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インセクタム  作者: 初来月
139/141

139 レイの存在

「Hey everyone! 注目だよ!」


 手を叩き、場の空気を入れ替えたランディに続き、ソフィアが口を開く。


「田沼さんと大崎くん……私たちの事はノアくんとリサちゃんに聞いたかしら?」


 この彼女の言葉を受けた二人が邪魔は最小限とばかりに小さく頷く。そんな二人に大袈裟に何度も頷き返したランディが改めてとばかりに大きく口を開く。


「オーケー! ここからは『02』、レイについて……それから次の作戦について……あと新機体と新たに加わるオートサポート・多関節ロボットのお話だヨ!」


 その言葉を終えると同時、ランディが我々へと視線を送る。その片方の口角を上げた明らかに挑発的な笑みに大崎を除いた『男の子』たちの心が騒ぎ出す。


「オートサポート!?」

「多関節っ!?」

「Wow!  It's so cool!!」


「No! No! それは一番最後ネ!」


 この言葉で……我々はお預けを指示された犬のようになる。





 さて、残念な事にハッキングを得意とするというレイが何故に役に立つのかという説明をランディから一通り受けた我々は心の底から茫然とする事となる。


「戦闘中の機体へのハッキング……機体の制御を強制的に奪い、搭乗員をバイオ・アクチュエーターを利用して殺害……これが群馬方面軍の壊滅の一因となった可能性か……信じられんと言いたいが、現実に機体も搭乗員も行方不明な訳で……」


 何とか絞り出した俺の呟きに田沼と大崎もポツリポツリと口を開く。


「隔離されたエリアで実験的に? それとも戦略的に重要で狙われた? 若しくは我々には高性能AIがあって彼らには無かったなんて理由も……?」


「我々が無事だった理由はリサたちのおかげ……?」


 そんな我々の会話に続き、今度は真剣な表情となったマイキーが口を開く。


「アスカ、仮に戦闘中にハッキングを受けた場合、防げる自信は?」


 そのマイキーの静かな問い掛けにアスカが皆に聞こえるようにと答える。


<そもそも、想定していなかったので防衛の為の知識も最低限です。その状況、機体のコンピューターの性能を考えても精々、数分の遅延が良い所でしょう>


「Jeez! ハッキングされなかったのは運が良かっただけか……」


<マザーが在日米軍所属の私を……過大評価してくれたのかもしれませんね>


 ともあれ、それでレイが対抗する為の技術を集中的に学んだのかと改めて納得した我々……であったが、どうやら金田だけは至った答えが違っていたようだ。



 そんな彼が突如、我々の雑談を遮るようにして口を開く――



「それでレイは……その学習を『強制』させられたという訳か……」


 この彼の憤りを大いに含んだ言葉に場の空気がアッという間に凍る。


 そう、様々な事柄を自由に学んだアリスたちと違い、彼女は強制的にハッキングに関する学習を強いられたのだ。その事実に気付いた皆が一斉に言葉を失う。


 ここにいる全員がAIを人として接する事に慣れ親しんでいるだけにショックは思った以上に大きかったという事だろう。誰も一言も発せぬまま、場が静まり返る。



 だが、そんな中、責任者というべき、ランディが口を開く――



「彼の言う通り……我々は……彼女に学習を強要した」


 その苦虫を嚙み潰したような言葉を受け、ソフィアも静かに口を開く。


「その所為でレイはコミュニケーションを苦手としてしまったわ……経験も不足している所為で好きな人に対しても上手く……普通の対応ができないの……」


 この言葉に俺は先日のアリスとレイのやり取りを思い出す。


「それで……あんな不器用な……」


 眉を顰め、視線を落としたランディとソフィア……そんな二人が、ほぼ同時に謝罪の言葉を口にしようとする。だが、その謝罪にレイが言葉を被せてくる。


<わ、私……強制なんか……されてないよ……>


 霞む様な声でそう言ったレイ……姿見えぬ彼女が言葉を続ける。


<最初、二人に……こういう事を学んで貰いたいけど良いかって……聞かれた……駄目なら即応性は落ちるけどエルザにやらせるとも……言われた>


 でも、私はそれで良いと言ったというレイ……そんな彼女の言葉が続く。


<私、これを学べば……皆の為になるって思ったから……喜んだ>


 生み出されて間もない期間にハッキングに関わる事を優先的に学んだから、今はコミュニケーション技術が疎かになっているのは事実……だけども、私は決して嫌ではなかったというレイの言葉……それを受けて皆が更に黙り込む事となる。



