第十三話 カイル、遺跡を学ぶ
村の周囲で起き始めた異変を調べるため、少年カイルは故郷を旅立つ。
長老が「終末の兆し」と呼んだその現象を追う途中、彼は村の近くに露出した古代遺跡で、遺跡に異様な情熱を注ぐ旅人の少女ローラと出会う。
不用意に遺跡を刺激して危機に陥ったカイルを救った彼女は、どう見ても変わり者。けれど遺跡の知識だけは本物だった。
終末を調べる旅のはずが、なぜか遺跡オタクの少女と遺跡巡りが始まる。
この作品は生成AIを利用しています。
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ベルノアを発って三日目の昼前、シリルが唐突に地図を広げたのは、街道脇の木陰で休憩を取っている時だった。
足を止めると、街道を行き交う人の気配が急に遠くなる。乾いた草の匂いと、水袋の口から漏れる革の匂いが混じる中で、シリルは膝の上に広げた紙へ指を置いた。
「ちょっと寄る」
その言い方で、嫌な予感しかしなかった。
「何に」
「ここ」
シリルの指先が示したのは、街道から少し外れた場所だった。地図の上では小さな印がひとつあるだけで、村なのか祠なのかも分からない。
「遺跡?」
横でローラが、わずかに身を乗り出す。
「そう。ベルノアの資料館で見たやつ。小規模、崩壊進行、攻撃性なし。内部機構の反応も確認されていないって書いてあった」
そこで、ローラの目が少し明るくなった。
「それ、もっと早く教えて」
「今言ったんだよ」
「今言うなってこと」
わざとらしくため息をついた。
「はい出た。寄り道」
「寄り道じゃない。資料館で得た情報の確認だ。現物を一つ見ておくのは無駄じゃない」
「言い方だけは立派だな」
「立派だろ」
ローラも頷く。
「実地で見ないと分からないことあるし」
「お前は最初から行く気だろ」
「否定はしない」
「ほら見ろ」
とはいえ、完全に無意味とも言い切れない。ベルノアを出る前に、あれだけ大規模破壊と遺跡の危険性を見せられている。資料に危険な反応は確認されていないとある遺跡がどんなものか、見ておく意味はたしかにあるのだろう。
結局、三人は街道から外れた脇道へ入ることになった。
「それで、どれくらい歩くんだ」
訊くと、シリルは地図を畳みながら答えた。
「そんなに遠くない。丘一つ越えた先」
「丘一つって十分遠くないか?」
「見えてる丘なら近い方」
「基準がおかしい」
ローラまで言うので、余計に怪しかった。
だが実際、道は思ったほど長くなかった。低い灌木の間を抜け、乾いた土の坂を上がると、その向こうに浅い窪地がある。その窪地の縁に、崩れかけた石の壁が半分だけ露出していた。
遠目にはただの石積みに見える。近づいてようやく、それが人の手で切り出されたものだと分かる。
「ほんとにあった」
呟くと、ローラがちらりと見る。
「疑ってたの?」
「いや、あの印だけでよく分かるなと思って」
「地図に載ってたんでしょ」
「載ってたけど、こんな半分埋まった石壁だとは思わないだろ」
「遺跡はだいたいこんな感じ」
ローラはそこで足を止めた。壁の露出具合、崩れた入口、周囲の石材の散り方を見る。すぐに飛びつかないのは変わらない。
「どう?」
シリルが訊く。
「たぶん平気。資料にそう書いてあったんでしょ?」
「書いてあった」
「でも一応調べる」
ローラはまず周囲を一周した。入口らしい穴は半ば土に埋もれ、階段の上半分も崩れている。足元の石を拾って、入口の縁や通路の影へいくつか投げ込む。乾いた音が返るだけだった。
「前より手際いいな」
「前からこうよ」
「俺が慣れただけか」
「そうかも」
シリルはその横で、露出している壁面をしゃがんで見ていた。しばらく眺めてから、少し困ったように眉を寄せる。
