第十四話 カイル、王都に立つ
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
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寄り道を終えて街道へ戻った後は、前を歩く二人の機嫌が妙によかった。
カイルはその背中を眺めながら、もう何度目か分からないため息をついていた。
「何」
ローラが振り向く。
「別に」
「今、何か言いたそうだった」
「お前ら、楽しそうだなと思って」
「うん」
即答だった。そこへシリルまで重ねる。
「普通に面白かった」
「お前もか」
「だって資料で読んだ遺跡だけじゃ、あそこまで何も分からないことは分からなかった」
「分からないなら面白くないだろ」
「そうでもない。分からないってことは分かった」
「お前が何を言ってるのか分からん」
言いながらも、カイルは少し笑ってしまった。二人とも、遺跡を前にしている時だけ妙に生き生きしている。しかもその熱が似ているから、片方が妙なことを言っても、もう片方が普通に受け取って先へ進む。止める役がいない。
ローラはまだ口元に笑いを残したまま、くるりと前を向いた。歩幅まで軽い。さっきまで遺跡の中で見ていたものを、まだ頭の中で反芻しているのだろう。
その背中を見ながら、カイルは腰の袋に手を入れた。道中でもらった干し果実がまだ少し残っている。指先に触れた一つをつまみ上げて、何となく目の前の金髪を見た。
「ローラ」
「何よ」
振り向きかけた、その口へ、カイルは干し果実を軽く放った。
「んぐ」
見事に入った。
「ん~~~~~~っ!」
次の瞬間、ローラの口がすぼまって、両目がぎゅっと閉じた。
立ち止まって、口元を押さえたままカイルを睨む。
「あんたね!」
シリルが吹き出した。
「何してるんだよ」
「いや、入るかなと思って」
「思ってじゃない!」
ローラは口を左右に歪ませながら、器用に言い返してきた。
そんなに嫌なら吐き出せばいいのに。
「何食べさせたの」
「干し果実」
「なんであんなのまだ持ってるの」
「喉乾いた時とかに食べるのに丁度いい」
「よくない!」
まだ目の端に涙が滲んでいる。よほど酸っぱかったらしい。カイルはさすがに少し悪いことをした気になったが、顔があまりにも分かりやすかったので、先に笑いが込み上げた。
「お前、そんな風に大声出したりするんだな」
「誰のせいだと」
「これくれたおっさん?」
「あんたよ!」
シリルはもう肩を震わせていた。
「いやあ、今のはひどい。でもちょっと見事だった」
「どっちの味方?」
「面白い方かな」
「最低」
ローラはそう言ってから、口の中の果実をようやく飲み込み、まだ少しだけ恨めしそうにカイルを見た。
「あとで覚えてなさい」
「何する気だよ」
「王都に置いて行く」
「頼むからやめてくれ」
今度はカイルの方が顔をしかめ、シリルがまた笑った。
そうして少し騒いだ後、三人はまた歩き出した。
王都への道は、ベルノアまでの道よりずっと広かった。
街道そのものの幅が違う。荷車が二台並んで通れる道が続き、石畳の敷かれた街道は行き交う人間の服装も様々で、行商人、巡礼らしい一団、騎馬で通り過ぎる使者風の男までいる。ベルノアが大商業都市なら、その先にある王都はやはり別格なのだろうと、近づく前から分かる。
途中の景色も少しずつ変わっていった。低い丘陵と畑の帯が増え、小川に架かる橋も、村の近くにある簡素な木橋とは違って石積みのしっかりしたものになっている。水は澄んでいて、陽を受けると細く光った。
「国の中心に近づくほど、こういうの増えるのか」
橋を渡りながらカイルが言うと、シリルが頷く。
「税が違うからね」
「夢のない答えだな」
「それが現実だよ」
「まあ、そうだろうけど」
ローラは橋の欄干へ手を置き、下を流れる水を少しだけ見た。
「綺麗」
「珍しいな。遺跡じゃないもの褒めるの」
「遺跡しか見てないみたいに言わないで」
「どの口が言ってんだ」
「この口」
減らない口だ。
しばらくすると、宿場で耳にする話も変わってきた。ベルノアではガルディア帝国の噂は、遠くで起きている嫌な話として酒場を流れていた。だが王都へ近づくほど、それはぼんやりした風聞ではなくなってくる。国境沿いの兵の増員、鉄や魔石の流れ、遺跡から出た品をめぐる商人の妙な沈黙。誰も断言はしない。けれど、嫌な方向へ話が揃っている感じだけはあった。
