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第十五話 カイル、資料を読む

村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。


長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。

不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。


終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。


この作品は生成AIを利用しています。

毎週月曜日18時更新予定です。

 王都アルシオンで宿を取った翌朝、まだ人通りの少ない通りを北へ向かって歩いた。


 朝の王都は、夜よりも静かだが、静寂とは違う。店を開ける音、荷車の軋み、遠くで鳴る鐘。起きたばかりの街全体が、少しずつ同じ方向へ動き出していくような音がある。ベルノアも十分大きかったが、アルシオンはそれよりさらに一段深い。人の数より、街そのものの厚みが違う気がした。


「本当に今日から行くんだな」


 カイルが言うと、隣を歩くシリルがちらりと見た。


「何だよ、今さら」


「いや、王都ってもっとこう、準備とか、許可とか、色々あって何日もかかるのかと思ってた」


「あるところはある。でも王立図書館に行くだけなら、紹介状が通ればそこまでじゃない」


「紹介状って便利だな」


「便利じゃなかったら持たせないだろ」


 前を歩くローラは、こっちの会話にはあまり興味がないらしい。昨日のうちに宿の主人から教えられた道順を、ほとんど迷わず進んでいく。とはいえ、目線はもう建物の方へ向いていた。石造りの大きな建物を遠目に見つけて、ほんの少しだけ足が速くなった。


「お前、図書館も遺跡みたいな顔で見てるな」


 カイルが言うと、ローラが振り向く。


「遺跡の資料があるんでしょ?」


「そうらしいな」


「じゃあ同じようなもの」


「雑だなあ」


 そう話しているうちに、白い建物の足元に着いた。


 王立図書館は、王都の中でも少し空気の違う区画にあった。高い塀で囲まれているわけではないが、建物の前だけ不思議と喧騒が薄い。広い石段が正面へ伸び、その上に大きな扉がある。柱の並びも、窓の高さも、いちいち無駄がない。豪奢というより、整いすぎていて威圧感がある。


「うわ」


 思わずカイルが声を漏らすと、シリルが小さく笑った。


「何だよ」


「いや、やっぱりそういう反応するんだなと思って」


「するだろ。でかいし」


「二回目」


「数えるのやめてくれ」


 ローラはそこで一度だけ立ち止まり、建物を見上げた。


 その脇を、人が通り抜けて行く。学者風の男、役人らしい女、厚い本を抱えた若者。皆どこか足早で、図書館へ入る時も出る時も無駄な動きをしない。


 石段を上がって中へ入ると、空気が変わった。


 紙と革、それに長く閉ざされた木棚の匂いが漂って、外より一段ひんやりとしていた。大きな玄関ホールの向こうに受付の卓があり、その奥へいくつもの閲覧室が続いているらしい。天井は高く、朝の光が上の窓から差し込んでいた。


 シリルがアルベルトから預かった紹介状を出す。受付の年配の男はそれを受け取ると、封と署名を確かめ、一度こちらを見た。


「ベルノア侯からの照会要請、ですね」


「はい」


「少々お待ちを」


 男はそれだけ言って奥へ引っ込んだ。戻ってきた時には、別の司書を連れていた。痩せた中年の男で、目の奥が妙に鋭い。


「遺跡および過去文明、ならびに大破壊に関する資料閲覧希望とのことですが」


「はい」


 シリルが頷く。


「一部は閲覧可能です。ただし、禁書区分にあたるものは所定の室内のみ。写本の持ち出しは禁止。筆記は許可しますが、写しの量によっては制限をかけます」


「分かりました」


「では、こちらへ」


 案内されたのは、一般の閲覧室よりさらに奥の小さな部屋だった。棚に並ぶ本の数自体は外より少ないが、その分、机の上に開かれる資料の一つ一つが重い。革表紙の年代物、細かい字で埋まった写本束、地図、年表、断片的な日誌の写し。紙の色だけでもばらばらで、集められた時間の長さが見て取れた。


