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インセクタム  作者: 初来月
141/141

141 赤城の怒り

 夕食時を過ぎた頃、一通りの説明が終わり、ようやく解散となる――



<朝からバタバタしたけど、やっと休めるねっ!>


「もう夜……とは言ってもマイキーとアビーは親子で対話、金田は整備、田沼と大崎は片手間の食事の後に筋力トレーニング……あんな情報を貰った後に心を休める事ができるかは甚だ疑問だが、マトモな休みとなっただけ、我々はマシか……」


 そんな何とも複雑な心境の俺に向け、興奮隠せぬアリスが声を掛けてくる。


<ねっ! それより、名前っ! あの子の名前、何にしようかなぁ?>


 なるべく早く決めてあげたいねと笑顔を見せるアリス……そんな彼女の心から楽しそうな雰囲気に当てられたのか、俺の心も少しばかり落ち着きを取り戻す。


「一小隊に一機らしいからな……皆と話し合わないとな……」


<そうだよね! とりあえず、思考は単純化されていて忠実な雄犬をイメージしたAIになってる……一通りの教育は終わっていて戦闘も可能……主人の危機を感じ取ると勇敢に助けに行く気概があるって! わ! 男の子! 名前どうしよう!>


「忠犬か……悪くない……だが、そうなると戦闘は……させたくないな……」


<戦うっていっても、無理をしない前提での戦闘じゃないのかしら?>


「そうは言っても、忠犬となると、イザという時に……」


 そう口にした俺の耳に聞き覚えのある大きな声が飛び込んでくる。


「お、誠二っ! 良い所で会った! 少し飲みに行かないかっ!?」


 偶然とは思えぬ、むしろ待ち伏せのように突然、現れた気配に思わず面食らってしまった俺だが、何とか気を取り直し、すぐに敬礼と共に言葉を発する。


「先輩っ……じゃなかった……赤城中隊長!」


 そんな俺に向け、申し訳なさそうに赤城が笑顔を見せる。


「おっと、驚かせちまったか……すまん……それは兎も角、どうだ?」


 いつもと変わらぬ豪快な声で飲みに誘うジェスチャーをしてみせた赤城……だが、そんな彼の続く振舞いの方はいつもと少しばかり様子が違うようだ。


「一杯か二杯くらいの時間、付き合ってくれないか?」


 一瞬、見せた周囲を伺うような仕草に疑問を覚えた俺はすぐに快諾する。





「アリスちゃん、誠二を横取りするような事になって……すまん!」


 歩きながら、そう口にした赤城の言葉にアリスが笑顔で答える。


<気にしないで! 誠二も気分転換が必要だから丁度良いわ! それより、後で一緒に名前を考えてね! 支援機の奴、もう情報は届いているんでしょ?>


「まあな……」


 本当に全く気にもしてない彼女の続くネーミングに関わる無駄話が響く中、俺はいつもの複合娯楽施設、その少し派手な扉をゆっくりと開いていく。



 さて、今日はジャズ……と思われる洒落た音楽が流れているようだ――



「人が少ない……ですね……」


「もう、作戦が近いしな……ま、話をするには丁度良い」


 いつもより落ち着いた雰囲気の中、我々はカウンター席に着く。次の瞬間、眼前、テーブルの上のモニターにアリスが映り、そんな彼女が元気よく注文する。


<私、カシスオレンジ、アルコールは少な目!>


 何をと驚き、目を見開いた俺と赤城の前でバーテンダーが手元の端末から何やらデータ入力していく。そして明らかにエンターキーを押したといった次の瞬間、モニター内で肘を突くアリスの前に洒落たカクテルグラスのドリンクが出される。


 フフンと口にしたアリスがグラスを小さく掲げ、勝ち誇った視線を向けてくる。


「何と……」

「マジか……」


 そんな驚きで固まった俺と赤城に向け、いつもの女性バーテンダーが微笑む。


「ええとですね……アリスさんも他の皆さま方も御来店の際、飲食物はいつも個々で用意されていまして……ここを預かるバーテンダーとしては、それが気になっていたんです……という事でAIの皆様方にこちらから提案させていただきました」


 先ほどよりも更に良い笑顔となった彼女が俺に端末を見せつけてくる。


 どうやら、飲み物は混ぜるモノ、それぞれの分量まで細かく調整できるようになっており、食べ物の方も物によっては焼き加減などまで指定できるようだ。


「凄いな……混ぜるモノに合わせて色も変わるのか……しかし、データの数が尋常じゃない……何と……ビールの泡の比率まで……これは嬉しいだろうな……」


<うん、嬉しいっ! すっごく嬉しいよっ!>


 気遣ってくれた事……それ自体が嬉しかったのだろう。


 満面の笑みを浮かべたアリスの姿に俺は思わず目を細める。そんな我々の表情、姿を交互に見ていたバーテンダーの女性の方も嬉しそうに目を細める。


「ふふ、良かったです」


 心の底から驚き、心の底から嬉しくなってしまった俺は静かに立ち上がる。


「名前を憶えていて貰った事は覚えています……ですが、改めて自己紹介を……自分は『橘 誠二』一等陸尉です。アリスの……皆の為にこれ程の事をしていただき、心から感謝いたします。宜しければ、お名前をお聞かせくださいませんか?」


