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インセクタム  作者: 初来月
140/141

140 更なる力

 詰めの作業の前に改めてレイによる安全確認が行われていたようだ――



 待って頂戴と我々を制止したソフィアの言葉が終わるや否やレイが口を開く。


「朝霞駐屯地・内部の通信経路・クリア、周囲一帯の電波状況・クリア、各監視カメラによる目視・クリア、基地内の熱源センサー・クリア……機材・各員の配置共に問題なし、続いてデータリンク開始……アリス・アスカ・ノア・リサ……データ共有完了……パパ、ママ、全ての確認を終了したよ……今は安全だと思う」


 淡々と情報を羅列した彼女の言葉を受けたランディが嬉しそうに答えを返す。


「OK! この区画は安全だ!」


 彼女の能力に対して相当な自信があるのだろうか、それ以上は何も言わないランディ……そんな彼が『僕とアビーはダディなのにレイにはパパ呼びを強制しているのか』というマイキーのどうでもいいヤジを背にまた我々へと向き直る。


「さて、この新型機……先程の説明通り、搭載コンピューターの性能が格段にアップした。しかも、大きさは据え置き! 何にせよ、搭載AIによる計算処理能力が桁違いとなった。つまり、より複雑で高度な姿勢制御も可能になったという事だ」


 彼の前置きを聞き終えた俺はスマートフォンに表示された資料へと目をやる。先ほど、貰った資料……早速とアリス仕様へと変えられた内容へと目を通す。


<機体の簡略図に切り替えるね……で、小型三軸姿勢制御モジュールが元々あった場所は……こんな感じ……で、新しく追加された場所は……これね>


「リニア式の球体関節を全て小型三軸姿勢制御モジュールに置き換え……整備性は明らかに悪そうだ。機体能力の向上が最優先って事か……何と言うか、決戦兵器とでも言わんばかりだな……しかし、それは兎も角、これを制御し切れるのか?」


 思わず、俺がそう言ってしまうのも仕方ないだろう。


 何せ、各部にあった小型三軸姿勢制御モジュールが更に数か所も増やされただけでなく、ランドセルに空中姿勢制御用のフィンまで付いたというのだ。


「これを全て機体バランスを考えて制御……本当に使えるのか……?」


 思わず、もう一度、チラリと懐疑的な視線を送ってしまう。だが、この明らかに不安を含んだ俺の訝しむ視線と言葉に対してアリスが迷うことなく答える。


<任せて! 今回、搭載されたヤツ(CPU)は本当に高性能だからね! このモジュールの配置とかも、試験はされていたモノ、今なら制御できるってなったみたいね!>


 自信ありげなアリス……だが、やはり不安を消せない俺は隣へと視線を送る。


 我々同様、床に座り込み、何度も頷く田沼……そんな彼女の正面の床に無造作に置かれたスマートフォン、その専用の広角カメラで俺の様子に気付いたノアがモニターの中から、こちらへチラチラと視線を送り、肯定する様に何度も頷く。


 その様子で本当に本当だったのかと俺はようやく安心する。


<ねえ、今……ノアの方……見てなかった……?>

「いや……別に……それよりも……な?」


 じっとりとした視線を送ってきたアリスに俺は慌てて先を促す。





 さて、何はともあれ、俺は随分と心を落ち着ける事ができた様だ。


「機体軽量化に伴うバランスの再調整、バックパック改良による推進剤の使用量減少、アクティブカノン発射の際の発熱低下、冷却性能向上……あらゆる基礎性能が格段に上がっているというのは本当に嬉しい。これだけの能力があれば……」


 そう呟いた俺の言葉に乗っかるようにしてランディが口を開く。


「『AA-PE』の新たな力はこれだけではない……サプライズだ」


 そう言ってニヤリと笑ったランディが更に言葉を続ける。


「ビームブラストだったか……これはこれで中々に素晴らしい武器だ。だが、あのままでは余りにピーキーすぎる……なので、こちらの技術を提供させて貰った」


 まあ、彼なら時間があれば、こんなモノは問題なく作れたと思う。だが、今回は使用目的が限定、その上、緊急使用ときたもんだ。そんな状況ではマンパワーの不足もあって、大雑把にするしかなかったのだろうな……独り言の割には長々と呟いたランディが、今度はポケットからクシャクシャになった数枚の紙を取り出す。


「アメリカの機密に関わるだけに技術的なモノは詳しくは言えないが、簡単に言うと調整をしやすいように『威力を大幅に下げて安定させた』……という訳だ」


 威力を下げたという事をただのダウングレードと捉えないでくれ……そう付け加えたランディがもう一枚の資料を見せつけてくる。この新たな資料に描かれた最新のビームブラストの絵面に大崎を除く、三人の男の目が本当に爛々と輝く。