 最初に出てきたのは、年代差と様式差を並べた比較資料だった。


 シリルがすぐに身を乗り出す。ローラも、こういう“遺跡そのものではない資料”にしては珍しく、最初から目が速い。


「……四つ」


 ローラが小さく言う。


 資料には、過去に存在した文明の遺跡群が、様式と推定年代によって四系統に分けられていた。あくまで便宜的な区分として、第一文明、第二文明、第三文明、第四文明。番号でしか呼ばれていないのは、どの文明も自分たちの名前を遺していないからだと、注釈にある。


 第一文明。最も古い層。機構の残存例あり。攻撃機構の発見例あり。

 第二文明。第一文明の上層に位置する遺跡群。生活・祭祀・行政施設らしきもの多し。

 第三文明。第二文明よりさらに後代。魔力導線を多用した建築痕あり。

 第四文明。最も現代に近いと推定される層。崩壊進行の激しい遺跡が多い。


「番号で呼ぶんだな」


 カイルが言うと、司書が頷いた。


「固有名を示す確実な資料がありませんので」


「それで第一文明、第二文明って分けてるのか」


「はい。あくまで便宜上の呼称です」


 ローラはそこには答えず、様式の比較図へ視線を落としていた。柱の形、通路幅、石の継ぎ方、壁の溝、台座の位置。今まで実際に見てきた遺跡に近いものがいくつか載っている。


「やっぱり違う」


 彼女が言うと、シリルが横から覗き込む。


「分かるのか」


「ここ、見たことある。ベルノアに行く前に寄ったやつ、第二文明か第三文明寄り。こっち」


 指先が比較図の一角を示す。カイルにはまだ“寄り”までしか分からないが、ローラの中ではすでに整理が始まっているらしい。


「攻撃してきた遺跡は」


「第一文明」


 即答だった。


 司書もそこで補足する。


「現時点で、攻撃性能を保持したまま確認されている遺跡は、すべて第一文明由来と推定されています」


「推定?」


 シリルが訊く。


「ええ。機構の構造と年代の両方から、ほぼ間違いないと見られています」


 次に出てきた資料は、文明ごとの情報残存量に関する一覧だった。


 第一文明。遺物、機構、記録媒体、解読済み断片あり。

 第二文明。体系だった資料ほぼなし。

 第三文明。同上。

 第四文明。同上。


 代わりに、第二文明以降に属すると推定される時代の民間日記、旅の記録、地方の家計簿、祈祷文の切れ端のようなものが、わずかに残っているらしい。国家の記録や技術文書ではなく、その時代を生きた人間の手元にあった雑多な紙片だけが、かろうじて拾われている。


「何でこうなるんだ」


 カイルは思わず言った。


「古い第一文明の方が残ってて、後の方が何もないのかよ」


 司書はその問いに対して、すぐには答えなかった。答えられない、というより、ここで断定すべきではないと分かっている顔だった。


「記録上は、そのようになっています」


「変ね」


 ローラが言う。


「普通、古い方が残りにくいでしょ」


「通常はそうです」


 司書の返事も、それ以上は踏み込まない。


 資料をめくるほどに、見えてくるのは奇妙な偏りだった。最古の第一文明は、危険な遺跡も、解読されかけている技術断片も、断片的な記録も残している。だがその後の文明は、遺跡の殻だけが残り、中身だけが抜け落ちたようになっている。


 そこでカイルの目に留まったのは、別の年表だった。


 文明断絶推定年代。

 大破壊発生推定年代。


 最初は同じものを二重に書いているのかと思った。だが違う。線の引き方が違うし、重なるところとずれているところがある。文明が終わったと推定される年代と、大破壊が起きたと記録されている年代は、必ずしも一致していない。


「……これ」


 カイルが声を出すと、シリルも年表を覗き込んだ。


「ほんとだ」


 ローラも近づいてきて、少し眉を寄せる。


「ずれてる」


 司書はそこでようやく言葉を足した。


「大破壊の記録と、文明断絶の推定年代を突き合わせた表です。資料上、両者が重なる例もありますが、すべてではありません」


「じゃあ、大破壊がそのまま終末ってわけでもないのか」


 カイルが呟くように言う。


「そこは学説が分かれます」


 司書の返事は慎重だった。


「少なくとも、記録上は、大破壊と思われる事例が最後の終末以前にも複数回確認されています」


 別の紙が広げられる。そこには、ある時代の民間日記の写しが載っていた。都市の一角が焼けたこと、地が裂けたこと、人々が逃げ惑ったこと。だが、その日記自体はその後も数年分続いている。つまり、その大破壊で文明が即座に終わったわけではない。