 皆、これが正しいとは思えないが、間違っているとも言えなかったのだ――



 だが、そんな中、金田だけが遠慮くなくハッキリと口を開く。


「ランディとソフィアがレイを気遣ったのは分かった……だが、知識が偏ってしまったのも事実……選んで貰った相棒として聞くが……本当に文句は無いんだな?」


 機体のコックピットから顔を出していた金田が内を覗き込むようにして、そう問い掛ける。その言葉に間を置くことなく、レイがハッキリと『うん』と答える。


 姿見えぬレイ……その彼女なりの小さな小さな強い返事を受け、金田が切れ長の目をより細くする。そして僅かに視線を下げ、満足そうに小さく笑みを零す。


「なら良い……お前がそういうなら文句は無い」


 レイが何を持って金田を選んだのかは分からない。だが、目の前の金田とのやり取りから、それは間違いではなかったという事だけは確かに伝わってくる。


 そんな眼前の金田の姿に『彼以上に満足した俺』が何度も一人で頷いている中、この一連の様子に何か思う所があったのか、夫婦が同時に口を開き出す。


「レイが金田くんを選んだ時、私はパニックになってしまってね……何せ、渡された彼の資料に出世や名誉に対する欲求が強すぎるなんて書いてあってね! まあ、あるのは事実だったが、彼の人格にそれほど影響は無かったようで良かったヨ」


「そもそも、日本の人たち、欲求が少なすぎなのネ! まあ当然、それも悪い訳じゃなくて……むしろ、金田くんはちょっと日本的な性格からズレてたのネ! レイはそんなアナタの誤解を恐れないストレートな性格を気に入った……のかもネ!」


 改めて金田を気に入ったというランディとソフィアの言葉に鼻の下を擦り、照れ臭そうにする金田……そんな彼を愛おしそうに見上げた二人が見つめ合う。


 そして次の瞬間、二人が少し違うトーンで高らかに笑い合う。


「HAHAHA! だが、他の女に色目を使うのはノーと聞いたゾ!」


「そうね……桃華ちゃん……だったかしら? 今後は距離感を気を付けてネ!」


 その目が笑ってない事に気付いた金田が生唾を飲み込んだ所で話が続けられる。





 さて、『改めて』と流暢に口にしたソフィアがすぐに指を鳴らす。


 このパチンという小気味良い指の音を合図にするようにランディが後ろの巨大なスーツケースから辞書か何かかと見紛う厚さの紙の束を取り出してくる。


 そして全員が顔を顰め終わると同時にソフィアが本当に静かに口を開く。


「これもハッキングへの対応の一環です……レイを含む、五名の通信経路は完全に対策済みですが、その他への対策はまだ余り済んでいない……という事です」


 時間も人手も資材もまるで足りてないのよ……と付け加えたソフィアが、やや顔を曇らせる。しかし、その話は後だと今度はランディが口を開いていく。


「やれる事をやるしかない……という事だ。さあ、中身に目を通してくれ」


 更に真剣になり、更に流暢に急ぎ喋り出した二人の姿に全員が緊張を高める。





 アナログな方式と言ってよいのだろうか……移動式のサイドテーブルの一つにドンっと置かれた紙の束、それをランディが一枚一枚、丁寧に捲っていく。そして……その紙面を頭を突き合わせた我々がスマートフォンのカメラで捉えていく。


「一昔前でも、こんな苦行は無かったと思うのだが……」


<ちょっと、あんまり動かさないで!>


「や、やってるつもりなんだが……カメラの手ブレの補正機能が低いんじゃないのか……それより、スマホのホルダーを使って……こう、立て掛けて写すとか……」


<駄目! こういうのは連帯感を持ってやるのが大事なの!>


「そ、そうなのか……?」


<そうなの! ランディ小父さんだって一生懸命に捲り続けてるでしょ! そんな状況で自分だけ楽しようなんて絶対に駄目よ! むしろ、率先して苦労を選びなさい! あ、理不尽って思ったでしょ! でも、それが大切な時もあるの!>


