答える。
「現地で見るのは年代と痕跡だ。余計な知識は観察を鈍らせる」
「分かった」
話が速い。速すぎて、カイルはさっき王立図書館を出たばかりだという感覚が薄れていた。
フィオナは最後に、深く一つ息を吐いた。
「では、私は宿と馬の手配をしてきます。先生はその間、何もしないでください」
「準備は」
「"何も"しないでください」
レオニスに顔を寄せたフィオナが、念を押すように言った。
「では何をすればいい」
「ではお茶を淹れますので、皆さんと待っていてください」
言うなりフィオナは部屋を出て、少しして茶器を手に戻ってきた。それぞれの前にテキパキとお茶を置くと、彼女は外套を翻して部屋を出ていった。
その背を見送りながら、シリルが小さく笑う。
「相変わらず、大変ですね」
「だいぶな」
レオニスはまるで悪びれない。
「大変なのは彼女じゃないか?」
「そうだよ。だから、この研究室には彼女しかいない」
「だが優秀だ。止めるべきところは止める」
「先生が止まらないからでは?」
ローラが言うと、レオニスは少しだけ目を細めた。
「遠慮がないな」
「先生もでしょ」
「遠慮をしても真実は見えん」
何となく噛み合っているのが嫌だった。
ローラが二人に増えた。そう考えると、フィオナの苦労が少しは分かった気がした。
部屋の中は相変わらず紙の匂いが濃い。けれど、さっきまでの図書館の静かな重さとは違う熱があった。頭の中で組んでいた理屈を、今度は地面へ持っていく。そのための準備が、もう始まっている。
カイルは窓の外を見た。王都アルシオンの空はまだ高く、今日が終わる気配はない。なのに、もう次の旅が決まっている。
「落ち着かないな」
思わず漏らすと、シリルが振り向く。
「何が」
「王都に着いたと思ったら、もう次の遺跡だろ」
「普通じゃない?」
「お前とローラの普通は信用ならん」
その言葉に、ローラが笑った。
「でも、楽しそうな顔してる」
否定できなかった。
そうして、三人は王都へ着いて早々、レオニスとフィオナを加えた新しい探査へ向かうことになった。