「前にも起きてるのか」


「はい」


「何度も」


「少なくとも、そう読める記録はあります」


 部屋が急に静かになった気がした。紙をめくる音だけが、やけに大きく聞こえる。


 カイルは年表をもう一度見た。大破壊。終末。文明断絶。並べてみると、似ているようで噛み合わない。リシュカで聞いた“異変のあとに大破壊があって、文明が滅んだらしい”という話は、たしかにここでも線としては見える。だが、こうして王都の資料に並べられると、それだけでは済まないらしいことも見えてくる。


「これ、レオニスが食いつきそう」


 シリルがぽつりと言う。


「まだ会ってないのに分かるんだな」


「こういう、綺麗に揃わない記録は好きそうだから」


「嫌な言い方だな」


「事実だろ」


 ローラはその会話を聞きながらも、別の写本へ目を落としていた。そこには、崩壊した遺跡の断面図がいくつか載っている。第一文明型の直線的な構造と、それ以外の、部屋と台座を中心とした複層的な構造。その差を見ているらしい。


「やっぱり全然違う」


「何が」


 カイルが訊くと、ローラは図面の一つを指した。


「第一文明の遺跡は、最初から“機能”の形をしてる。こっちは“人が使う場所”の形が残ってる」


「ベルノアに行く前の時も言ってたな」


「うん。資料でもそう見える」


 シリルが横から覗き込む。


「でも、ここまで差があるのに、全部まとめて“古代遺跡”で済ませてるのが雑だな」


「雑というより、情報が足りないのでしょう」


 司書が淡々と言う。


「それぞれに固有名すらない以上、今は便宜的な分類に頼るしかありません」


 もっともだった。


 資料は昼を回っても尽きなかった。第一文明の記録断片、各時代層の比較表、大破壊の規模推定、崩壊遺跡の断面写し、地方の日記の抜粋。どれも断片的だが、重なるところでは妙に重なり、ずれるところでは意地悪なほど噛み合わない。


 気づけば、カイルも最初ほど退屈していなかった。分からないなりに、これは後で効いてくる線だという感じがある。特に、大破壊の年代と終末の年代が一致しないこと。それは何となく、ただの数字の違い以上の意味を持っている気がした。


 ようやく一区切りついて、司書が資料を回収し始めた頃には、窓の光が朝よりずっと深くなっていた。


「本日はここまでにしていただきます」


「まだ見たいのあるけど」


 ローラが即座に言う。


「時間がありません」


「ですよね」


 シリルが代わりに引き取る。


「禁書区分もあるし、今日だけで全部は無理か」


「必要であれば、明日以降も申請は可能です」


 司書はそう言って資料を束ねた。


 部屋を出ると、王立図書館の中は朝より少しだけ騒がしくなっていた。とはいえ騒がしいと言っても、王都の市場や通りと比べれば別世界の静けさだ。


 外へ出ると、昼の空気が顔に当たる。建物の影が石段の下まで伸び、行き交う人の数も増えていた。


「頭が重い」


 カイルが正直に言うと、シリルが笑う。


「珍しく真面目に読んでたじゃないか」


「読んでたよ。読んでたけど、何か余計に分からなくなった」


「いい傾向ね」


 ローラが言う。


「何でだよ」


「簡単に分かる話じゃないってことが分かったから」


 その返しは妙に納得がいって、カイルは文句を飲み込んだ。


 シリルは懐の紙を確かめる。レオニス宛の紹介状だ。


「じゃあ、次はそっちだな」


「研究所」


 ローラが言う。


「偏屈なんでしょ」


「かなり」


「楽しみ」


「お前、本当にそういうの好きだな」


「あなただって気になるでしょ」


 カイルは少し考えてから頷いた。


「まあ、今の資料見た後だとな」


 王立図書館の石段を下りる。通りの向こうには、王都アルシオンの白い建物が並び、その奥に高い塔が見えている。


 異変、大破壊、終末、遺跡。

 資料の上では揃いそうで揃わないそれらを抱えたまま、三人は次にレオニスの研究所へ向かうことになった。

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