「あ、あのアニメの武器と同じ名前ですね」


 この大崎の淡々とした言葉を無視してランディが改めて……と口を開く。


「ビームブラストは爆発的な威力での使用から、そう名付けられた……今回は安定してサーベル状を維持できる事から名称はビームサーベルとさせて貰ったよ」


 君たちなら、この名称を理解できるだろと言わんばかりの挑発的なランディの視線……ニヤリとした彼の表情を受けて俺たちは思わず胸が高鳴ってしまう。


「ワオ……ファンタスティック……」

「おいおい、ビームサーベルだと……アニメの世界じゃないか……マジか……」

「信じられない……夢の実現は……ずっと先だと思っていたのに……」


 思わず、無意識に数歩ほど、歩み出てしまった我々……そんな子供のようになってしまった三人を田沼とアビー、そして大崎が困惑した目で見つめる。


「まあ、磁場発生器は残るし、厳密にはビームサーベルとは言えない。何より、近距離に備えてナックルガードを増設したからデザイン的にはビームザン……」


 だが、その言葉の続きは冷たい表情となったソフィアによって止められる。



 おかげで……大切な時間を無駄に使わずに済んだようだ――



 さて、新たなビームサーベルの簡易的な説明が終わり、主に出力変化、使用時間に関わる注意点が幾つか伝えられた所で又もやと話題が変えられる。


「さて、ビームサーベルも素晴らしい武装だったが、こいつも負けてないぞ」


 そう嬉しそうに言ったランディが、自分はこちらの方が断然に好みなんだ……と言葉を続ける。そのまま、笑顔でまた数枚の資料を突き付けてくる。


 だが、それは多脚の蜘蛛のような謎のロボットの姿であったようだ。当然、この異形というべきシルエットに女性陣が嫌悪感を大いに含んだ擬音を発する。


 そんな中、大崎が先ほどと変わらないテンションで確認とばかりに口を開く。


「あ、さっきの支援機……多関節ロボットでしたっけ?」


 そんな彼に対し、やれやれといった表情を見せたランディ……これを見ても、その表情でいられるかなと口にすると、新たな資料を両手で突き付けてくる。


「これは……そいつの仕様書……ですか……」


 小さな幾つもの写真に細かく大量の文字に俺はパッと目をやる。


 中央に小型のエンジン、上部六本・下部六本の脚、その真ん中の脚は他に比べて太い。特徴的なのは上下左右が全て対称なデザインといった所……間違いなく、不整地における走破性能は高いだろうと思われるデザインだなと読み取る。


「なるほど……ふむ、素晴らしいな……」

<え? 読むの早くない?>

「それほどでもない」


 一瞬で目を通した俺は次の瞬間、思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう。


「新たな支援機……ドローンとの差別化をどうするのかは気になっていたが……明らかな優位点は風に強い所か……この形状なら強風で引っ繰り返っても、問題なく行動が続けられる。だが、それは兎も角、思ったよりもボディーが大きい点は気になるな……当然、ただ風対策の為に重量を増やした訳ではなさそうだ。ふむ、表面のアタッチメイントポイントが少ないな……積載スペースを増やす為ではないとういう事か……となると、中身の方に本命が詰まっているという事か……?」


 興奮が高まり、俺は思わず立場を忘れて疑問を投げ掛けてしまう。その俺の礼を失した雑な疑問と視線にランディが何も気にしないとばかりに笑顔で答える。


「この一瞬で理解してくれて嬉しいよ! そう、こいつの図体が大きいのには理由がある! こいつの中には、それなりのコンピューターが詰まっているんだ!」


 ウキウキとしたランディがまた新たな資料を見せつけてくる。


「今、やれる事は現行の搭載ドローンと余り変わらない。基本的にはドローンを出せないような荒天時における『索敵・攪乱・通信の中継』が主要な役目となる。だが、こいつは通信エリア外において自己判断での、独立した活動が可能なんだ」


 周囲に聞こえぬよう小さな声で力強く、嬉しそうに言い放った彼がレイへと声を掛ける。その短く頼むという言葉を受けたレイがすぐに了解と答えを返す。


 その次の瞬間、機体の隣、少し離れた位置にあった布を掛けられていた何かが無音で立ち上がる。同時に掛けられていた布が内側に隠されていたアームによって丁寧に優しく捲られていく。そして今し方に見たばかりの例の支援機が姿を現す。