「……分からないな。ローラ、これも違うのか」
「違う」
「俺にはただの崩れた壁にしか見えない」
「この辺りの残り方が違う」
ローラは壁の端を指した。こちらにも、シリルにも、欠けた石が並んでいるようにしか見えない。
そのやり取りを聞きながら、崩れた入口を見た。
たしかに、ベルノア領で暴走した遺跡や、村の近くでローラに助けられた時の遺跡とは違う。どこが、と訊かれると答えられない。壁の模様も、石の組み方も、ローラみたいには分からない。
ただ、身体の奥が変にこわばらない。
あの時の遺跡には、近づく前から嫌な引っかかりがあった。壊れているはずなのに、まだこちらを見ているような、足元の下で何かが息をしているような感じがあった。
ここには、それがない。
壊れている。ただ、それだけに見えた。
かがんで中へ入ると、空気は少しひんやりしていたが、それだけだった。
通路は短く、その先に小さな部屋が二つ残っているだけだった。天井の半分は抜け、壁には浅いくぼみがいくつも並んでいる。床も割れている。中央には低い石の塊のようなものが倒れたまま残っていたが、それが何だったのかは分からない。
ローラはそこへしゃがみ込み、石の縁を見た。シリルも隣へ来る。
「これは?」
「分からない」
「ローラでも?」
「分かるものが残ってない」
ローラは短く言って、壁の方へ視線を移した。
「文字も絵も印もない。形だけ残ってる」
シリルは部屋の中を見回した。
「資料だけ見てた時は、ただ古くて崩れてるだけだと思ってた」
「遺跡はそれだけじゃない」
ローラはそれだけ言って、壁の方へ視線を戻した。
倒れた石の塊を見下ろしていた。
何かがあった跡には見える。けれど、それが何だったのかは分からない。
ここは、ただ壊れているだけではない。
残っているのに、分かるものがない。
そう思った瞬間、少しだけ背中が冷えた。
「カイル?」
シリルに呼ばれて、顔を上げた。
「何かあった?」
「いや。ここは嫌な感じがしないのに、なんか気持ち悪いなって」
ローラがこちらを見る。
「気持ち悪い?」
「攻撃してきた遺跡は、壊れててもまだ何か残ってる感じがした。ここは逆だ。残ってるのに、何かがない」
言ってから、自分でも曖昧だと思った。
けれど、ローラは笑わなかった。シリルも茶化さなかった。
「それ、分かる」
ローラが言った。
シリルは少し考えてから、部屋を見回す。
「……俺だけなら、ただの崩れた遺跡で終わってたな」
ローラは答えず、奥の崩れた壁を確認した。
「こういう遺跡、よくある」
「こういうって?」
「何も残ってない遺跡」
ローラは崩れた壁から視線を戻した。
「これ以上は見ても同じ。戻ろう」
「珍しいな。すぐ切り上げるなんて」
言うと、ローラは振り返った。
「残ってないものは見えないもの」
「遺跡なのに?」
「遺跡でも」
その答えは、よく分からなかった。
けれど、ローラはそれ以上説明しなかった。シリルも訊き返さなかった。
結局、遺跡の中を一通り見て回った後、三人は外へ出た。空はまだ明るい。崩れた入口の向こうに広がる乾いた草地と、遠くの街道。何も起きないまま終わる遺跡探索もあるのだと、ようやく実感した。
斜面を下りながら、シリルが言う。
「王都に着くまでに、もう一つくらい見られるかな」
「お前もか」
すぐに返すと、ローラが横で肩を揺らした。
「見つけたらね」
「お前ら、本当に二人揃うと駄目だな」
「何が」
「何か起きないはずがないってこと」
そう言うと、二人とも少しだけ笑った。
街道へ戻る道を歩きながら、崩れた遺跡を振り返った。攻撃してくる遺跡と、何かが抜け落ちたまま残っている遺跡。その違いだけが、前よりはっきり頭に残っていた。