 反射的に敬礼し、笑顔を見せただけだったのだが、この一連の動きの圧力は俺が思っていたよりも凄かったようだ。バーテンダーの女性の綺麗に纏められていたポニーテールが、その驚きを示すように仰け反りに合わせて軽く跳ね上がる。


 だが、すぐに冷静さを戻したのか、小さく咳払いした彼女が静かに口を開く。


「私は『倉橋 早苗(くらはし さなえ)』……です……その……ただの民間人です」


 昔と何も変わらず、世の中は個人情報に厳しい。未だ、店員の名前に関わる批判的なニュースも偶に流れてくる。そんな事も忘れて、思わず反射的に名前を聞いてしまい、しかもフルネームで答えられてしまった事に若干の後悔をしてしまう。


 だからこそ……と俺は改めて心からの想いを口にする。


「この危険なエリアに出向いて、お手伝いをして頂いていると聞いていましたが……改めて、本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します」


 同時に最大限の敬意を示す為に背筋を伸ばした俺、少し呆けていた彼女が気を取り直したのを確認した瞬間、そんな彼女に向け、また笑顔を見せてしまう。

 普段、そうそう笑顔を見せる事など無いのだが、民間の方が、これほどにAIに対して好意的な反応を示してくれた事が純粋に本当に嬉しかったのである。


 だが、彼女の方はこの過剰な対応に少し照れ臭くなってしまったようだ。


「あ、あの……そうだ……ちょっと……裏を片付けてきますね」


 そう言った彼女が小走りでバックヤードへと消える。そんな次の瞬間、口が開いたままとなっていたアリスと赤城が、慌てふためいたように声を掛けてくる。


<ちょっと! 私の前で何なのっ! あんな笑顔……大変な事になるでしょ!>


「そうだぞ……大崎みたいなタイプの顔とは違うが、お前も俺みたいなゴリラ顔とは違うんだ! 兎に角、少しばかり気を付けろ! 余計な問題を起こすなよ!」


 ただ名乗って感謝、嬉しさを示す為に笑顔を見せただけで、こうまで言われる事は無いだろうに……そう不満を覚えた俺だが、まあ良いと話を本筋に戻す。


「問題って……それより、何かあったんですか? 話、聞きますよ?」


 この無視といってよい俺の言葉に諦めたような二人が同時に溜息を吐く。


「自覚無しは質が悪い」

<ホント……質が悪いわ>


「質が悪いって……ほら、彼女だって普通に帰ってきたじゃないですか……」


<なんか、赤城さんと一緒の誠二って何か子供っぽい……?>


 さて、その戻ってきたバーテンダー・倉橋に『いつものを頼む』と注文を終えた俺は改めて赤城へと視線を送る。そんな中、諦めたように溜息を吐いた赤城が上から下へとメニューに目を通し、銘柄は任せるとウィスキーをロックで頼む。


 それを確認した俺は真面目に改めて問い掛ける。


「それで……本題は?」


 また少しだけ不満そうな顔となった赤城だが、やれやれと口を開く。


「俺も色々な情報をな……ようやくと貰ったんだ」


 そんな事になっているとは思わなかったと言わんばかりの大きな溜息を吐き出した赤城がすぐに出されたグラスを呷るようにして一気に飲み干す。


 そして又、小さな溜息と共に愚痴を吐き出す。


「女々しいとは思うが、これは流石に誰かと共有しないと……と思ってな……だが、残念な事に俺は友達がいない。こんな事を話せる相手なんて尚更な……」


 何となくに彼の心持ちを察した俺はすぐに答えを返す。


「全く問題ありません……こんな事を全てを話せる相手なんて……俺だってアリスくらいですから……いつでもとは言えませんが、出来る限り相手になりますよ」


 そうかとだけ口にした赤城が追加で注文し、その一杯が出されるや否や、また勢いよく飲み干す。そして明らかに憔悴した表情へと変わり、小さくポツリと呟く。


「まずと言うか、逆に……力になれなくて済まんな……」


 さて、この自他共に単純と認める『赤城 健介』三等陸佐……ただの訓練教官から人材が大幅に減った東京方面軍・第二旅団『AA-PE』機動連隊の中隊長に抜擢され、それからは長く我々と共に不慣れな戦場を渡り歩く事となった人物である。