「おお! これか……! 思ったよりも大きいな……」


「本当だ……これなら隊長でも……背中に乗れそうですね」


 この大崎の言葉通り、こいつは立ち上がると馬ほどの大きさがあったようだ。そんな大きさの何かが眼前で滑らかに背筋を伸ばす様な動きを見せる。


「各部の稼働チェックなんだろうが……まるで犬の伸びだな……」


「ああ、どこかで見たことがあるようなと思ったら……確かにそうですね」



 この動きには先程、嫌悪感を示した女性陣からも肯定的な声が上がる――



<脚が多いし、もっと気持ち悪いと思ってたけど、その動きは可愛い!>


<確かに……意外に可愛げがあるというか……ふーん、悪くないわね>


 明らかに目をキラキラとさせたであろうアリスと明らかに興味がありますと聞こえるようなリサの声色……それに続き、アビーと田沼も肯定的な反応を示す。


「ワンちゃん! ワンちゃんみたいデス!」


「ね? なんでだろう? 振る舞いがそれっぽいのかなぁ?」


 こちらもまた目をキラキラとさせ、食い入るように支援機を見つめる。


「評価が逆転したな……」


 まあ、この四名の肯定的な反応は大いに理解できる。こちらを認識しようとしているのか、何なのかは分からないが、カメラをあちらこちらへと向け始めた仕草、トコトコと歩く仕草など、全てが本当に中身が犬なのではといった振舞いなのだ。



 詰まるところ……思った以上に可愛らしい――



 そんな風に全員が考えた次の瞬間、今度はソフィアが満を持してと口を開く。


「この子はもっともっと、ワンちゃんになるのヨ!」


 この御機嫌な彼女の言葉を合図にするように支援機に新たな動きがみえる。


 中央の上下四本のメインアームが、簡易的に畳まれて胴体へと接すると同時、上方の脚部が全て折り畳まれて同じように簡易的に胴体へと接する。今度は下方の脚部の前部二本と後部二本が、それぞれ一本の脚のように一つへと纏められる。


 言うならば、四足歩行状態へと変形したという事だろうか……


「この形態になる事でギャロップでの移動が可能になるわ」



 そんな中、黙って様子を眺めていた俺の前で最後の変形が行われる――



 上部胴体に向けて内側に折り畳まれるように隠されていたセンサーカメラ・ユニットが、まるで犬の頭部のように外側の縁を中心に立ち上がってきたのだ。


「これは……本当に犬のような……いや、これは思った以上に……」


 思わず、反射的にそう口にしてしまった俺の眼前で下方のセンサーカメラが上部同様にして後方下部に現れる。そう、まるで犬の尻尾のように……である。


<わー可愛いっ! すっごく可愛いよ!?>

「Oh! ワンちゃん、ワンちゃんですヨ!」


 全員が思った以上に好意的な感嘆を上げる中、アリスとアビーは相当に犬好きだったのだろうか、明らかに他の者よりも一段上の圧倒的な好意を示したようだ。


<誠二っ! 名前! 名前、何にしよう!?>

<ダディ! 私の部隊にも……Deploy……は、配備されますカ?>


 そんな軽い興奮状態、むしろパニック状態というべき雰囲気となった二人……アリスとアビーを両の手で制したランディが今度は自分の番だと言葉を続ける。


「ヘイヘイ! こういう事もできるんだゾ!」


 高速機動中は負担軽減の為、畳まれた状態だが、このようにセンサー部分を更に伸ばす事もできるんだぞと続けたランディの言葉を聞き取ったのか、支援機がカメラと各種センサーを内蔵したと思われる球体をワイヤーによって頭部から伸ばす。


 そう、まるで虫の触覚のように……


<うっ……それはあんまり可愛くない……>

「ダディ……That's the worst!」


 自信のあった機構なのか、否定の言葉にランディが意気消沈する。


 だが、そんなやり取りをしていた三人の眼前に向け、何故か更にワイヤーが伸ばされる。喜んでいると勘違い、はたまた悪戯、それとも観察しているのか、先端の球体部分を正確にコントロールし、三人の顔を交互に覗き込むようにしてくる。


 その精密な動きを見た俺の方は感心し、何度も満足げに頷いてしまう。


「サイズは違うが、ワイヤーは『AA-PE』に積まれてるアンカーに似た素材のようですね……ある程度は自由に動かせるのか……この球状の部分は?」


 この俺の問い掛けに息を吹き返したランディがすぐに答える。


「Exactly! 仕組みも一緒ダヨ! まあ、その所為で重い物を動かすのには不向きなんだ。よって、先端はカメラとセンサーだけ……でも、全周囲カメラだよ!」


 このランディの言葉に反応して支援機がこちらへと近づいてくる。俺はその支援機の姿を近距離で上から下、前から後ろへとマジマジと見つめていく。


「狭い場所にカメラを差し込めるのか……おや、各アームの方もワイヤーが……しかも、その先端は旋回式のグラップル? ふむ、グラップルの中央にはプラズマトーチまで仕込まれていると……いやはや、この子は思った以上に凄いですね」



 今度は確実に褒められた事を喜んだようだ――



 ワイヤーを引っ込めた顔と思われる部分を押し付け、すり寄る支援機……そんな正に犬のような振舞いをみせる支援機を優しく押し返して俺は次の説明を受ける。

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