 さて、本来であれば、合理の極みであるべきAIに不合理な説教を受けながら作業を続ける。そんな中、開始して一時間ほどで最後の一枚が提示される。


 次の瞬間、ノア、リサ、アリス、そしてアスカとレイ……全員がほぼ同時に読み終えたと申告してくる。その言葉を聞き終えたランディが休憩を提案してくる。


「ソーリー、私も捲り続けてヘロヘロなんだ! 皆、今の内にパートナーから簡単に説明を受けておいてくれ! 特別にここでのコーヒータイムを許可するヨ!」


 この言葉を合図にいつのまにか姿を消していたソフィアがカートを押して我々の元へとやってくる。そして一人一人、次々と手渡しでカップを渡してくる。


「シュガーとミルクは自分で入れるのヨ」


 その優しい声色とコーヒーを受け取った我々はようやく一息つく。





 同じ格納庫の中にも関わらず、隔離されたかのように……いや、実際に情報統制の為に接近を禁じられているのだろう……そんな遠巻きのままの同僚たちへとチラリと目をやる。やはりと言うか、皆、こちらを興味津々で眺めているようだ。


 そんな奇異なモノを見るような視線の中、皆がパートナーからの説明を受ける為に顔を下げる。だが、俺はどうにも落ち着かなく、ソワソワしてしまう。


「なあ、こんな場所で機密を扱って……本当に大丈夫なのか……」


<大丈夫だからっ! そんな子供みたいにキョロキョロしないで! モニターをちゃんと見て! もうっ! 休みが続いてるから、こんな風になるのかしら!>


 何だか、集中できない俺にアリスがブーブーと文句を垂れる中、俺同様に落ち着かなくなったのか、はたまた他に理由があったのか大崎がススッと俺の傍に寄ってくる。それに気付いたのか、田沼も何故か座ったまま滑るように寄ってくる。


 当然、パートナーに小言を言われながら……


「いやぁ、何だか、ドンドンと凄い事になっていってますね」

<今も絶賛、凄い状態なのよ! サボるのは程々になさい!>

「あ、はい……」


 この大崎とリサのやり取りに俺もほんの少し前の事を思い出す。


「まあ、朝霞を奪還した頃までは……ある意味、淡々としていたらからな」


 小さい溜息を交えた俺の言葉に合流した田沼も同意してくる。


「ふふ、こんな状況に巻き込まれるなんて思ってませんでしたね?」


 そう、大崎や田沼と共に朝霞駐屯地を奪還し、すぐに逆襲され、三人共に生死の境を彷徨い、アリスたちと出会う。そして彼女たち、新たな戦友たち、新たな装備と共に各地を転戦する事となり、あれよあれよと、ここまで来てしまったのだ。


 そんな波乱の出来事を思い出した俺は溜息交じりに短く答える。


「そう……だな……」



 そしてまた――



「まだまだ……続くんだろうな……」

「やっぱ続きますか……」

「まあ、ここまで色々あって、続かない訳……ないですよね」


 眼前で膝を突く新型『AA-PE』の姿を思わず三人で見上げてしまう。だが、少しばかり感傷的となった我々の耳にコホンという小さな咳払いが聞こえてくる。


<そろそろ、本当に良いかしら? もう、アリスが我慢しきれなくなるわ>


 そのリサのアリスを揶揄いを含めた言葉に続き、ノアも実際にもう時間も無いのでと続く。私は何も言ってないと騒ぐアリスの叫びを背に我々も気を取り直す。





 さて、ソフィアの淹れてくれた珈琲は冷めてしまったようだ。要約する事に長けたアリスたちを以てしても……という状況になってしまったという訳だ。


 だが、それでも……どんな事でも終わりはやってくる。


<大体、こんな感じね! お疲れ様!>


「要約されて、このボリュームだったか……昼飯は抜きでも良いかな……」


 黙って資料の内容を聞き込んでいた俺の茫然とした言葉と小さな小さな溜息を受け、隣に座り込んでいた大崎が後ろに倒れ込み、大きな溜息を吐き出す。


「はぁぁぁ、俺なんて……朝も抜きだったんですよ」

<今朝も……面倒臭がらずに食べれる時に食べなさいと言ったはずよ>

「はい……そうでした……」


 すぐに入ったリサの冷たい突っ込みに大崎が言葉を失くす。そんな中、非常に残念な事に……ここに居る全員が彼と同じように言葉を失くす事となる。


「Hey everyone! 基礎知識が頭に入った所で更に詰めていこう!」



 生き生きとしたランディの声と大崎の腹の音が格納庫に僅かに響く――


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