 そんな彼、教官時代と違い、宜しくない情報を中途半端に知らされる立場になり、ここまで常に恐怖・不安・疑念に苛まれていただろう事は想像に難くない。


 つまり、単純とはいえ、中々にストレスが溜まってしまったという事のようだ。



 この普段の彼らしからぬ、小さな姿にアリスも同情を覚えたようだ――



<いつも気にして無さそうにしてたけど……そんな訳ないもんね。中隊長って重圧は大変っ! 今日は私も愚痴を聞いてあげる! さあ、何でも話してっ!>


 そう言ったアリスだが、フッと何か思いついたようにまた口を開く。


<そういえば、何で赤城さんは誠二たちの部隊の中隊長にされたんだろ?>


 止める間もなく、『赤城さんって、そこそこ優秀ではあるけど、現場を離れて長いわけよね。何でエース部隊の誠二たちの上役に? 知り合いだからって事はないと思うけど』……と一気に続けたアリスの失礼な言葉に赤城がすぐに答える。


「『AA-PE』を動かせて、戦術にも詳しい人材が減ったから……だがまあ、それだけじゃないだろうな……早々に前線を離れた俺を連隊長が無理やりに据えたという事を考えると、まず誠二たちがやり易いようにしたかったんだろうな……」


 推測多めの返答だが、それを聞いたアリスは目を輝かせる。


<そっか、ずっと赤城さんが盾になってくれてたんだね!>


 今度はそれを聞いた赤城が少し照れ臭そうにする。


「盾と言えば、聞こえは良いが……上が単純で大雑把な俺にしておけば、何かあった時には、その所為にできるって事だ。まあ、実際に何度か、そうなった事もあった訳で結局、正解だったが……ともあれ、これについては暗黙の了解って奴だ」


<そういうのって、すっごく格好良いと思う! 誠二の次くらい!>


 さて、実際、部下・後輩を守る為、自身が犠牲になっても良いというのだから、彼の行動は不器用ながら実に格好の良い振舞いだと思う。アリスもそう思い、素直に赤城を褒めたのだが、その後の彼の反応は思っていたものと違っていたようだ。


 アリスの誉め言葉を聞いた赤城が本当に小さな笑みだけを返してくる。



 そう、ここから本当の本題に入るという事だ――



 何かを察したか、バーテンダーの倉橋が自主的にバックヤードへと消える中、言葉を失くした俺とアリスに向け、赤城が少し言い辛そうにして口を開く。


「川口の避難所……やはり全滅だったそうだ」


 全滅に至った時期は不明、今回も又、あるゆる機器・人体までも含めて一切合切が運び出されており、証拠になりそうなものは一切なし……埃の堆積状況から、随分と時間が経っているだろうという事だけが辛うじて見て取れたそうだ。


「時期は不明だが、戦闘があったのだけは間違いない。銃痕・爆発の痕跡、双方の血の跡……肉片なんかも少しだけは残っていた訳だからな……だがやはり、今回の情報からも全く何も分からなかったそうだ……正直、マジで気味が悪い」


 グラスに少し口を付けるだけにした赤城が更に言葉を続ける。


「だがな、そんな状況でも一つだけ分かった事が……それは……最も近場にあった避難所が、こんな有様であった以上、他はもう厳しいという事だそうだ」


 吐き捨てるように、そう言った赤城がまたグラスを呷る。そして又、小さく溜息を吐いた彼が前を向いたまま、より厳しい表情となって更に言葉を続ける。


「俺の両親と妹は……たぶん、仙台の避難所だ」


 ほんの少しだけ期待していたんだがな……そう言った赤城が顔を伏せる。そんな彼の項垂れた様子を受け、俺は拳を握り、思わず反射的に口を開いてしまう。


「自分の力が至らず……申し訳ありませんでした」


 この俺の謝罪の言葉にハッとした表情となった赤城が慌てるように答える。


「す、すまんっ! こんな風に切り出したら、お前なら謝っちまうよな! すまん、すまん! 当たり前だが、お前の所為ではない! むしろ、アリスちゃんと組んだ後の誠二は本当に頑張ってくれたし、何よりも結果を残してくれた。それに感謝する事はあっても、謝罪をしてもらうような事は決して無い! 絶対にだ!」


 まるで速射砲のように大慌てで一気に捲し立てた赤城が一息つく。それから静かに小さく小さく溜息を一つ吐き出し、今度は言葉を選んだように口を開く。


「至らないなんて話をしたら……一番、足りていないのは俺だ。お前たちは持てる力を超えるくらいに頑張っている。ずっと近くで見てきたからな……断言する」


 だが、そう言って小さく微笑んんでくれた赤城がまた厳しい表情へと変わる。


「このタイミングで言うのも何だが……ここからが本題だ」


 そう言った彼が我々にだけ聞こえるような声で怒りの籠った言葉を発する。


「お前たちの友人である『西島 康介』と『西田 晴明』……もし、二人が避難所の全滅に関わっていたとなったら、俺は奴らに何としてでも責任を取ってもらう……責任という意味は……当然、分かるな? お前らだけには……伝えておく」



 長々と済まなかった……そう言って席を立った彼の言葉に俺は目を瞑る――

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