「やっぱり物騒だな」
ある夜、宿の部屋でカイルが言うと、シリルは寝台に転がったまま答えた。
「王都でも聞こえてくるとなると、現実味があるね」
「王都じゃどう扱われてるんだろうな」
「さてね。うちと王都じゃ、入ってくる情報の質が違う」
「そうなんだろうだけどさ」
ローラは窓辺に立って外を見ながら、小さく言った。
「分からないから調べるんでしょ」
「お前はいつでもそこだけ真っ直ぐだな」
「そこがぶれたら旅してないもの」
それは、確かにそうだった。
王都アルシオンが見えたのは、出発からさらに数日が過ぎた、乾いた風の吹く昼下がりだった。
最初に目に入ったのは、空へ伸びる白い塔だった。街道の先に高い城壁がそびえ立ち、その上から塔だけが白く突き出している。
近づくにつれて、どこまでも続く壁の端が見えなくなった。大きく口を開けた城門の前で荷車が列を作り、歩いて戻ってくる者と、これから入る者とが道の端ですれ違っている。石畳の上を車輪が転がる音に、人の声が重なっていた。
ベルノアも十分大きかった。だが、アルシオンはその「大きい」の質が違った。
「うわ……」
思わずカイルの口から漏れる。
ローラが隣で少し目を細めた。
「大きい」
「ベルノアよりでかいな」
「比べるのも変じゃない?」
シリルが苦笑する。
「王都だよ」
「いや、分かってるけど」
それでも言葉が足りない。川が城壁の脇を大きく弧を描いて流れていて、その上に架かる橋も何本も見える。水面が光を返し、その向こうに白い石の城壁が立っている。アルシアという、清流を意味する言葉を国名に乗せた理由が、今なら少し分かる気がした。
「アルシオン……」
カイルが呟くと、シリルは少しだけ得意げに顎を上げた。
「王都らしいでしょ」
「お前の街じゃないだろ」
「まあ半分は身内みたいなものだし」
「どういう意味だ?」
「そのうち分かるよ」
城門に近づくにつれて人の流れが濃くなった。商人の荷車、兵士を乗せた馬車、貴族らしい紋章入りの車列、旅人、巡礼、使い。ベルノア以上に出入りの層が広い。門前には列ができていたが、ベルノア侯アルベルトの紹介状があるおかげで、手続きは思っていたほど長くはかからなかった。
門番は紹介状の封と署名を確かめ、一度だけ奥の役人らしい男へ渡し、それから三人へ戻してくる。
「王立図書館と、レオニス殿の研究所宛か」
役人風の男がちらりと書面を見た。
「ベルノアから来たのだな」
「はい」
シリルが答える。
「通ってよい。ただし王立図書館は日暮れ前に閉まる。今日中に行くなら急げ」
その一言で、また少しだけベルノア到着時のことを思い出す。
「先に宿を探す」
カイルが横を向くと、ローラは平然と言った。
「成長したな」
「失礼ね」
「いや、褒めてる」
「ベルノアでもそうした」
そんなやり取りをしながら、三人は王都アルシオンの門をくぐった。
その瞬間、街の空気が一気に押し寄せる。
ベルノアの喧騒が広い川だとしたら、アルシオンは本流だった。通りの幅は十分あるのに、人の数と音の重なりがそれを埋めている。石畳を行き交う靴音、馬の蹄、荷車、呼び声、鐘の音。見上げれば白い石造りの建物が並び、その窓の数だけでも村の家何軒分あるのか分からない。城下町を貫く川へ続く通りの向こうには、水面を渡る風まで見える気がした。
「……すごいな」
カイルが正直に言うと、シリルが少し笑う。
ローラは街路の先を見ながら、小さく息をついた。
「王都ってもっと堅いところかと思ってた」
「堅い部分もあるよ。今いるのは門に近い通りだから、色んなのが混ざってるだけ」
「じゃあ中心は?」
「もっと面倒くさい」
「分かりやすい説明だな」
「実際そうだから」
通りを少し進むと、橋の向こうの丘の上に大きな屋根を持つ白い建物がある。さらにその先には、城壁の外から見えていた尖塔が見える。
「宿を決めたら、明日から王立図書館だ。それからレオニス」
「偏屈なんだっけ」
「かなり」
「楽しみ」
ローラが本気で言うので、カイルは呆れて空を見上げた。
遺跡と本と変人学者。
王都まで来ても、結局その辺りから逃げられる気がしない。
そう思いながら、人の流れに紛れて王都アルシオンの中へ進んでいった。




